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世界を救ったのは剣豪でもなく陰陽師でもなく薬師?だったんですよ!  作者: 氣愛注入


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96/124

黄泉を渡る骨馬車

黄泉の川へ向かっていたワイチたちの耳に、乾いた大地を叩く蹄と車輪の軋む音が響いてきた。


「おい、馬車が来たぞ!」


道を外れたワイチたちの前を、青白い光を灯した骨馬が引く三台の馬車が砂埃を巻き上げながら走り抜け、その周囲を刀を携えた屍武者が固め、先頭では屍将軍が一団を率いていた。


「うゎー三台もあるよ!」


「これだけあれば、一度にかなりの人数を運べますね」


「黄泉の川へ向かって住人を攫ってくるつもりだな」


三台の骨馬車は速度を落とすことなく、黄泉の川へ続く道を走っていく。


「どうする?あの速さじゃ走って追いつけないよ」


「行き先は黄泉の川じゃ。追いかけるより、先に向かった方がよかろう」


「それなら僕たちが先に川へ行って、あの馬車が住人を捕まえるなら、僕たちも住人に紛れて捕まればいいよ」


「そのまま馬車に乗せられれば、奪う機会も作れますしね」


「面白え、だったら住人になりきって、奴らの懐まで入り込んでやろうじゃねえか」


「でも武蔵さん、そのままじゃ絶対に住人には見えませんよ」


「それもそうだな。この格好じゃ、イケメン剣士だもんな」


「武蔵さん、刀を差していない姿はただのおっさんじゃないですか」


「お前、それ馬鹿にしてんのか?」


「褒め言葉ですよ」


「褒めてねーだろ」


「でも、武器を外すならどうするの?ここに置いていったら、捕まったあと取りに戻れないよ」


ワイチの言葉に晴明が印を結ぶと、地面に広がった光から摩天狼が飛び出した。


「摩天狼に運ばせましょう。私たちが馬車に乗せられたあと、見つからない距離から追わせれば武器も一緒に運べます」


「おお、それなら丸腰に見せかけて、必要になったらすぐ取り戻せるな!」


武蔵たちは刀や大槌など目立つ武器を摩天狼の背へくくりつけた。


「私たちが連れていかれたら、気づかれないよう後を追ってください」


摩天狼は低く吠えると枯れ木の奥へ駆けていき、ワイチたちは荷車に積んでいた粗末な布を身体へ巻きつけていった。


「これなら大丈夫そうだね」


「じゃあ荷車はここへ隠して、先に川へ行きましょう。馬車より早く着かないと」


ワイチたちは荷車を枯れ木の奥へ隠すと、そのまま黄泉の川へ向かって走り出した。


水の流れる音が近づき、暗闇の向こうに黄泉の川が現れると、向こう岸から何人もの住人たちが渡ってきていた。


「ふぅ、間に合ったみたい、あの人たちに紛れよう」


ワイチたちは川を渡ってきた住人たちの間へ入り、そのまま流れに合わせて歩き始めた。


やがて遠くからカラカラと骨の蹄が大地を叩く音が近づき、三台の骨馬車が砂埃を巻き上げながら川辺へ現れた。


「来やがったな……」


骨馬車が止まると屍武者たちが一斉に広がり、住人たちを囲むように退路を塞いでいく。


「に、逃げろ!」


誰かが叫んだ瞬間、住人たちが散り散りになって走り出した。


屍武者たちは刀を抜いて追いかけ、逃げ遅れた老人を引き倒し、子供を抱えた女の前へ回り込んで馬車へ追い立てていく。


「ひでえことしやがる……こうやって黄泉から来た連中を片っ端から攫ってやがったのか」


武蔵が踏み出しかけると、小次郎が腕を掴んだ。


「武蔵さん、今は駄目です!」


「分かってる!だが目の前でこんなことされて、黙って見てろってのはきついぜ……!」


「ここで暴れたら、黄泉の方々を返すことが出来なくなります!」


「……くそっ、分かったよ!」


屍武者たちは住人を次々と三台の骨馬車へ押し込み、そのうちの一体がワイチたちの前へ刀を突きつけた。


「お前らも乗れ!」


「ひっ……!」


しん吉が肩をすくめて怯えたふりをすると、きゅうすけも顔を伏せながら馬車へ向かった。


「しん吉、うまいね……」


「おいら、こう言うのは昔から得意なのよ……」


「そこ!何を話している!」


「な、何でもないです!」


ワイチたちは他の住人たちに紛れ、屍武者に追い立てられながら三台の骨馬車へ分かれて乗り込んだ。


最後の住人が押し込まれると屍将軍が合図を送り、三頭の骨馬が一斉に駆け出した。


車輪が乾いた大地を削り、荷台が大きく揺れる中、向かいに座っていた老人が震える声を漏らした。


「わ、わしらは……どこへ連れていかれるんじゃ……」


「今は何も知らないふりをしていてください。必ずここから助けだします」


周囲の住人たちもその言葉を聞き、怯えたままワイチへ視線を向ける中、三台の骨馬車は黄泉の川を離れ、根の国の奥へ向かって走り続けた。


しばらくすると骨馬車の速度が落ち始め、荷台の隙間から外を覗いていたきゅうすけが、前方に広がる収容所へ気づいた。


「ワイチ、前に来た収容所が見えてきたよ。このまま中まで連れていかれるみたい」


「みんな、収容所に入ったら僕たちも捕まった黄泉の住人として動いて、馬車を奪う機会が来るまで絶対に正体を知られないようにしよう」


三台の骨馬車が収容所の前で止まると、屍武者たちが荷台を開け、刀を突きつけながら住人たちを次々と降ろしていく。


「さっさと降りろ!収容所へ入れ!」


ワイチたちも住人たちに紛れて馬車を降り、そのまま屍武者に囲まれながら収容所へ入っていった。


以前ワイチたちが救い出したことで空になっていたはずの収容所には、すでに新たな黄泉の住人たちが集められており、その奥では何十人もの住人が木材や鉄材を抱え、破壊された工場との間を何度も往復していた。


