勝機を求めての一手
王都での作戦会議を終えたワイチたちは、黒雷との再戦に備えるため、赤狐の里へ向かった。
街道を進んで里へ入ると、そのまま鍛冶場へ向かい、炉の炎と金槌の音が響く中、村正宗は玄武の盾を作業台へ置いた。
「ちょっとみんな聞いてくれ!みんなの知恵と技術を借りたい!あいつの攻撃はとにかく重たくて、この盾で受け止めても衝撃までは殺しきれねえ。次に戦うなら、こいつを何とかしねえと俺の身体が先にもたなくなって全滅しちまう」
赤狐の鍛冶屋たちが玄武の盾を囲み、一人が表面へ手を当てた。
「今の形では、正面から受けた力がそのまま後ろへ抜けてしまいますね」
「だったら、まず盾の形を変えるのはどうだろ?真っ平らに受け止めるんじゃなく、玄武の甲羅みてえに中央を膨らませるんだ。真正面から食らっても左右へ力が逃げるようにすればいいんじゃないか?」
村正宗は紙を引き寄せ、盾の断面へ曲線を引いた。
「ただ丸くするだけじゃ重くなるからな。中央は厚みを残して、外へ行くほど薄くするっていうのはどうだ?これなら強度を落とさず、今の重さから大きく変えずに済むはずだ」
「なるほど。それなら攻撃を受けたときにも、中心から外へ力を逃がせそうですね」
「問題はその後だ。いくら横へ逃がしたって、盾そのものに入った衝撃は持ち手から腕へ来ちまう、そこを何とかしてえ」
鍛冶屋の一人がしばらく玄武の盾を眺め、螺旋状に巻かれた金具と厚みのある柔らかな素材を持ってきた。
「それでしたら、社に使っている仕組みを応用できるかもしれませんよ」
「社に?」
「赤狐の里と緑狸の里にある大きな社があるんですが、黄泉の門から伝わってくる振動で建物が傷まないよう、土台にこうした仕掛けが使われているんですよ」
鍛冶屋が金具の両端を押し込むと螺旋が縮み、手を離すと元の長さへ戻った。
「この金具とクッションを組み合わせて、揺れや衝撃を吸収しているんです」
村正宗が金具を受け取り、何度か縮ませてから玄武の盾を裏返した。
「なるほどな……こいつは面白えな。ただ、このまま持ち手のところへ一つ入れただけじゃ駄目だ。衝撃が一点に集まっちまう」
金具を持ち手の付け根へ当て、さらに腕が触れる位置へずらしていった。
「小さくしたこいつを何個か使って、その間にクッションを挟み、持ち手だけじゃなく腕を支えるところにも入れて衝撃を散らすんだ。これなら盾から腕へ一気に抜けてこねえはずだ!」
「それなら厚みも抑えられます。金具の硬さを変えれば、沈み込む量も調整できますよ」
「よし、そこは実際に組みながら合わせよう」
村正宗は玄武の盾から目を離し、自分の胸元を叩いた。
「それでも盾だけじゃ足りねえなぁ、あいつが真正面から殴ってくるとは限らねえからな。横から来られたり、盾をかわして身体を狙われたときのために鎧もいる」
「鎧にも同じ仕組みを?」
「ああ、ただし、盾と同じ作りじゃ動けなくなるから、肩と脇は殺したくねえ。装甲を細かく分けて、その裏に小さな金具とクッションを仕込んで、身体を動かしたときには邪魔せず、攻撃を受けたときだけ沈んでくれりゃいい」
鍛冶屋の一人が棚から金属板を数枚持ってきて、作業台へ並べた。
「鎧の素材はどうします? 硬さを優先するなら、こちらにもいくつかありますが」
村正宗は一枚ずつ持ち上げ、指で弾き、厚みを確かめてから首を振った。
「硬いだけじゃ駄目だな。重くなりすぎりゃ盾を構えたまま動けねえし、それに硬すぎる金属は衝撃をそのまま中へ通しやすい」
別の金属板を手に取った村正宗が、端を軽く曲げて戻した。
