ツバメが舞う、どこまでも
緑の狸の里の治療院には、美しい朝日が差し込んでいた。
台の上には、織様と彦様の角から作られた右腕の骨が置かれていた。
「小次郎さん、この腕にあなたの命を宿すため、少し血をいただきますね。少しチクッとするかもしれませんが、すぐに終わりますので、少しだけ我慢してください。」
用意された器へ小次郎の血が注がれていった。
十分な量の血が集まると、その血は右腕の骨へ静かに流し込まれていき、赤く染まった骨は血を吸い込みながら鳳凰の羽からあふれ出す生命の力に包まれていった。
やがて骨の周りに筋肉が形作られ、血管が張り巡らされ、神経がつながり、最後に皮膚が全体を覆い、生身と変わらぬ右腕が完成した。
「接合の準備が整いました。このまま腕をつなげますね。」
眩い光が治療院を包み込み、完成した右腕は小次郎の身体と一つになった。
「小次郎さん、ゆっくりで構いませんので、腕の様子を確かめてみてください。」
「動くことは動きますが、指先の感覚がまだ鈍いようです。それに、動かそうとすると、ほんのわずかですが腕が遅れてついてくる感覚があります。」
「術そのものはうまくいっています。その違和感も、少しずつ身体になじんでいくはずですよ。」
「そうですか。それなら焦らず、少しずつ動かしていきます。」
その日の午後、小次郎は治療院の庭で右腕を少しずつ動かしていた。
そこへ村正宗が、赤いキツネの里の鍛冶屋・新助と、その息子の弥助を連れてやって来た。
「腕の様子が気になってな。見舞いに来たぞ。」
「ありがとうございます。こうして来ていただけて嬉しいです。」
「顔色もいい。少し安心したぞ。」
「ええ、腕は戻りましたが、細かな感覚はまだ戻ってないんですよ。」
「無理だけはするなよ。」
「武蔵じゃないんですから大丈夫ですよ。ところで、そちらのお二人は?」
「初めまして、赤いキツネの里で鍛冶屋をしております、新助と申します。こちらは息子の弥助です。」
「弥助です! 父ちゃんの手伝いをしながら鍛冶の勉強をしています!」
「それは偉いですね。」
「まだまだ父ちゃんには敵わないけど、いつか父ちゃんみたいな立派な鍛冶屋になりたいと思っています!」
「その夢が叶うといいですね。」
そのとき、三吉が大吉を連れて庭へやって来た。
「小次郎さん、具合はいかがですか? お見舞いに来ました。」
「三吉さん、ありがとうございます。」
「ほれ、大吉、お前もちゃんと挨拶しな。」
「僕は緑の狸の里の大吉です! 小次郎さん、お体は大丈夫ですか? 早く元気になってください!」
「大吉君、ありがとう。少しずつ良くなっていますよ。」
「俺は赤いキツネの里の弥助! よろしくな!」
「僕は大吉! よろしくね!」
「こちらこそ、よろしく!」
「僕、木登りが得意なんだ! 狸の里じゃ一番速いんだよ!」
「すごいな! 俺は父ちゃんの鍛冶場で手伝うのが好きなんだ!」
「鍛冶屋って刀も作るの?」
「うん! まだ見てるだけだけど、いつか俺も打てるようになりたいんだ!」
「あっ、こんなところに、木の棒があるじゃないか!これ、刀みたいだ!」
「弥助君は剣術もできるの?」
「少しだけ父ちゃんに教わったことがあるんだ。」
「すごい! 僕もやってみたい!」
「じゃあ、一緒に剣術ごっこをやろうか?」
「なら教えてよ、僕も剣術に興味があるんだ!」
「それなら、私も少しお相手しましょうか。ちょうど腕の具合も確かめたいところでしたから。」
「小次郎さんが!? やったー!」
「よろしくお願いします!」
治療院の庭には子供たちの笑い声が響き、緑の狸の里と赤いキツネの里、その垣根は少しずつ消えていった。
その日の夕方、小次郎は治療院で腕の状態を確かめてもらった。
「手術を終えてから何時間か経ちましたが、痛みや熱を感じるところはありますか? 指先を動かした時の感覚も教えてください」