「おい、ワイチ……あいつら、もう工場を造り直してやがるぞ」


崩れた壁の間には新しい柱が立ち、破壊した設備の残骸が次々と運び出される中、屍武者たちは刀を手に黄泉の住人たちを働かせていた。


「黒の雫がないから、捕まえた黄泉の人たちをすぐ屍にできなくて、今度は工場を造り直すために働かせてるんだ」


「せっかく壊した工場を、今度は攫った連中に造らせるってのか。どこまで腐ってやがる」


「ですが、工場が完成して黒の雫を作れるようになれば、また同じことが始まります。住人の方々を助けるだけではなく、再建も止めなければなりませんね」


「だったら、この人たちを助けて馬車を奪ったあと、もう一度あの工場をぶっ壊してやろうぜ!」


「武蔵さん、まずは馬車を奪って、以前助けた黄泉の方々を川の向こうへ返すのが先です。ここで騒ぎを起こしたら、馬車まで持っていかれるかもしれません」


「分かってるよ。今度はちゃんと我慢するから、そんな目で見るなって」


収容所の外では、住人を運び終えた三台の骨馬車が並んだまま残され、その周囲を屍武者と屍将軍が固めていた。


「ここじゃ馬車を奪う相談なんてできないね。監視の目が届かないところへ移動しよう」


ワイチたちは資材を運ぶ住人たちの流れへ紛れ、屍武者の目が別の一団へ向いた隙に崩れた工場の裏手へ回り込んだ。


すると枯れ木の陰から摩天狼が姿を現し、武器を背負ったまま晴明のそばへ近づいてきた。


「摩天狼、ちゃんとついてきてくれたんですね。このまま武器を預かって、誰にも見つからないところで待っていてください」


摩天狼は低く喉を鳴らすと、再び枯れ木の奥へ身を潜めた。


きゅうすけが工場の陰から三台の骨馬車を覗いた。


「あの三台を全部奪えれば、前に助けた人たちを一度に黄泉の川まで運べるよね」


「問題は、屍将軍と屍武者に囲まれた状態で、どうやって三台とも奪うかですね」


しん吉ときゅうすけが顔を見合わせると、同時にニヤリと笑った。


「それなら、おいらたちに任せてよ。久しぶりにあれを使えば、屍軍団に怪しまれないで馬車まで近づけるよ」


「しん吉、あれって何?」


「おいらたちには、ずっと使ってなかった変化の術があるんだよ」


しん吉が懐から一枚の葉っぱを取り出すと、きゅうすけも同じように葉っぱを取り出した。


「うわぁ、この葉っぱを使うのも久しぶりだな」


「お前ら、そんな葉っぱ一枚で本当に屍将軍に化けられんのか?」


「武蔵、馬鹿にするなよ!おいらたちが本気で化けたら、誰だって騙せるんだからな!」


「そこまで言うなら、ちょっと見せてみろよ。本当にそっくりになれるのか確かめてやる」


「だったら見てろよ!」


しん吉ときゅうすけが葉っぱを頭へ乗せると、二人の身体を白い煙が一気に包み込んだ。


「変幻!」


煙が流れた先に立っていたのは、しん吉ときゅうすけではなく、阿国とナリアだった。


「どうだ!おいらたちの変化、完璧だろ!」


「武蔵と小次郎、もっとよく見てみろよ!」


「ならほら、サービスサービス!」


阿国に化けたしん吉とナリアに化けたきゅうすけが胸元をはだけると、武蔵と小次郎の顔がみるみる真っ赤になり、二人の鼻から血が垂れた。


「お、お前ら……そこまで再現すんのかよ……」


「しん吉、きゅうすけ、それ以上はやめなさい!」


小次郎が顔を背ける隣で、ワイチは両手で目を覆った。


「僕は何も見てません!」


人差し指と中指の間だけは、しっかりと開いていた。


「あんた達、何やってるの!」


スパァン!


