追跡の果てに
「北東か……。」
ハロルドから青白い男の目撃情報を聞いたワイチは、北東へ続く街道を見据えた。
「急ごう、今ならまだ追いつけるかもしれない。」
一行は宿を後にし、王都東門を抜けて北東へ向かった。
復興が進む王都を背にした時、朝日が背中をそっと押してくれるように暖かかった。
「あ、そうだ! 忘れてた! 青龍様に報告するのを!」
「そういえば、あれから一度も顔を出してなかったな。」
「かなりバタバタしていたから、おいらもすっかり忘れていたよ。」
「青白い男のことも聞いておきたいですし、寄っていきましょう。」
「青龍様も心配してるはずだ! 俺は賛成だぞ!」
一行は街道を外れ、東にある青龍の祠へ向かった。
***
思っていたより魔物は少なく、一行は順調に祠へ辿り着いた。
「皆の衆、久しいな。」
「青龍様ー! 元気そうでよかった!」
「もう首は痛くない?」
「痛いなら、おいらがまたさすってあげるよ!」
「ぼくの炎で温めたら、すぐ良くなるよ!」
「ははは。もう心配はいらぬ。二人のおかげで痛み一つない。」
「すみません、ご報告が遅くなりました。色々とお話ししなければならないことがあります。」
ワイチは、朱雀、白虎、玄武の浄化を終えたこと、王都が襲撃されたこと、妖刀が奪われたこと、そして青白い男が北東へ向かったという目撃情報まで、一つ残らず青龍へ伝えた。
「……なるほどな。」
「朱雀も白虎も玄武も、皆救われたのか。我だけでなく、四神すべてを解放してくれたこと、心より礼を言う。」
「だが、妖刀が奪われたという話は見過ごせぬ。あの妖刀には邪悪な力が宿っておる。悪しき者の手に渡れば、この国だけでは済まぬ。一刻も早く取り戻さねばならぬ。」
「青龍様、もう一つ気になることがあります。玄武様のお話では、四神を黒い矢で射抜いたのも青白い男らしいのです。」
「四神にまで手を上げるとは……。」
「そのような不届き者、この世にそう何人もおらぬ。四神へ牙を剥くなど常軌を逸しておる。……まさか、根の者か。」
「……いや、あり得んな。根の者はこちらへ来られぬはずだ。」
「根の者とは、一体何者なのですか?」
「すまぬ、今のは忘れよ。余の独り言だ。それより先に、その怪しい男を捕らえねば何も始まらぬ。妖刀を取り返し、真相を突き止めるのだ。」
「そして北東は鬼門。これまでとは違う脅威が待っているかもしれぬ。決して油断するでない。」
「必ず青白い男を追い詰め、妖刀を取り返してきます!」
「武運を祈る。」
一行は祠を後にし、再び北東の山へ向かった。
***
平坦な街道はやがて険しい山道へと変わった。
登るにつれ、生暖かい空気とまとわりつく湿気が肌を包み、鼻を突く嫌な臭いが漂い始めた。
「嫌な空気ですね。皆さん、気を付けてくださいよ。」
小次郎は刀に手を添えながら周囲へ鋭い視線を巡らせた。
「魔物の気配も濃いですね。式神に探索させましょうか?」
その時だった。
ドォォンッ!!
山全体が揺れ、大木をなぎ倒しながら巨大な牛が姿を現した。
漆黒の体毛に覆われた巨体。二本の巨大な角が天へ突き出している。
「モォォォォォッ!!」
轟く咆哮とともに、一行めがけて猛烈な勢いで突進してきた。
「危ない! 皆、避けて!」
「きゃあぁっ!」
「で、でかいよー!」
「ワイチー! 頑張ってー!」
しん吉ときゅうすけは晴明の後ろへ隠れながら必死に声援を送った。
間一髪で牛の突撃をかわした、その瞬間――
ギィンッ!!
