炎燕、黒を断つ
晴明の指先で印がわずかに揺らぎ、周囲を舞っていた五枚の式紙のうち一枚が薄く透け始めた。
酒呑童子が盾を失った屍盾武者へ拳を叩き込み、巨体が地面を滑った。屍盾武者が起き上がるより早く武蔵が間合いへ踏み込み、太刀と脇差を重ねるように振り下ろした。
「天魔剛衝斬!!」
二本の刃が屍盾武者の胴へ食い込み、凄まじい衝撃が地面まで突き抜けた。
「グォォォォォッ!!」
屍盾武者の身体が大きく沈み、その横を小次郎が駆け抜けた。
「瞬燕流――飛燕!」
一瞬で背後へ抜けた小次郎の斬撃が屍盾武者の脇腹を深く切り裂き、崩れかけた巨体へ酒呑童子の拳が再びめり込んだ。
ドゴォォン!!
屍盾武者が地面へ叩きつけられ、そのまま動きを止めた。
「そこまで削れりゃ十分だ!」
村正宗が玄武の盾を外し、金槌を握ったまま倒れた屍盾武者へ駆け込んだ。
「こいつで二度と起き上がれねぇようにしてやる! 滅魂打!!」
振り下ろされた金槌が屍盾武者の胸を打ち抜いた。
ズドォォン!!
白い光が衝撃とともに屍盾武者の全身へ駆け巡り、黒く淀んでいた身体が内側から崩れ始め、腕が砕け、胴が崩れ、最後に頭部まで黒い塵となって地面へ散っていった。
その奥では屍薬師が両手を広げ、残った屍武者たちへ回復の光を送り始めていた。
「次はあいつだ! 回復される前に潰すぞ!」
武蔵が地面を蹴り、屍薬師との距離を一気に詰めた。
屍薬師の前へ屍武者が割り込み、振り下ろされた刀を太刀で受け止めた武蔵が脇差を横薙ぎに叩き込んだ。
「邪魔だぁっ!!」
屍武者が吹き飛び、開いた道へ小次郎が飛び込んだ。
「瞬燕流――神風牙!」
鋭い突きが屍薬師の胴を貫いた。
「ギィィィィッ!!」
屍薬師が後方へ弾かれながらも両手に光を集め、その傷が塞がり始めた。
「自分で治してやがる!」
武蔵が迫るより先に、小次郎の姿が消えた。
「瞬燕流――飛燕返し!」
屍薬師の身体を一閃が斜めに切り裂き、直後、逆方向から返された刃が胸を深く斬り裂いた。
二つの斬撃を受けた屍薬師が地面へ崩れ落ち、身体を包んでいた回復の光が消えた。
「これで回復はできねぇ! 残りを片付けるぞ!」
武蔵が残った屍武者へ飛び込み、太刀と脇差が二方向から刀を弾き飛ばした。
その背後で、晴明の周囲を舞っていた式紙が再び大きく揺れた。
一枚の端が透け、そこから少しずつ形を失っていく。
「これは……もう長くはもちませんね」
黒雷が懐から黒い雫の入った小瓶を取り出した。
「ちっ、弱い奴らだ!さっさと起きろ!」
小瓶を掲げた瞬間、天狗が巻き起こした風が刃となって黒雷へ襲いかかった。
「ぐぉっ!」
風刃が胸を切り裂き、黒雷の巨体から血が飛び散り、天狗の攻撃は止まらず、次々と放たれた風刃が肩や脇腹を切り裂いていく。
「くっ!邪魔だぁどけぇぇぇ!!」
黒雷が地面を蹴って跳び上がり、巨大な金棒が黒い気をまといながら頭上から振り下ろされ、天狗へ直撃した。
ドゴォォォォン!!
地面が大きく陥没し、巻き上がった土煙の中で天狗の身体が砕け散り、晴明の周囲を舞っていた式紙の一枚が真っ二つに裂け、そのまま光の粒となって消えていった。
黒雷は手にしていた黒い雫を見た。
「クソっ!やめだ!こんな使えねぇ奴らはいらねぇ! 俺様一人でぶっ潰してやる!!」
小瓶を懐へ戻すと、巨大な金棒を振り回しながら村正宗へ襲いかかった。
「さぁ、来やがれ!全員ぶっ殺しとやる!」
村正宗が玄武の盾で金棒を受けた瞬間、凄まじい衝撃が地面を走った。
ドゴォォン!!
