シーン4:世界の命運を左右している話し合い
「続きまして、第三四半期の魔力収支についてご報告いたします」
女将軍が次の資料を広げた。それに対し、プロデューサーが応える。
「お願いします」
軽い咳払いの後、女将軍が手元の資料を読み上げる。
「世界全体の魔力収支は、引き続き黒字です。農業部門、環境管理部門ともに予定を上回る効率を記録しております」
報告を聞いて、魔王は満足そうに頷いた。
「うむ。結構なことだ」
魔法使いは、要所要所で頷き、そして尊敬の眼差しで魔王を見つめていた。
その様子を見ていた僧侶は視線を落とし、肩を震わせていた。
そのとき、女将軍がやや声を落として報告を続けた。
「ただし、魔王城最終決戦リハーサル部門については、予算比で大幅な超過が発生しております」
「……む」
魔王は押し黙った。
女将軍が続ける。
「主な原因は、極大魔法の使用頻度です」
勇者が目を輝かせた。
「ほら!」
魔王は悪びれることもなく答えた。
「本番と同じようにしなければ、緊迫感が出ない。必要な処置だ」
「ですが、予算が――」
「不足分については、私の資産管理会社から特別予算を組もう」
魔法使いは感嘆のため息を漏らした。
「まあ、魔王様……」
勇者が慌てて口を挟んだ。
「いやいや、そういう問題じゃないですよ! 予算があっても全滅するんですから!」
女将軍は、先ほど魔王から手渡されたメモを読み上げた。
「なお、次期予算案には、高低差のある階段の建設費用が計上されております」
「却下してください!」
「では、その他に何かございますか」
僧侶が手を挙げた。
「転移者さん、本当に来るんですかね」
部屋が静まり返った。
魔王は腕を組んだまま固まり、魔法使いはお茶に目を落とす。戦士が天井を見上げ、女将軍の筆が止まった。
プロデューサーだけが、普段と変わらない顔をしていた。
「来ます」
「……いつですか?」
「来ます」
「いや、ですから、いつ頃……」
「来ます」
しばしの沈黙。
「……はい」
僧侶は手を下ろした。
「では、次回の稽古についてですが」
「あの」
勇者が手を挙げる。
「先代勇者としての登場シーンです。転移者が来たら、俺は先代勇者役に回るわけですよね」
プロデューサーが資料を確認する。
「その予定です」
「で、その先代勇者が颯爽と現れる場面。まだ一度も稽古してませんよね。そろそろ、そちらの練習もしたいんですが」
魔王が頷いた。
「なるほど。確かに重要な場面だな」
「でしょう? 普段は飄々としているけれど、ここぞというときに真の実力を見せる。そういう登場を考えてまして」
「うむ。よいではないか」
「ありがとうございます!」
「では、次々回に」
「……え?」
勇者の笑顔が止まった。
「次々回だ。次回は今日の反省を踏まえた最終決戦の再稽古があるからな。加減の練習もせねばならん。階段落ちも検討せねば」
「階段は忘れてください!」
プロデューサーが、ぱんぱんと手を叩いた。
「先代勇者登場シーンの稽古は次々回に仮押さえしておきます。なお、転移者さんが到着された場合は本番優先ですので」
「……仮押さえ。そうですね」
勇者は椅子にもたれかかった。
顔にはいつもの飄々とした笑み。ただ、目だけが完全に死んでいた。
「以上で本日の反省会を終了いたします。皆さん、お疲れ様でした」
魔王は満足そうに立ち上がった。
「うむ。有意義な反省会であった。次回こそは、よい決戦にしよう」
「……はい」
魔王が上機嫌で去った後、勇者はその背中を見送っていた。
「……いつになったら、先代になれるんだろうな」
誰も答えなかった。
*****
翌朝。
魔王城の小さな執務室で、一人の職員が半透明の管理画面を操作していた。
人口、魔物配置、各地のダンジョン稼働率、冒険者ギルドの登録状況。
項目を一つずつ確認し、必要な数字を更新していく。
「王都周辺、異常なし。魔物の配置、異常なし。ダンジョン稼働状況、正常……」
画面を下へ送る。
『異世界転移者数:0』




