捕らわれの収容所
エレナの案内で根の国を進んでいたワイチたちは、黒雷のいた門からさらに奥へと歩き続けていた。
乾き切った大地には相変わらず草一本なく、ねじれた枯れ木が立ち並ぶ間を抜けるたび、足元の砂がざらざらと音を立てる。
しばらく進んだところで、先頭を歩いていたエレナが足を止めた。
「ここから先は危険ですから、気をつけてくださいね。」
「いよいよ近いってことか。」
「もう少し進めば収容所がありますから音は立てないでくださいね。」
そこから一行は足音を抑え、枯れ木や岩陰に身を隠しながら慎重に進んでいった。
やがて武蔵が岩陰から先を覗き込む。
「なんだよ……こりゃ。」
広大な土地に、巨大な金網で囲まれた収容所が三つ並んでいた。
それぞれの中には百人近い人々が押し込められ、座り込んでいる者、金網にもたれかかっている者、力なく地面を見つめている者がひしめき合い、その間を屍武者や屍侍、屍薬師たちが巡回していた。
「こ、こんなに……。」
エレナが息を呑んだその時、収容所の脇から大勢の足音が響き、ワイチたちは岩陰へ身を寄せた。
現れたのは、屍武者、屍薬師、屍陰陽師、屍歌舞伎、屍屈師たちで、三十体を超える魔物が列を作り、その先頭を歩く屍将軍が後ろへ声を飛ばした。
「遅れるな! こっちだ、行くぞ!」
魔物たちは一斉に歩調を揃え、収容所のさらに奥にそびえる巨大な城壁へ向かっていく。
城壁の中央には大きな門があり、その上には天将を思わせる装束を身につけた女が立っていた。
女は眼下を進む魔物の列を眺め、高らかな笑い声を響かせた。
「オーッホッホッホ! ずいぶん揃ってきたざますねぇ。お姉様もきっとお喜びになるざます!」
「なんだ、あの女?」
「分かりません。ですが、あの魔物たちに指示を出せる立場のようですね。」
城壁の門がゆっくりと開き、屍将軍に率いられた魔物たちは次々とその向こうへ入っていった。
最後の一体が門を抜けようとしたところへ、別の屍将軍が一人の男を引き立ててくる。
「こいつ、逃げようとしたので捕まえました。」
「離せ! 離してくれ!」
男が必死に抵抗する姿を、城壁の上の女は面白そうに見下ろしていた。
「そんなことしたって無駄ざますのに。オーッホッホッホッホ!」
「頼む! もう逃げない! だから――」
「さっさと材料にするざます!」
「嫌だー!材料になるのは嫌だー!なんでもするから……」
屍将軍は男の腕を掴んだまま、収容所のそばに建つ大きな建物へ向かっていった。
「なんだ、材料って……?」
ワイチが男の連れていかれた先を追うと、エレナも同じ建物へ視線を向ける。
「あの建物……私は、中に入ったことはありません。」
男の声が遠ざかり、やがて建物の中へ消えていくと、今度は城壁の下から聞き覚えのある声が響いてきた。
「あっ、お姉様!」
「この声……。」
小次郎が城壁の方へ目を向けると、土雷と鳴雷が門の前までやってきた。
「げっ、あいつらじゃねえか。」
土雷は城壁の上を見上げた。
「お姉様、ご無沙汰です。いつもお綺麗で。そして、気をつけてくださいね。あのバカな武蔵たち、こっちへ来てるみたいなんですよ。」
「まあ、黒の兄貴にボコボコにされてると思うんですけどね。」
「誰がバカだ……あいつらだけには言われたくない。」
「武蔵さん、聞こえますよ。」
小次郎に止められ、武蔵は舌打ちしながら岩陰へ身を沈めた。
「すみません、お姉様、この先にいる火の大姉様にも報告しておかないといけないんで、ここを通らせてもらいますね。」
「土雷、鳴雷!あんたたちはバカなんだから、さっさと行きなさいよ!ここにいるとバカがうつる!」
「へい、姉さん。」
「姉さんはいつも綺麗なのね、秘密だけど。」
「鳴雷、声に出したら秘密でないでしょ?てか、秘密にしないでいいのです。」
「あ、そうだった兄貴!」
門が再び開き、土雷と鳴雷はその向こうへ入っていった。
二人の姿が消えると巨大な門はゆっくりと閉じ、城壁の上にいた女も奥へ引っ込んでいった。
ワイチたちはしばらくその場から動かず、辺りの様子を窺った。
収容所の中では屍武者たちが変わらず巡回しているものの、金網の外を見張る魔物の姿はない。
「行くなら今です。こっちに来てください。」
エレナの案内で岩陰を離れたワイチたちは、身を低くしながら収容所へ近づいていった。
金網のそばまで近づいたエレナは、中を巡回する屍武者たちの動きを窺いながら、収容されている人々の顔を一人ずつ追っていった。
「おじいさん……おばあさん……。」
隣の区画へ視線を移しても二人の姿はなく、さらに奥へ目を凝らしていたエレナの表情が次第に曇っていく。
