世界を語る者
祠に祀られていた鏡から白い光があふれ、大烏天狗が鏡を掲げた。
「こちらの方がお前たちと話をしたいと申しておる」
白い光の中に、一人の女性の姿が現れた。
大烏天狗は鏡へ向かって深く頭を下げた。
「皆の者、頭を垂れよ。」
「こちらにおられるのは、高天原を統べる最高神、天照大神様であらせられる。この世の神々を束ねる御方だ。」
その言葉を聞いたワイチたちは、一斉に頭を下げた。
「皆さん、初めまして。私は天照大神です。」
澄み渡るような優しい声が祠に響いた。
「若雷を止めてくださったこと、心より感謝いたします。しかし、皆さんにお願いしなければならないことがあります。」
「イザナミを止めてください。」
「イザナミを……止める。」
「イザナミは黄泉の国で邪悪に満ちた存在となりました。黄泉の扉を開き、この世界へ黄泉や根の国にいる者たちを送り込もうとしています。」
「黄泉や根の国にいる者たちが押し寄せ、人々の暮らす地は滅びへ向かいます。若雷が行っていたことも、そのための準備の一つでした。」
「八雷は、すべてイザナミから生まれた神です。土雷がこの世界へ現れた以上、残る者たちも動く可能性があります。」
空海が鏡の前へ進み、涙を流していた。
「神様は、本当にいらっしゃったのですね。」
「空海、あなたのことは知っています。」
「では、教えてください。私はずっと神様を信じてきました。人を救いたいと願い、何度も祈ってきました。それでも、私の願いは一度も叶いませんでした。」
「あなたの願いが届かなかったわけではありません。」
「それなら、なぜ救えなかったのですか。なぜ、私が助けてほしいと願った人たちは救われなかったのですか。」
「神は、人の命を思うままに変えることはできません。」
「私は神様を信じていました。信じていたからこそ、何度願っても救えないことに絶望しました。私は、その苦しさからずっと酒に逃げていました。」
「空海、あなたは救えなかった人だけを見続けています。あなたが救ってきた人もいるはずです。」
「すべての命を救うことは、神にもできません。あなたが気づかなければならないのは、救えなかったことではなく、あなたにできることです。」
「私にできること……。」
「あなたは人を救う術を学び、その教えを人々へ広めてきました。あなたが救った人、その教えを受け継いだ人、その先で救われた人もいます。」
「私の役目は、人を救う術を広めること……。」
「あなたが一人ですべてを救うのではありません。救う術を広め、多くの人が誰かを救える世界を作ることが、あなたの役目です。」
「私は、救えなかったことばかりを見ていました。」
「これからは、あなたが救ってきたものにも目を向けなさい。あなたの歩んできた道は、決して無駄ではありません。」
「ありがとうございます。」
天照大神の声が祠に広がると、きゅうすけとしん吉のしっぽが同時にピンと立った。
「きゅうすけ、しん吉。あなたたちも頑張っているのですね。」
「おいらたちのことを知ってるのか?」
「ぼくたち、何かしたの?」
「あなたたちは、ワイチたちと共に多くの人を助けてきました。その働きも、私は見ています。」
「なんでだろう。しっぽが勝手に立ったぞ。」
「ぼくもだよ。」
「それでよいのです。あなたたちは、これからも仲間と共に歩みなさい。」
天照大神はワイチたちへ穏やかな声で続けた。
「イザナミを止めるには、皆さんに黄泉へ向かってもらわなければなりません。」
「そのためには、三つの神具が必要です。」
「皆さんには、これから三つの神具を集めてもらいます。」
「三つの神具とは、八咫鏡、八尺瓊勾玉、草薙剣です。」
「八咫鏡は大烏天狗へ。」
「八尺瓊勾玉は麒麟へ。」
「草薙剣は酒呑童子へ。」
「それぞれ私が託しています。」
「根の国に住む者は、瘴気をまとっている限り、この世界へ来ることはできません。」
「しかし、黄泉の扉が開けば、その制約は失われます。」
「若雷は人間の体を器としていたため、瘴気を抑え、この世界へ現れることができました。」
「若雷は、この三つの神具を集め、黄泉の扉を開こうとしていたのです。」
「黄泉の扉が開けば、神具を持つ者は根の国とこの世界を行き来できるようになります。」
「若雷は神具を持って根の国へ戻り、イザナミをこの世界へ迎え入れようとしていました。」
「だから麒麟を襲い、酒呑童子を襲い、最後に大烏天狗のもとへ現れたのです。」
「すべては、黄泉の扉を開くためでした。」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「どうぞ。」
「麒麟様は信長たちを襲ったと聞いています。」
「ですが、私たちが会った時には襲われませんでした。」
「それは、なぜなのでしょうか。」
「麒麟は、善悪を見極める力を持っています。」
「悪しき心を持つ者、神具を悪用しようとする者には容赦しません。」
「だからこそ、信長たちを退けたのです。」
「ですが麒麟は、あなたに宿る特別な力を見抜いていました。」
「そして、その力が世界を救うためのものであることも。」
「だから、あなたを敵とは判断しなかったのです。」
「そうだったのですね……。」
「この鏡を麒麟と酒呑童子へ見せてください。」
「そうすれば、私が神具を託した理由を理解し、皆さんへ神具を託してくださるでしょう。」
「三つの神具が揃えば、皆さんは黄泉の扉を通り、根の国へ向かうことができます。」
「イザナミを止められるのは、皆さんしかいません。」
「どうか、この世界を救ってください」
「皆さんに神々の加護があらんことを」
天照大神の姿は鏡の中へ消えていった。
「酒呑童子と麒麟にもよろしく伝えておいてくれ。これから先は、今まで以上に厳しい戦いになるじゃろう」
「小次郎、お前のその腕はどうした?」
「若雷との戦いで失いました。ナリア殿のおかげで命は助かりましたが、右腕までは戻りませんでした」
「その腕で、これからも戦うつもりなのか?」
「右腕を失ったからといって、ここで退くつもりはありません」
「そうか。ならば、緑の狸の里を訪ねてみるとよい」
「緑の狸の里……そのような里があるのですか?」
「あの里は医療術に長けておる。それに、黄泉へ向かう者の案内役も務めておる里じゃ」
「何じゃ? しん吉から聞いておらぬのか?」
「すみません。おいら記憶が無くて、里があることは知っているんですが場所までは分からないんです」
「そうであったな。」
「大烏天狗様、その里はどこにあるのですか?」
「赤い狐の里を越え、その先にある谷を下って谷を抜けて山頂へ向かえば、緑の狸の里へ辿り着く」
「分かりました。小次郎の腕を診てもらうためにも、まずは緑の狸の里へ行きます」
「それがよかろう」
「緑の狸の里で小次郎の腕を診てもらい、三つの神具を集め、その後、根の国へ向かいます」
「うむ。イザナミを止められるかどうかは、お主たちに懸かっておる」
「必ず止めます。この世界を、これ以上好きにはさせません」
次回予告
ナリアです。
天照大神様から託された、大切な使命。
その第一歩として、私たちは緑の狸の里へ向かいます。
そこで待ち受けるものとは何なのか。
そして、小次郎さんの腕は――。
次回、第64話「緑の狸の里」
ぜひ、ご覧ください。




