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異世界は勇者を待ち望んでいる  作者: 山本乃良
第2章:今日も世界は回っている
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シーン7:とある僧侶の溜息

 魔王城、中庭。


 空を覆う暗雲。不気味にねじれた枯れ木。黒ずんだ地面には奇怪な植物が生い茂り、崩れかけた石像の足元には、何の生き物とも知れぬ骨が転がっている。

 まさに魔王の居城にふさわしい、荒れ果てた庭だった。


 そこに三人の女性が現れた。

 勇者パーティーの魔法使いと僧侶。そして魔王軍四天王の紅一点、女将軍。


「……では、始めましょうか」


 魔法使いが穏やかに言った。


 次の瞬間。


 ふわり、と風が吹く。

 暗雲が晴れ、陽光が差し込んだ。枯れ木は青々とした葉を茂らせ、黒い地面には花々が咲き乱れる。崩れた石像は白亜の彫刻へと姿を変え、庭の中央には優雅な東屋が現れた。

 噴水が水音を立て、小鳥がさえずる。

 テーブルには、すでにティーセットと焼き菓子が用意されていた。


「まあ、今日もいいお天気ですね」

「そうですね」


 魔法使いと女将軍は、何事もなかったかのように頷いた。

 僧侶は椅子に腰掛け、大きくため息をつく。


「……はぁぁぁぁぁ」

「どうしました?」

「もう限界なんです」

「何がですか?」

「いろいろです。この世界、何かおかしいと思いません?」

「何がでしょう?」

「男ですよ、男!」


 魔法使いの手が止まった。


「……はい?」

「イケメンが多すぎるんです!」


 女将軍は静かに紅茶を飲んでいる。


「王都の貴族なんて、どこを見ても絵に描いたような美青年ばっかり! 金髪碧眼の王子様系から、黒髪で物憂げな公爵家の御曹司まで!」

「……そうですか」

「平民だって負けてません! 鍛冶屋の息子は逞しいし、冒険者ギルドの受付には爽やかな好青年がいるし、パン屋の若旦那なんて笑顔が反則なんです!」

「よくご存じですね」

「調査しましたから!」

「……調査?」

「もちろん、個人的な!」


 僧侶は拳を握った。


「それだけじゃないんです。魔族ですよ、魔族!」


 女将軍の眉がわずかに動いた。


「……我が軍に何か?」

「ありますとも! 角! 牙! 尻尾! あの人間離れした美貌! しかもやたら長身で、やたら声がいい!」


 魔法使いが困ったように微笑む。


「先日、魔王軍の騎士とすれ違ったんです。長い銀髪をかき上げながら『お怪我はございませんか』って!」

「……お怪我を?」

「ちょっと転んだだけです! あの大きな手で、差し伸べてくれたんですよ! もう、あのままお姫様抱っこされてもよかったのに!」

「少し大げさでは……」

「大げさじゃありません!」


 僧侶はテーブルに両手をついた。


「なのに! 恋愛禁止!」


 一本、指を立てる。


「貴族も駄目! 平民も駄目! 魔族も駄目!」


 さらに指を折り、とうとう両手を天へ突き上げた。


「こんなに素敵な殿方がより取り見取りなのに、眺めるだけ! 何のための異世界転生なんですかぁぁぁ!」


 小鳥が一斉に飛び立った。


「……お茶、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 僧侶は一口飲み、椅子に座り直した。

 数秒の沈黙。


「……ガルルルル」

「……今、何か?」

「いえ。ちょっと、本能が」

「抑えてください」


 僧侶は焼き菓子をつまんだ。


「そもそも、魔王様は何を考えてるんですかね。恋愛禁止令、魔王様が出したんですよね?」

「そうですね。ルールはルールですから」

「前世のアイドル時代だって、恋愛禁止で苦労したんですよ!」

「……そうでしたね」

「せっかく転生して自由になれたと思ったのに! なんでまた恋愛禁止なんですか!」

「……」

「私の人生、何回恋愛禁止されれば気が済むんですかぁ!」

「魔法使いさんは、気にならないんですか?」

「……なりません」


 ほんの一瞬、間があった。


「今、間がありましたよね?」

「ありませんでした」

「ありましたよね」

「ありません」


 僧侶がにやりと笑った。


「そういえば、魔王様もなかなかいい男ですよね。顔はいいし、背も高いし、声も渋いし。仕事もできるし、部下の面倒見もいい」


 魔法使いのカップが止まった。


「……そうでしょうか」

「ただ、ちょっと熱くなりすぎるところが」

「魔王様は、何事にも真剣な方ですから」


 即答だった。


「……ほう」

「……何ですか?」

「いえいえ。よくご存じなんですね」

「同じ稽古に参加しておりますから」

「なるほどー。では、恋愛禁止令が解除されたら、魔王様をお茶にでもお誘いしたり?」

「……っ!」


 魔法使いが紅茶を喉に詰まらせた。


「だ、大丈夫ですか? 顔、赤いですよ」

「お茶が熱かったので」

「もう冷めてますよ」


 魔法使いは静かにカップを置いた。

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