阿国のハリセンがしん吉ときゅうすけの頭をまとめて叩き飛ばすと、白い煙が弾け、元の姿へ戻った二人が頭を抱えた。


「痛ってぇ!何すんだよ!」


「おいらたちは変幻を見せただけだろ!」


「わたくしとナリアさんの姿で何をしているのかしら♪」


「変化できるのは十分分かったから、今度はちゃんと屍将軍に化けてよ」


ワイチがまだ目を覆ったまま言うと、阿国の視線がそちらへ向いた。


「ぼ、僕は本当に何も見てません」


「ワイチさん……絶対に見たわね!」


ナリアの声にワイチは両手で顔を覆ったまま黙り込み、武蔵が鼻血を拭いながらしん吉ときゅうすけを指差した。


「遊びは終わりだ。今度こそ屍将軍に化けて、あの三台をいただこうぜ」


「任せてよ、今度はちゃんとやるから」


「でも、しん吉ときゅうすけが屍将軍に化けても二人しかいないよ。馬車は三台あるけど、もう一台は誰が動かすの?」


しん吉ときゅうすけが同時に阿国を見た。


「え?……どうして二人とも、わたくしを見ていますの♪」


「阿国が屍武者の兜をかぶれば、顔はほとんど見えないよ」


「わたくしに屍武者の真似をしろと?」


「しゃべったら絶対にばれるから、何か聞かれても『うぇ』だけでいいよ」


「うぇ……ですの?」


「それなら屍武者っぽいよ!」


阿国がハリセンを持ち上げると、しん吉ときゅうすけが揃って後ろへ下がった。


「分かった!分かったから叩くなよ!」


「馬車を奪うためですもの、今回だけですわよ♪でも、兜と装束はどうしますの?」


「だったら屍武者を一人、こっちに連れてくればいいんじゃない?」


きゅうすけが工場の裏から顔を出すと、少し離れたところを一人で巡回している屍武者を見つけた。


「おいらがあいつを連れてくるよ」


しん吉は葉っぱを頭へ乗せると、白い煙に包まれながら屍将軍へ姿を変え、そのまま巡回していた屍武者の前へ向かった。


「おい、お前!ちょっとこっちへ来い!」


「はっ!」


屍武者がしん吉について工場の裏へ入った瞬間、待ち構えていた武蔵が背後から羽交い締めにし、小次郎が口を塞いだ。


「悪いな。ちょっと服借りるぜ」


屍武者を気絶させて装束と兜を奪うと、阿国はすぐに着替え、顔が見えないほど深く兜をかぶった。


「これで三人揃ったね」


「では、三台の骨馬車を奪いに行きましょう」


しん吉ときゅうすけは葉っぱを頭へ乗せ、白い煙に包まれると二体の屍将軍へ姿を変え、屍武者に化けた阿国を連れて三台の骨馬車へ向かった。


馬車の周囲にいた屍武者たちは、近づいてくる二体の屍将軍を見て道を開けた。


きゅうすけが三台の骨馬車を見渡し、最後尾の一台を指した。


「将軍が一人足りねえから、後ろの馬車はこいつにやらせる」


屍武者の一体が阿国へ顔を向けた。


「こいつがですか?本当に大丈夫なのか?」


「うぇ……」


「こいつはこれしか言わねえんだよ。馬車くらい動かせるから心配すんな」


阿国の兜がきゅうすけの方へ向いた。


「うぇ……」


「お、おい!俺に怒るなよ!」


「何をしている!早く三台とも馬車を出すぞ!」


