蛇骸ヶ原
「ここまでおいで、待ってるよ。
蛇骸ヶ原」
若雷から届いた手紙には、それだけしか書かれていなかった。
「蛇骸ヶ原って、どこなんだ?」
「知らねぇな。俺も聞いたことがねぇ。」
「私も存じません。」
「うちも初めて聞く地名や。」
「私も場所まではわかりません。」
「晴明さんでも知らないんですか。」
「少なくとも、私の知る文献には残っていません。」
「誰も知らないなら、手掛かりがありませんね。」
「王様がお話しされていたことを思い出しました。」
「何の話だ?」
「信長さんがヤマタノオロチを討った場所です。」
「そうだった! 王様が確かに話してた。」
「蛇骸ヶ原という名前も、その時に出ていました。」
「だったら、信長さんと一緒に旅をしていた司馬懿さんなら知ってるはずだね。」
「行ってみよう。」
一行は司馬懿の店を訪れた。
「朝から全員とは珍しいな。何かあったのか。」
「若雷から手紙が届きました。この場所へ来いと書かれているんですが、場所がわからないんです。」
「若雷から?」
「これです。」
「……蛇骸ヶ原か。」
「ご存じなんですか。」
「そりゃ知っているさ、信長と共にヤマタノオロチを討った土地だからな。」
「やっぱり、王様が話していた場所だったんですね。」
「それで私を訪ねてきたわけか。」
「そうなんです。場所を教えていただけませんか、ここから近いですか?」
「もちろんだ、王都を南へ下る街道を進むと二つ目の村を越える。西へ延びる古道があるから、その古道を外れず進めば、草木が消え、黒い土だけが続く荒野へ出る。そこが蛇骸ヶ原だ。」
「ありがとうございます。ヤマタノオロチを倒した場所なら、もっと有名でもよさそうですけど。」
「有名だぞ、だが、あの土地まで足を運ぼうとする者はいない。なぜなら、戦いのあと大地は血を吸い、草木も育たぬ土地へ変わってしまったからな。人は勝利だけを語り、場所そのものは語らなくなった。」
「だから兵士の皆さんも、場所までは知らなかったんですね。」
「そういうことだ。」
「若雷は、どうしてそこを選んだのでしょうね?」
「信長が勝った土地だからな。そこには八岐大蛇の骸が土奥深く眠っているとも聞く。それが蛇骸ヶ原は死の気が濃い理由かもな。奴にとって都合のいい土地でもある。」
「道中から屍武者が現れる可能性もありますか。」
「それは、十分あるぞ!噂では黄泉と繋がっているともいわれている。蛇骸ヶ原へ着く前に消耗させるのが、奴の狙いなのかもしれない。」
「ありがとうございます。」
「礼は戻ってきてから聞くぞ、気をつけてな。」
「必ず戻ります。」
宿へ戻ると、翌日の作戦会議が始まった。
「若雷の狙いが消耗なら、雑魚と長く戦う必要はありません。」
「逃げる敵を追うのも無しやな。」
「足止めされる相手だけ倒して進めばいい。」
「結界は本当に必要な場面だけ使います。」
「回復も最低限に抑えますので、本番は若雷との戦いにとっておきますね。」
「雑魚なら、おいらたちが頑張るんだ! な、きゅうすけ!」
「うん! 俺の炎で、いちころさ!」
「二人とも頼もしいですね。でも、みんなと足並みは合わせてください。」
「おいら達は無理はしないさ!」
「先に飛び出したりしないよ!」
「それなら安心だ。」
「道中は突破を優先し、蛇骸ヶ原へ着くまで、大きな消耗は避けよう。」
「この方針で行きましょうか。」
「なあ、ワイチ一つ聞きてぇ事があるんだがいいか?」
「いきなりどうしたんですか?武蔵さん、何ですか?」
「実はさ、血液や気力の巡りを良くする流点ってあるのかなとおもってさ。」
「ありますよ、武蔵さんなら、この流点です。何に使うつもりなんですか。」
「まだ自分でもわかんねぇ。ただ、その流点を使えりゃ、もっと力が出せる気がするんだ。」
「新しい技につながりそうなんですか。」
「そこまでは、まだ見えてねぇ。でも、この感覚は捨てたくねぇ。」
「今は、その感覚を大事にしてください。きっと必要になる時が来ます。」
「そういうもんか。」
「武蔵さんなら、その時に答えへ辿り着けます。」
「だったら、その時を待つとするか。」
翌朝、一行は蛇骸ヶ原を目指し、王都をあとにした。
街道を吹き抜ける風は穏やかだった。
だが、王都から離れるにつれ、人の姿は消え、踏み固められていた道も草に覆われ始めた。
「昨日までとは、ずいぶん景色が変わりましたね。」
「司馬懿さんが言うとったとおりや。この辺りから先は、人が近寄らん場所なんやろ。」
「若雷が待っている以上、静かだから安全とは考えない方がいいですね?」
「昨日決めたとおりだ。道を塞ぐ敵だけ倒して進む。逃げる敵を追う必要はねぇ。」
「本命は若雷です。屍武者で消耗するわけにはいきません。」