巡喝油を塗った鎧の表面を金棒が滑り、直撃を外れた一撃が村正宗の身体を横へ弾き飛ばした。
鎧の内側に仕込まれた無数のバネが残った衝撃を吸収したものの、村正宗の足が地面を削りながら大きく後退した。
「ぐっ……痛ぇ、衝撃が重くなってやがる!」
「ハハハハハッ!! もっとだ!もっとだ!お前らを完全に砕いてやる!!」
黒雷の腕へ黒い気がさらに集まり、巨大な金棒が再び振り抜かれた。
村正宗の玄武の盾へ金棒が叩きつけられ、身体ごと後方へ押し込まれた。
「ま、正宗さん!このままでは……」
ナリアの回復魔法が村正宗を包み、しん吉の癒爪が傷を塞ぎ、きゅうすけの癒炎が身体を包んだ。
その間にも黒雷は止まらなかった。
「オラァァァァ!!」
三撃目の金棒が振り下ろされ、村正宗が玄武の盾で受け止めた。
ズドォォォン!!
衝撃が盾を抜けて両腕から全身へ走り、村正宗の膝が地面へ沈んだ。
黒雷の胸や肩には天狗の風刃で刻まれた傷が残り、血が流れていた。
「ハハッ! 痛ぇなぁ!だが血が出れば出るほど俺様は強くなる。その限界まで試させろ!ガハハハ!」
黒雷の腕を覆う黒い気が膨れ上がった。
ワイチの目には、その異常な変化がはっきりと映っていた。
攻撃のたびに腕へ集まる黒い気は、霊杭を打ち込む前よりも明らかに増えていた。
「ヤバい!このまま行けば守れない!早く倒さなくては!」
黒雷が金棒を大きく振り抜いた。
「絶界!!」
空海の結界が村正宗たちの前へ広がり、金棒が激突した。
バキィィィン!!
絶界全体が激しく揺れ、表面へ亀裂が走った。
「このままでは…もたんぞ!」
黒雷は傷口から血を流しながら、さらに黒い気を腕へ集めていた。
「ハハハハハッ!!俺様は強い、強いんだ!!」
絶界の亀裂へ黒雷の金棒が再び叩き込まれた。
ドゴォォォォン!!
結界が大きく歪み、亀裂が一気に広がった。
「や、ヤバい…なんとかしてくれれ!」
空海が絶界を維持する中、黒雷が金棒を振り回しながら村正宗へ突っ込んだ。
「そんな物、壊せねぇと思ってんのか! 出てこいやぁぁぁ!!」
金棒が横薙ぎに絶界を打ち据えた。
バキィィィィン!!
絶界が砕け散り、黒雷はそのまま村正宗へ踏み込んだ。
「オラァァァァ!!」
玄武の盾へ金棒が叩きつけられ、村正宗の身体が後方へ押し飛ばされた。
巡喝油によって金棒が盾から外へ滑り、その勢いのまま鎧の表面を擦り抜けたが、残った衝撃が内側のバネを押し潰しながら全身へ伝わった。
「ぐぅっ……!」
村正宗の身体が地面を転がった。
きゅうすけの癒炎がすぐに村正宗を包み、しん吉の癒爪が傷を塞いでいく。ナリアの回復魔法が重なる中、黒雷は止まらず金棒を振り回した。
「オラ!オラ!オラ!オラ!まだ終わりじゃねぇぞぉ!!」
黒い気をまとった金棒が迫り、村正宗が玄武の盾で受けた。
ドゴォォン!!
衝撃に押されて両足が地面を削り、村正宗の身体が大きく後退した。
「ちくしょう……とんでもねぇ馬鹿力だ……」
その頃、三頭の魔天狼は残った屍武者へ襲いかかっていた。
一頭が刀を振るう腕へ噛みつき、そのまま身体を引き倒し、屍武者へ残る二頭が飛びかかり、爪と牙を立て続けに叩き込んだ。
「ギィィィィッ!!」
屍武者が刀を振り回して一頭を払いのけたところへ、武蔵の太刀が胴を斬り裂いた。
「こっちは俺が片付ける! お前はあのデカブツを斬れ!」
小次郎が黒雷へ飛び込んだ。
「瞬燕流――飛燕!」
一瞬で間合いを詰めた刃が黒雷の脇腹を切り裂いた。
ザシュッ!!
