シーン8:女将軍は見守りたい
「……そういえば、今日の稽古も魔王様、やりすぎでしたよね」
僧侶が話題を変える。
「せっかく防御魔法をかけたのに、あっという間に全滅ですもん。勇者さんだって、ろくに剣を振れてませんでしたし」
「確かに、あれでは最終決戦として少し……」
カチリ。
女将軍が静かにカップを置いた。
「……もったいない」
「え?」
「極大魔法で瞬殺など……実にもったいない」
女将軍は遠くを見つめた。
「勇者と魔王。互いに剣を取り、真正面から対峙する。周囲の者は手出しできぬ。二人だけの戦い」
「……ああ、演出の話ですね」
僧侶が頷く。
「剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。息遣いが聞こえるほどの距離で、幾度となく刃を交え、互いに傷を負い、それでも退かぬ二人」
女将軍の声は少しずつ熱を帯びる。
「ついに勇者の剣が魔王の肩を捉える。だが魔王も勇者の剣を払い、胸元へ踏み込む。そして、剣を交えたまま、至近距離で視線がぶつかる」
「……なかなか迫力がありますね」
「互いに荒い息を吐き、額には汗が浮かぶ。勇者が言うのだ。『なぜだ……なぜ、そこまで俺に執着する!』と」
僧侶の手が止まった。
「……執着?」
女将軍は聞いていない。
「魔王は答えぬ。ただ勇者を見つめ、やがて低い声で囁く。『お前だけだ……ここまで私を追い詰めたのは』」
女将軍は胸元で、そっと拳を握る。
「互いに認め合いながら、決して相容れぬ二人。剣を交えることによってしか、己の想いを伝えられない……そのとき魔王が勇者の腕を掴み――」
「将軍」
「勇者は抵抗する。だが魔王はその手を離さず――」
「将軍! いや副社長!」
「はい、どうしました?」
女将軍が顔を上げた。即座に口調を元に戻す。
「前世での役職で呼ぶな。で、何だ?」
「……それ、戦闘の演出ですよね?」
「無論だ。最終決戦にふさわしい演出を考えている」
「……そうですか」
「稽古の改善案として、申し上げたまでだ。他意はない」
僧侶と魔法使いは、無言で視線を交わした。
「……ちなみに、剣はどうなるんですか?」
魔法使いが恐る恐る尋ねる。
「剣は落とせばよい。互いに武器を失い、それでもなお向き合う。素晴らしいではないか」
「……もう戦闘じゃなくなってません?」
「戦闘だ。魂と魂の戦いだ」
僧侶が天を仰いだ。
「……ずるいですよね」
「何がですか?」
「魔法使いさんは魔王様が気になってるし」
「気になっていません!」
「将軍は魔王様と勇者さんが気になってるし」
「戦闘演出上の問題だ」
「私は! 全員、気になるんです!」
僧侶は両手を握りしめた。
「選べないんです! 選べないのに、選ぶ権利すらないんです!」
「……そもそも、選ぶお立場なのですか?」
「ありますよ! 可能性は無限大ですから! なのに恋愛禁止令という、たった四文字で!」
「五文字です」
「細かいことはいいんです!」
僧侶は椅子の上で身を縮めた。
「……ガルルルル」
「僧侶さん。少し落ち着きましょう」
「……努力します」