「おいらは、みんなの体の様子を見ながら行くんだ。無理して動きが鈍ったら、すぐ言うんだ。」
「俺も勝手には飛び出さないよ。横から邪魔する奴が来たら近寄らせないから、みんなは前へ進んで!」
森の奥から鎧を擦る音が重なった。
木々の隙間から屍武者が街道へ踏み出し、その後ろからさらに屍武者が続く。
左右の森からも群れが姿を現し、一行を囲むように距離を詰め始めた。
「前だけじゃありません! 左右からも来ています!」
「囲んで足止めする気やな。」
「そのための屍武者でしょう。ここで広がって戦えば若雷の思うつぼです。」
「武蔵さん、小次郎さん! 前だけを突破してください! 左右へ広がらず、道を開けることだけに集中しましょう!」
「任せろ。道を塞ぐ奴だけ叩き斬る。」
「俺も合わせる。前が埋まる前に斬り払う。」
武蔵と小次郎が街道を塞ぐ屍武者へ斬り込んだ。
武蔵の一撃が屍武者ごと鎧を叩き砕き、小次郎の刃が崩れた隙間を走り抜け、後ろから迫る屍武者を斬り伏せる。
それでも倒れた屍武者の奥から次の群れが押し寄せ、空いた道を埋めようとしていた。
「前が塞がります!」
「なら、もう一度開けるだけだ!」
武蔵の太刀が横薙ぎに走る。
押し寄せた屍武者がまとめて吹き飛び、小次郎が生まれた隙間へ踏み込み、槍を突き出した屍武者の腕を斬り落とすと、そのまま首を斬り払った。
「左から来る奴は俺が止める! みんなは前へ行って!」
きゅうすけが手をかざすと、掌から放たれた炎が街道の左側を走る。
炎を前に屍武者たちの足が止まった。
「右は相手にしなくていいんだ! 前が開いてるうちに進むんだ!」
「しん吉の言うとおりです! 右の群れに引き込まれたら包囲されます!」
「だったら右は押し返すだけでいい。小次郎、前を切らすなよ!」
「そっちこそ、道を塞がせるなよ!」
武蔵が右から迫った屍武者を太刀の腹で弾き飛ばす。
その横を小次郎が駆け抜け、前方へ立ちはだかった屍武者を続けざまに斬り伏せた。
「このまま抜けます! 全員、前だけ見て進んでください!」
武蔵と小次郎が切り開いた一本道へ、ワイチたちは間髪入れず駆け込む。
左右から屍武者が迫る頃には、一行は包囲を抜け、そのまま森の奥へ走り抜けていた。
鎧を擦る音は少しずつ遠ざかり、やがて森は不気味な静けさを取り戻す。
「追ってきませんね?」
ワイチが振り返ると、屍武者たちは森の入口へ立ち尽くしたまま、それ以上追っては来なかった。
「足止めが目的だったのでしょう。」
「若雷らしい嫌なやり方やな。」
「でも、大きな消耗は避けられました。このまま蛇骸ヶ原へ向かいましょう。」
その時、森の奥から幼い笑い声が響いた。
「えへへ……。」
「ちゃあんと、招待状どおり来てくれたぁ。」
「若雷! 招待状どおり来てやったぞ!」
「えへへ……僕のかわいいマンモスちゃんもぉ、サソリちゃんもぉ、六面鬼もぉ、みーんな壊されちゃったぁ。」
「だから、なんだ?」
「みんなぁ、頑張ってくれたのにぃ……君たちが壊しちゃったんだもんなぁ……ククク……。」
「あんな化け物、この世に残しておけるか!」
「えへへ……だからねぇ……もっと凄い子を作ったよぉ。」
若雷は黒い結晶を街道の中央へそっと置いた。
妖刀の刃をゆっくりと掌へ滑らせる。
「へへへ……気持ちいいぃ……。」
滴り落ちる赤い血が黒い結晶へ吸い込まれていく。
「さぁ……出てきてぇ……ククク。」
「君たちのためだけに作った、とっておきなんだからぁ。」
黒い結晶がドクン、ドクンと脈打ち始めた。
脈打つたびに結晶は膨れ上がり、人の背丈を越え、巨岩ほどの大きさへと変わっていく。
「結晶が大きくなっています!」
「まだ終わりやない!」
膨れ上がった黒い結晶の表面がひび割れた。
次の瞬間、巨大な牙が結晶を突き破った。
「牙……マンモスか!?」
亀裂はさらに全体へ走り、六本の腕が結晶を内側から押し砕くように現れた。
腕の付け根では鬼の顔が牙を剥き、背中を突き破るように三本の蠍尾が突き上がる。
砕け散った結晶片が四方へ飛び散った。
黒い巨体がその破片を踏み砕きながらゆっくりと立ち上がると、大地が低く震え、周囲の木々が軋みを上げた。
「マンモスだけじゃない!」
「三尾炎獄蠍の尻尾まで付いています!」
「六本の腕……六面鬼まで融合しとるやないか!」
「若雷……今まで倒してきた三体を、一つに融合させたのか!?」
「えへへ……。」
「そうだよぉ。」
「君たちが壊した三体でぇ……君たちを壊すためだけに作った、とっておきなんだぁ。」
次回予告
空海
蛇骸ヶ原に満ちる禍々しい気配。
ようやく辿り着いたその場所で、若雷は静かに儀式を始めようとしていました。
あの儀式を止められなければ、取り返しのつかないことが起きる。
私たちは、必ずここで食い止めます。
次回、「若雷の儀式」。お楽しみに。




