バージョンアップ
黒雷との戦いで負った傷も癒えた頃、小次郎は武蔵とともにワイチのもとを訪れた。
「ワイチさん、今いいですか?」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「昨日話していた右腕の炎なんですが、一度診てもらえませんか?」
「それなら俺も気になってたんだ。小次郎、こっちに来て」
「あの炎が出たのって、黒雷に吹っ飛ばされたあとだったよね?」
「そうですね」
「そういや、かなり派手にぶっ飛ばされてたな。どこか強くぶつけなかったか?」
武蔵に聞かれ、小次郎は黒雷との戦いを思い返した。
「確か……この辺だったと思います」
小次郎が肘の辺りを示すと、ワイチはそこへ指を当て、気の流れを目で追った。
肩から腕の先へ続く気の流れは、その周辺へ差しかかると妙に細くなっていた。
「ここだけ流れが弱いな……」
「弱いのか? 鳳凰の力が宿ってるなら、逆に強そうだけどな」
「俺もそう思ってたんだけど、ちょっと気になるね。小次郎、ここ押すよ」
ワイチが周囲を探りながら一点を押すと、そこからじわじわと赤みが広がり始めた。
「少し熱くなってきました」
「おい、赤くなってきてるぞ」
「もう少し押してみるね」
指に力を加えると、赤みが右腕へ広がり、その表面に小さな炎がメラメラと揺れ始めた。
「炎が出ましたね」
「黒雷に吹っ飛ばされた時、この場所に強い衝撃が入ったのがきっかけだったのかもしれないね」
「だったら、ここをもっと強く刺激したらどうなるんだ?」
「じゃあ、小次郎。ここに杭でも打ってみる?」
「え?…ワイチさん、冗談でもやめてくださいよ!」
「それ刺したら炎どころか、爆発するかもな」
「あははは、冗談だよ。そういえば武蔵、針持ってたよね?」
「持ってるぞ。使うか?」
「一本貸して」
武蔵から針を受け取ったワイチは、先ほど押していた場所を指で確かめた。
「ここに打ってみるね」
「お願いします」
ワイチが針を打った瞬間、それまで細かった気の流れが一気に勢いを増した。
「熱っ!」
赤みが右腕へ広がり、その表面から小さな炎が次々と浮かび上がる。炎は激しく燃え上がることなく、右腕を包むようにメラメラと揺れていた。
「さっきよりはっきり出たな」
「やっぱりここだね。針を打った瞬間、弱かった気の流れが一気に強くなったんだ」
「ここですね、これなら場所は覚えられます」
「だったら刀を持った状態でも試してみようぜ。前に炎が出た時は、刀まで燃えてただろ?」
小次郎が刀を右手で握ると、ワイチは同じ場所へ打った針をそのままにして様子を見た。
右腕を包んでいた小さな炎が刀へ流れ込んだ瞬間――
ボウッ!