しん吉が声を張ると、きゅうすけが先頭、しん吉が二台目、阿国が最後尾の骨馬車へ乗り込んだ。


周囲にいた屍武者たちも三台の馬車についていこうと動き始めた。


「お前らは来なくていい!ここは、おい……俺らに任せて、黄泉の川へ戻ってもっと住人を連れてこい!」


屍武者たちは命令に従い、黄泉の川へ向かって歩き始めた。


三台の骨馬車が収容所を離れると、ワイチたちは工場の裏手から別の道を走り、屍軍団から見えなくなる場所まで先回りした。


やがて骨の蹄と車輪の音が近づき、しん吉たちが奪った三台の骨馬車が現れた。


「しん吉、きゅうすけ、三台とも奪えたね!」


「危なかったぁ!『おいら』って言いそうになったよ!」


「阿国も完璧だったよ!」


「うぇ……」


「阿国、もう屍武者の真似しなくていいよ!」


「誰のせいでこんな格好をしていると思っていますの♪」


「しん吉、早く馬車を出せ!阿国のハリセンが飛んでくるぞ!」


「分かってるよ!みんな、しっかりつかまって!」


ワイチたちが三台の骨馬車へ分かれて飛び乗ると、三頭の骨馬が乾いた大地を駆け出し、収容所から一気に遠ざかっていった。


途中で枯れ木の陰に待っていた摩天狼と合流し、武蔵たちは預けていた武器を受け取ると、そのまま以前救い出した黄泉の住人たちが待つ場所へ向かった。


三台の骨馬車が姿を現すと、待っていた住人たちから驚きの声が上がった。


「皆さん、この三台の骨馬車で黄泉の川まで行けます!今度こそ向こうへ帰れますよ!」


住人たちは互いに顔を見合わせ、やがて次々と三台の骨馬車へ乗り込んでいった。


「全員乗れそうですね」


「三台奪って正解だったな。これなら何往復もしなくて済むぜ」


最後の住人が乗り込むと、三台の骨馬車は再び走り出した。


骨の蹄が乾いた大地を鳴らし続け、やがて暗闇の向こうから黄泉の川の流れる音が聞こえてきた。


「みんな、黄泉の川が見えてきたよ!」


三台の骨馬車が川辺で止まると、住人たちは次々と降り、黄泉の川を渡っていった。


向こう岸へたどり着いた者たちが何度も振り返り、ワイチたちへ手を振りながら暗闇の向こうへ消えていく。


「これで、みんな無事に黄泉へ帰れたね」


「だが、まだ終わりじゃねえ。工場には働かされてる連中が大勢残ってるんだ、今度はあいつらを助けに行くぞ!」


「工場の再建も止めないと、また黒の雫が作られてしまいます」


「だったら次は、あそこに残ってる屍軍団をぶっ飛ばして、工場もまとめてぶっ壊そう!」


ワイチたちが三台の骨馬車へ乗り込むと、骨馬は一斉に向きを変え、黄泉の川を背に工場へ向かって乾いた大地を駆け出した。


【次回予告】


武蔵


せっかく黄泉まで帰したってのに、まだ工場じゃ大勢の連中が働かされてやがる。


しかも俺たちがぶっ壊した工場を、もう造り直そうってんだから気に入らねえ!


待ってろよ、今度は残ってる連中もまとめて助け出してやるからな!


次回、第97話「住人を救え!伏雷の野望を砕け」


伏雷の野郎、何度造り直したって無駄だ!俺たちが何度でもぶっ壊してやるぜ!

