根の国への一歩
第二の門を越えた瞬間、灯籠の明かりは途切れた。
漆黒の闇が大地を覆い、乾き切った地面には草一本生えていなかった。ねじれた枯れ木がどこまでも立ち並び、吹き抜ける風が枝を擦らせるたび、
ギ……ギギ……
乾いた音だけが暗闇へ響いていた。
「ここが根の国か……」
「黄泉坂とはまるで違いますね」
「瘴気もさらに濃くなっております」
道の脇には小さな祠が建っていた。
祠の中央では青白い転移陣が静かに輝いていた。
「転移陣でしょうか」
「試してみよう」
ワイチたちは転移陣へ足を踏み入れた。
眩い光が一行を包み込み、次の瞬間、天照の社へ辿り着いた。
川のせせらぎが耳に届き、見慣れた社が静かに建っていた。
「黄泉坂の社へ繋がっておったか」
「これなら必要な時は戻れますね」
「安心して先へ進めます♪」
全員でもう一度転移陣へ入り、青白い光が消えると景色は再び根の国へ戻った。
「探索を始めよう」
祠を後にした一行は枯れ木の森へ入った。
黒く枯れた幹が幾重にも並び、枝は空を覆い隠し、どこを見渡しても命の気配はなかった。
踏みしめるたび、乾いた土がザッ、ザッと音を立てる。
ガサッ――。
右手の枯れ木の奥で何かが動いた。
ガサガサッ――。
今度は左から枝が激しく揺れた。
さらに正面からも、
バキッ――。
枯れ枝が折れる音が響いた。
「囲まれているようですね」
「姿を見せろ!」
武蔵の声が響いた直後、枯れ木の奥から黒い影がゆっくりと現れた。
幹のように太い胴体から無数の枝が腕のように伸び、先端は鋭い爪へ変わっていた。
一本、また一本と姿を現し、木の魔物たちは一行を取り囲むように間合いを詰めてきた。
ガサッ――。
さらに周囲の枯れ木も次々と割れ、五体の木の魔物が一行を取り囲んだ。
枝が一斉に振り下ろされ、村正宗は玄武の盾を構えた。
ドゴォンッ!!
盾が衝撃を受け、村正宗の身体は地面を滑りながら大きく後方へ弾き飛ばされた。
「盾ごと持っていかれるとは……!」
木の魔物が武蔵へ飛びかかり、武蔵は一刀を振り抜いた。
ギィンッ!!
刃は幹へ食い込んだまま止まり、木の魔物は枝を振り回して反撃した。
「硬ぇな!」
小次郎は横薙ぎに刀を走らせた。
幹へ深い傷が刻まれても、木の魔物は倒れず、枝を何本も突き出して襲い続ける。
「黄泉坂の魔物とは別物ですね……!」
晴明は印を結び、
「火術・豪火炎陣!」
炎は木の魔物たちを包み込んだ。
枝葉は焼け落ちても、木の魔物は炎をまとったまま歩みを止めない。
「術でも倒し切れません!」
武蔵は再び斬りかかり、通常の斬撃を何度叩き込んでも幹は砕けなかった。
「なら仕方ねぇ!」
「天魔剛衝斬!」
重い一撃が幹を打ち砕き、一体目の木の魔物がようやく倒れた。
小次郎も通常の斬撃を繰り返した。
刀は幹を深く裂くだけで断ち切れない。
「瞬燕流・飛燕!」
一閃が幹を両断し、二体目の木の魔物が崩れ落ちた。
残る木の魔物も通常の斬撃では倒し切れず、武蔵と小次郎は主力技を使って撃破した。
森には再び静寂が戻り、風の吹く音だけが聞こえていた。
「入り口でこの強さか、ヤバいな!」
「この先は、さらに気を引き締めましょう」
一行は探索を再開した。
黒く割れた大地には砕けた石碑が埋もれ、朽ち果てた石像があちこちへ転がっていた。
「今度は石碑まで動き出さないだろうな」
武蔵の言葉に、一行は周囲を警戒しながら歩みを進めた。
しばらく進むと、前方の闇に巨大な影が一つ浮かび上がり、見てみると岩のような身体をした金剛像だった。
「な、なんだ、仏像か」
一行はそのまま金剛像の脇を通り過ぎた。
ピキッ――。
ピキピキッ!
プシュー……。
「な、なんだと!」
全員が振り返ると、金剛像の全身のひび割れから黒い瘴気が噴き出し、ゆっくりと首がこちらを向いた。
「おいおい、まじかよ!」
ズシン……。
ズシン……。
巨大な金剛像は金棒を握ったまま、一歩、また一歩と一行へ近づいてきた。
金剛像が巨大な金棒を振り上げた。
小次郎は刀を横に構え、振り下ろされた金棒を受け止めた。
ガァンッ!!