刀身から炎が一気に噴き上がった。
「うおっ! やっぱり全然違うな!」
「腕だけの時とは、炎の勢いがまるで違いますね」
ワイチの目には、右腕を巡る鳳凰の力が刀へ流れ込み、そこに宿る朱雀の力と重なっていく様子が映っていた。
「右腕だけなら鳳凰の炎だけど、刀を握ると朱雀の炎と合わさるみたいだね。それで一気に強くなるんだ」
ワイチが針を抜くと、激しく揺れていた炎は次第に勢いを失い、やがて刀身から消えていった。
小次郎は右手を何度か握って開いた。
「動かすのは問題ないです。ただ、少し重い感じがしますね」
「やっぱり右腕には負担がかかるみたいだね。長く使い続けるのは避けた方がよさそうだ」
「だったら使いどころを間違えられねえな」
「そうですね。ここぞという時に使います」
小次郎の右腕に宿る炎の確認を終えた頃、三吉の薬作りを手伝っていたしん吉ときゅうすけが戻ってきた。
「空海ー! ナリアー! 阿国ー! 薬ができたぞー!」
しん吉の声を聞いて三人が集まると、きゅうすけが抱えていた包みを広げた。
「やっと完成したよ……もう腹減った……。」
包みの中には青、黄、赤の丸薬が三粒ずつ、三組に分けて収められていた。
「三色あるんですか?」
「同じ薬は二回飲めないから、三吉たちが種類と配合を少しずつ変えて三種類作ったんだ。」
「三つとも効き目は同じなのか?」
「身体が本来持ってる以上の力を引き出すのは同じだよ。でも、この薬は身体への負担がものすごく大きくて、一度使ったものと同じ種類は二度と飲めないんだって。」
「二度飲んだらどうなるんじゃ?」
「心臓が止まるんだって。」
「いきなり恐ろしい話になりましたね……。」
「古書にも絶対に同じ種類を二度飲ませるなって書いてあるんだ。だから、もう一度力が必要になった時にも使えるように、使うものや配合を変えて三種類にしたんだって。」
「それで青、黄、赤に分けてあるのね♪」
「そう。使う順番も決まってるぞ。最初は青の『八手焚瑠是』。」
「この八手焚瑠是は、三つの中では一番弱いけど、これでも効果が切れたら三日間はまともに動けなくなるんだ。」
「えっ、一番弱い青でも、三日間も動けなくなるんですか?」
「それだけ無理やり力を引き出すってことだよ。」
「青を使ったあと、もう一度どうしても力が必要になったら、次は黄色の『煮華茶堕眼打(逃げちゃだめだ)』。」
「黄色は青より強く力を引き出せる。その代わり、使ったあとは三日じゃ済まないって。」
「どのくらい動けなくなるんですか?」
「そこまでは分からないんだ。ただ、青より長くなることだけは古書に書いてあるって。」
「それで最後が、この赤ね♪」
「赤は『神像緒笹華予』。三つの中で一番強い。」
「三吉たちも赤だけは使ったことがないんだ。古書にも、使ったあと何日動けなくなるのか書かれてない。」
「と言うことは、この青と黄色以上になるってことか。」
「どれだけ寝込むかも分からない。三吉も、赤だけは本当に最後の最後まで使うなって。」
「これを一組ずつ持ってればいいのね♪」
「そう。青、黄、赤を一粒ずつ、空海とナリアと阿国に一組ずつだよ。」
「できれば青だけで済ませたいところじゃな。」
「私は、その青も使わずに済んでほしいです。」
「私も赤まで使うのは嫌ね♪」
三人へ丸薬を渡し終えると、しん吉ときゅうすけはその場に座り込んだ。
「やっと終わった……もうおいら疲れたよ。腹減ったし、今日は何もしたくない……。」
「俺も。ずっと薬作るの手伝ってたんだから、もう動きたくないよ。」
「二人とも、ずいぶん元気がないわね♪」
「そりゃ疲れるよ。混ぜたり運んだり、ずっと働いてたんだぞ。」
「もう誰か飯持ってきてくれないかな……。」
「そういえば、これで小次郎は元気になったのよね♪確かめたいんだけどさ♪」
「……え?まさか…それを俺たちで試す気じゃないよね…?」
「うふふ…ちょうど二人とも疲れてるんだから、同じことが起きるか試せるじゃない♪ でも、このままだと大きすぎて叩きにくいのよね。」
阿国は天照の大きな教本を細長く折り畳んでいった。
「おい、天照様の教本をそんなに折っていいのかよ。」
「使いやすくしてるだけよ♪」
何度か折り重ねると、教本は片手で握れる細長い形になった。
「な、なんだよ、それ?」
「これなら叩きやすいわね♪」
「やっぱり叩く気じゃねえか!」
「昨日と同じことが起きるか確かめるだけよ♪」
「嫌だよ!痛いの嫌だよ、普通に休ませてくれよ!」
「ほらほら二人とも、ちょっと元気を入れてあげるから♪」
しん吉ときゅうすけが逃げ出すより早く、阿国が細長く折り畳んだ教本を振り上げた。
「ちょっと待って! おいらは何もしてないのに、なんでそれ振り上げてんだよ!」
「うふふふ♪」
パパーン!
