二人の八雷
駄留草の頭を覆う巨大なキノコが、不気味に脈打った。
ボフッ――。
傘の裏から噴き上がった灰色の胞子は猛烈な渦を巻き、視界を塗り潰すように一行へ襲いかかった。
「みんな、胞子を吸い込まないように気をつけて! 何が起こるかわからない!」
濃密な胞子の幕を突き破り、巨大なハエトリグサが武蔵へ食らいついた。
牙は武蔵を捉えきれず、すぐ脇の地面へ深々と突き刺さった。
バキッ!
岩盤が割れ、跳ね上がった土砂と砕石が周囲へ激しく散った。
勢い余った巨体は大きく口を開けたまま体勢を崩した。
その一瞬を逃さず、武蔵が鋭く踏み込んだ。
「はあああっ!」
振り抜かれた太刀が口を断ち割り、うねる太い茎を深く裂きながら一気に駆け抜ける。
裂けた繊維は耐え切れず弾け、巨大な口は緑色の液体を撒き散らしながら地面へ転がった。
すかさず、もう一本のハエトリグサが薙ぎ払うように襲いかかって来た。
武蔵は迎え撃つように踏み込み、振り下ろされた牙へ太刀を叩き込んだ。
激しい衝突の音が響き、ぶつかり合った力は裂け目を一気に押し広げた。
砕けた牙が宙へ舞い、真っ二つになったハエトリグサは勢いを失ってその場に崩れ落ちた。
胴体を震わせた駄留草の全身で、並んだウツボカズラが一斉に膨らんだ。
次の瞬間、黄色い酸の奔流が山道へ降り注いだ。
ジュワァァッ!
地面を焼きながら広がる酸は重なり合い、小次郎の行く手を容赦なく飲み込んでいく。
小次郎は迫り来る酸をギリギリまで引きつけ、三つの流れが交わった瞬間、そのわずかな狭間へ身体を滑り込ませた。
直後、酸同士が激しくぶつかり合い、白煙が一気に噴き上がり、山道は大きくえぐれ飛んだ。
煙を突き抜けた小次郎の刀が閃光のように走り、最前列のウツボカズラを根元から切り裂いた。
裂けた袋から噴き出した酸は、そのまま駄留草自身の胴体へ勢いよく流れ落ちた。
ジュウウウッ。
焼け落ちた表皮の奥から太い繊維がむき出しになり、残るウツボカズラが傷口を覆おうと酸を噴き出す中、小次郎はその懐へ深く飛び込んだ。
下から放たれた凄まじい斬り上げが、縦に裂けた袋からあふれた酸を根元へ流し込んだ。
溢れた酸は巨体を支える根を次々と焼いていった。
支えを削られた駄留草は大きく前へ傾いた。
それでも残るウツボカズラは最後の反撃を放とうと膨らみ続けた。
小次郎はそれが完成する前に踏み込んだ。
横薙ぎの一閃が並ぶ根元すべてへ切れ目を刻み、返した刃がその切れ目を一気に断ち切り、支えを失ったウツボカズラは胴体から崩れ落ち、飛び散った酸は残された根をさらに焼き広げた。
巨体は自らの重さを支え切れず、大きく前へ傾いた。
武蔵は崩れ始めた胴体を一気に駆け上がり、太刀は裂け始めた中心へ深く食い込み、その勢いのまま巨大なキノコの中心まで貫いた。
ピシッ。
一本だった亀裂は枝分かれするように広がり、巨大な傘全体を瞬く間に覆っていった。
耐え続けていた繊維が軋んだ、その瞬間、小次郎の斬撃が背後から凄まじい勢いで重なった。
交差した二本の斬撃が胴体の中心で最後に残っていた繊維を断ち切った。
支えを失った巨体は、轟音とともに前へ崩れ始めた。
「これで終わりです。豪火炎陣!」
晴明の術式が地中を稲妻のように駆け巡り、裂けた胴体の真下で重なった術式から、巨大な炎柱が一気に噴き上がった。
ゴォォォォッ!
炎は裂けた胴体を一気に駆け上がり、むき出しになった繊維を焼き尽くしながら巨大なキノコの内側へと燃え広がっていった。
逃げ場を失った胞子は熱で膨れ上がり、限界を迎えた巨大なキノコは内側から激しく裂けた。
爆ぜた破片は炎をまとったまま四方へ飛び散り、その衝撃は、なおも巨体を支えようと踏みとどまる根へと伝わった。
焼かれ、削られ、耐え続けた根は、ついに自らの重さを受け止めきれなくなり、
ミシッ――。
傾き始めた巨体はもう止まらない。
残された根も次々と裂け、大地へと崩れ落ちていった。
ズシィィィンッ!
