根の国に灯る明かり
根の国へ入ってからしばらく歩くと、漆黒の闇の奥に灯りが一つだけ揺れていた。
「こんな場所に灯り?」
「あれは、店か?幟が出てるな。」
「今まで村どころか家一軒も見当たらなかったですよ。」
「瘴気の中に店だけがあるなんて、おかしいですね。」
暗闇を切り裂くように現れたその店は、手作り感というよりもやっつけ仕事で作られたような異様な佇まいをしており、掲げられた看板には「そば処 どなる」と殴り書きのように書かれていた。
「おいおい、こんな死者の巣窟みたいな場所に蕎麦屋だぁ? どうせ奴らじゃね?裏で変な企みでもしてるに決まってるぜ」
「根の国で蕎麦屋を開くなんて、どういう神経しとるんじゃ。」
「まあ、丁度腹減っていたし入るか!」
武蔵が用心深く柄に手をかけながら引き戸を乱暴に開け、武蔵は暖簾をくぐった。
「邪魔するぞ!」
店内に足を踏み入れると、プンと鼻をつく埃っぽい臭いと、なぜか異様に香ばしいダシの匂いが入り交じっていた。
カウンターの向こうには、ねじり鉢巻きにひょっとこのお面をこれでもかと深くかぶった、どう見ても怪しすぎる店員が二人立っていた。
「いらっしゃいませ。」
武蔵は一瞥するなりふっと不敵な笑みを浮かべ、ずいっとカウンターに歩み寄ると、そのひょっとこの鼻先に顔を突き合わせた。
「お前ら、土雷と鳴雷じゃねえのか?」
図星を突かれた瞬間、二人は全身の毛が逆立ったかのようにビクッと跳ね上がり、ひょっとこのお面がガタガタと激しく揺れた。
「そ、そ、そ、そんな人違いです! わ、私たちはれっきとした普通のしがない、この地で代々蕎麦を打ってきた職人ですから、そんな恐ろしい名前の雷の神様となんて一切関係ありません! 断じて違います違いますったら違います!」
ものすごい勢いで手を激しく横に振りながら声を裏返し、必死に別人だと言い張りつつ、焦りすぎてお面がズリ落ちそうになるのを必死の形相で押し上げながら接客を続けようとする。
そのあまりの挙動不審な慌てぶりに、武蔵は呆れたように肩をすくめた。
「ところで、ご注文は何になさいますか。」
木札の献立には、
根の国ざる蕎麦
(蕎麦の上に禍々しい根っこをこれでもか!と乗せた歯応え抜群のざるそば)
地獄焼きそば
(辛さが身を涼しくする。口の中は大炎上)
土鳴蕎麦
(注文してからのお楽しみ♡)
と並んでいた。
「全部ろくでもない名前ですね。」
「地獄焼そばは、相当辛そうじゃのう。」
「まあいい、とにかく腹が減ってどうしようもねえ。人数分の土鳴蕎麦をさっさと持ってこい!」
注文を受けた二人は
「ひっ! い、今すぐ茹でます!」
と大パニックを起こしながら厨房へ猛ダッシュで引っ込み、中で激しく鍋やどんぶりをぶつけ合う騒音を立てた。
しばらくすると、二人は湯気の立つ器を人数分運んできた。
「お待たせいたしました。」
武蔵は器をのぞき込み、すぐに顔を上げた。
なぜか蕎麦ではなく、ドロリとした不気味な汁に浸かったうどんだったうえに、あからさまに怪しい粉が表面に浮いています。
「おい、これうどんじゃねえか。」
「あ、間違えた、ひみ…間違えた。申し訳ありません!すぐに作り直します!」
「俺が頼んだのは蕎麦だ。全員分、作り直してこい。」
土雷と鳴雷は青ざめながらどんぶりをひったくるように引っ込め、再びドタバタと足音を立てて厨房へ逃げ込んだ。
薄い板一枚挟んだ向こう側から、土雷と鳴雷のひそひそ声が丸聞こえになって漏れてきます。
「兄貴、マズイですよ、奴ら、俺たちを土雷と鳴雷だと完全に疑っていますよ」
「きっと、疑って出した蕎麦を『お前らが先に食え』と言ってくるはずですよ」
「だから、奴ら用の下剤入りとは別に、俺たち用の『安全な蕎麦』もこっそり用意しました!」
「ところで兄貴、なんで下剤なんだ? 一気に倒しちゃえば早いじゃん。」
「それでは面白くありません。下剤で悶え苦しむ姿を眺めながら、ゆっくり始末するのです。」
「なるほど! 兄貴、悪いこと考える天才だ!」
「さすが私ですね、誰もが考えつかない完璧な作戦です!」
「さすが兄貴は、天才です!」
土雷の堂々とした自画自賛を聞いた武蔵たちは、顔を見合わせてニヤリと笑いました。
裏でせっせと愉快な悪巧みをし、
厨房では、武蔵たち用の「下剤入り蕎麦と、自分たち用の「安全な蕎麦」の二種類が必死に調理されました。
武蔵は鼻で笑い、
「おいおい、全部聞こえてるぞ。」
「隠す気があるのか疑いたくなる会話ですね。」
二人は下剤入りの蕎麦と、自分たち用の安全な蕎麦を盆へ載せて厨房から出てきた。
「土鳴蕎麦、お待たせいたしました。」
自分たち用の安全な蕎麦は、客席から見えないカウンターの下へ置いた。
料理が配膳された直後、「あ、いけない、肝心のお箸を忘れてました!」
と、二人はまたもや油断して厨房へと戻っていった。
「よし、今だ。」
武蔵はその絶好の隙を逃さず、素早く立ち上がると、武蔵たち用の蕎麦と土雷たちの蕎麦を綺麗に入れ替えた。
全員分を元どおりに並べ終えた直後、土雷と鳴雷が箸を持って戻ってきた。
「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりください。」
武蔵は蕎麦へ手を伸ばさず、二人を見ながら、
「怪しいな。毒でも入ってねえか、まずはその蕎麦を自分たちで食ってみろよ。」
(キター予想通り!)