「霊杭に使った素材があるだろ?霊杭ほど厚くする必要はねえから、薄く延ばして小さな板に分けて、重なりをつけて並べりゃ、身体の動きにもついてくる」
「その内側に、さっきの仕掛けを入れるわけですね」
「そうだ、板が一枚で受けた衝撃を、そのまま身体へ通さずに散らす。盾で受け損ねたときの保険だな」
鍛冶屋たちが盾と鎧の図を並べ、村正宗も加わって金具の位置や装甲板の重なりを書き込んでいった。
やがて村正宗が玄武の盾の表面を指でなぞった。
「もう一つ欲しいな。せっかく甲羅みてえに丸みをつけるなら、もっと滑りやすくしてえ。当たった瞬間に横へ滑ってくれりゃ、受ける力そのものをもっと減らせる」
鍛冶屋の一人が炉の脇へ向かい、小さな壺を持って戻ってきた。
「それなら、巡喝油が使えるかもしれません」
「じゅんかつゆ?」
蓋を開けると、中にはわずかに赤みを帯びた油が残っていた。
「硬い素材を研ぐときに使っています。普通の油では刃や砥石が引っ掛かってしまうような素材でも、これを塗れば滑りがよくなるんです」
村正宗が指先に一滴つけ、親指と擦り合わせた途端、指先がぬるりと滑った。
「こいつはいいな。盾の丸みにこいつを合わせりゃ、まともに受け止めずに済むかもしれねえ。鎧にも塗っとけば、身体へ直接来た攻撃も滑らせられる」
「ただ、これだけしか残っていません」
鍛冶屋が傾けた壺の底で、巡喝油がわずかに揺れた。
「巡喝油は貴重なので、私たちも硬い素材を加工するときだけ少しずつ使っています。盾と鎧の両方へ塗るとなれば、とても足りません」
「どこで手に入る?」
「南の街道沿いに炎上樹という木が生えています。そこになる焔の実を潰して濾すと、巡喝油が採れます」
「だったら採ってくりゃいいな、どれくらい必要だ?」
「盾と鎧の両方に使うなら、できるだけたくさんお願いします。その間にこちらで必要な金具とクッションを用意しておきます」
村正宗は図面へもう一本線を加え、玄武の盾を持ち上げた。
「盾は俺も手を入れる。焔の実を持って戻ったら、こいつと鎧を一緒に仕上げるぞ」
炉から吹き上がった炎が玄武の盾を赤く照らし、その横では赤狐の鍛冶屋たちが図面を囲み、必要な部品を次々と書き足していった。
鍛冶場を出たワイチたちは、巡喝油の材料となる焔の実を求め、赤狐の里から南の街道へ向かった。
街道をしばらく進んでも、それらしい木は見つからず、さらに南へ進んでいくと、道から離れた岩場の奥で小さな炎が揺れていた。
「おい、あそこ見てみろ。木の先が燃えてねえか?」
岩の間から伸びた一本の木は、枝先だけに小さな炎を灯し、その下には赤い実がいくつかぶら下がっていた。
「赤狐の鍛冶屋が言ってたな。枝先に火が灯って、その下に赤い実がなるって。これだ、炎上樹だ!」
近づいてみると、枝についている焔の実はわずかしかなかった。
「これだけか……巡喝油を盾と鎧に使うには全然足りねえな」
「貴重だって言ってた理由が分かったな。もう少し先まで探してみようぜ」
それから街道を進みながら岩場や斜面を探し、炎上樹を見つけるたびに少しずつ焔の実を集めていった。
何本目かの炎上樹から焔の実を採り終え、ようやく持ってきた袋が膨らんだ。
「これくらいあれば足りるんじゃねえか? 足りなかったら、また採りに来るしかねえな」
「そういえばさ、ここまで来たなら朱雀様のところにも寄っていかないか? 根の国へ入ってから、まだ何も報告してなかったよな」
「柞雷を倒して第二の門を越えたことも、黒い雷と戦ったこともまだ伝えていませんね。私も朱雀様に聞いてみたいことがあります」
「小次郎、この前の右腕の炎のことか?」