山道全体が激しく揺れ、凄まじい土煙と灰、火の粉が空高く舞い上がった。
倒れた駄留草はなおも炎に包まれ続け、繊維も根も残らず焼き尽くされていき、やがて炎は静かに小さくなり、そこには黒い灰だけが残されていた。
「なかなかやりますね。あの駄留草をここまで簡単に倒すとは思いませんでした」
「兄貴、駄留草がいなくなっちゃったよ」
「見れば分かります。それより、八雷の本当の恐ろしさを見せつけてやりましょう」
「ついにあれを使うんだね」
「そのためにわざわざ持ってきたんですからね」
鳴雷は懐から細長い束を取り出し、土雷へと得意げに差し出した。 土雷はその先端へと迷いなく火を移した。
「これで私たちの姿が変わり、力も何倍にも――」
「あちちちちちっ!」
「あれ兄貴、なくなったよ?」
「なくなったよ、ではありません! なぜ変身しないんですか!」
「俺たちに聞かれても知らねえよ」
「変身どころか、ただ燃やしただけじゃないか」
「おい、鳴雷、燃えるの、早くなかったか?」
「……確かに、ちょっと早すぎたのよね」
「ろうそくって、あんな一瞬で燃え切るものなのか?」
「おいおい、それ一瞬で燃え切ったってことは……これ、もしかして藁じゃねえのか?」
「藁?」
土雷は足元へと落ちた黒い燃え残りを拾い上げ、怒りを込めて指先で軽くつぶすと、パラパラと、乾いた灰が足元へこぼれ落ちた。
「……。」
土雷は無言のまま、それを鳴雷の顔面へと投げつけた。
「おーまーえー!これ藁じゃねえかよ!」
「ろうそくだっつってんだろうが! どうして肝腎の時に藁を持ってきやがるんですか!」
「あれ、おかしいな。触った感じ、ろうそくだと思ったんだけど」
「どこをどう見たら、藁がろうそくに見えるんだ!」
「だって、長かったし、細いからろうそくだって思ったのよね。ただ軽かったな」
「軽い以前の問題です!」
「いや、持ってきた本人が最後まで気づいていなかったのですから、俺たちに分かるはずもありませんね」
「おいおい、八雷の恐ろしさより、お前たちの間抜けさの方がよっぽど印象に残っちまったぞ」
「ふん、笑っていられるのも今のうちです! 今回はたまたま道具を間違えただけ。本来の力さえ出せば、あなたたちなど一瞬で灰塵にしてくれます!」
土雷は怒りに身を震わせながら懐から小さな襖を取り出し、地面へと力任せに放った。 襖は凄まじい勢いでみるみる大きくなっていった。
「我が秘技、どーこーでーもー襖!」
「今日はこれで戦略的撤退です! 次に会った時こそ、八雷の本当の恐ろしさを骨身に染み込ませてやりますよ!」
「次は必ず皆殺しにしてやるからね!」
「捨て台詞の余計なことだけは、一人前に忘れないんですね!」
「逃がすか、お前ら!」
「兄貴、早く閉めて!」
「分かっています、今引っ張ります!」
襖が勢いよくバタンと閉じると、その間抜けな姿ごと、二人の気配は跡形もなく消え去った。
「最後まで一体何だったんだ、あいつらは……」
「『八雷』と名乗っておったが、以前戦った若雷とはずいぶん品が……いや、気風が違うようじゃのう」
「ですが、あれでもあのイザナミが生み出した正真正銘の八雷です。決して油断はできません」
「何はともあれ、これで三種の神具もすべて揃った。王都へ戻ろう」
一行は長かった旅の重みを噛み締めながら王都への街道を進み、やがて夕暮れに染まる城門をくぐった。
「ふう……やっと帰ってきたな」
「ああ、今夜は何も考えずにゆっくり休もう」
一行は安堵の息を漏らしながら、以前にも泊まった馴染みの宿へと向かった。
三種の神具は、ついに揃った。 黄泉への決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていた。
予告 ハロルドです。
三種の神具を揃え、ようやく王都へ戻ってきました。
まずは龍王様、そして司馬仲達様へ、この旅のすべてを報告しなければなりません。
神具が揃った今、新たな使命が動き始めます。
次回、第70話「神具を揃えて」。
ぜひ、お楽しみに。