「おかしいです……。」
「どうした?」
「おじいさんとおばあさんだけじゃありません。私がここにいた時の人たちが、誰もいないんです。」
「誰もいない?」
「ここにいた人たちの顔は覚えています。でも、今いるのは知らない人ばかりで……。」
収容所の中から、人々を数える声が聞こえてきた。
「四十七、四十八……そこ、ちゃんと並んでくれ、数えられないだろ。」
一人の男が収容者たちを並ばせながら人数を確認している。
エレナがその横顔を見た。
「お兄ちゃん……?」
男が金網の外へ顔を向けると、驚いた顔で、
「エレナ……エレナじゃないか! お前、なんで戻ってきたんだ!」
「お兄ちゃんこそ、なんで? どうしてここに……?」
「俺のことはいいんだよ。それより、せっかく逃げられたのに、なんで戻ってきた!」
「おじいさんとおばあさんを探しに来たのよ、そして、この人たちに助けてもらって、ここまで連れてきてもらったのよ。」
「こんなところまで来るなんて……あの門をどうやって抜けてきたんだ?」
「それはあとで話します。それより、おじいさんとおばあさんは? 二人もここにいたでしょ?」
兄の視線が、収容所のそばに建つ大きな建物へ向いた。
「昨日、あそこへ連れていかれた。」
「昨日……? あの建物に?」
「あそこへ連れていかれた奴は、誰も戻ってこないんだ。」
「何をされるんですか?」
「分からない、俺も中までは知らないんだ。ただ、一度だけ別の場所へ連れていかれて、変な水晶みたいなものを当てられた。」
「私もやられたよ、でも、何も起きなかったよ。」
「俺の時は、水晶が次々に違う色へ変わった。赤くなったと思ったら青くなって、今度は黄色になって……何を調べていたのかは分からないが。」
「それで、どうしてお兄ちゃんだけここにいるの?」
「そのあと俺だけ魔物に呼び出されて、ここにいる連中の点呼を取って管理しろって命令されたんだ。断ったら、ここで殺されたらどうなるか分かってるだろって脅されてな。輪廻の輪には二度と戻れない、永遠に苦しみ続ける世界へ送ってやるって。」
「だから……言うことを聞いてるの?」
「死んだあとまで永遠に苦しめられるなんて御免だ。それに、俺が逆らったせいで他の奴まで何をされるか分からないだろ。」
「同じように管理を任されている方は、ほかにもいるのですか?」
「俺を含めて何人かいるよ。点呼を取ったり、ここの連中を移動させたりする役目をやらされてる。」
「おじいさんとおばあさんも、その水晶による鑑定を受けたんですか?」
「受けてる。ただ、どんな反応だったかまでは知らない。俺が知ってるのは、二人が昨日あの建物へ連れていかれたことだけだ。」
「だったら、すぐにあの建物へ行かないと!」
「まさか、お前……あそこへ行くつもりじゃないだろうな?」
「おじいさんとおばあさんが中にいるかもしれないの。ここまで来て何もしないなんてできないよ。」
「ダメだ! あそこへ連れていかれた奴は誰も戻ってこないんだぞ! 何をされるかも分からないのに、お前まで行ってどうする!」
「でも――」
「エレナ、せっかく逃げたんだぞ。もう捕まるような真似はするな!」
「お兄さん、中へ乗り込んで戦うつもりはないです。まずは何をやってる場所なのか、様子を見てみないと。」
「あんた、見つかったらどうするんだ?」
「その時はすぐに引きます。エレナに無茶はさせませんから。」
「お兄ちゃん、お願いだよ、おじいさんとおばあさんがどうなったのかだけでも確かめたいの。」
「……絶対に無茶するなよ。危ないと思ったらすぐに戻るんだぞ。」
「お兄ちゃんも一緒に逃げよう。みんながいるから、今度なら――」
「俺がいなくなったらすぐにバレるだろ? お前が逃げた時に掘った穴も、もう見つかって塞がれているしな。俺まで消えたら、ここにいる奴らが何をされるか分からないだろ? お前が逃げたから、俺の前任者は、あそこに連れて行かれたんだから。」
「え? そうなの。ならその人も見つけなきゃ。必ず戻ってくるから。それまで待ってて。」
「まず自分が捕まらないことだけ考えるんだぞ。」
「ただ、全員であの建物へ近づくのはちょっと目立つな。」
「やはりここは、人数を絞った方がいいでしょうね。」
「ワイチさん、私は絶対に行きます。おじいさんとおばあさんを探したいんです。」
「では、私も一緒に行きます。何かあれば、お二人を連れてすぐに戻ります。」
「なら、俺たちはここで待ってりゃいいんだな。小次郎頼んだぞ!」
「武蔵さん達も気をつけて!」
