怒り心頭、伏雷の命令
根の国の奥深く、豪華な調度品が並ぶ伏雷の居室では、収容所と工場で起きた騒ぎなど知る由もなく、優雅な時間が流れていた。
伏雷は大きな椅子に腰掛け、縁にヒラヒラとした飾りのついた扇子を片手に、赤いワインの入ったグラスを傾けた。
「ん〜♪ 今日のワインも美味しいざますわ〜」
その膝には、骨だけの犬が頭蓋骨を乗せて甘え、伏雷の指が頭を撫でるたびに、尻尾の骨がカタカタと椅子を叩いていた。
「木の葉丸ちゃ〜んも、そう思うざますよねぇ〜♪」
カタカタカタッ。
少し離れたところには才蔵が控え、空になりかけたグラスへ黙々とワインを注いでいた。
「才蔵、今日は気が利くざますねぇ」
「はっ。」
そのとき、部屋の外から慌ただしい足音が近づき、屍将軍が勢いよく駆け込んできた。
「伏雷様! 大変です!」
伏雷の扇子がピタリと止まった。
「騒々しいざますねぇ。何事ざます?」
「工場の方で異変が起きています! 見張りからの連絡も途絶え、収容所周辺も騒ぎになっております!」
「工場が?」
伏雷はワイングラスをテーブルへ置くと、閉じた扇子を屍将軍へ向けた。
「何をボーッとしているざます。さっさと確認してくるざます!」
「はっ!」
「才蔵、お前も行くざます」
「御意。」
屍将軍が部屋を飛び出し、才蔵もその後を追って姿を消すと、伏雷は再びワイングラスを手に取り、膝の上の木の葉丸を撫で始めた。
「まったく……人がせっかくエレガントな時間を楽しんでいるというのに、困ったものざますわねぇ〜」
木の葉丸の尻尾が、再びカタカタと揺れ始めた。
一方、工場から離れたワイチたちの拠点では、阿国、しん吉、きゅうすけが救出した黄泉の住人たちを連れて戻り、エレナも兄との再会を果たしていた。
「これでひとまず助け出すことはできたけど、問題はここからだね。みんなを黄泉へ帰さないと」
「黄泉へ戻るには、あの川を渡らなければなりません。これだけの人数を連れて渡るのは難しいですね」
そこでワイチは、黄泉の住人たちがどうやって根の国まで連れてこられたのか気になり、エレナの兄に尋ねた。
「俺たちは黄泉で捕まったあと、骨だけの馬が引く大きな馬車に乗せられました。一台に何十人も詰め込まれて、そのまま黄泉の川を渡ってここまで連れてこられたんです。ずっと中に閉じ込められていたので、どうやって川を渡ったのかまでは分かりません」
「骨だけの馬なんているんだ……俺たち、ここまで根の国を進んできたけど、一度も見なかったよね」
「確かにそうですね。これまで出会った魔物の中にも、そのようなものはいませんでした」
「その骨の馬や馬車が、今どこにあるか分かりますか?」
「そこまでは分かりません。ここへ着いてすぐ収容所へ連れていかれたので、そのあと馬車がどこへ行ったのかは見ていないんです」
その話を聞いていた阿国が、しん吉ときゅうすけに声をかけた。
「だったら、もう一度あっちの様子を見てくるわね♪ 工場を壊されたあと、伏雷たちがどう動いているのかも気になるし」
「おいらも行くよ!」
「僕も行く!」
「じゃあ、三人とも気をつけて」
阿国は笛を取り出すと、しん吉、きゅうすけとともに伏雷の拠点へ向かって走り出した。
阿国たちが伏雷の拠点へ向かっていた頃、工場の様子を確認しに行っていた才蔵と屍将軍が戻ってきた。
「伏雷様、大変です! 工場が何者かに破壊され、収容していた黄泉の住人たちも逃がされております!」
「な、なんざますってぇぇぇ!」
伏雷の手にしていた扇子が勢いよく閉じ、震え始めた。
「誰がそんなことをしたざます! 見張りは何をしていたざますか!」
「工場にいた者たちも倒されており、襲撃した者の姿は確認できておりません。周辺も捜索しましたが、すでに逃げたあとかと……」
「ノーセンスざます! 工場を壊されて、人間まで全部逃がされるなんて何をしていたざますか!」
そのとき、部屋に置かれていた水晶が淡い光を放ち、伏雷の顔から怒りが消えた。
「……ひ、火姐様ざます」
水晶の向こうから、落ち着いた女の声が響いた。
「伏雷、ご機嫌よう。そちらの様子はいかがかしら?」
「も、もちろん順調ざます! 何も問題ないざます!」
「こちらはまだ屍薬師が足りないのよ。頼むからできた者から、なるべく早くこちらへ連れてきてくださいね」
「も、もちろんざます!」
「あれ?すぐではないの?まだ、かかりそうかしら?」
「お、お姐様! もう少しだけウエイトしてほしいざます! たまたま部下がサボっていたざますので、あとでキルしておくざます!すぐに作って向かわせますので、もうリトルウエイトして欲しいざます。」
「ふーん。あら、そうなのね。」
コン、コン――。
「ヒィィィィッ!」
「なるべく早く頼むわよ。」
しばらくして水晶の光が消えると、それまで黙り込んでいた屍将軍たちが一斉にざわつき始めた。
「お、おい……今の……」
「あの音、出ちゃったぞ……」
「まずいぞ……」
「えーい、うるさいざます!シャーラップざます!」
伏雷の怒声で部屋が静まり返ると、その視線が工場の報告に来た屍将軍へ向いた。
「そもそも、お前たちがちゃんと見張っていれば、こんなことにはならなかったざます!」
「し、しかし伏雷様――」
「言い訳はノーサンキューざます! お前なんて……ボルトショックダイざます!」
ドォーン! バリバリバリィッ!