第96話 黄泉を渡る骨馬車


黄泉の川へ向かっていたワイチたちの耳に、乾いた大地を叩く蹄と車輪の軋む音が響いてきた。


「おい、馬車が来たぞ!」


道を外れたワイチたちの前を、青白い光を灯した骨馬が引く三台の馬車が砂埃を巻き上げながら走り抜け、その周囲を刀を携えた屍武者が固め、先頭では屍将軍が一団を率いていた。


「うゎー三台もあるよ!」


「これだけあれば、一度にかなりの人数を運べますね」


「黄泉の川へ向かって住人を攫ってくるつもりだな」


三台の骨馬車は速度を落とすことなく、黄泉の川へ続く道を走っていく。


「どうする?あの速さじゃ走って追いつけないよ」


「行き先は黄泉の川じゃ。追いかけるより、先に向かった方がよかろう」


「それなら僕たちが先に川へ行って、あの馬車が住人を捕まえるなら、僕たちも住人に紛れて捕まればいいよ」


「そのまま馬車に乗せられれば、奪う機会も作れますしね」


「面白え、だったら住人になりきって、奴らの懐まで入り込んでやろうじゃねえか」


「でも武蔵さん、そのままじゃ絶対に住人には見えませんよ」


「それもそうだな。この格好じゃ、イケメン剣士だもんな」


「武蔵さん、刀を差していない姿はただのおっさんじゃないですか」


「お前、それ馬鹿にしてんのか?」


「褒め言葉ですよ」


「褒めてねーだろ」


「でも、武器を外すならどうするの?ここに置いていったら、捕まったあと取りに戻れないよ」


ワイチの言葉に晴明が印を結ぶと、地面に広がった光から摩天狼が飛び出した。


「摩天狼に運ばせましょう。私たちが馬車に乗せられたあと、見つからない距離から追わせれば武器も一緒に運べます」


「おお、それなら丸腰に見せかけて、必要になったらすぐ取り戻せるな!」


武蔵たちは刀や大槌など目立つ武器を摩天狼の背へくくりつけた。


「私たちが連れていかれたら、気づかれないよう後を追ってください」


摩天狼は低く吠えると枯れ木の奥へ駆けていき、ワイチたちは荷車に積んでいた粗末な布を身体へ巻きつけていった。


「これなら大丈夫そうだね」


「じゃあ荷車はここへ隠して、先に川へ行きましょう。馬車より早く着かないと」


ワイチたちは荷車を枯れ木の奥へ隠すと、そのまま黄泉の川へ向かって走り出した。


水の流れる音が近づき、暗闇の向こうに黄泉の川が現れると、向こう岸から何人もの住人たちが渡ってきていた。


「ふぅ、間に合ったみたい、あの人たちに紛れよう」


ワイチたちは川を渡ってきた住人たちの間へ入り、そのまま流れに合わせて歩き始めた。


やがて遠くからカラカラと骨の蹄が大地を叩く音が近づき、三台の骨馬車が砂埃を巻き上げながら川辺へ現れた。


「来やがったな……」


骨馬車が止まると屍武者たちが一斉に広がり、住人たちを囲むように退路を塞いでいく。


「に、逃げろ!」


誰かが叫んだ瞬間、住人たちが散り散りになって走り出した。


屍武者たちは刀を抜いて追いかけ、逃げ遅れた老人を引き倒し、子供を抱えた女の前へ回り込んで馬車へ追い立てていく。


「ひでえことしやがる……こうやって黄泉から来た連中を片っ端から攫ってやがったのか」


武蔵が踏み出しかけると、小次郎が腕を掴んだ。


「武蔵さん、今は駄目です!」


「分かってる!だが目の前でこんなことされて、黙って見てろってのはきついぜ……!」


「ここで暴れたら、黄泉の方々を返すことが出来なくなります!」


「……くそっ、分かったよ!」


屍武者たちは住人を次々と三台の骨馬車へ押し込み、そのうちの一体がワイチたちの前へ刀を突きつけた。


「お前らも乗れ!」


「ひっ……!」


しん吉が肩をすくめて怯えたふりをすると、きゅうすけも顔を伏せながら馬車へ向かった。


「しん吉、うまいね……」


「おいら、こう言うのは昔から得意なのよ……」


「そこ!何を話している!」


「な、何でもないです!」


ワイチたちは他の住人たちに紛れ、屍武者に追い立てられながら三台の骨馬車へ分かれて乗り込んだ。


最後の住人が押し込まれると屍将軍が合図を送り、三頭の骨馬が一斉に駆け出した。


車輪が乾いた大地を削り、荷台が大きく揺れる中、向かいに座っていた老人が震える声を漏らした。


「わ、わしらは……どこへ連れていかれるんじゃ……」


「今は何も知らないふりをしていてください。必ずここから助けだします」


周囲の住人たちもその言葉を聞き、怯えたままワイチへ視線を向ける中、三台の骨馬車は黄泉の川を離れ、根の国の奥へ向かって走り続けた。


しばらくすると骨馬車の速度が落ち始め、荷台の隙間から外を覗いていたきゅうすけが、前方に広がる収容所へ気づいた。


「ワイチ、前に来た収容所が見えてきたよ。このまま中まで連れていかれるみたい」


「みんな、収容所に入ったら僕たちも捕まった黄泉の住人として動いて、馬車を奪う機会が来るまで絶対に正体を知られないようにしよう」


三台の骨馬車が収容所の前で止まると、屍武者たちが荷台を開け、刀を突きつけながら住人たちを次々と降ろしていく。


「さっさと降りろ!収容所へ入れ!」


ワイチたちも住人たちに紛れて馬車を降り、そのまま屍武者に囲まれながら収容所へ入っていった。


以前ワイチたちが救い出したことで空になっていたはずの収容所には、すでに新たな黄泉の住人たちが集められており、その奥では何十人もの住人が木材や鉄材を抱え、破壊された工場との間を何度も往復していた。