「ぐぉっ……ハハハハハッ!! また、コバエが来やがった!!」
黒雷の傷口から血が噴き出した。
「うるさい蚊蜻蛉め!!」
黒雷が金棒を振り回し、小次郎が高速で間合いを外し、そのまま再び踏み込み、刃が黒雷の胸を斜めに走った。
ザンッ!!
「チョロチョロうぜぇ!! そんなに相手にして欲しいのか!!」
黒雷の金棒が小次郎へ振り抜かれた。
小次郎が身をかわした直後、金棒は地面を抉り、砕けた黒い土が激しく飛び散った。
「そこだぁぁぁ!!」
黒雷がさらに金棒を振り回した。
村正宗がその進路へ割り込み、玄武の盾で一撃を受け止めた。
ドゴォォン!!
「ぐぅぅっ!!」
村正宗の身体が押し込まれ、黒雷が金棒を引き戻すより早く小次郎の刃が腕を切り裂いた。
「瞬燕流――飛燕返し!」
返された二撃目が黒雷の胸へ走った。
ザシュッ!!
「ぐはっ!そんなに早く死にたいみたいだな!!」
黒雷が血を撒き散らしながら金棒を振り抜いた。
村正宗が玄武の盾で受けようと踏み込んだが、その直前、黒雷は金棒の軌道を変えた。
「いっただき!!」
巨大な金棒が村正宗の横を抜け、小次郎へ襲いかかった。
「小次郎さん! 右です!」
金棒が小次郎の右腕へ叩き込まれた。
ドゴォォン!!
「ぐあっ!!」
小次郎の身体が吹き飛び、地面へ叩きつけられた。
「小次郎ぉぉぉぉ!」
武蔵が残った屍武者を斬り伏せながら叫んだ。
黒雷が金棒を振り回し、小次郎へ迫った。
「これでジ・エンドだ!!」
小次郎が右腕に力を入れた瞬間、その腕から炎が噴き上がった。
ゴォォォォォッ!!
「なっ……!」
炎は右腕を包み込みながら激しく燃え上がり、そのまま握られた刀へ流れ込んだ。
刀身に宿っていた朱雀の炎が呼応するように膨れ上がった。
二つの炎が重なった瞬間、炎の勢いが一気に跳ね上がった。
「これは……あの時の炎……!」
小次郎の右腕から溢れた鳳凰の炎と、刀に宿る朱雀の炎が一つとなり、刀身を聖炎が包み込んだ。
「な、なんだぁ、その炎は!」
黒雷が金棒を振り下ろした。
小次郎の姿が消えた。
「瞬燕流――飛燕・改!」
炎の軌跡が黒雷の巨体を一瞬で駆け抜けた。
ザンッ!!
黒雷の頭から二本の角が宙へ舞った。
「な、なにぃっ!?」
切り落とされた角が地面へ落ちるより早く、小次郎が炎をまとった刀を振り抜いた。
黒雷の胸へ新たな斬撃が走り、傷口から聖炎が噴き上がった。
「ぐおぉぉぉっ!!」
黒雷が金棒を振り回したが、小次郎の姿を捉えられない。
炎の軌跡が黒雷の周囲を駆け抜けるたび、巨体へ次々と斬撃が刻まれていった。
「くそがぁぁぁ!! ちょこまかとぉぉぉ!!」
黒い気をまとった金棒が地面を砕き、黒雷が力任せに振り回しても、その先に小次郎の姿はなかった。
少し離れた場所では、武蔵の二刀が残った屍武者を斬り裂いていた。
「こっちは俺に任せとけ! そいつをぶった斬れ!!」
黒雷の巨体へ、炎をまとった新たな斬撃が走った。
「ぐおぉぉぉぉっ!!」
二本の角を失い、全身を斬り刻まれた黒雷が、それでも巨大な金棒を握り締めた。
「まだだぁ……まだ終わってねぇぞぉぉぉ!!」
腕へ黒い気が一気に集まり、金棒を覆う黒がさらに膨れ上がった。
その正面で、小次郎の右腕から噴き上がる炎もさらに激しさを増していた。
黒雷の腕へ黒い気が渦を巻きながら集まり、巨大な金棒を覆い尽くした。
「ハハハハハッ!! いいぞぉ!! そんな隠し玉を持っていたのか!!楽しくなってきたぞ!」
黒雷が踏み込むたびに黒い大地が沈み、金棒から溢れた黒い気が周囲の瘴気を巻き込みながら膨れ上がっていった。
その正面で、小次郎の右腕を包む鳳凰の炎が刀へ流れ込み、朱雀の炎と重なり合った。
ゴォォォォォォッ!!
