鬼門の奥へ
鬼を倒した一行は、青白い男が消えた森の奥へ足を速めた。
「急ごう、まだ近くにいるはずだ。」
「さっき逃げる時も、かなり慌てていましたね。距離はそれほど離れていないと思います。」
「追いつければいいけど、あいつ、いったい何をしにこんな場所まで来たんだ。」
「それを考えていたんです。こんな山奥に何かあるんですかね?」
「さっきの鬼も気になります。」
「黒い矢が二匹に刺さったよな。その直後に融合して一つになったよ。あれは驚いた。」
「しかも、黒い結晶で凶暴化した魔物とは、まるで別物で、強さや技能が異常でした。」
「俺もそこが気になってるんだ。黒い結晶だけじゃ説明がつかない。」
「あの黒い矢が原因なのかもしれませんね。」
「でも、その矢は刺さった後、消えて残らなかったからな。」
「そうなんですよ。刺さったあと、そのまま消えてしまいました。」
「青白い男が作った矢だとしたら、かなり厄介ですね。この世のものとは思えません。」
「四神の皆様は、あの矢で結晶を埋め込まれたんだろ? なんか不気味な物だな。」
「黒い結晶だけでも手に負えないのに、鬼まで作れるようになったら止められません。」
「まだ鬼を作れると決まったわけじゃありませんよ。」
「でも、その可能性は考えておいた方がいいかもしれないな。」
「だったらなおさら急いで、奴を見つけないと。この先にも同じことをするかもしれませんから。」
「一体どこにいるのやら。」
「待って。前に、誰かいる。」
「どうした阿国?」
「青白い男がいたのか?」
「……青白い男じゃなさそうだな。」
「慎重にな。」
一行は少しずつ距離を詰めた。
輪郭しか見えなかった姿が、少しずつはっきりしてくる。
背丈は武蔵よりさらに高く、肩幅も広く、粗い着物をまとった巨体。赤みを帯びた肌に肩まで伸びた乱れ髪。
腰には人の胴ほどもある大きな瓢箪を提げ、何かを飲んでいるように見えた。
さらに近づくと、額から伸びる二本の角がはっきり見えた。
「角だ……やっぱり鬼がいた。」
「でも、何か様子が違いませんか?」
「黒い矢で変えられた鬼なのかもしれない。」
「決めつけるのはまだ早いよ。もう少し様子を見よう。」
「いや、さっきも様子を見てる間に襲われたからな。相手が鬼なら、先手を取る。」
「武蔵、待ってください!」
武蔵が一気に間合いを詰め、背後から二刀を振り下ろした。
「ん? なんだ?」
やつは振り向くと同時に、二本の指で刀身を挟んだ。
「な、何だと!」
どれだけ力を込めても刀は微動だにしない。
「こいつ、びくともしねぇ!」
「邪魔じゃ。あっち行っとれ。」
次の瞬間、武蔵の体はそのまま後方へ投げ飛ばされた。
「武蔵さん!」
晴明が印を結ぶ。
「火龍陣!」
「ん? そんな炎、屁でもない。」
やつが軽く息を吐くと、炎は一瞬で跡形もなく消え去った。
「おい、ちょっと待て待て待て。」
「いきなり斬りかかるとは、とんでもねぇ連中だな。」
「喋れるのか? だって鬼だろうが。」
「そうじゃが、何か文句あるのか?」
「お前、強すぎるだろ。さっきの鬼とは全然違うじゃねぇか。」
「さっきの鬼? そんなのがいたのか? また出来損ないでもおったのか?」
「出来損ない?」
「儂以外の鬼なら出来損ないみたいなもんじゃ。」
「とにかく、話を聞いてくれ。」
「青白い男が、黒い矢を使って牛と虎の魔物を鬼に変えました。」
「青白い男? あいつはそんなことをしておるのか?」
「知っているんですか?」
「この辺りをうろついておった。気色の悪い顔をした男でな、何やらこそこそ嗅ぎ回っておったわ。」
「何をしていたか分かりますか?」
「儂は知らん。この辺で何か探しておったようだが、儂を見るなり逃げおったわ。」
「あなたを避けていたんですね。」
「たぶんな。まあ、儂は強いからな。」
「その男は、どっちへ行きました?」
「さあ、分からんな。儂もそこまでは追っとらん。」
「その青白い男が何者なのか、心当たりはありますか?」
「なんとなくはな。だが教えん。」
「どうしてですか?」
「なんでいきなり斬りかかってきた奴らに教える必要がある? それに儂が話すには、ある方の許しが要るからな。」
