シーン2:新たな場面への誘い
広間の隅に、いつからいたのか一人の人物が立っていた。
ハンチング帽にニッカポッカ。片手にメガホン、もう片手に分厚い進行表。
片足に重心を預け、腰をねじり、メガホンを天井へ掲げている。
彼、プロデューサー兼監督は、進行表を開いた。
「はい、お疲れ様でした。皆さん、復活をお願いします」
床の灰が一つ、淡い光を帯びた。
灰は宙に舞い、人の輪郭を形作る。ほどなくして勇者が姿を現した。
「……はぁ」
最初の一声は、ため息だった。
続いて僧侶、魔法使いが復活する。
僧侶は服についた灰を払い、魔法使いは自分の杖を拾い上げた。
「……また全滅ですか」
勇者が壇上を見上げた。先ほどまでの勇壮な面影は消えている。
「いや、その……つい」
「テヘペロじゃないですよ、先輩」
「次は加減するよ」
「それ、前回も聞きました」
「……そうだったけ?」
「前々回も、その前もです」
魔王は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「次こそは」
「そこじゃないんですよ」
勇者の口調は飄々としている。しかし目はまったく笑っていなかった。
玉座の脇では、凛々しい鎧姿の女将軍が黙々と筆を走らせていた。魔王軍四天王の紅一点にして、この現場の記録担当である。
『第256回通し稽古 結果:勇者一行全滅』
『原因:魔王様の過剰火力』
女将軍は一瞬だけ魔王に視線を向け、表情を変えずに記録を閉じた。
「毎回これですよね」
僧侶が呆れたように言った。
「せっかく防御魔法をかけても、全部まとめて吹き飛ばされるんですから」
「いや、見事な防御魔法だった。おかげでこちらも本気を出さねばと思ってな」
「だから出さないでくださいって!」
勇者と僧侶の声が重なった。
プロデューサーが、ぱんぱんと手を叩く。
「はいはい、そこまで。では反省会に移りたいと思います」
進行表をめくり、広間を見回した。
「……戦士さんは?」
四つあった灰の山のうち、一つだけがまだ床に残っていた。
いや、正確にはすでに人の姿に戻っている。ただし、動かない。
戦士は仰向けに倒れたまま、右腕を不自然な角度に伸ばしていた。
「復活処理、終わってますよね?」
女将軍がステータス画面を開く。
「確認済みです。生命力は最大値。状態異常もありません」
「では、戦士さん。そろそろ起きてください」
しばしの沈黙。
やがて戦士の唇がわずかに動いた。
「……今日の崩れ方は、悪くなかった」
「はい?」
「最後の右腕の流れが、実に自然だった。爆風に煽られた瞬間、肩から力を抜いて……あの回転。なかなか再現できるものではない」
「戦士さん」
「もう少し、この余韻に浸っていたい」
「進行が押しています」
戦士は名残惜しそうに起き上がった。
「……仕方ない」
「なんで全滅させられた側が一番満足してるんですか……」
勇者が額を押さえる。
魔王はどこか嬉しそうに頷いた。
「うむ。今日の戦士の動きは、私もよかったと思う」
「先輩は褒めなくていいです!」
「……はい」
プロデューサーはメガホンを小脇に抱えた。
「それでは皆さん、反省会場へ移動をお願いします。魔王様も、ご一緒に」
「承知した」
魔王は威厳たっぷりに答え、勇者たちと連れ立って玉座の間を出ていった。
最後尾の戦士だけが、一度振り返る。
「……次は、もう少し左だな」
「戦士さーん! 早くしてください!」
「はい、ただいま!」
戦士は小走りで後を追った。




