陰陽激唱
六つの属性が奔流と化し、戦場を蹂躙した。業火が森を焼き尽くし、濁流が大地を裂き、暴風が巨木をなぎ倒し、稲妻が大気を断ち切り、隆起した土塊が空を衝く。そのすべてを、深淵なる闇が塗りつぶした。
六属性が重なり合う暴風の中で、ワイチたちは凄まじい衝撃に四方へ弾き飛ばされた。
「全員、生きてるかッ!」
「問題ありません!」
「まだやれます!」
「空海さん、絶界を……今だッ!」
「わかっている、まだ行けるぞ!」
「ナリア、回復を頼む!」
「任せてください。全員の命、私が繋ぎます!」
「阿国さん!スピードアップを!」
「ええ、みんな、今のうちに体勢を立て直して!」
鳴り響く笛の音色と共に、重く鈍った身体に力が戻り、足先まで感覚が研ぎ澄まされていく。
ワイチの視線は、一点――六面鬼の中央にある結晶へ吸い寄せられていた。
六本の鬼面から放たれる属性は、それぞれ別の力に見えながら、一度その結晶へ集まり、そこから再び六本の腕へ送り返されている。
「あの真ん中の結晶……奴は力を分散して出している」
「どうする、ワイチ!」
「腹の結晶までは奥深い。今は届きません!でも腕の付け根なら!」
「そこを潰せば流れが乱れるか!」
「はい!止めることはできなくても、威力は落とせます!」
「十分だ!」
六面鬼は金棒を握る二本の腕を高く振り上げ、六つの鬼面にさらに濃い霊力を集めた。
「武蔵さん、小次郎さん、金棒を翻弄してください!」
「任せろ。泥を被る役なら得意だ!」
「ワイチさんが近づく道は、私たちが作ります!」
「晴明さん!」
「来いッ!」
放たれた五枚の符が弾け、五体の烏天狗が六面鬼を包囲した。
「晴明さん、天狗五体同時は無茶です!」
「そう長くは保たん!だが、この一瞬を活かせッ!」
「風!」「水!」「火!」「雷!」「土!」
五体の烏天狗から放たれた属性が、六面鬼の撃ち返す五属性と激突する。
天地が引き裂かれるような轟音と共に閃光が視界を白く塗りつぶすが、闇だけは止まらず、黒い奔流が五色の爆風を突き破って戦場を横薙ぎに裂いた。
「今です、ワイチさん!」
「行きます!」
ワイチは霊杭を握り、炎と水煙が入り乱れる戦場へ飛び込んだ。
火の鬼面が腕を高く引き、灼熱の火柱で行く手を塞ぐ。
「近づけねぇなら、下げさせるまでだ!」
武蔵が金棒の一撃を二刀で受け止め、全身ごと押し返すと六面鬼の巨体が前へ傾き、火の腕が一瞬だけ低く流れた。
「水が来ます!」
横から走った水刃を小次郎の長刀が切り裂き、弾けた水煙の向こうに火の腕の付け根が露わになる。
「今だ!」
「まずはここ!一本目!」
ワイチは火柱の残熱を浴びながら懐へ潜り込み、霊杭を火属性の腕の付け根へ深々と打ち込んだ。
炎の奔流が大きく歪み、火の鬼面が苦痛の叫びを上げる。
「次は雷だ!」
「上から行きます!」
烏天狗の一体がワイチの腕を掴み、炎の腕から雷の腕へと一気に引き上げた。
六面鬼が金棒を横殴りに振るう。
「こっちは見なくていい!」
「ワイチさんへは届かせません!」
武蔵と小次郎が左右から金棒を打ち払い、六面鬼の肩口を開かせた。
雷の鬼面から黄色い光が迸る。
「絶界!」
空海の結界が雷を受け止めた。
「長くは保たん!」
「十分です!」
ワイチは痺れる腕に力を込め、雷の腕の付け根へ霊杭を叩き込んだ。
「二本目!」
稲妻が急速に萎み、雷の鬼面が絶叫を上げる。
間髪入れず風の鬼面が口を開き、暴風がワイチへ襲い掛かった。
烏天狗が爪を立ててワイチを支えるが、無数の風刃がその羽を切り裂いていく。
「風刃で天狗が持たん!」
「その一瞬で届きます!」
烏天狗が最後の力でワイチを押し出し、吹き荒れる風の中へ飛び込ませた。
頬を風刃が切り裂く中、ワイチは腕へ飛び移り、そのまま付け根へ霊杭を振り下ろした。
「三本目!」