突然、鋭い斬撃が武蔵へ襲い掛かった。
「ちっ!」
武蔵が二刀で受け止めた。
その先には、巨大な白銀の虎が立っていた。
両前脚から刀身のような長い鉤爪が伸び、軽く振るうだけで周囲の木々が音もなく切り裂かれていった。
「牛と虎か……それもかなりデカい。」
ワイチは二体を見渡すと、体の奥に黒く沈む巨大な結晶を捉えた。
「二体とも体の中に大きな結晶があります!」
「ワイチ、壊せそうか?」
「無理です! 動きが速すぎます。倒れるくらい動きを止めないと杭は打てません!」
「牛は突進力、剣虎は牙と鉤爪が危険です。このパーティーには盾役がいません。長引けば押し切られます!」
「短期決戦です! 一頭ずつ倒しましょう!」
「阿国さん! 琵琶で敵の力を下げてください!」
「任せて!」
阿国が琵琶を弾くと、低く響く音色が山へ広がり、牛と剣虎の動きがわずかに鈍った。
「空海さんは結界を!」
「後衛は任せなさい。」
「結界!」
阿国、ナリア、しん吉、きゅうすけを淡い光が包み込んだ。
「ナリアさんは回復をお願いします!」
「はい。皆さんは安心して戦ってください。」
「晴明さん、牛の動きを封じられますか?」
「やってみよう。」
晴明は式符を四枚放った。
「出でよ! 魔狼!」
四枚の式符が光となり、四匹の魔狼が姿を現した。
「牛の突進を少しでも止めろ!」
四匹の魔狼が牛へ飛び掛かった。
「今です、武蔵さん、小次郎さん!」
「ぶった斬る!!」
「行きます!」
武蔵と小次郎が牛へ駆け出した。
「ワイチ! 危ない、虎が横から来るよ!」
しん吉ときゅうすけの叫びが飛ぶ。
ギィンッ!!
突然、剣のような巨大な牙が武蔵へ襲い掛かった。
「ちっ!」
二刀が牙を受け止めた。
「この牙は刀みてぇだ!」
剣虎は牛を守るように武蔵の前へ立ちはだかり、牙と鉤爪を連続で振るった。
「簡単には行かせませんね!」
小次郎が剣虎の横へ回り込み、一閃を浴びせた。
武蔵も間髪入れず踏み込んだ。
「まだ本気じゃねぇが、まずはどけ!」
武蔵の二刀が剣虎の牙を弾き飛ばし、巨体を岩肌へ叩きつけた。
「今です! 牛を!」
四匹の魔狼が牛の前脚へ噛みつき、突進が一瞬だけ鈍る。
「そこだ!」
ワイチが前へ飛び出した、その瞬間――
ヒュンッ!!
どこからともなく、一本の黒い矢が牛へ突き刺さった。
「何だ!?」
ヒュンッ!!
続けざまに放たれた二本目は剣虎へ突き刺さった。
「何! 弓矢だと!」
森の奥の木陰に、青白い男が立っていた。
青白い男はニタニタと笑いながら、一行を見ながら、森の奥へと去って行った。
牛と剣虎の体内にある巨大な結晶が、不気味な黒い光を放ち始めた。
「モォォォォォッ!!」
「ガァァァァァッ!!」
二体の咆哮が重なり、大地が揺れた。
「な、なんだ! 結晶が……共鳴してる!」
牛の体が黒い靄へ溶け始め、剣虎も同じように黒い靄へ包まれ、二つの巨体が引き寄せられていく。
「な、何ー! 二匹が融合していく!?」
黒い靄は渦を巻き、一つの巨大な塊となった。
やがて靄が弾け飛ぶと、そこには一本角を持つ巨大な鬼が立っていた。
牛のような巨体、剣のような巨大な牙。
両腕には鉤爪が並び、全身から黒い瘴気が噴き上がっていた。
「グオォォォォォォォォッ!!」
咆哮だけで周囲の木々が激しく揺れた。
「お、鬼だと!……なんで鬼に!」
「グオォォォォォォォォッ!!」
鬼は尻尾を引き抜くと、引き裂かれた尻尾は黒い瘴気をまとい、無数の鉤爪が棘のように突き出した禍々しい巨大な金棒へと姿を変えた。
「あんなもん食らったら、ひとたまりもねぇぞ!」
「ヤバい、来ます!」
ブォォォォンッ!!
鬼が金棒を横薙ぎに振り抜くと、大木が次々となぎ倒され、地面を抉りながら一行へ迫ってきた。
「このままではまずい、結界!」
バギィィィンッ!!