「おい、ワイチ……あいつら、もう工場を造り直してやがるぞ」


崩れた壁の間には新しい柱が立ち、破壊した設備の残骸が次々と運び出される中、屍武者たちは刀を手に黄泉の住人たちを働かせていた。


「黒の雫がないから、捕まえた黄泉の人たちをすぐ屍にできなくて、今度は工場を造り直すために働かせてるんだ」


「せっかく壊した工場を、今度は攫った連中に造らせるってのか。どこまで腐ってやがる」


「ですが、工場が完成して黒の雫を作れるようになれば、また同じことが始まります。住人の方々を助けるだけではなく、再建も止めなければなりませんね」


「だったら、この人たちを助けて馬車を奪ったあと、もう一度あの工場をぶっ壊してやろうぜ!」


「武蔵さん、まずは馬車を奪って、以前助けた黄泉の方々を川の向こうへ返すのが先です。ここで騒ぎを起こしたら、馬車まで持っていかれるかもしれません」


「分かってるよ。今度はちゃんと我慢するから、そんな目で見るなって」


収容所の外では、住人を運び終えた三台の骨馬車が並んだまま残され、その周囲を屍武者と屍将軍が固めていた。


「ここじゃ馬車を奪う相談なんてできないね。監視の目が届かないところへ移動しよう」


ワイチたちは資材を運ぶ住人たちの流れへ紛れ、屍武者の目が別の一団へ向いた隙に崩れた工場の裏手へ回り込んだ。


すると枯れ木の陰から摩天狼が姿を現し、武器を背負ったまま晴明のそばへ近づいてきた。


「摩天狼、ちゃんとついてきてくれたんですね。このまま武器を預かって、誰にも見つからないところで待っていてください」


摩天狼は低く喉を鳴らすと、再び枯れ木の奥へ身を潜めた。


きゅうすけが工場の陰から三台の骨馬車を覗いた。


「あの三台を全部奪えれば、前に助けた人たちを一度に黄泉の川まで運べるよね」


「問題は、屍将軍と屍武者に囲まれた状態で、どうやって三台とも奪うかですね」


しん吉ときゅうすけが顔を見合わせると、同時にニヤリと笑った。


「それなら、おいらたちに任せてよ。久しぶりにあれを使えば、屍軍団に怪しまれないで馬車まで近づけるよ」


「しん吉、あれって何?」


「おいらたちには、ずっと使ってなかった変化の術があるんだよ」


しん吉が懐から一枚の葉っぱを取り出すと、きゅうすけも同じように葉っぱを取り出した。


「うわぁ、この葉っぱを使うのも久しぶりだな」


「お前ら、そんな葉っぱ一枚で本当に屍将軍に化けられんのか?」


「武蔵、馬鹿にするなよ!おいらたちが本気で化けたら、誰だって騙せるんだからな!」


「そこまで言うなら、ちょっと見せてみろよ。本当にそっくりになれるのか確かめてやる」


「だったら見てろよ!」


しん吉ときゅうすけが葉っぱを頭へ乗せると、二人の身体を白い煙が一気に包み込んだ。


「変幻!」


煙が流れた先に立っていたのは、しん吉ときゅうすけではなく、阿国とナリアだった。


「どうだ!おいらたちの変化、完璧だろ!」


「武蔵と小次郎、もっとよく見てみろよ!」


「ならほら、サービスサービス!」


阿国に化けたしん吉とナリアに化けたきゅうすけが胸元をはだけると、武蔵と小次郎の顔がみるみる真っ赤になり、二人の鼻から血が垂れた。


「お、お前ら……そこまで再現すんのかよ……」


「しん吉、きゅうすけ、それ以上はやめなさい!」


小次郎が顔を背ける隣で、ワイチは両手で目を覆った。


「僕は何も見てません!」


人差し指と中指の間だけは、しっかりと開いていた。


「あんた達、何やってるの!」


スパァン!