ワイチ、エレナ、小次郎の三人が工場の様子を探り、残った仲間たちは収容所の近くで待機することになった。
ワイチ、エレナ、小次郎の三人は仲間たちと別れ、先ほど男が連れていかれた建物へ向かった。
正面では屍武者や屍侍が出入りしているため、枯れ木の陰を伝いながら裏手へ回ると、建物の側面に小さな扉があり、二体の屍武者が荷車から木箱を運び込んでいた。
「ここから入れそうだな。」
「今は近づけませんね。」
最後の木箱を運び終えた二体は、空になった荷車を引いてその場を離れていった。
「今です。」
三人は半開きになった扉から建物の中へ入った。
薄暗い通路が奥まで伸び、壁に掛けられた灯りが僅かに足元を照らしている。
カン――カン――。
ガラガラガラ――。
さらに奥からは、金属を打ちつける音と何かが動き続ける低い音が重なって響いていた。
「かなり広そうだな。」
「まずは奥へ行ってみましょう。」
通路を進んでいくと、前方から声が聞こえてきた。
「次は五人だ。」
「収容所から連れてくる。」
二体の屍武者がこちらへ歩いてきた。
三人は近くに積まれていた木箱の陰へ入り、二体が通り過ぎると再び奥へ進んだ。
通路を曲がった先には広い部屋があり、十人ほどの人間が一列に並ばされていた。
その前には大きな水晶が置かれ、屍薬師が一人ずつ水晶の前へ立たせていた。
最初の男が水晶の前へ出されると、内部に赤い光が浮かび上がった。
「赤だ。右へ連れていけ。」
屍侍が男を連れ、部屋の右側にある通路へ入っていった。
次の女では水晶が青く光った。
「青。こいつも右だ。」
女も同じ通路へ連れていかれた。
三人目の男が水晶の前へ立たされた。
しかし、水晶は何の反応も示さなかった。
屍薬師はもう一度確認し、
「反応なし。左へ連れていけ。」
今度は別の屍侍が男を連れ、反対側の通路へ向かった。
続く女も水晶は光らず、同じように左へ連れていかれた。
「これ……私が受けたのと同じです。」
「光った奴と、何も起きなかった奴で分けてるんだな。」
「何を基準にしているのかは分かりませんが、行き先が違うのは確かですね。」
水晶による鑑定はそのまま続き、人間たちは反応によって次々と二つの通路へ振り分けられていった。
三人は部屋を離れ、先ほど反応のなかった人間たちが連れていかれた左側の通路へ進んだ。
その先には鉄格子で仕切られた小部屋がいくつも並び、中には水晶が光らなかった人間たちが数人ずつ入れられていた。
奥から屍武者が二体やってきた。
「ここの五人を連れていくぞ。」
鉄格子が開き、中にいた人間たちが通路へ出され、
「ど、どこへ連れていくんだ……?さっき連れて行かれた奴はどこへ行った?」
「うるさい、黙って歩け!」
五人はさらに奥へ続く通路へ連れていかれた。
ワイチたちは距離を空けて、その後を追った。
通路を進むにつれて、先ほどから聞こえていた音が大きくなっていく。
ゴウン――ゴウン――。
ガラガラガラ――。
やがて前方に巨大な扉が現れ、五人の人間と屍武者たちはその中へ入っていった。
扉の左右には屍侍が立っていた。
「ここからじゃ入れないな。」
「別の道を探しましょう。」
三人は途中にあった分かれ道まで戻り、別の通路へ入った。
こちらには人影がなく、奥へ進むと建物の内部を見下ろせる細い通路へ出た。
下には広大な空間が広がり、何台もの巨大な装置が並んでいた。
太い管が天井や壁を這い、歯車が絶え間なく回転し、その間を屍薬師たちが忙しく行き交っていた。
ゴウン――ゴウン――。
巨大な装置の一つが動き、何かが管の中を流れていく。
「なんだ、これは……?」
「あの人たちはどこへいくんだろう?」
小次郎が先ほどの五人を探すと、部屋の反対側で屍武者に連れられ、そのままさらに奥へ続く扉の向こうへ消えていった。
「まだ先があるのかよ。」
三人は細い通路を進み、装置の間を抜けながら奥へ向かった。
先へ進むほど、空気には鼻につく異様な臭いが混じり始め、機械の音もさらに重くなっていった。
やがて通路の先に、これまでとは比べものにならないほど大きな扉が現れた。
その扉は僅かに開いていた。
隙間の向こうでは、いくつもの巨大な装置が動き、屍薬師たちが何かを作り続けていた。
ワイチがその奥を見ると、
「あ……あれは……!」
【次回予告】
しん吉
「なんなんだよ、あの工場……人間を連れてって、いったい何を作ってやがるんだ? ワイチたちが見つけたものも気になるし、なんだか嫌な予感しかしねえぞ。」
次回、第92話「工場の正体」。
「とにかく三人とも、見つかるんじゃねえぞ!」




