謎の茶屋
黄泉の道を進んでいると、ぽつんと一軒の建物が見えてきた。
周囲に広がるのは荒涼とした死者の世界。どう考えても営業しているはずのない場所だ。
「こんな場所に茶屋か……?」
小次郎が眉をひそめて足を止めた。
建物の入り口には、やけに真新しいのれんが風に揺られており、その脇にはなぜか「みたらし」をアピールする赤い幟旗がはためいていた。
だが、その幟旗の文字をよく見た武蔵が、思わず二度見する。
――『たんこ』
しかも、入り口の木の看板にはガタガタの筆文字で『あまみしょ』と書かれ、最後の文字のあたりからなぜか黒々とした墨がタラリと垂れ下がっている。
「……おい、小次郎」
武蔵が引きつった顔で指をさしながら、
「あの幟、『たんこ』って書いてあるぞ……。『だんご』じゃなくて完全に『たんこ』だ。しかも看板は『あまみしょ』だし、最後の文字から盛大に墨垂れてるぞ!」
「あまみしょにたんこって……こんな看板書いたやつ、字の書き方と濁点の打ち方全部忘れてきたのかよ!」
「しかも、のれんの文字が綺麗に裏返し……いや、これ内側から見たときに読めるように書いてやがるな?」
「怪しさしかねぇが……」
「まぁ、歩き疲れたし、一発ツッコミがてら入ってやりますか」
晴明が扇子を閉じ、一行は警戒しながらも、その謎の「あまみしょ」の暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませぇ~ん、お気軽にどうぞですわよぉ~」
奥から出てきたのは、華やかな着物に長い黒髪を揺らす、二人の町娘……風の人物だった。
が、その姿をひと目見た瞬間、一行は一斉に足を止めた。
ラグビー選手並みにガッチリとした異常な肩幅。成人男性のそれを軽く凌駕する長身。そして、地底から響くような野太いバスボイス。
極めつけに、頭に被られた黒髪は、どう見ても雑に引っ掛けただけの不自然すぎるモサモサのかつらだった。あまりの雑さに、あちこちから地肌の端が盛大にはみ出していた。
静まり返る店内。武蔵はジト目で一歩前に出た。
「……お前たち、土雷と鳴雷じゃねぇか。なんでそんな姿で……」
「な、な、な、な、何を言ってるんですのぉ~! おほほほ! うちは正真正銘の『だんご』と『あまみしょ』の専門店ですわよ!」
「人違いですわぁ~! うちは代々、黄泉の片隅で上品に茶をしばいている町娘の姉妹ですわよ!」
「どう見ても本人だろ」
小次郎が即座に突っ込み、
「隠す気すらねぇじゃねぇか。その肩幅とガラガラ声で町娘は無理がある!」
「私たちは普通の茶屋ですの。いらっしゃいませのポーズですの!」
耐えかねた小次郎がメニューを手に取り、
「……じゃあ、あんみつ一つ」
「へい、わかりました! 兄貴、あんみつ一つだってよ!」
鳴雷が勢いよく声を張り上げた。
土雷が青筋を立て、かつらの下から低い地声で怒鳴りつけた。
「兄貴じゃありませんでしょ! この店では『店長』とお呼びくださいませ、このポンコツが!」
「あっ、そうだったんだね。すまねぇ、店長」
すかさず小次郎が鋭く突っ込んだ。
「おい、今ハッキリ『兄貴』って言ったよな!?」
「気のせいですわぁ~! 今のは風の音ですの!」
「風が『兄貴』って叫ぶかよ!」
ボケとツッコミのラリーに呆れつつ、晴明が口を開いた。
「その前に聞きたいんだが……一体なんで、こんな何もない黄泉のど真ん中で茶屋なんかやってるんだ?」
「決まっているでしょう。お客様がお見えになりますので……」
「どんな客が来るんだよ」
「屍侍様や鎧武者様たちですわよ。首だけのお客様も常連ですの」
「この前なんか、胴体だけ来ちゃって『首見ませんでした?』って店中探してたんだよね」
「だから、お客様のお話を勝手にしてはいけませんでしょ!」
「……本当に商売する気だったんだな。じゃあ、いつから始めたんだ?」
「今日からですっ!」
「「あっ」」
盛大にやらかした瞬間、土雷が我が頭をガシッと掴んで絶望した。
横で武蔵がニヤリと笑った。
「へぇ、秘密だったんだな」
「何が秘密なんですか、この野郎!」
鳴雷が慌てて口を押さえるが、すでに手遅れだった。
「今日ここで、俺たちが来るのを待ち伏せしてたこと……って、自分でバラしてんじゃねぇか!」
「何をっ! 何をおっしゃっているんですの! それもトップシークレットの極秘事項ですのに!」
「自分でペラペラ喋ってんじゃねぇよ!」
一同のツッコミの嵐に、土雷はもう限界とばかりに荒い息をついた。
「……くっ、ここまでバレてしまいましたら、仕方がありませんわね!」
土雷がバッとかつらを引っぺがす。
鳴雷も「やってらんねぇ!」とばかりにかつらを投げ捨てた。
二人はニヤリと笑った。
「では、今回も私たちとたっぷり遊んでいただきましょうか!」
土雷は懐から小さな黒い種を一粒取り出した。
「今回はこちらにお任せいたしますわ」
「またその種か」