「ある方……?」
「それ以上は聞くな。今のお前さんらに話すことではない。」
「あの青白い男は黒い矢で鬼を作り、黒い結晶で魔物を暴走させています。このまま放っておいたら、また何をするか分かりません。」
「なら追えばいいだろ。儂が余計なことを言わんでも、お前たちは追うんだろ。」
「ただし、忠告しとくぞ。あの男を甘く見るなよ。思っている以上に厄介な相手だ。」
「それだけは覚えておけ。」
「それにな、責任は取ってもらわんとな。」
「責任……ですか?」
「この無害な儂に斬りかかってきたんだからな。」
「一体何をすれば?」
「儂の酒に付き合え。」
「え? 酒?」
「酒じゃ。人の話を聞くにも、詫びを入れるにも、まずは酒じゃろう。」
「それで許してもらえるんですか?」
「許すも何も、儂は最初から喧嘩をする気なんぞない。そこの侍がいきなり斬りかかってきて、その後に線香花火まで飛んできたからな。」
「線香花火って、かなり強い火の術ですよ。」
「確かに僕らから手を出していますね。」
「だったらこっちに来い。立ち話では酒がまずくなる。」
「僕はワイチです。あなたの名前を聞いてもいいですか?」
「儂か? 儂は酒呑童子だ。」
「酒呑童子……名前の通りですね。」
「しっかり覚えておけ。」
酒呑童子の住処は、森の奥に開けた岩場だった。
大きな酒樽がいくつも並び、岩の上には杯が置かれていた。
「好きに飲め。毒など入っとらん。」
「それでは失礼します。」
阿国は杯へ酒を注ぎ、順番に仲間へ配っていった。
「ナリアさん、こちらを。」
「ありがとうございます。」
ナリアも空いた杯へ静かに酒を注いでいった。
「空海、お前も飲め。」
「悪いが、今は酒を断ってるんだ。」
「えっ!?空海さんがお酒を断るなんて……どうしたんですか?」
「明日は雨でも降るんじゃねぇか?」
「そんなに驚くことか?」
「驚くよ。酒好きのお前が断るなんて初めて見たぞ。」
「まあ、いろいろあってな。」
「おいらもお酒飲めないよ。」
「なら飲まんでもいい。」
「なら俺がお前たちの分までいただくわ。」
武蔵は杯を受け取るなり、勢いよく酒を飲み干した。
「うまい! これはなかなかだな!」
「分かるか。これが儂の作った銘酒、鬼殺しだ。」
「こりゃいい酒だ。」
「お前さん、気に入ったぞ。斬りかかってきたことは半分許してやる。」
「半分かよ。ならもっと飲んでやる。」
「残り半分は、面白い話を聞いたならな。」
「武蔵さん、完全に乗せられていますよ。」
「いいじゃねぇか。話を聞くには酒が必要なんだろ。」
「そうじゃ、話の分かる男じゃ。」
酒は甘く、喉を通ると体の奥がじんわり熱くなってきた。
「かなり強い酒ですね。」
「弱い酒では話にならんからな。」
「青白い男は、ここへ何度も来ていたんですか?」
「何度か来たぞ。儂に仕掛けにな。」
「襲われたんですか?」
「何度か仕掛けてきたぞ。何かを探していたみたいだが、儂は知らん。」
「それに儂に効くような攻撃は一つもなかったしな。」
「だから逃げたんですか?」
「そうじゃ。そのうち儂を見るだけで逃げるようになりおった。」
「また来る可能性はありますか?」
「あるかもしれんし、ないかもしれん。また様子を見に来るなら、返り討ちにするだけじゃ。」
「分かりました。一度、王都へ戻ります。」
「黒い矢のことも、鬼が生まれたことも、王へ報告しなければなりません。」
「それがええだろうな。」
「武蔵、一つ言っとくぞ。」
「何だ? また俺が斬りかかったことを責める気か?」
「次に会う時は、酒を持ってこい。」
「ははっ、分かった。樽ごと持ってきてやるよ。」
「グハハハ、楽しみにしとるぞ。」
一行は酒呑童子に礼を告げ、王都へ向かった。
酒呑童子が語らなかった真実。
青白い男が何を探していたのか。
そして、鬼を生み出す黒い矢。
新たな手掛かりを胸に、一行は王都への帰路についた。
次回予告
空海
「酒呑童子とも会えたし、新しい手掛かりも見つかった。でも、まだ足りないものがあるみたいだな。
次は村正宗さんのところへ行って、できることを一つずつ確かめていこうぜ。」
次回 第45話 村正宗への相談




