根の国の恐ろしさ
根の国を抜けた一行は黄泉坂を進み、緑狸の里へ向かった。
黒雷の攻撃を受け続けた村正宗の足取りは重く、玄武の盾を背負った身体が何度もふらついた。
「もう少しです。里へ着けば、すぐに治療できます」
黄泉坂を抜け、やがて緑狸の里へ続く道へ入ると、木々の間から家々が見え始めた。
一行が里へ入った途端、近くにいた狸たちが傷だらけの姿に気づいた。
「おい大変だ! みんな怪我してるぞ!」
「治療できる場所を空けろ!」
狸たちが動き出し、一行は治療を受けるため里の中へ入った。
村正宗は横になり、黒雷の一撃を受け続けた身体の治療を受けた。
両腕や肩には攻撃を受け止め続けた負担が残っていた。
ワイチとナリアもしん吉、きゅうすけとともに負傷した仲間たちの治療に加わった。
ナリアの回復魔法が傷を癒やし、しん吉の癒爪が傷口を塞いで気を整え、きゅうすけの癒炎が患部を包んだ。
「くそっ……あれだけ斬り込んで、傷一つまともにつけられねえとはな。何が足りねえ……俺の剣に、何が足りねえんだ」
「黒雷だけではありません。周囲にいた魔物たちも黄泉坂とは明らかに違いました。根の国では、あれほどの魔物が普通に現れるということです」
「しかも黒雷には打撃がほとんど通用しませんでした。術は効いていましたが、屍盾武者がいる限り、簡単には攻められません」
「あの盾武者をどうにかしねえことには始まらねえあんなもん何発も受け続けてりゃ、こっちの身体が先に持たねえぞ」
「屍薬師も厄介ですな。倒した魔物を蘇生されれば、戦いが長引くほどこちらが不利になりますぞ」
「それだけじゃないです。あの仮面も何とかしないとディスペルや浄化で解除できても、回復が使える人間が封じられたらチームが崩れますからね」
「なら、解除薬を用意しておいた方がいいですね。誰でも使えるようにしておけば、封じられた直後に対処できますからね。」
治療を終えると、ワイチは里の狸たちに完全解除薬の材料について尋ねた。
「三吉さん、完全解除薬を作りたいんだけど、材料はありますか?」
「この間、解除薬を作った時に材料を使い切ってしまったんですよ。今のところ、大きな市場まで買いに行かないと材料は揃えられませんね」
「そうですか、だったら一度、王都へ戻りましょうか?あそこなら大きな市場もあるし、必要な材料を探せますからね。」
黒雷との再戦に必要な完全解除薬を作るため、一行は王都へ戻ることになった。
緑狸の里を出た一行は、王都へ続く道を進んでいた。
澄んだ空気の中、武蔵はずっと悩んでいた。
「あの硬い皮膚をどうすれば貫けるか?斬ることができるか?踏み込みが足りないのか……?」
「確かに、あの硬さは異常だな。私の飛燕も薄皮一枚でしたしね。そこは私も悩んでいます。」
しばらく歩き続けると王都を囲む城壁が見え始め、そのまま門を抜けて街へ入った。
完全解除薬の材料を揃えるため、一行は龍王のもとへ向かった。
「ワイチ、戻ったか。黄泉坂へ向かってから随分と経ったが、皆が無事に戻ってきたことは何よりだ。ところで、黄泉坂では何があった?」
「黄泉坂を進んで第一門を死守する魔犬阿吽という魔物と戦い、なんとか倒すことができましたが、……阿吽の正体は、風雷でした。柞雷に改造されて……」
「何!風雷が……そうか……残念だ」
「そのあと第二の門へ向かい、そこを守っていたのが、風雷を魔犬にした柞雷です。柞雷もかなり苦戦しましたが、なんとか倒し第二の門を越えると、そこは根の国でした。」
「根の国は、黄泉坂とは違い、漆黒の闇に包まれ、そこに現れる魔物は強く、先へ進むだけでも簡単ではありませんでした。なんとか第一の門まで辿り着き黒雷と名乗る者が待ち構えていました。」
「若雷、柞雷、そして今度は黒雷か……妙だな。なぜこれほど『雷』の名を持つ者ばかりが現れる」
「それは俺たちにも分かりませんが、何か関係があるのか!?とにかく、黒雷の攻略を考えないと……。」
「分からぬものを今ここで考えても仕方ない。」
「その前に、封じの仮面への対策だけは確実にしておきたいと思っています。完全解除薬があれば、術や魔法を封じられても解除できますが、材料がなくて、こちらで材料を揃えて作りたいのですが……なんとかできないでしょうか?」
「なるほどな、ならなんとかしよう。王都の市場だけでなく、薬を扱う商人や問屋にも探させよう。すぐにすべて揃うとは約束できぬが、手を尽くしてみる」