「ふふふ、前回とは違いますわよ。今回の我が最高傑作、珠玉の自信作ですの!」
土雷は黒い種を地面へ投げつけた。
種が土へ触れた瞬間、ズズズ……と不気味な黒い瘴気が噴き出し、荒涼とした大地が低く唸り始めた。
地面を突き破って太い根が這い出し、黒い土を巻き上げながら四方へ広がる。中央から巨大な茎が伸び上がり、左右には大きなハエトリグサ、胴体にはネバネバのウツボカズラが絡みついた。
極めつけに、頭部には巨大なキノコが傘を広げ、一体の植物の魔物が姿を現した。
「さあ、お出ましくださいまし! その名も――槍宅無佐草!」
槍宅無佐草は頭をうなだれ、両腕をだらりと下げたまま棒立ちになっていた。
「おやりなさいまし!」
槍宅無佐草は体をほんのわずかに揺らしただけで、その場から動かない。
「おい、全然やる気ねぇぞ、こいつ」
「槍宅無佐草! 敵は目の前ですわよ! 戦闘本能を見せなさい!」
槍宅無佐草はゆっくりと片足を前へ出した。
しかし、その足は地面へ着く寸前で止まり、そのまま元の位置へ戻ってしまった。
「戦うこと自体、やりたくないみたいですね」
「名前どおりすぎるだろ……なんだこのやる気のない草は」
「もう、これまた動きが面倒くせえのかよ!」
土雷は懐から短刀を取り出し、自らの手首を切った。
「ほーれほれほれ、たっぷりお飲みなさいまし!」
噴き出した血を、そのまま槍宅無佐草へ浴びせる。
「これで動くでしょう! 血を吸って暴れおくれ!」
「自傷してまでバフをかけるなよ!」
血を吸い込んだ槍宅無佐草の体がどす黒く膨らみ、左右のハエトリグサが持ち上がった。
槍宅無佐草は武蔵たちへ向かって一歩進む。
もう一歩進もうとしたところで、首を垂れ、両腕をだらりと下げて止まってしまった。
「血までやったのに、それだけかよ!」
「もう少し、こう……労働意欲を出しなさいまし!」
槍宅無佐草はハエトリグサをほんの少し開いただけで、そのまま力なく下ろした。
「攻撃すらしたくねぇらしいな」
「じゃ、サクッと終わらせますか」
武蔵と小次郎が同時に駆け出した。
小次郎の一閃が右のハエトリグサを斬り落とし、武蔵の一撃が左腕のウツボカズラを断ち切った。
続く二人の斬撃が胴体を十字に切り裂いた。
槍宅無佐草は抵抗することなく、その場へ崩れ落ちた。
「『豪火炎陣』!」
紅蓮の炎が槍宅無佐草を包み込み、巨大な植物の体を焼き尽くした。
瞬く間に黒い灰となり、そよ風に乗って飛んでいった。
「……いくらなんでも、やられるの早すぎるんだね」
「名前をつけたのはあなたでしょう!」
「だって、兄貴が選んだあみだくじをやったらこれが出たんだもん」
「店長ですっ!」
「もういいです、見れば分かります! こうなったら雑魚は置いといて、八雷の本当の恐ろしさを見せつけてやりましょう!」
「ついにあれを使うんだね」
「ええ、そのためにわざわざ持ってきましたんですからね」
鳴雷は懐から細長い筒を取り出し、土雷へ差し出した。
土雷は迷いなく、その先端へ火を移した。
「ふふふ……これで私たちの姿が変わり、力も何倍にも――」
シュルルルルルッ……!
突如、細長い筒は土雷の手から勢いよく発射され、黄泉の夜空へと飛んでいった。
――ドォーーーンッ!!
轟音とともに、巨大な花火が夜空いっぱいに咲いた。
続けて赤、青、黄色の花火が次々と広がった。
「わあ……! おっきな花火、きれい!」
阿国が思わず声を上げた。
「おい……それ、完全に花火だぞ」
「花火……?」
「あれ、おかしいな。形が変身のろうそくにそっくりだったんだよね」
「どこをどう見たら、打ち上げ花火が変身のろうそくに見えるんですか!」
「だ、だって長くて細かったから、今度こそ間違いないと思ったのよね!」
「前回と同じ理由じゃねぇか!」
「おい、お前たち……変身のろうそくなんて、そもそも一度でも持ってきたことがあるのか?」
「うるさいですわね! 今回はたまたま花火の当たり年だっただけです!」
「言い訳が苦しすぎるだろ!」
「わあ! 今度は丸い花火だよ!」
阿国は夜空を見上げたまま笑顔を浮かべていた。
土雷は懐から小さな襖を取り出し、地面へ放り投げた。
襖はみるみる大きくなっていく。
「我が究極の秘技――『どーこーでーもー襖』っ!」
「今日はこれにて戦略的撤退です! 次に会った時こそ、八雷の本当の恐ろしさを骨身に染み込ませてやりますからね!」
「おーい! いつになったら変身してくれるんだー!」
「うるさいですわー!」
土雷と鳴雷は襖の向こうへ飛び込んだ。
襖が閉じると、それきり跡形もなく消え去った。
黄泉の夜空には、二人が残していった花火だけが派手に咲き続けていた。
次回予告 ハロルド
風雷を失った悲しみは、今も誰の心にも残っている。
あの時の怒りも、悔しさも、まだ終わってはいない。
次に待ち受ける八雷との戦いは、きっと今までとは違う戦いになるだろう。
次回、第76話「鎮まらぬ怒り」。
ぜひ、お楽しみに。




