最後の結晶
「流れを巡らせればいいんだ。」
「しん吉、きゅうすけ、どうして流れを巡らせると、奥まで届くの?なんで?」
「おっ、そのことに気づいたんだね。」
「トメ婆さんの治療を見て分かったんだ。二人は、気や血の流れを整えていたんだよね。」
「流れが整ったから、痛みも和らいだんだよね。」
「そう、その通りだよ!俺たちがやってたのは、流れを整えることなんだ。」
「だったら……玄武様も同じように流れを整えれば、流れは良くなるよね。」
「流れが良くなるってことは……もしかしたら、黒い結晶も動かせるかもしれないよね?」
「なるほど。そういう手もあるのか。」
「絶対とは言えないけど、流れが良くなるから、結晶を動かせる可能性はあるね。」
「でも、おいら一人じゃ自信はないな。」
「玄武様は大きすぎるからね。」
「じゃあ、どうするの?」
「だから、ワイチがやるんだよ。」
「えっ、俺!?」
「もちろん。」
「杭を持ってるだろ?」
「でも、杭って流れを止めたり、結晶を壊したりするためのものじゃないの?」
「それだけじゃないよ。」
「杭は卍足にも使えるんだ。」
「卍足にも?」
「そう、杭を打って、卍足いわゆる気や血の流れを良くする。」
「それが卍足なんだ。」
「俺にも……できるの?」
「できるよ。」
「特別な力に見えるかもしれないけど、誰にでもできる技なんだ。」
「ただ、ちょっとコツはいるけどね。」
「そこは、おいらがちゃんと教えるさ。」
「ってことは、俺にもできるのか?」
武蔵が話に入ってきた。
「もちろん。」
「じゃあ、俺も試してみてぇ。」
「この霊杭じゃ駄目だよ。」
「武蔵さんに自分に打ったら、痛いし血がドバドバ出ちゃう。」
「あっ、ボルドーさんの時に使った、人間用の杭ってことか。」
「そういうこと。」
「じゃあ、人間用の杭があれば俺もできるんだな。」
「もちろん。」
「その時は、おいらがちゃんと教えるよ。」
「面白ぇ。」
「その人間用ってやつができたら、一番に俺へ教えてくれ。」
「約束だよ!」
「人間用の杭ができたら、武蔵にもがっつり教えてあげるから!」
「そいつは楽しみだ。」
その時、一人の村人が遠慮がちに声を掛けてきた。
「あの……皆さんにお願いがあるんです。」
「どうしました?」
「村の裏口に牙猪が一頭いるんですが、ずっと動かないんです。」
「襲ってくる様子もありませんし、追い払おうとしても、その場から動こうともしなくて……。」
「だからといって、何もしてこないあの子を殺してしまうのは、あまりにもかわいそうなんです。」
「でも、村のみんなも通れなくて困っていて……。」
「まずは、その魔物を見せてもらえますか。」
「はい、こちらです。」
村人の案内で裏口へ向かうと、一頭の牙猪が地面へ腹をつけたまま、力なくうずくまっていた。
身体の中に黒い結晶はないな、さらに気・血・潤水へ意識を向けると流れが細いのが分かった。
「でも、気も血も潤水も、ずいぶん弱ってる。」
「ご飯を食べられてないのかな……それとも病気かな?」
「しん吉、きゅうすけ。」
「こういう時も流れを整えれば元気になるの?」
「うーん……やってみないと分からないよ、でも、その可能性はあるかな?!」
「せっかくだし、ワイチ、卍足の練習をしてみたらどうよ?」
「えっ、俺が?」
「ワイチがやらずに誰がやるんだよ。おいらがサポートするからさ」
「分かった、やってみるよ。」
ワイチは流点へ霊杭を打ち込み、教わった通り気を流し始めた。
「こんな感じ……かな。」
その瞬間、ワイチの目には霊杭から白い気が外へ流れ出していく様子が映る。
「あれ……気が外へ出てる。」
「違う違う。それじゃー霊出になってるよ。」
「え?そうなのか!なかなか難しいなー。」
「見えてるなら話は早いね。今は左へ抜いてる。」
