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異世界は勇者を待ち望んでいる  作者: 山本乃良
第2章:今日も世界は回っている
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シーン5:人間の王国

 今日も、いつも通りの朝だった。


 魔王城から遠く離れた、人間たちの王国。


 城壁に囲まれた王都の掲示板には、魔物討伐の依頼が貼られていた。


『北方の村に魔族出現!』

『街道の魔物討伐、冒険者募集中!』

『魔王軍の脅威に備えよ!』


 誰がどう見ても、魔族の脅威に苦しむ人間の王国である。


 王城の最上階。豪華な執務室で、国王が報告書を見つめていた。

 王冠、豪奢な衣装、威厳ある佇まい。顔色だけが、少々悪い。


『魔族侵攻対応状況:予定通り』

『冒険者ギルド稼働状況:良好』

『勇者受入施設:整備完了』

『異世界転移者数:0』


「……ゼロ」


 先週もゼロ。先月もゼロ。

 国王は報告書を閉じ、胃を押さえた。


「……宰相を呼べ」


 ほどなくして、王城では臨時の対策委員会が開かれた。

 宰相、宮廷魔術師長、騎士団長、財務大臣。国王の前に、重苦しい表情の面々が並ぶ。


「異世界転移者受入対策臨時委員会を開く。まず召喚の間は?」

「魔法陣、魔力供給、各種術式、すべて正常に稼働しております」

「転移の兆候は?」

「ございません」

「……そうか。魔族の侵攻状況は?」

「計画通りです。国境付近での小規模侵攻、街道への魔物配置、討伐依頼、いずれも予定通り進行しております」

「民衆の反応は?」

「魔王軍に対する危機感は、おおむね良好かと」

「……では、なぜ来ない?」


 沈黙。

 宰相が慎重に口を開く。


「陛下。我が国は、魔族の脅威に苦しむ人間の王国として、非常に高い完成度を維持しております。契約上の基準も満たしております。それでも転移者が来ないのは……我が国だけの問題ではないのでは」

「つまり?」

「委託元の問題もあるのではないかと」


 国王の眉がぴくりと動いた。


「……お前、それを私に言わせるつもりか? 魔王様に『そちらの責任です』と?」

「そこまでは申し上げておりません」

「言っているではないか!」


 国王は胃を押さえた。

 財務大臣がおずおずと手を挙げる。


「受入施設の維持費、ギルドへの補助金、魔族侵攻に伴う復旧費用。相応の支出が続いております。本番が始まれば回収できるという事業計画ですが……」

「わかっておる」

「その本番が、いつになるのか……」

「わかっておる!」


 騎士団長が提案した。


「魔族の侵攻を、もう少し激しくしては?」

「転移の発生条件が不明な以上、効果は保証できません。そもそも侵攻の激化は、転移者到着後の予定です」


 宮廷魔術師長が首を振る。


「……必要以上に民に負担をかけるわけにもいかん」


 国王は深いため息をついた。


「委託元への問い合わせは?」

「すでに行っております。『準備は万全。転移者の到着を待つ』との回答です」

「前回と同じではないか」

「はい」


 再び沈黙。


「……よし。現状の運営体制を維持する。引き続き準備を怠るな。以上、解散!」


 全員が一礼し、退出した。

 残された国王は議事録を見つめた。


『結論:現状維持』


「……臨時に集まった意味が、あったのか?」


 胃がきりきりと痛んだ。


 その王城の、地下深く。

 封鎖された召喚の間では、一人の管理者が黙々と点検を続けていた。

 石床の魔法陣を拭き、術式を確認し、魔力供給を確かめる。

 傷なし。異常なし。転移の兆候なし。


 管理者は、部屋の片隅に設けられた管理端末に手をかざした。

  半透明の画面が浮かび上がる。

 世界各地の魔力供給状況を示す、無数の数字と光の線。

 この世界では、人も、動物も、草木も、生命活動を通じて魔力を生み出している。

 そのうち、生命活動に支障のないわずかな量が、世界各地の魔力収集施設を通じて集められ、巨大な供給網へと送り込まれていた。

 集められた魔力は、世界を維持するために使われる。


 管理者は、画面を切り替えた。

『世界魔力収支:黒字』

『基礎生活給付:全地域支給完了』

『公共施設・生活基盤維持:正常』

『農業支援・環境管理:正常』

『復活機構:正常』

『魔王城設備:正常』


 どの項目にも、異常を示す表示はなかった。

 さらに画面を送る。

『東部穀倉地帯:明朝の降雨調整、予約完了』

『南部農業地域:日照時間調整、実施済』

『北部山岳地帯:積雪量調整、正常』


 人々の生活を保障するための給付。

 農作物の安定供給を支える天候調整。

 都市の水道や照明、交通網の維持。

 それらの設備を管理する人々への報酬も、各地の商店や工房での取引も、日々の経済活動の中で循環している。

 誰かが特別に意識することもなく、世界は今日も動き続けていた。


 管理者は、最後の画面を開いた。

『異世界転移者受入施設:待機中』

『召喚魔法陣:正常』

『供給魔力:十分』

『転移反応:なし』


 召喚に必要な魔力は、すでに十分すぎるほど蓄えられている。

 いつ転移者が現れても、直ちに受け入れられる状態だった。

 管理者は数値を確認し、記録に印をつけた。

 異常なし。

 すべて正常。


 今日の点検記録を、直属の上司である国王に送ると、すぐに承認された。

 続いて、管理者の雇用主である魔王に送る。

 こちらは、ほんの一瞬だけ間を置いて承認された。

 管理者は道具を片付け、静かに扉を閉めた。


 今日も、誰も来なかった。

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