第 緑の狸の里
大烏天狗に教えられた山道を進み、一行は深い谷を下り、川を渡り、再び山を登った。
山頂へたどり着くと、一面に薬草畑が広がり、その奥には木造の家々が並んでいた。
「ここが緑の狸の里です。」
「ふぅーやっと着いたな。」
「ここが僕の……僕の生まれた里……。」
「何か思い出せそうか?」
「いや、まだ何も思い出せない。でも、どこか懐かしい気がするよ。」
一行が里へ入ると、一人の里人が足を止めた。
「あれ……しん吉!?」
「あそこにいるの……しん吉じゃないか?」
「えっ?まさかいるわけないだろ!あれだけ探したんだぞ!」
「いや、しん吉だ! 本当にしん吉だ!」
「おい! しん吉どこ行っていたんだよ、心配したんだぞ」
「何だって!しん吉が生きていただと?!」
「みんな来い! しん吉が帰ってきたぞ!」
その声を聞き、里人たちが次々と集まってきた。
「しん吉! 本当にお前なのか!」
「良かった、生きてたのか!」
「お前、どこに行ってたんだよ!」
「みんなでどれだけ探したと思ってるんだ!」
「山も谷も探したんだぞ!」
「どこにもいないから、みんな諦めかけてたんだ!」
「本当に心配したんだからな!」
「でも、生きて帰ってきてくれて本当によかった!」
「ありがとうございます。でも、おいらは記憶を失ってしまって、この里のことも、皆さんのことも思い出せないんです。」
「そんなこと気にするな!」
「生きて帰ってきてくれただけで十分だ!」
「ちょっと待てよ、おい、あれ見ろよ!」
「どうした!」
「赤いキツネの里のやつがいるじゃねえか!」
「本当だ!なんで赤いキツネの里のやつがここにいるんだよ!」
「ここは緑の狸の里だぞ! 赤いキツネの里のやつが勝手に入ってきていい場所じゃねえ!」
「帰れ! 帰れ! 今すぐ赤いキツネの里へ帰れ!」
「やめてください!」
「しん吉、邪魔をするな、赤いに 狐の奴だぞ!」
「きゅうすけはおいらの大切な友達なんだ!お願いです!そんなこと言わないでくれよ!」
「友達だから何だっていうんだ!」
「赤いキツネの里のやつを受け入れられるわけがないだろ!」
「この人たちがいなかったら、おいらはここへ帰って来られなかったんだよ。皆さんの前にこうして立つこともできなかったんだ!」
「だからお願いだよ、この人たちを追い返さないでくれよ!」
「皆の衆、落ち着きなさい。」
「長老様!」
「しん吉……本当によく帰ってきました。お前がいなくなってから、この里のみんながどれほど心配したことか。こうして元気な姿を見ることができて、本当に安心しました。」
「長老様……申し訳ありません。おいら何も思い出せないんです。」
「謝る必要はないよ。生きて帰ってきてくれただけで十分だよ。」
「皆も聞きなさい。この方々は、しん吉をここまで送り届けてくださった恩人です。事情も聞かず追い返すのは、この里のすることではありません。まずは客人として迎え入れなさい。」
「……分かりました。」
一行は客間へ案内され、お茶が運ばれた。
「改めて、ご用件をお聞かせください。」
「実は根の者との戦いで、この小次郎が右腕を失ってしまい、大烏天狗様からこの里なら治せると聞き、お願いに参りました。」
「なるほど、それは大変でしたな。なら、うちの治療師を呼びますね。少々お待ちを。」
しばらくして数名の治療師が集まった。
「では、まず傷の状態を診させていただきますね。」
「ほうほう、傷口はきれいに塞がっていますな。瘴気も残っていませんし、命に関わる心配もありません。」
「ただですな、腕を再生するとなるとちょっと難しいのです。」
「このあたりまでは骨が残っていますが、その先は完全に失われていますので、このままでは新しい腕をつないでも支えることができません。」
「腕を再生させるには、この失われた部分を補える骨が必要になります。」
「問題は、その骨を何で補うかなんですが、どの骨が適しているのか、魔物の骨が使えるのか、それとも別の方法があるのか、慎重に話し合う必要があります。」
「少しお時間をいただけますか。」
「よろしくお願いします。」
治療師たちが部屋を出ると、長老が穏やかに話し始めた。
「骨に関することですので、少々時間がかかります。それまで里をご案内いたしましょう。」
「ありがとうございます。」
「三吉、この方々をご案内しなさい。」
「初めまして、三吉と言います。宜しくお願い致します。では、皆さん、こちらへどうぞ。」
一行は三吉に案内され、里の中を歩き始めた。
「ここは薬草畑です。この里で使う薬草のほとんどは、ここで育てているんですよ。」
「こんなにたくさんの種類があるんですね。」
「季節ごとに採れる薬草も違いますから、一年中世話をしているんです。」
「だから、これほど医療が発達しているんですね。」
「ええ。この里は昔から治療を生業にしてきましたから。」
少し歩くと、小さな店先に見慣れない木の実が並んでいた。
「これは何の実ですか?」