「いってぇぇぇ! 何すんだよ!」
「うわっ、俺は関係ないだろ!」
逃げようとしたきゅうすけにも、阿国の細長く折り畳んだ教本が飛んだ。
パパーン!
「いってぇ! 俺も!?」
「二人とも、いつまで休んでるの! さっさと動きなさい♪」
「無茶苦茶だよ!」
「ちょっと待って。二人とも、さっきより気の流れが速くなってるよ」
「え? そうなの?」
「なんか……さっきより身体が軽いぞ」
「俺も。腹は減ってるけど、だるさがなくなってきた」
「昨日の小次郎と同じだね。もう一度やれば、はっきり分かりそうだ」
「じゃあ、もう一回ね♪」
「待て待て待て! なんでそうなるんだよ!」
パパーン! パパーン!
「いってぇぇぇ!」
「だから痛いって!」
ワイチには、二人の身体を巡る気がさらに勢いを増しているのが見えた。
「間違いないね。叩いた直後から気の流れが速くなってる」
「昨日、俺の気力が戻ったのも、これだったんですね」
「そうみたいだね。気力そのものを増やすんじゃなくて、気の流れを速くして回復を早めてるんだ」
「だったら、戦いで気力を使った時にも使えそうだな」
「決まりね♪ これから疲れたら私が気合を入れてあげるわ♪」
「絶対疲れたって言わない!」
「俺も!」
「名前は『気合注入』ね♪」
「そのまんまじゃねえか!」
「でも、もっと強くできたりしないのかしら♪」
「もう十分だよ! これ以上叩かなくていいって!」
しん吉ときゅうすけが阿国から逃げようとしたところで、折り畳んだ教本の角が阿国の指先をかすめた。
「痛っ!」
小さく切れた指から血が滲み、一滴が教本へ落ちた。
血の色が紙へ染み込んだ瞬間、その赤みが細長く折り畳まれた教本全体へ一気に広がった。
「おい、なんだあれ!」
白かったハリセンは真っ赤に染まり、その周囲から先ほどとは比べものにならないほど凄まじい力が溢れ出した。
「この道を行けばどうなるものか♪」
「阿国? どうしたんだ、急に?」
「危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし♪」
「おい、なんか喋り方まで変わってるぞ!」
「踏み出せば、その一足が道となる♪」
「ちょっと待て! なんでこっちに来るんだよ!」
阿国が赤いハリセンを手に、しん吉へ迫った。
「迷わず行けよ、行けば分かるさ♪」
「何が分かるんだよ! おいらで確かめるな!」
赤いハリセンが大きく振り上げられた。
「よーし! 行くぞー!♪」
「やめろぉぉぉ!」
「いーち! にー! さーん!」
「ダー!♪」
パァァァァン!