衝撃が両腕を突き抜け、小次郎の身体は地面を削りながら後方へ吹き飛ばされた。
「小次郎! 大丈夫か!」
金剛像は間を置かず、再び金棒を振り上げた。
「真正面から受けるな! 次は軌道を外せ!」
「ぐっ……ん? 何だこれは!」
金棒が頭上から迫り、小次郎の右腕から突然、熱が噴き上がった。
「この熱は……!」
小次郎は両手で刀を握り締め、振り下ろされた金棒へ刃を合わせた。
ガァンッ!!
今度は吹き飛ばされなかった。
右腕を駆け上がった熱が刀へ流れ込み、赤い炎が刀身を包んだ。
金剛像は金棒を押し込み、小次郎は燃える刀を斜めに振り上げた。
ズバァンッ!!
金棒が半ばから断ち切られ、先端が黒い大地へ突き刺さった。
金剛像は残った柄を振り下ろしたが、小次郎は懐へ踏み込み、炎をまとった刀を胴へ走らせた。
赤い斬撃が石の身体を通り抜け、切り口から黒い瘴気が噴き出し、金剛像の全身へ亀裂が広がり、砕けた石片が大地へ降り注いだ。
「その炎、今までの朱雀とは違うぞ!」
「何だ、この炎は……!」
刀身を包んでいた炎が消え、小次郎の右腕からも熱が引いていった。
前方の枯れ木がへし折れ、二体目の金剛像が金棒を引きずりながら現れた。
「まだいやがったか!」
武蔵は二刀を石の胸へ叩きつけた。
刃が浅く食い込んだところへ金棒が横薙ぎに迫り、村正宗が玄武の盾を差し込んだ。
ドゴォンッ!!
盾が金棒を受け止め、村正宗の足元から黒い土が大きく抉れた。
「胸の亀裂へ重ねろ! 一度入った場所なら砕ける!」
武蔵は食い込んだ二刀を抜き、同じ傷へもう一度叩き込んだ。
亀裂が胸から肩へ走り、小次郎の刀がその隙間を貫いた。
石の身体が砕け、黒い瘴気が裂け目から抜けていった。
二体目が崩れ落ちると、枯れ木の向こうから三体目の金剛像が金棒を振り回しながら突進してきた。
空海の結界が一行の前へ広がり、金棒を受け止めた。
結界へ亀裂が走る間に、晴明が印を結んだ。
「雷術・轟雷閃!」
雷撃が金剛像の胸を貫き、石肌へ亀裂を刻んだ。
「今の傷を広げるぞ! 小次郎は反対側へ回れ!」
武蔵が亀裂へ二刀を振り下ろし、小次郎が反対側から刀を突き立てると、三体目の金剛像は左右へ割れて大地へ倒れた。
砕けた石の向こうで、四体目の金剛像が金棒を持ち上げた。
「これで最後か!」
金棒が武蔵へ振り下ろされ、村正宗の玄武の盾が軌道を逸らした。
地面へ叩きつけられた金棒が大地を砕き、小次郎は伸び切った腕へ刀を走らせた。
刃は石へ食い込んだところで止まった。
右腕が再び熱を帯び、炎が刀身へ流れ込んだ。
小次郎は燃える刀を押し切り、金剛像の腕を金棒ごと斬り落とした。
「俺が胴を開く! そこへ炎を叩き込め!」
武蔵の二刀が胴へ突き刺さり、石肌を左右へ押し広げた。
小次郎の斬撃が開いた亀裂を横一文字に駆け抜け、四体目の金剛像から黒い瘴気が噴き上がった。
石の身体は轟音とともに崩れ去った。
炎が消えると同時に、小次郎の刀が地面へ落ちた。
ナリアが倒れかけた身体を支え、ワイチは右腕へ指を当てた。
気と血の流れは激しく変化し、右腕を巡る潤水は真紅へ変わっていた。
「気も血も……潤水まで変わっています」
「先ほどの炎と関係があるのでしょうか」
「分からないです。でも、今は右腕を休ませた方がいいと思います。」
しん吉ときゅうすけが小次郎を支え、一行は金剛像の残骸を越えて探索を再開した。
黒い大地と枯れ木が続く暗闇の先で、小さな明かりが揺れていた。
「あの明かりは何だろう……?」
次回予告
空海じゃ!
根の国へ足を踏み入れたと思えば、木の魔物や金剛像まで動き出し、なかなか歓迎してくれる土地じゃのう。
じゃが、小次郎の刀へ宿ったあの炎……あれはいったい何じゃったのか。
そして、暗闇の先で見つけた、たった一つの明かり。
あそこには何が待っておるのじゃろうな。
次回、第八十一話「根の国に灯る明かり」。
ぜひ、お楽しみじゃ!