「そんなに気になるなら…」
「あっ!鎧武者と屍薬師があいびきしてる!」
「どこだ!?」
武蔵達が指をさした方向を見てる、その一瞬で鳴雷が安全な蕎麦と下剤入りの蕎麦を入れ替えた。
すると武蔵が振り返って、
「誰もいねぇじゃねえか。」
(兄貴、入れ替え成功!)
鳴雷は、親指を立てて合図を送った。
「ところで、お面はずさずに食う気か?」
「もちろんです。ひょっとこは、蕎麦屋の魂です」
「なら、そのひょっとこの穴の口で、蕎麦を食ってみろよ?」
「な、舐めないでください、これでもプロの蕎麦屋です、そして、ひょっとこ歴二十年です!」
挑発に乗せられた二人はすっかり意地になり、ひょっとこの細い口を無理やりこじ開けると、勢いよく蕎麦をすすり込み、もの凄いスピードで完食寸前まで食べ進めていきます。
あまりの必死さにお面がずれていった。
まさに最後のひと口を飲み込もうとしたその瞬間、武蔵がすかさず声を飛ばしました。
「おい、角が出てるぞ。」
土雷は慌てて頭を押さえた。
「髭が見えてるぞ。」
「おい、やっぱり、土雷と鳴雷じゃねえのか?」
「「ぶっ——!?」」
図星を突かれた二人は盛大に息を詰まらせ、口いっぱいに詰め込んでいた蕎麦を盛大に吹き出しました。
あまりの焦りにパニックを起こした鳴雷が、慌てて自分でひょっとこのお面を引っペがし、
「なっ、なんでわかったんだよ……!」
絶叫しながら顔を上げたその鼻の穴から、びよーんと一本の蕎麦の麺がピローンと情けなく垂れ下がり、完全に正体が露呈しました。
「はっはっは! やっぱり土雷と鳴雷じゃねえか!」
「し、しまった!なんでわかった?」.
「いや、お前ら以外にこんなまわりくどい真似する奴がいねぇだろ」
「兄貴、ばれましたよ!」
――その直後でした。
二人の腹の底から、「グルルルル……!」と地響きのような凄まじい音が響き渡り、さっき自分たちの胃袋に流し込んだばかりの「強力な下剤」が、猛烈なスピードで牙をむき始めたのです。
「ま、まさか……! 蕎麦が、入れ替わっていたのでは……!」
土雷が青ざめた顔で自分の腹を押さえますが、時すでに遅し。冷や汗が一気に噴き出しました。
二人の腹が同時に鳴り響いた。
「兄貴! お腹が大変なことになってきた!」
土雷は腹を押さえながら黒い種を取り出した。
「出でよ! 寿々莉草!」
床を突き破って現れた寿々莉草は、キノコの胴体にウツボカズラの顔、両腕はハエトリソウになっていた。
「兄貴! 寿々莉草なら時間を稼いでくれます!」
だが、いざ戦闘かと思いきや、寿々莉草は敵を襲うどころか、テーブルに残されていた下剤入りの蕎麦とうどんを見つけ、「美味しそうだな」と言わんばかりに目を輝かせ、夢中でむしゃむしゃと食べはじめてしまいました。
「むしゃあぁぁぁ!」
「敵より食欲を優先していますね。」
「なんでそこで飯なんじゃ……。」
寿々莉草は器を抱え込み、汁まで飲み干した。
その横で土雷と鳴雷は腹を押さえながら一枚の襖を広げた。
「どーこーでーもーふーすーまー!」
「今回は負けではありません! 作戦変更です!」
「秘密だけど……もう限界ぃぃぃ!」
二人は襖へ飛び込み、そのまま姿を消した。
「グルルルルル……」
今度は寿々莉草の腹が鳴り始めた。
「ぎゃあああああっ!」
寿々莉草は腹を押さえたまま床を転げ回り、そのまま動かなくなった。
武蔵は倒れた寿々莉草を見下ろした。
「敵を呼び出して、自分で逃げて、その敵まで腹壊して倒れるとはな。」
「根の国へ来てから、一番締まらない戦いでしたね。」
一行は倒れた寿々莉草をそのままに、そば処どなるを後にした。
次回予告
晴明です。
根の国へ入って最初に出会ったのが、まさか蕎麦屋だったとは思いませんでした。
しかも土雷さんと鳴雷さんは、最後まで蕎麦屋を演じ切れると思っていたようですが、あの会話では正体がばれるのも時間の問題でしたね。
次回、第八十二話「黒い雷」。
どうぞ、お楽しみに。