「痛みは少し残っていますが、指先は動かせますし、触れた感覚も伝わってきます」
「握る力はどの程度まで入りますか? 強く握ろうとせず、今できる範囲で確かめてみてください」
「軽くなら握れます。力を入れようとすると、腕の奥が張るような感じがあります」
「手術をしたばかりですから、その感覚は自然なものです。今日は腕を休ませて、明日また状態を見せてください」
「わかりました。今は動かせるだけでも十分です」
「眠る前に一度だけ、指をゆっくり握って開いてください。それ以上のことはしなくて構いません」
「ありがとうございます。言われた通りにします」
翌朝。
「昨夜はよく眠れましたか? 痛みで目が覚めたり、腕が重く感じたりすることはありませんでしたか?」
「朝まで眠れました。起きた時に少し重さはありましたが、指を動かしているうちに軽くなりました」
「昨日より指先に力は入りますか? 手を握った時の感覚も教えてください」
「昨日より自然に握れますが、まだ強くは握れません」
「良い経過ですね。今日は手首を少し動かしてみましょう。張りが強くならない範囲で続けてください」
「内側に少し張りがありますが、動かすことはできます」
「身体は少しずつ腕を受け入れています。焦らず、その変化を確かめていきましょう」
治療院で過ごす日々の中で、小次郎の腕は一日ごとに身体へ馴染んでいった。
三日目の朝。
「昨日一日過ごしてみて、腕を使う時に気になったことはありましたか?」
「着替える時に肘を曲げると少し重さを感じましたが、昨日より動かしやすくなっています」
「それなら今日は肘まで動かしてみましょう。ゆっくり曲げて、どこまで自然に動くか確かめてください」
「深く曲げると少し力が必要になります」
「順調ですね。今日からは腕を持ち上げる練習も始めましょう」
「腕を失った時は、もう刀を握ることもできないと思っていました。今は、そこまで戻れる日が近づいているのがわかります」
「刀を握るのはもう少し先です。今は日常の動きが自然にできるところまで戻しましょう」
「急がずに進めます」
その日の午後、小次郎は仲間たちと食事を共にした。
「箸の動きがずいぶん戻ったな」
「昨日より力が入るようになりました。食事をしている時は、腕のことを忘れるほどです」
「それなら大きな一歩だ」
「毎日見ていると、本当に少しずつ戻っているのがわかるね」
「今は治すことだけ考えればいい。焦るなよ」
「次に刀を握る時は、中途半端な状態では握りたくありませんから」
数日後、肩から腕へ力を伝える練習が始まった。
「腕を持ち上げる練習を始めてから、痛みや強い疲れは出ませんでしたか?」
「夕方に少しだるさはありましたが、休んだあとは軽くなり、今朝は昨日より動かしやすくなっています」
「今日は腕を前へ伸ばし、肩から指先まで力を通してみましょう」
「昨日より滑らかに動きます。力を入れなくても自然についてきます」
「次は軽い棒を握ってみましょう。刀よりも軽いものから始めます」
「ようやく握る練習に進めるのですね」
「握ることよりも、握ったまま腕を動かせるかが大切です。手だけで支えず、肩から腕全体で持つ感覚を取り戻していきましょう」
翌日、小次郎は軽い木の棒を使って腕の動きを確かめた。
「昨日までの練習で、腕に疲れは残っていませんか?」
「重さも残っていません。指先まで力が入り、手首も肘も自然に動きます」
「では、柄を持つ時と同じ形で、指を一本ずつ添えてください」
「親指と人差し指は、まだ意識しないと力が入りません」
「強く握る必要はありません。五本の指で包むように持ち、腕全体で支える感覚を確かめてください」
「今の方が自然です。手だけではなく、肩から支えられています」
「今日はそこまでにしましょう。身体に動きを覚えさせることが大切です」
「もっと動かしたくなりますが、今は止めておきます」
