シーン6:闘う者は今日も余念がない
同じ頃、魔王城の訓練場では。
「だから! 強すぎるんですよ、毎回! 加減ってご存知ですか!」
「無論、知っている。敵の力量を見極め、適切な力で応じる。それが加減というものだ」
「理屈は完璧なんですけどね!」
勇者は聖剣を構え直した。
「俺が斬りかかりますから、軽く受け流してください。軽く、ですよ」
「承知した」
剣と剣が触れた。
次の瞬間、轟音とともに勇者の体が吹き飛び、訓練場の石壁に激突した。
「ぐはっ!」
「……む」
「……軽くって、言いましたよね」
「そのつもりだったのだが。普段の一割ほどに抑えた」
「一割でこれですか!?」
「……少々、気合が入ったかもしれん」
「気合じゃないですよ!」
そこへ教官がやってきた。
「まあまあ。魔王様も本気になってしまうくらい、勇者殿の演技が板についてきたということでしょう」
「フォローの方向がおかしい!」
「それに、あの距離まで飛ばされて、すぐに立ち上がれるとは。以前より成長しておられます」
「成長したくなかった方向ですよ!」
教官は穏やかに頷いた。
「では、次は受け流しから反撃に移る練習をしましょう」
「……誰の反撃ですか?」
「魔王様の」
「なんでですか!」
魔王はすでに剣を構えていた。
「では、始めようか。今度こそ加減する」
「まず俺を吹き飛ばさないところから始めましょう!」
魔王は真剣に考え込み、頷いた。
「……難しい課題だな」
「難しくないです!」
「前世でも無茶な上司に振り回されましたけど、転生してまで同じ目に遭うとは……」
「む。その無茶な上司を排除したのは私だぞ」
「それは感謝していますが、現在進行形で新しい上司の無茶に振り回されています!」
さらに別棟の一室では、戦士が大きな鏡を前にしていた。
鎧を脱ぎ、手帳を片手に、一人で床に倒れては起き上がる。
「……ぐあっ! ……違うな」
『胸部への打撃。重心移動が不自然』
書き込み、また転がり、また起き上がる。
「……もう少し回転を」
ふと、壁際の踏み台が目に入った。
「……階段落ち」
手帳には、すでに階段の見取り図が描かれている。
「最初から転がるのでは芸がない。三段目までは踏ん張って、それから一気に……」
魔王の一撃。吹き飛ばされる自分。長い階段を転がり落ち、最後の一段でぴたりと止まる。
「……美しい」
『次回の稽古:階段落ちに挑戦』
『魔王様に相談』
しばらく考え、もう一行。
『できれば、100段くらい』
遠くの訓練場から、叫び声が聞こえた。
「だから! 加減してくださいってばーっ!」
轟音。
戦士は窓の方を見た。
「……いい音だな。見逃したか」
手帳を開く。
『爆風による吹き飛び方、要研究』
夕暮れ。
王都では商人が店を閉め、冒険者たちが酒場へ向かう。街道には旅人が行き交い、森には魔物が棲む。
剣と魔法と冒険に満ちた、広大な異世界。
『各施設稼働状況:正常』
『最終決戦リハーサル:要改善』
『転移者数:0』
世界は今日も万全だった。
迎えるべき転移者だけが、まだ一人も来ていなかった。