「卍足は逆なんだよ。右へ巡らせながら、相手の中へ押し込む感じかな。」
「流れを……押し込む。」
ワイチは深く息を吸い、もう一度ゆっくりと気を巡らせた。
今度は霊杭から流れた白い気が牙猪の体へ吸い込まれ、弱々しかった気・血・潤水が少しずつ巡り始めた。
「あっ!今度は中へ入ってる!少しずつ巡るのが見えるよ」
「そうそう!」
「それが卍足!」
「なるほど……。流れって、こうやって動かすんだね。」
「俺にも、ちょっとやらせてくれねぇか。」
「えっ?武蔵もやりたいの?」
「気を流すってのが、どうにも気になってしょうがねぇ。」
「意外と難しいよ。繊細さが必要かな」
「ワイチ、俺にお前の霊杭貸してくれ」
武蔵は霊杭へ手を添え、ゆっくりと気を流し始めた。
「……右に回しながら入れる感じだよな?こうか。」
「お、上手い上手い!」
しん吉はお腹を叩いて喜んでる。
「もっと力任せに来ると思ってたよ。」
「命を取るのも、命を守るのも同じだからな。どっちも中途半端じゃ駄目なんだ。」
「やっぱり武蔵って凄いな!」
しばらくすると、牙猪はゆっくりと顔を上げ、ふらつきながらも立ち上がった。
一歩、また一歩と森へ向かって歩き始めた。
「お!歩いた……。これなら、自分でご飯を探しに行けるかな。」
牙猪は途中で一度だけ振り返り、一行を静かに見つめると、そのまま森の奥へ消えていった。
村人は安堵したように胸をなで下ろしていた。
「本当にありがとうございました。おかげで村のみんなも安心できます。」
武蔵は牙猪が消えた森をずっと眺めていた。
ワイチはそんなやり取りを眺めながら、微笑んだ。
卍足!俺にもできるんだな!
◇
翌朝
宿を出ると、村の入口には村長をはじめ、多くの村人たちが集まっていた。
「皆さん、昨日は、本当にありがとうございました。」
村長が深々と頭を下げると、村人たちも続いて頭を下げた。
「皆さんのおかげで、この村はまた穏やかな毎日を取り戻せます。」
「本当に感謝しております。」
「こちらこそ、お世話になりました。」
「玄武様のこと、どうかよろしくお願いいたします。」
「昨日は上手く出来ませんでしたが、今は、できることを、最大限に発揮してきます。」
武蔵は、ワイチの肩を叩いて、
「俺がついてるんだ、必ずやれるさ」
小次郎もワイチの肩を叩いて
「皆で力を合わせれば、きっと道は開けるはずです」
「そうそう、おいらもいるしな!」
「今度はおいらたちもついてるからね!」
きゅうすけとしん吉は、ワイチと手を繋いだ
村人たちの表情にも自然と笑顔が広がり、ワイチ一行が見えなくなるまで手を振っていた。
「玄武様、待っててね〜♪」
一行は、村の奥へ続く道を歩き始め、道の脇には透き通った川が静かに流れ、澄んだ水面が朝日を受けて穏やかに輝いていた。
一行は滝へ辿り着くと、水辺で静かに佇む玄武へ歩み寄った。
「玄武様、おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「昨日は力不足で、結晶を壊すことができませんでしたが、今日は新しい方法を考えてきました。」
「もう一度、治療をさせていただけませんか。」
玄武はゆっくりと目を開き、小さく頷いた。
「ありがとうございます。辛い時は声をかけてくださいね。」
しん吉は玄武の甲羅へ近づきながら振り返り、
「じゃあ、まずは甲羅から卍足を試してみるね。」
「ワイチ、流れを見て教えて!」
「流れが変わったら言うね。」
しん吉は甲羅の上から癒し爪で卍足を始めた。
「ワイチ、どうかな?」
「んーやっぱりほとんど流れてないみたい。甲羅の上からでは無理かも。」
「やっぱり甲羅の上からでは流れないかー、だったら、足から首へ流してみようよ。」
「その方が流れやすいかもしれないね。」
「なら足から流してみるね。」
しん吉は前足へ移動すると、癒し爪で擦り始めた。