「この実は、揚げ玉の実と言います。うちの里の特産品なんですよ。」
「へー揚げ玉の実なんてあるんですね。」
「この里では昔から親しまれている木の実で、これがかなりハマる味なんですよ。」
「食べられるんですか?」
「よかったら召し上がってみてください。」
「では遠慮なく、いただきます。」
「……美味しい。」
「不思議な食感ですね。」
「そのままでも美味しいですが、お菓子にすると子供たちに大人気なんですよ。」
「なるほど、旅先ならではの味ですね。」
さらに歩くと、大きな建物が見えてきた。
「あれは何ですか?」
「あそこは薬草を乾燥させたり、薬を調合したりする建物です。治療師は皆、あそこで学ぶんですよ。」
「だから、ここまでの治療技術が受け継がれているんですね。」
「命を救うことが、この里の役目ですから。」
その時、一人の里人が駆け寄ってきた。
「三吉! 長老様がお呼びです!」
「話し合いが終わったようですね。こちらへどうぞ。」
一行は客間へ戻った。
「お待たせいたしました。」
「皆で話し合った結果、右腕を再生する方法はありそうです。そのためには骨となる素材が必要になります。」
「骨となる素材……ですか。」
「はい、人の骨ではなく、鹿の角を使います。
彦様と織様という二頭の大鹿がおります。彦様は谷を挟んだ北東、織様は谷を挟んだ南西で暮らしており、年に一度、満月の夜だけ赤いキツネの里と緑の狸の里の間にある谷で巡り会います。
その時に落とす角には、失われた骨の代わりとなる力が宿ります。
ただし、その角がどちらの里のものになるかは、落ちた場所で決まります。緑の狸の里側へ落ちれば私どものものになりますが、赤いキツネの里側へ落ちれば、赤いキツネの里のものとなります。
そのため、この件につきましては、赤いキツネの里の長老と話し合わなければなりません。」
「つまり、角がどちらへ落ちても協力できるようにしておくということですね。」
「その役目は私どもが引き受けましょう。満月の夜までに赤いキツネの里の長老と話をまとめてまいります。」
「お願いいたします。」
「そして、もう一つございます。角を手に入れただけでは右腕を再生することはできません。角を加工できるのは赤いキツネの里だけなのです。」
「加工は赤いキツネの里で行うのですね。分かりました。」
「ワイチ殿、一つお願いがございます」
「何でしょうか?」
「赤いキツネの里まで、ご同行いただけませんでしょうか」
「私も一緒に行くんですか?」
「私どもだけで訪ねても、話を聞いてはいただけないでしょう。小次郎殿を救うため、あなた様のお力をお借りしたいのです」
「分かりました。小次郎さんの右腕を取り戻すためなら、私も行きます」
ワイチと緑の狸の里の長老は、谷を越えて赤いキツネの里へ向かった。
里の入口へたどり着くと、門を守る者たちから険しい声が飛んだ。
「緑の狸の里の者が、何をしに来た!」
「今すぐ帰れ!」
「待ってください! 私がお願いして一緒に来てもらったんです!」
「あれ、ワイチ殿ではないか、なぜ緑の狸の長老と一緒にいるのですか?」
「小次郎さんの右腕を治すためです。そのために、赤いキツネの里の力が必要なんです」
「お願いです。長老様にお会いさせてください」
「んー少しここで待っててください。どうするか?を聞いてきます」
しばらくして、ワイチたちは赤いキツネの里へ通された。
赤い狐の長老が現れた。
「長老、突然おしかけてすみません。」
「ワイチ、お前さんがいなければ、この者を里へ入れることはなかったぞ!なぜ緑の狸の長老といるんだ?」
「赤いキツネの里の長老殿、お願いがあって参りました。
小次郎殿の右腕を再生するには、あの彦様と織様の角がどうしても必要なんです。
イザナミが復活しようとしています。このままでは世界が滅びてしまいます。
ワイチたちは、その戦いを止めるため旅を続けていますが、小次郎殿は右腕を失ってしまいました。
この先の戦いには、小次郎殿の力が必要です。
狸の里で治すにも骨がないのです。その骨の代わりに彦様、織様の角で骨を作りたいのです。
どうか、彦様と織様の角をゆずってはくださらんか?」
「……事情は分かりました。
皆、この願いについて意見を聞かせてください。」
「私は賛成です。正直、狸の願いは聞きたくありませんが、世界を救うためなら協力すべきです。」
「私も賛成です。」
「長年のわだかまりはありますが、そのために世界を見捨てるわけにはいきません。」
「私も異論ありません。」
「私も賛成です。」
「皆の意見はまとまりました。
彦様と織様の角は、小次郎殿の右腕を再生するために使いましょう!
そして加工も、この里で引き受けましょう。」
「ありがとうございます。」
「どうか世界をお救いください。」
次回予告
おいら、しん吉です。
みんなのおかげで、小次郎さんの右腕を治す方法が見つかったよ。
満月の夜、彦様と織様の角を求めて動き出すんだ。
無事に願いは届くのかな。
次回、「満月の約束」