二つの炎が一つとなった瞬間、炎の勢いがさらに跳ね上がった。
熱気が周囲へ押し寄せ、黒い大地から陽炎が立ち昇った。
「この炎……まだ力が……!」
小次郎の右腕から溢れ続ける炎が刀身へ吸い込まれ、刀を包む聖炎が螺旋を描きながら大きく膨れ上がっていった。
黒雷が金棒を振り上げた。
「潰れろぉぉぉぉぉ!!」
黒い気をまとった金棒が振り下ろされた。
小次郎が目を閉じ、呼吸を整え大きく地面を蹴った。
「瞬燕流――」
金棒が黒い大地を叩き砕き、凄まじい衝撃とともに無数の岩片が噴き上がった。
その中を一本の炎が駆け抜けた。
小次郎の右腕から噴き上がった鳳凰の炎が刀身を包み、朱雀の炎と重なりながら激しく渦を巻いた。
炎はさらに膨れ上がり、刀を中心に巨大な螺旋を描き、黒雷はその炎へ金棒を振り抜いた。
「死ねやぁぁぁぁ!!」
小次郎の刀が下から斬り上げられた。
「瞬燕流奥義――飛燕炎閃!!」
ゴォォォォォォォォッ!!
螺旋を描く聖炎とともに刃が黒雷の巨体を下から一気に斬り上げた。
一閃。
黒雷の動きが止まった。
握られていた巨大な金棒が地面へ落ちた。
ドォン……。
黒雷の身体に一本の斬線が走り、その巨体が真っ二つに割れた。
「バ、バカな、この俺が……こんな奴らに……」
切断面から白い炎が噴き出した。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
聖炎が一瞬で黒雷の全身へ燃え広がり、身体から溢れていた黒い気まで炎に飲み込まれていった。
「俺様がぁぁぁぁぁぁっ!!」
腕が燃え落ち、脚が崩れ、真っ二つになった身体が崩れ、黒い塵へ変わりながら聖炎の中へ消えていった。
最後に残った黒い気まで白い炎に焼き尽くされ、舞い上がった塵が根の国の暗闇へ散っていった。
小次郎の刀からも炎が消え、右腕を包んでいた炎が急速に弱まっていった。
「くっ……」
刀を握っていた指から力が抜け、刀が地面へ落ちた。
カラン――。
小次郎の右腕はそのまま垂れ下がり、もう一度刀を握ろうとしても指が動かなかった。
「これは……さすがに……使い過ぎましたね……」
小次郎はその場で倒れた。
黒雷が消えた戦場の奥で、武蔵が最後の屍武者へ二刀を叩き込んだ。
「これで終わりだぁ!!」
二本の刃が屍武者を斬り裂き、黒い身体が地面へ崩れ落ちた。
根の国に響き続けていた金棒の轟音が途絶え、黒雷が守っていた第一の門の前に、静寂が戻った。
次回予告
ワイチです!
なんとか黒雷を倒して、第一の門を突破することができました。
だけど、小次郎さんは倒れ、正宗さんも傷だらけ、晴明さんもかなり力を使っています。
このまま先へ進むのは危険なので、一度緑狸の里へ戻って休むことにしました。
黒雷との戦いで起きたことを振り返りながら、これからどう戦っていくのか、そして、この先に何が待っているのか……。
勝ったはずなのに、どうしても嫌な予感が消えません。
次回、第87話「勝利の先に……」。
この先も、俺たちは必ず進んでみせます!