さらに数日、小次郎は軽い棒を握る練習を続けた。
初めは意識しなければ入らなかった指先の力も、次第に自然に伝わるようになり、腕を動かしても身体の動きから遅れることはなくなっていた。
「良いですね。次は木刀を使ってみましょう。そこで問題がなければ、刀を握る段階へ進めます」
「ようやくそこまで来ましたか」
「毎日の回復を積み重ねてきた結果ですよ」
翌朝、小次郎は木刀を握った。
「昨夜はよく眠れましたか? 腕に疲れや痛みが残っていないことも確認しておきましょう」
「よく眠れました。疲れも痛みも残っていません」
「木刀を握った感覚はどうですか?」
「肩から腕全体で支えられています。柄も自然に手へ収まります」
「構えを作らず、胸の前からゆっくり下ろしてください。動きの途中で力が抜けたり、腕が遅れたりするところはありますか?」
「ありません。身体と一緒に動いています」
「今日は十分です。明日の朝、疲れが残っていなければ実際の刀を握ってもらいます」
「ここまで戻れたことが、まだ信じられません」
「毎日少しずつ進めてきた結果です。明日は今の身体がどこまで戻ったか、自分の感覚で確かめてください」
翌朝、仲間たちも治療院に集まった。
「木刀を動かしたあと、腕に疲れや痛みは残りませんでしたか?」
「疲れも残っていませんし、腕を動かした感覚も昨日より自然です」
「指先の力、手首の動き、肘と肩のつながりも十分です。今日は実際の刀を握って確かめてください」
「ありがとうございます。ここまで治していただいた腕で、最初の一太刀を振ります」
「小次郎なら大丈夫だ」
「慌てず、今の身体を確かめればいい」
「皆さんに待っていただいた日々を無駄にはしません」
小次郎は刀を鞘から抜いた。
柄は手の中へ自然に収まり、肩から指先まで力が通った。
刃は思い描いた軌道を進み、足元から腰、肩、腕へと伝わった力が、そのまま刀へつながっていく。
腕を失う前から積み重ねてきた動きが、小次郎の身体の中で再び一つになっていた。
「やっと、戻りました」
「以前と同じか」
「同じではありません。腕を失う前よりも、身体の使い方がよくわかります。刀へ力を伝える感覚も、今までよりはっきりしています」
「それなら心配はいらねぇな」
「皆さん、本当にお待たせしました」
「待たされたとは思っていない。小次郎が戻るまで、ここにいただけだ」
「これでまた全員で進めるね」
「今度こそ最後まで、皆さんと共に戦います」
その翌朝、一行は緑の狸の里を発つことになった。
治療院の前には、緑の狸の里と赤いキツネの里の者たちが集まっていた。
「もう旅立つんですね」
「皆さんのおかげで、腕も元へ戻りました。本当にありがとうございました」
「また必ず帰ってきてください」
「次に来る時は、二つの里をゆっくり見て回ってくださいね」
「その時は、皆さんと一緒に食事をしたいです」
「約束ですよ」
「必ず戻ります」
「小次郎さん、今度は刀の使い方を教えてください!」
「弥助君、それまでにもっと身体を鍛えておいてください」
「わかったよ。頑張って鍛えるね!」
「皆さんもお元気で」
「ちょっと待った!」
「村正宗さん?」
「俺も連れていけ。お前たちと一緒に行く」
「正宗さんも?」
「同行すれば武具の手入れもできる。それに、お前たちを守るために新しい盾も用意した。これで俺も力になれる」
「それは心強い!」
「これからは俺の盾も頼りにしろ!」
緑の狸の里と赤いキツネの里から響く見送りの声を受け、一行は村正宗を新たな仲間に加え、神具を求める旅へと歩き始めた。
次回予告
お国です。
小次郎さんの腕も無事に戻り、緑の狸の里と赤いキツネの里も笑顔で結ばれました。
皆さんを見送るあの温かな景色を見ていると、これから先もきっと大丈夫だと、そう思えてきます。
それでは次回。
「酒呑と麒麟」
どうぞ、お楽しみに。