空海の結界は一撃で砕け散り、勢いの止まらない金棒は阿国の肩をかすめた。
「きゃあっ!」
「阿国さん!」
ナリアの回復術が傷を包み込んだ。
「今のでかすめただけかよ……。」
「直撃したら終わりですよ!」
鬼は今度は額の角を引き抜くと、そのまま勢いよく投げ放った。
ブォォォォォッ!!
巨大な角は高速で回転しながら大木を次々となぎ倒し、大岩を砕きながら武蔵へ襲い掛かってきた。
「危ない、受けるな!」
武蔵が飛び退くと、角は地面を削りながら通り過ぎ、大きく弧を描いて背後から舞い戻ってきた。
「なんだこれは、戻ってきやがるのか!」
武蔵は横へ転がるようにかわし、角はそのまま岩へ突き刺さった。
ドゴォォンッ!!
岩が砕け散り、破片が周囲へ飛び散った。
「ワイチ! あの鬼、まだ何かやるよ!」
しん吉ときゅうすけの叫びが響いた。
ズガガガガッ!!
鬼が腕を振り抜くと、無数の鉤爪が刃となって雨のように飛んできた。
「魔狼!」
晴明の声に反応した魔狼たちは前へ飛び出したが、飛来した鉤爪に次々と貫かれ、霧となって消えた。
「魔狼が一撃で……!」
「このままじゃ押し切られます!」
「あの金棒を何とかしないと!」
鬼が金棒を大きく振り上げ、小次郎へ叩きつけるように振り下ろした。
「飛燕返し!」
小次郎は金棒を受けず、紙一重で横へ抜けながら鬼の手首を切り裂いた。
「武蔵さん!」
「おう!」
武蔵の斬撃が反対側の手首を裂き、鬼の手から金棒が滑り落ちて地面へ転がった。
「今がチャンスです!」
武蔵の斬撃が鬼の右脚を深く裂き、小次郎が続けざまに左脚へ斬り込んだ。
それでも鬼は牙をむき出しにしながら突進してきた。
「まだ止まらないのか!」
「晴明さん!」
「風刃疾風波!」
轟風が一直線に走り、鬼の首を切り飛ばした。
首を失った鬼の体は止まることなく前へ歩き続ける。
「まだです! まだ動いてます。結晶を潰さないとダメみたいです!」
「だったら開けてやる!」
武蔵が真正面から踏み込んだ。
「天魔剛衝斬!!」
二刀が重なるように鬼の胸へ叩き込まれ、黒い肉が十字に裂けた。
その奥で、巨大な結晶が不気味な光を放っていた。
「これならいけるだろ、ワイチ!」
「今なら杭が届きます!」
ワイチは鬼へ駆け出すと、胸の結晶へ霊杭を突き立てた。
「砕けろー!!」
ガギィィィンッ!!
鉄槌が霊杭を打ち込んだ。
バキィィィンッ!!
胸の結晶が砕け散ると、鬼の巨体は黒い瘴気を噴き上げながら崩れ始めた。
「きゅうすけ、今だ、燃やせー!」
「まかせて!」
きゅうすけの炎が黒い瘴気へ燃え移り、鬼の体は赤い炎に包まれながら崩れていった。
やがて炎が消えると、地面には焼け焦げた一本角だけが残っていた。
「青白い男は……。」
小次郎が森の奥を見ると
「もういません。鬼に気を取られている間に逃げられたみたいです。」
「くそっ、足止めってわけか。」
鬼の残骸のそばに落ちていた一本角を、晴明が拾い上げた。
「鬼の角か……使えるかもしれん。」
ゴォォォ……。
山のさらに奥から、叫び声のような唸り声が聞こえた。
「……まだ終わっていません。」
「まだ鬼がいるのか……。」
次回予告
しん吉
「ねぇねぇ、さっきの唸り声、聞こえたよね?」
きゅうすけ
「うん……。あんな声、おいら初めて聞いた。」
しん吉
「青白い男も、この山の奥へ行っちゃったし……。」
きゅうすけ
「この先、一体何が待ってるんだろう。」
次回 第44話 鬼門の奥へ