暴風が一気に断たれ、風の鬼面が裂けるような叫びを上げて腕を垂らす。
「右へ飛ばせ!」
「任せろ!」
別の烏天狗がワイチを掴み、六面鬼の右上へ回り込む。
土の鬼面が大地を震わせ、次々と突き上がる岩が行く手を塞いだ。
「なら砕く!」
武蔵が金棒を受け流した勢いで踏み込み、太刀を叩きつけると巨体が揺れ、土の腕が術を放とうと前へ突き出された。
小次郎の長刀が迫る土槍を斬り払い、その間をワイチが駆け抜けて腕へ飛び移る。
足元の岩肌がうねり、付け根が遠ざかる。
「逃げるなッ!」
ワイチは腕にしがみつき、身体ごと引き寄せて霊杭を押し込んだ。
「四本目!」
土の奔流が崩れ、突き上がっていた土塊が次々と砕け落ちる。
「あと一つ!」
「水の腕が右二番目だ!」
水の鬼面から放たれた濁流が何重にも重なり、ワイチを押し戻した。
水の壁に視界を奪われ、霊杭を握る腕から力が抜けていく。
「ワイチさん!」
ナリアの光が裂けた腕を包み、失われかけた握力を繋ぎ止めた。
「ここで離しません!」
烏天狗が濁流へ飛び込み、羽を削られながらワイチを水の腕へ押し込む。
ワイチは流れに逆らって霊杭を振り抜いた。
「五本目!」
水の奔流が弾け飛び、五属性の勢いが一気に落ちると、六面鬼の巨大な身体が初めて大きく揺らいだ。
「あと一本ッ!」
ワイチはそのまま闇の鬼面へ踏み込んだ。
黒い霊力が腕の周囲を深い霧のように覆い、近づくほど足元の感覚が消えていく。
肌を焼くような冷たい闇が意識の奥へ食い込み、突き出した霊杭の先端が見えない壁に弾かれた。
「近づけません、危険です!」
「無理をするな、ワイチ!」
「ですが、こいつを抑えないと!」
「もう十分だ」
「でも!こいつを……!」
「ここから先は、私が引き受ける」
闇の奔流が烏天狗を呑み込んだ。
「まだ耐えろッ!」
「道を作れ!」
一体目の烏天狗が闇に消え、続く二体目、三体目も黒い奔流に呑まれて砕け散り、四体目が式紙へ戻って宙を舞った。
「あと一体!」
「金棒が来るぞ!」
二本の金棒が晴明を押し潰すように振り下ろされる。
「晴明さんへは行かせません!」
武蔵と小次郎が左右から刃を重ね、砕ける地面の上で一歩も引かずに受け止めた。
「晴明さん、いけますか!」
「待たせたな、完成した」
最後の烏天狗が闇へ飛び込んだ瞬間、六面鬼の足元に巨大な太極陣が展開された。
白と黒の光が渦を巻き、六面鬼の巨体を包み込む。
「陰陽の理、天地の調和を以て、穢れを払わん」
『太極陣』
六つの鬼面が、魂を根こそぎ削り取られるかのような絶叫を上げた。
白と黒の光に触れた場所から肉が崩れ、骨が砕け、六本の腕と鬼面が細かな塵へと変わっていく。
六面鬼が最後の力で金棒を振り上げるが、その腕も途中から形を失い、振り下ろされることなく崩れ落ちた。
「終わりだ」
パチン。
晴明が指を鳴らすと同時に白と黒の光が一点へ収束し、六面鬼の巨体を呑み込んだ。
絶叫が途絶え、最後に残った黒い瘴気も塵となって空へ散っていく。
森を揺らしていた轟音が消え、戦場に静寂が戻った。
「晴明、無茶をしたな」
「少し霊力を使い過ぎた。だが、まだ立てる」
「少しじゃない!顔色が死人のようだぞ!」
「勝てたんだ。それだけで十分だ」
ワイチは六面鬼が消え去った先へ視線を向けた。
「……まだ終わっていない。若雷を逃がさない」
「奴を追いましょう」
「ああ、行くぞ。次が最後の戦いだ」
傷だらけの一行は再び武器を握り、若雷を追って森の奥へと踏み込んでいった。
次回予告
武蔵です
「いやぁ、あの六面鬼は強ぇ相手だったな。」
「正面からぶつかるだけじゃ勝てねぇ相手もいるって、改めて思い知らされたぜ。」
「だがよ、仲間が繋いだ一瞬を逃さなけりゃ、どんな化け物にだって勝てる。」
「それが今日の戦いで、一番でけぇ収穫だった。」
「次回――」
『新たな刃』