ワイチは流れを追い続けた。
「お!さっきより流れは太くなったよ、でもまだ結晶はびくともしないよ」
「なら、ワイチ、一緒に卍足して流れを強くしよう」
「分かった。なら、俺は右後ろ足からやってみるよ。」
ワイチは、霊杭を玄武の右足にある流点に入れた。
「右に押し出すように。あせらずゆっくりと」
「ワイチ、良いぞ!その調子で卍足するんだ!」
白い気はさらに勢いを増し、玄武の体内を首へ向かって流れ始めた。
「流れはもっと太くなったよ!でも、まだ駄目だ。動かすには足りないよ。」
「そんなら俺も手伝うぞ!霊杭貸してくれ!」
「お!武蔵ーお前が入るなら流れそうだな」
しん吉はお腹を叩いた。
「俺は左後ろ足からやってみるわ」
「宜しく!」
武蔵も霊杭へ手を添え、三人で同時に卍足を巡らせ始めた。
「あっ!!ちょっと結晶が動いた!」
「おいらは、温めて流れを良くしてみるよ!」
癒炎で玄武を温めた。
すると、甲羅の下にあった結晶は、ゆっくり動き始め、少しずつ速度を増しながら首の方へ流れて行った。
「動いた!俺は首に回るね。来たところを砕くよ!」
ワイチは首の流点で霊杭を構えた。
結晶が流点へ重なった瞬間、鉄槌を振り下ろした。
ガギィィンッ!!
霊杭が結晶を貫き、黒い結晶は砕け散った。
「やった!」
ワイチが声を上げると同時に、甲羅の下から黒い煙が勢いよく噴き出した。
「きゅうすけ!」
「任せて!」
きゅうすけは癒炎を放つ。
青白い炎が黒い煙を包み込み、煙は音もなく燃え尽きていった。
しばらくすると、玄武の全身を覆っていた黒い靄がゆっくりと消え始める。
閉じられていた瞼が静かに開き、玄武はゆっくりと首を持ち上げた。
「玄武様、ご気分はいかがですか?」
『……身体が、軽い。長い間、苦しかった。』
『助けてくれて、ありがとう。』
ワイチは安堵の息を漏らした。
「こちらこそ、治療させていただいてありがとうございました。」
四人は顔を見合わせると、勢いよくハイタッチを交わした。
「俺様の卍足も、なかなかだったろ!」
「やったね! ちゃんと動いたでしょ!」
「温めたのも効いたみたい!」
玄武はゆっくりと立ち上がる。
滝の水が大きく揺れ、地面がわずかに震えた。
玄武は静かにワイチたちを見つめた。
『お前たちに、話しておかねばならぬことがある。』
『あの日……儂の前にも、一人の男が現れた。』
ワイチたちは表情を引き締め、玄武の言葉に耳を傾けた。
『奴は何も言わず弓を構え矢を儂へ放ったのだ。』
『矢は当たったが、次の瞬間には跡形もなく消えていた。』
『傷も残っておらず、不思議に思っていたのだが……。』
『しばらくすると身体が急に重くなり、力が入らなくなっていった。』
『意識も少しずつ奪われ、自分が何をしているのかも分からなくなってしまった。』
『そして、奴からは言葉では表せぬほどの邪悪な気配を感じた。』
『あれほど恐ろしい存在には、これまで一度も会ったことがない。』
「やっぱり、青龍様や白虎様の時と同じだったんですね。」
『あの男のことは、それしか覚えておらぬ。ただ、気をつけろよ、奴は危険だ。』
「わかりました。でも、玄武様のお話が聞けただけでも、とても大きな手掛かりになりました。」
「ありがとうございます。」
玄武は前足を持ち上げ、自らの甲羅へ軽く触れた。
乾いた音とともに、掌ほどの甲羅の欠片が二枚、静かに地面へ落ちた。
『これは儂の甲羅の欠片だ、私からの礼として受け取って欲しい』
ワイチは二枚の甲羅の欠片を拾い上げた。
「ありがとうございます。」
玄武は穏やかな眼差しで一行を見つめ、静かに頷いた。
次回予告
阿国
「玄武様も元気になって、ほんま良かった。」
「なんや、うちまで嬉しなってきたわ。」
「ほな、また次のお話で!」
次回
第41話 ひと時の休日