阿国のハリセンがしん吉ときゅうすけの頭をまとめて叩き飛ばすと、白い煙が弾け、元の姿へ戻った二人が頭を抱えた。


「痛ってぇ!何すんだよ!」


「おいらたちは変幻を見せただけだろ!」


「わたくしとナリアさんの姿で何をしているのかしら♪」


「変化できるのは十分分かったから、今度はちゃんと屍将軍に化けてよ」


ワイチがまだ目を覆ったまま言うと、阿国の視線がそちらへ向いた。


「ぼ、僕は本当に何も見てません」


「ワイチさん……絶対に見たわね!」


ナリアの声にワイチは両手で顔を覆ったまま黙り込み、武蔵が鼻血を拭いながらしん吉ときゅうすけを指差した。


「遊びは終わりだ。今度こそ屍将軍に化けて、あの三台をいただこうぜ」


「任せてよ、今度はちゃんとやるから」


「でも、しん吉ときゅうすけが屍将軍に化けても二人しかいないよ。馬車は三台あるけど、もう一台は誰が動かすの?」


しん吉ときゅうすけが同時に阿国を見た。


「え?……どうして二人とも、わたくしを見ていますの♪」


「阿国が屍武者の兜をかぶれば、顔はほとんど見えないよ」


「わたくしに屍武者の真似をしろと?」


「しゃべったら絶対にばれるから、何か聞かれても『うぇ』だけでいいよ」


「うぇ……ですの?」


「それなら屍武者っぽいよ!」


阿国がハリセンを持ち上げると、しん吉ときゅうすけが揃って後ろへ下がった。


「分かった!分かったから叩くなよ!」


「馬車を奪うためですもの、今回だけですわよ♪でも、兜と装束はどうしますの?」


「だったら屍武者を一人、こっちに連れてくればいいんじゃない?」


きゅうすけが工場の裏から顔を出すと、少し離れたところを一人で巡回している屍武者を見つけた。


「おいらがあいつを連れてくるよ」


しん吉は葉っぱを頭へ乗せると、白い煙に包まれながら屍将軍へ姿を変え、そのまま巡回していた屍武者の前へ向かった。


「おい、お前!ちょっとこっちへ来い!」


「はっ!」


屍武者がしん吉について工場の裏へ入った瞬間、待ち構えていた武蔵が背後から羽交い締めにし、小次郎が口を塞いだ。


「悪いな。ちょっと服借りるぜ」


屍武者を気絶させて装束と兜を奪うと、阿国はすぐに着替え、顔が見えないほど深く兜をかぶった。


「これで三人揃ったね」


「では、三台の骨馬車を奪いに行きましょう」


しん吉ときゅうすけは葉っぱを頭へ乗せ、白い煙に包まれると二体の屍将軍へ姿を変え、屍武者に化けた阿国を連れて三台の骨馬車へ向かった。


馬車の周囲にいた屍武者たちは、近づいてくる二体の屍将軍を見て道を開けた。


きゅうすけが三台の骨馬車を見渡し、最後尾の一台を指した。


「将軍が一人足りねえから、後ろの馬車はこいつにやらせる」


屍武者の一体が阿国へ顔を向けた。


「こいつがですか?本当に大丈夫なのか?」


「うぇ……」


「こいつはこれしか言わねえんだよ。馬車くらい動かせるから心配すんな」


阿国の兜がきゅうすけの方へ向いた。


「うぇ……」


「お、おい!俺に怒るなよ!」


「何をしている!早く三台とも馬車を出すぞ!」