凄まじい雷が屍将軍の全身を一瞬で包み込み、身体は真っ黒な炭へと変わった。立ったまま固まった屍将軍の指先がボロッと崩れ、それをきっかけに全身が次々と砕け、最後には黒い炭の山となって床へ崩れ落ちた。
「まったく……使えないざます」
伏雷は再び扇子を広げた。
「まあ、いいざます。黄泉の人間なんて腐るほどいるざますから、またキャッチしてくればいいだけざます」
残った屍将軍たちへ扇子を向け、
「工場をさっさと直すざます! それと骨馬の馬車を出して、黄泉から新しい人間を連れてくるざます! 屍薬師を作って、火雷お姐様のところへ送らないと、今度こそビッグアイざます!」
「才蔵、お前も手伝うざます!」
「はっ。」
「急いでゴーするざます!」
伏雷の命令を受け、屍将軍たちは工場の再建と新たな捕獲の準備へ一斉に動き出した。
伏雷の命令を受けた屍たちは、破壊された工場の残骸を次々と運び出し、新たな資材を運び込んで修復を始めていた。
その様子を離れた場所から見ていた阿国たちは、物陰に身を潜めていた。
「もう工場を直し始めてるわね♪」
「せっかく壊したのに、また作るつもりなんだ」
「それにしても、ずいぶん慌ただしいね。何かあったのかな?」
工場の周囲では屍たちが休む間もなく動き続け、その近くへ数頭の骨馬が引く大きな馬車が姿を現した。
「あっ!あれ見て!」
「骨の馬だ!」
ワイチたちから聞いた話と同じ骨馬が馬車を引き、屍将軍や屍武者たちを乗せると、乾いた大地を走り始めた。
「本当にいたんだね」
「馬車も一緒だよ!」
骨馬の蹄がカラカラと乾いた音を響かせ、馬車は砂煙を巻き上げながら工場から離れていく。
「あの方向は黄泉の川ね♪ どこまで行くのか見てみましょう」
阿国たちは骨馬の馬車から距離を取りながら後を追い、やがて根の国と黄泉を隔てる川の近くまでやってきた。
馬車は速度を落とすことなく川へ向かっていく。
「止まらないよ!」
「このまま川に入るつもりなの?」
次の瞬間、先頭の骨馬が水面へ踏み出した。
ところが脚は沈まず、蹄が水面を蹴るたびに波紋だけが広がり、その後ろを引かれた馬車も沈むことなく川の上を進んでいく。
「すごい……本当に川を渡ってる」
骨馬の馬車はそのまま黄泉へ向かい、やがて川の向こうへ遠ざかっていった。
「これはみんなに知らせた方がよさそうね♪」
阿国たちは馬車を追うのをやめると、ワイチたちの待つ拠点へ引き返した。
しばらくして、阿国、しん吉、きゅうすけがワイチたちの待つ拠点へ戻ってきた。
「みんな、分かったわよ♪ 壊した工場はもう建て直しが始まってたわ。それから、骨の馬が引く大きな馬車が工場から出ていったの」
「骨馬の馬車?」
「そうよ♪ 屍将軍や屍武者を乗せて川の方へ向かったから、後を追ってみたの。そしたら骨馬も馬車も沈まずに、そのまま川の上を走って黄泉へ渡っていったわ」
「やっぱり、エレナのお兄さんが言ってた馬車は本当にあったんだ」
「それなら、黄泉と根の国を行き来するために使っている可能性が高そうですね」
「でも、なんで今になって黄泉へ向かったんだ?」
「工場を壊されて、逃げた人たちの代わりをまた捕まえに行ったんじゃないかな」
「だったら、まずはあの馬車が黄泉で何をして、どこへ戻ってくるのか確かめよう。みんなを黄泉へ帰す方法も見つかるかもしれない」
「そうですね。馬車をどうするか決めるのは、それからでも遅くありません」
ワイチたちは骨馬の馬車の動きを確かめるため、黄泉の川へ向かうことにした。
【次回予告】
しん吉です!
骨だけのお馬さんが、馬車を引いて黄泉の川を渡っていったんだ。
あの馬車、いったいどこへ行って、何をしてるんだろう?
おいらたちも、ちゃんと確かめないとね!
次回、第96話「黄泉を渡る骨馬車」。
よーし、おいらも頑張るぞ!