「ありがとうございます。材料が揃えば、完全解除薬を作ることができます」
龍王の命を受け、城の者たちが王都の市場や薬問屋へ向かった。
一行は城で待つことになったが、最初に戻ってきた者が持ち帰ったのは必要な材料の一部だけだった。
「市場で手に入ったのはこちらです。残りは何軒か回りましたが、置いている店がありませんでした」
「王都へ出入りしている商人にも当たってくれ。薬を扱っている者がいれば、そちらにも聞くのだ」
さらに時間が過ぎ、別の者たちが薬問屋や商人から集めた材料を持ち帰ってきた。
ナリアが届いた材料を一つずつ確認していき、最後に運ばれてきた包みを開いた。
「これで必要な材料はすべて揃いました。完全解除薬を作れます」
「龍王様、調合するための場所をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「城の中に使える部屋を用意させよう。必要な道具があれば、それも揃えさせる」
城の者に案内され、一行は集めた材料を持って用意された部屋へ移動した。
部屋の中へ材料が運び込まれ、ワイチとナリアは調合に必要な道具を並べた。
ナリアが材料を確認し、ワイチが必要な分を取り分けていった。
準備が整うと、二人は完全解除薬の調合を始めた。
薬草と材料を一つずつ加えて混ぜ合わせ、出来上がった薬液を小瓶へ移していった。
最後の小瓶まで薬液を入れ終えると、黒雷との再戦に必要な完全解除薬が揃った。
一行は完成した完全解除薬を持って龍王のもとへ戻った。
「龍王様、ありがとうございました。これで封じの仮面への対策ができます」
「とにかく、根の国では強敵が多くなるようだ、気をつけて行くんだぞ。そして無事に戻ってこいよ。」
完全解除薬を手に入れ、一行は黒雷との再戦へ向けた準備を整えた。
そのまま、ワイチ達は、司馬懿仲達の店に寄った。
「ずいぶん久しぶりですね。その様子ですと、何かあったのですか?」
「黄泉坂では、二つ門があり、各門を守る魔犬阿吽、柞雷、その先が根の国だったんです。
根の国に入って第一門を守る黒雷って奴と戦いましたが、とにかく打撃がほとんど効かないうえに、一発一発がものすごく重く、お供も嫌らしい連携で削っても倒しても、すぐに体制を立て直されてしまう。むしろ、封じの仮面まで飛ばしてきて、術や魔法まで封じられ、回復も追いつかず敗走したんです。」
「盾が受け止めても、俺の身体が先に限界になっちまった。あのまま続けてりゃ、盾を構えることもできなくなってたぜ」
「術そのものは黒雷に通用しましたが、屍盾武者がいるため簡単には狙えません。根の国にいる通常の魔物も黄泉坂より明らかに強く、第一の門へ辿り着くまでの消耗も無視できません」
司馬懿仲達は一行から根の国で起きたことを聞き終え、
「そこまで状況が変わっているとは夢にも思いませんでした。黒雷への対策だけではなく、根の国そのものが、普段の戦いでは、通用しないってことですね。進むための準備が必要になりそうですね」
「そうなんですよ。まずは封じの仮面に確実に対処できるように、完全解除薬を手に入れる為に戻ってきました。そして先程、材料が揃いました。」
「それなら封じの仮面を受けても、浄化やディスペルを使える者に頼らず解除できますね」
「これで一つは何とかなったが、肝心な黒雷を倒すにはまだ考えなきゃいけないことが多く、あのまま同じ戦い方をしても勝てないと思います」
司馬懿仲達は黒雷との戦いについて聞いた内容を思い返し、
「まずは、実際に戦って分かったことを一つずつ整理した方がいいでしょうね。黒雷には術が通用するが、屍盾武者は術と物理攻撃の両方を防ぎ、屍薬師は回復と蘇生を行う。そして封じの仮面への対策はできた。ここまで分かっているなら、次は誰を先に倒し、どう黒雷まで攻撃を届かせるかです」
「それは俺も考えていました。次は最初から黒雷だけを狙うんじゃなくて、周りの奴らをどうするか決めてから行った方がいいと思います」
「いえ、その前に考えた方がいいことがあります。前回は黒雷を倒せなくて撤退したというより、あの攻撃に耐えられなくなって撤退したんですよね?」
「その通りだ。盾なら受けられるが、何発も食らえば衝撃が身体まで抜けてくるんだよ。あれをずっと受け続けるってんなら、今のままじゃまた同じことになるぜ」