「いってぇぇぇぇぇ!」
赤いハリセンがしん吉の頭へ炸裂した瞬間、全身を巡る気が一気に加速した。
「すごい……さっきの気合注入より二倍……いや、三倍くらい速くなってる」
「お、おいら……なんか身体がすっげえ軽いぞ!」
しん吉は勢いよく走り出すと、薬作りで持ち帰った道具や荷物を次々と片づけ始めた。
「速っ! さっきまで動きたくないって言ってたじゃねえか!」
「うおおおお! まだまだ動けるぞー!」
荷物を運び、散らばった道具を集め、また次の荷物へ飛びつく。しん吉の動きは、さっきまでとは比べものにならないほど速くなっていた。
「気力の回復だけじゃないみたいだね。身体の動きまで一気に上がってる」
その間にも赤いハリセンには亀裂が走り、端から紙片がボロボロと崩れ落ちていった。
「あら?」
最後の一片が床へ落ちると、阿国の手には何も残らなかった。
「一回で壊れちゃったわね♪」
「それだけ強い力を出したってことか」
「普通の方が『気合注入』なら、こっちは――」
「奥義・闘魂注入♪」
「勝手に奥義にするなよ!」
「だったら、何本か作っておけばいいわね♪」
「まだやる気なの!?」
「当然よ♪ 普通の『気合注入』より、ずっと強い効果が出るんでしょ?」
「一人に一回使っただけで壊れるなら、使える回数は作った本数だけってことだね」
「じゃあ、ここぞという時のために取っておいた方がよさそうだな」
その間もしん吉は猛烈な勢いで荷物を運び続けていた。
「おいおい、しん吉、鼻血出てるぞ!」
「まさか……増強効果まであるのか?」
「いやいや、違うよ。さっき張り切りすぎて柱に頭ぶつけてたんだよ。」
その後ろで、阿国がふらつき、そのまま床へ座り込んだ。
「あれ……なんだか力が入らないわ……」
「阿国、大丈夫?」
ワイチには、阿国の気が先ほどまでとは比べものにならないほど弱くなっているのが見えた。
「闘魂注入で、一気に気を使ったんだ。あれだけしん吉の気を強くした分、阿国の気をかなり持っていかれてる」
「これ……思ったより…きついわね……♪」
「闘魂注入は強力じゃが、使った阿国まで動けなくなるとはのう。」
「相手の気を一気に高める代わりに、阿国自身の気もかなり使うみたいだね。何度も使える技じゃないよ。」
「しかも赤いハリセンは一回で壊れちまう。一人に使ったらそれで終わりか。」
「だったら、本当にここぞという時だけね……♪」
「今日はもう休んでた方がいいよ。それだけ気を使ったんだから。」
「そうするわ……♪」
「それに、闘魂注入は一本使ったら終わりなんだろ? 何本くらい作れるんだ?」
「天照様からもらった教本にも限りがあるから、そんなにたくさんは作れないわね♪」
「なら、なおさら無駄打ちはできねえな。」
「普通の『気合注入』なら、血を使わなくても何度か使えそうだよ。普段はそっちを使って、本当に必要な時だけ『闘魂注入』にした方がよさそうだね。」
「そうじゃな。仲間の気を高めるために阿国が先に動けなくなっては、その後が厳しくなるからのう。」
「私も使う相手は選ぶわよ♪」
「頼むから、おいらは選ばないでくれよ!」
「俺も!」
「二人とも効果は確認できたんだから、もう叩かないわよ♪」
「その言葉、絶対忘れるなよ!」
しん吉ときゅうすけが警戒しながら阿国から離れる中、空海とナリアは先ほど受け取った三色の丸薬をしまった。
「できることなら、この薬も使わずに済ませたいものじゃ。」
「でも、根の国で何が待っているか分かりませんから、持っているだけでも違いますね。」
「そうだね。必要になるまでは取っておこう。」
「小次郎の炎に、阿国の気合注入と闘魂注入、それに三吉たちの強化薬か。ずいぶん手札が増えたな。」
「増えたからって、何でも使えばいいわけじゃないよ。小次郎の炎は右腕に負担がかかるし、闘魂注入は阿国の気を大量に使う。強化薬も簡単には使えない。」
「切り札が増えた分、使いどころが大事になるということじゃな。」
根の国で待ち受ける敵が、これからどれほど強くなるのかは分からない。
だが、新たな力を手に入れたからといって、戦いが楽になるわけではなかった。
一つ使えば、一つ代償を払う。
その切り札をいつ、誰に、どこで使うのか。
次の戦いでは、その判断さえも勝敗を分けることになる。
【次回予告】
ナリアです。
黒雷を倒して、これで根の国のさらに奥へ進めるようになりました。
でも……この先もっと遠くまで進んだら、そのたびに黄泉坂の社まで戻ってくるのは大変ですよね。
もっと長く根の国を進むために、何かいい方法はないでしょうか?
みんなで考えていたら、村正宗さんが何か思いついたみたいです。
次回、第89話『旅支度計画』。
どんな旅支度になるのか、楽しみですね!




