シーン7:とある僧侶の溜息
魔王城、中庭。
空を覆う暗雲。不気味にねじれた枯れ木。黒ずんだ地面には奇怪な植物が生い茂り、崩れかけた石像の足元には、何の生き物とも知れぬ骨が転がっている。
まさに魔王の居城にふさわしい、荒れ果てた庭だった。
そこに三人の女性が現れた。
勇者パーティーの魔法使いと僧侶。そして魔王軍四天王の紅一点、女将軍。
「……では、始めましょうか」
魔法使いが穏やかに言った。
次の瞬間。
ふわり、と風が吹く。
暗雲が晴れ、陽光が差し込んだ。枯れ木は青々とした葉を茂らせ、黒い地面には花々が咲き乱れる。崩れた石像は白亜の彫刻へと姿を変え、庭の中央には優雅な東屋が現れた。
噴水が水音を立て、小鳥がさえずる。
テーブルには、すでにティーセットと焼き菓子が用意されていた。
「まあ、今日もいいお天気ですね」
「そうですね」
魔法使いと女将軍は、何事もなかったかのように頷いた。
僧侶は椅子に腰掛け、大きくため息をつく。
「……はぁぁぁぁぁ」
「どうしました?」
「もう限界なんです」
「何がですか?」
「いろいろです。この世界、何かおかしいと思いません?」
「何がでしょう?」
「男ですよ、男!」
魔法使いの手が止まった。
「……はい?」
「イケメンが多すぎるんです!」
女将軍は静かに紅茶を飲んでいる。
「王都の貴族なんて、どこを見ても絵に描いたような美青年ばっかり! 金髪碧眼の王子様系から、黒髪で物憂げな公爵家の御曹司まで!」
「……そうですか」
「平民だって負けてません! 鍛冶屋の息子は逞しいし、冒険者ギルドの受付には爽やかな好青年がいるし、パン屋の若旦那なんて笑顔が反則なんです!」
「よくご存じですね」
「調査しましたから!」
「……調査?」
「もちろん、個人的な!」
僧侶は拳を握った。
「それだけじゃないんです。魔族ですよ、魔族!」
女将軍の眉がわずかに動いた。
「……我が軍に何か?」
「ありますとも! 角! 牙! 尻尾! あの人間離れした美貌! しかもやたら長身で、やたら声がいい!」
魔法使いが困ったように微笑む。
「先日、魔王軍の騎士とすれ違ったんです。長い銀髪をかき上げながら『お怪我はございませんか』って!」
「……お怪我を?」
「ちょっと転んだだけです! あの大きな手で、差し伸べてくれたんですよ! もう、あのままお姫様抱っこされてもよかったのに!」
「少し大げさでは……」
「大げさじゃありません!」
僧侶はテーブルに両手をついた。
「なのに! 恋愛禁止!」
一本、指を立てる。
「貴族も駄目! 平民も駄目! 魔族も駄目!」
さらに指を折り、とうとう両手を天へ突き上げた。
「こんなに素敵な殿方がより取り見取りなのに、眺めるだけ! 何のための異世界転生なんですかぁぁぁ!」
小鳥が一斉に飛び立った。
「……お茶、どうぞ」
「ありがとうございます!」
僧侶は一口飲み、椅子に座り直した。
数秒の沈黙。
「……ガルルルル」
「……今、何か?」
「いえ。ちょっと、本能が」
「抑えてください」
僧侶は焼き菓子をつまんだ。
「そもそも、魔王様は何を考えてるんですかね。恋愛禁止令、魔王様が出したんですよね?」
「そうですね。ルールはルールですから」
「前世のアイドル時代だって、恋愛禁止で苦労したんですよ!」
「……そうでしたね」
「せっかく転生して自由になれたと思ったのに! なんでまた恋愛禁止なんですか!」
「……」
「私の人生、何回恋愛禁止されれば気が済むんですかぁ!」
「魔法使いさんは、気にならないんですか?」
「……なりません」
ほんの一瞬、間があった。
「今、間がありましたよね?」
「ありませんでした」
「ありましたよね」
「ありません」
僧侶がにやりと笑った。
「そういえば、魔王様もなかなかいい男ですよね。顔はいいし、背も高いし、声も渋いし。仕事もできるし、部下の面倒見もいい」
魔法使いのカップが止まった。
「……そうでしょうか」
「ただ、ちょっと熱くなりすぎるところが」
「魔王様は、何事にも真剣な方ですから」
即答だった。
「……ほう」
「……何ですか?」
「いえいえ。よくご存じなんですね」
「同じ稽古に参加しておりますから」
「なるほどー。では、恋愛禁止令が解除されたら、魔王様をお茶にでもお誘いしたり?」
「……っ!」
魔法使いが紅茶を喉に詰まらせた。
「だ、大丈夫ですか? 顔、赤いですよ」
「お茶が熱かったので」
「もう冷めてますよ」
魔法使いは静かにカップを置いた。