しん吉が声を張ると、きゅうすけが先頭、しん吉が二台目、阿国が最後尾の骨馬車へ乗り込んだ。


周囲にいた屍武者たちも三台の馬車についていこうと動き始めた。


「お前らは来なくていい!ここは、おい……俺らに任せて、黄泉の川へ戻ってもっと住人を連れてこい!」


屍武者たちは命令に従い、黄泉の川へ向かって歩き始めた。


三台の骨馬車が収容所を離れると、ワイチたちは工場の裏手から別の道を走り、屍軍団から見えなくなる場所まで先回りした。


やがて骨の蹄と車輪の音が近づき、しん吉たちが奪った三台の骨馬車が現れた。


「しん吉、きゅうすけ、三台とも奪えたね!」


「危なかったぁ!『おいら』って言いそうになったよ!」


「阿国も完璧だったよ!」


「うぇ……」


「阿国、もう屍武者の真似しなくていいよ!」


「誰のせいでこんな格好をしていると思っていますの♪」


「しん吉、早く馬車を出せ!阿国のハリセンが飛んでくるぞ!」


「分かってるよ!みんな、しっかりつかまって!」


ワイチたちが三台の骨馬車へ分かれて飛び乗ると、三頭の骨馬が乾いた大地を駆け出し、収容所から一気に遠ざかっていった。


途中で枯れ木の陰に待っていた摩天狼と合流し、武蔵たちは預けていた武器を受け取ると、そのまま以前救い出した黄泉の住人たちが待つ場所へ向かった。


三台の骨馬車が姿を現すと、待っていた住人たちから驚きの声が上がった。


「皆さん、この三台の骨馬車で黄泉の川まで行けます!今度こそ向こうへ帰れますよ!」


住人たちは互いに顔を見合わせ、やがて次々と三台の骨馬車へ乗り込んでいった。


「全員乗れそうですね」


「三台奪って正解だったな。これなら何往復もしなくて済むぜ」


最後の住人が乗り込むと、三台の骨馬車は再び走り出した。


骨の蹄が乾いた大地を鳴らし続け、やがて暗闇の向こうから黄泉の川の流れる音が聞こえてきた。


「みんな、黄泉の川が見えてきたよ!」


三台の骨馬車が川辺で止まると、住人たちは次々と降り、黄泉の川を渡っていった。


向こう岸へたどり着いた者たちが何度も振り返り、ワイチたちへ手を振りながら暗闇の向こうへ消えていく。


「これで、みんな無事に黄泉へ帰れたね」


「だが、まだ終わりじゃねえ。工場には働かされてる連中が大勢残ってるんだ、今度はあいつらを助けに行くぞ!」


「工場の再建も止めないと、また黒の雫が作られてしまいます」


「だったら次は、あそこに残ってる屍軍団をぶっ飛ばして、工場もまとめてぶっ壊そう!」


ワイチたちが三台の骨馬車へ乗り込むと、骨馬は一斉に向きを変え、黄泉の川を背に工場へ向かって乾いた大地を駆け出した。


【次回予告】


武蔵だ


せっかく黄泉まで帰したってのに、まだ工場じゃ大勢の連中が働かされてやがる。


しかも俺たちがぶっ壊した工場を、もう造り直そうってんだから気に入らねえ!


待ってろよ、今度は残ってる連中もまとめて助け出してやるからな!


次回、第97話「住人を救え!伏雷の野望を砕け」


伏雷の野郎、何度造り直したって無駄だ!俺たちが何度でもぶっ壊してやるぜ!

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