「だったら、今回は攻めることより、まず耐えることを考えた方がよさそうですね。阿国さんの演奏で守りを上げて、空海さんの絶界も使い、回復も切らさないようにしておいた方がいいでしょうね」
「絶界を張り続けるとなると、今度はワシの気力が持たんのう。黒雷の一撃じゃ、普通の結界なんぞ一発で砕かれてしまうし、絶界でもあれを何発も受け続けるのは厳しいぞ」
「それなら、しん吉ときゅうすけに空海を支えてもらうのはどうでしょう? 二人が気力を補ってくれれば、絶界も長く維持できるんじゃないですか?」
「おいらときゅうすけで空海のおっちゃんを支えるんだな。それならやれるよ」
「それでも村正宗さんは黒雷の攻撃を受け続けることになりますよね? だったら、今度は身体に受ける衝撃を減らすことを考えた方がいいんじゃないですか?」
「確かにな。今つけてる防具じゃ、あの衝撃を殺しきれねえ。黒雷の攻撃を何発食らっても身体が持つような、もっと強え防具を作らねえとな」
「それなら、全部の攻撃を防ごうとしなくてもよさそうですね。多少食らっても戦い続けられるなら、その間に盾武者を攻められます」
「ただ、盾武者を削っても薬師が二体いるんですよ。二人がかりで回復されたら、たぶん削り切れません」
「だったら、二人とも盾武者を回復できないようにすればいいんですよ。黒雷にも薬師にも攻撃できるんでしょう? あちこち傷つけてやれば、薬師だって盾武者ばかり治していられませんよ」
「なるほどな。黒雷を治してる間は盾を治せねえし、自分が傷つきゃ自分も治さなきゃならねえってことか」
「それなら天狗を黒雷へ向かわせましょう。術なら通りますからね。摩天狼も一頭を薬師へ回して、残り二頭を盾武者へ向かわせます。そこへ武蔵殿と小次郎殿も加われば、かなり攻撃を散らせると思いますよ」
「そりゃいい。五方向から一気に来りゃ、いくらあの盾でも全部は止められねえだろ。俺の剣を止めたところへ小次郎が入ってもいいし、摩天狼を止めてる間に俺たちが斬ってもいい」
「それならいけそうですね。薬師の回復まで散らせれば、どこかで追いつかなくなるはずです」
「盾武者を落として、薬師も一体減らせれば、かなり楽になりますね」
「そこまでいけば、今度は黒雷ですね。戦っている時に診ていたんですが、あいつは単純に皮膚が硬いわけじゃないんですよ。身体の中を巡っている力が全身を覆って、それで攻撃を弾いているみたいなんです。流点は見つけているので、そこへ霊杭を打ち込んで流れを止められれば、あの硬さも崩せると思います。ただ、杭を当てるところまではできても、俺の力じゃあの身体に打ち込めないんですよ」
「そこまで分かっているなら、あとは杭を打ち込む力だけじゃないですか。その力まで一人で何とかする必要はないでしょう?」
「実は、圧倒的な破壊力を持つ式神が一体いるのですが、まだ一度も試していないんです。以前、神具を守っていた酒呑童子から『この力を使えれば』と髭をもらって、それを式神にしたんですが、まだ呼び出したことがないので、どれほどの力を出せるのか私にも分かりません。今回、試してみようとは思っているんですが……さて、どうなることやら」
「酒呑童子なら、かなりの怪力なんでしょう? だったら杭を打つ時に、その力を借りてみたらどうですか?」
「だったら俺も一緒に叩くぜ。酒呑童子一人で足りねえなら、俺も加わって二人がかりでぶち込んでやる」
「それなら、盾武者と薬師を減らしてからの方がよさそうですね。最初から黒雷へ人数を回したら、また周りに邪魔されますから」
「なら決まりだな。まずは耐えて盾武者を落とす。薬師も一体潰して、それから黒雷だ」
「今までとは、まるで逆の戦いになりますね」
「それでいいんじゃないですか? 相手が違うんですから、同じ戦い方をする必要もないでしょう。今回は無理に先手を取らず、耐えながら一つずつ崩していけばいいと思いますよ」
「だったら俺は鎧だな。黒雷の野郎に何発殴られても身体が持つようなやつを作ってやるぜ」
次回予告
小次郎です!
黒雷との再戦に向け、戦い方は見えてきましたが、このままではまだ足りません。
あの強烈な攻撃に耐えるための防具、そして黒雷を崩すために必要なものを揃えなければなりませんね。
必要なものを求めて向かう先で、私自身にも思いがけない話が待っているようですが……。
次回、第八十四話「勝機を求めての一手」。
ぜひ、お楽しみに!