「そうなんです。刀に朱雀様の炎が宿ることはありましたが、あのときは右腕そのものから炎が出ました。朱雀様なら何か分かるかもしれません」
「だったら、ついでに聞いてみりゃいいじゃねえか。ここからなら朱雀様のところも近いんだろ?」
「よし、朱雀様に挨拶してから赤狐の里へ戻ろう」
ワイチたちは集めた焔の実を持ち、南の街道をさらに進んで朱雀のもとへ向かった。
朱雀のもとへ着くと、ワイチたちは久しぶりにその姿を見上げた。
「朱雀様、その後、身体の方はどうですか?」
「心配はいらぬ。あれから力も戻り、今では以前と変わらぬほどだ。それより、お前たちも随分と久しぶりではないか。その後はどうしていた?」
「実はいろいろあったんですよ。玄武様と白虎様を助けることができました。実は朱雀様を傷つけたのが、若雷という奴でした。そして、先代の朱雀様を殺し、その血を妖刀に吸わせ、闇神獣を復活させたんです。若雷は俺たちで倒したんですけど、若雷はイザナミの一部だとわかり、すべての元凶はイザナミだったんです。イザナミは、この世界を滅ぼすか、混沌の世界にしようとしているみたいなんです。若雷以外に同じような奴がこの世界に現れる可能性があります。今はその一人と戦っていて、かなり強く一度撤退しましたけど、準備ができたら再戦しに行くつもりです」
朱雀を包む炎が大きく揺れた。
「私が眠っている間に、そこまで事態が動いていたとは……玄武と白虎が無事だったことは何よりだ。しかし、先代が若雷に殺されていたとはな。そして、その若雷の元を辿ればイザナミに行き着いたか。イザナミが動き始めているのであれば、この先何が起きてもおかしくはない。今戦っている者へ再び挑むのであれば、万全の備えを整えてから行け」
「そのことで、朱雀様に一つ聞きたいことがあるんです。根の国で魔物と戦っていたとき、突然、右腕から炎が出たんです。その炎が刀へ移ったら、刀の炎まで一気に強くなって……」
「待て、なぜお前の右腕に鳳凰の力が宿っているのだ?」
「鳳凰の力が? 以前、右腕を失ったときに、骨と肉体を修復するために鳳凰様の羽を使ったんです」
「鳳凰の羽を使った?!それならば、そのとき鳳凰の力もお前の右腕に宿ったのだろうな。根の国で現れた炎も、その力が表へ出たものと考えれば辻褄が合うな」
「その鳳凰の炎が私の力を宿した刀へ流れ込んだことで、二つの炎が重なり、これまで以上の力を生み出したのだろう」
「でも、どうして今まで何も起きなかったのに、あのとき突然出たんでしょうか?」
「それは私にも分からぬ。何かきっかけがあったのか、それとも別の理由があるのか、鳳凰の力については私にもすべてが分かるわけではない」
「そうですか、分かりました。今度また炎が出たら、何がきっかけになったのか確かめてみます」
朱雀との話を終えたワイチたちは、集めた焔の実を持って赤狐の里へ戻った。
鍛冶場では盾と鎧に使う金具やクッションの準備が進められており、集めてきた焔の実を鍛冶屋へ渡した。
「これだけあれば巡喝油も作れそうですね。盾と鎧が出来上がるまで、もう少し時間をください」
黒雷との再戦に向け、村正宗と赤狐の鍛冶屋たちは盾と鎧の製作へ取りかかった。
次回予告
ナリアです!
黒雷との再戦に向けて改良していた玄武の盾と、新しい鎧がついに完成しました。
これで準備は整いました。でも、あの凄まじい攻撃を本当に防ぎきれるのでしょうか。
正宗さんが耐えてくれなければ、私たちに勝機はありません。
今度こそ黒雷を倒すため、再び根の国へ向かいます!
次回、第八十五話「耐えろ正宗!勝機はお前にかかってる!」
ぜひ、お楽しみに!




