第39話 弾かれる霊杭
ワイチは転がった霊杭を拾い上げると、傷一つ付いていない最後の結晶を見据えた。
「もう一度だ……。」
握り締めた霊杭を流点へ重ね、ゆっくりと息を整えた。
「頼む……!」
ガギィンッ!!
今度は甲高い音とともに霊杭が横へ跳ね飛ばされ、岩壁へ激突して砕け散った。
再び、滝の轟音だけが静まり返った池へ響いていた。
ワイチは霊杭を握ったまま動けないでいた。
流点は確かにそこにあるし、気血の流れも見えている。
それなのに、何故、届かない――!!!
重苦しい沈黙を破るように、玄武が静かに口を開いた。
「それは、わしの甲羅だからじゃ。」
一同の視線が玄武へ集まった。
「玄武の甲羅は、大地の力を宿した絶対の盾。外から加えられる力は、容易には内側まで届かぬ。」
「絶対の盾なら、もっと長ぇ霊杭を打ち込めばどうだ?」
小次郎は顎へ手を添えたまま首を傾げた。
「角度を変えれば、流点まで届く可能性はありませんか。」
阿国も甲羅の周囲を見回した。
「隙間とか、狙えそうな場所はないの?」
晴明は黙ったまま甲羅を見据え、静かに考え込んでいた。
空海は眉間に皺を寄せたまま、小さく息を吐いた。
「私にも妙案は浮かびません……。」
ナリアは不安そうにワイチを見つめる。
「ワイチさん……。」
けれど、その声は耳に入っていなかった。
ワイチは玄武の甲羅を見据えたまま拳を強く握り締めた。
目の前には治すべき結晶があるのに、流点も見えているのに。
だけど、あと一歩が届かない。
その答えだけが、どうしても見つからず、唇を強く噛み締めた。
「すまぬな……。」
玄武の静かな声が、答えを探し続けていたワイチの意識を引き戻した。
「わしの甲羅のせいで、お主をここまで悩ませてしまった。」
「違います……!」
首を横へ振った。
「僕が、まだ未熟なんです。」
言葉を絞り出すように俯くワイチの肩へ、武蔵が腕を回した。
「お前がそこまで言うんなら、今日は考えても答えは出ねぇんじゃねぇか。」
小次郎はワイチの肩を叩きながら
「一度離れてみれば、違う景色が見えることもあります。」
晴明は玄武へ一礼した。
「焦りは視野を狭めます。一晩置いてみるのも、一つの答えでしょう。」
「答えは逃げません。」
ナリアはワイチの袖をそっとつまんだ。
「ワイチさん……きっと大丈夫です。」
その様子を見ていた村人が、声をかけてきた。
「皆さん……もう日が暮れます。一度村へ戻られませんか。」
「夜の山は危険ですし、玄武様も今日はゆっくりお休みください。」
阿国はワイチの背中をぽんと押した。
「ほら、帰ろ。」
しん吉はワイチの手をぎゅっと握る。
「今日は頭を休ませるのも治療だぞ。」
きゅうすけも反対の手を取り、
「腹減っただろ。飯食えば、いい考え浮かぶかもしれねぇぞ。」
二匹に手を引かれ、ワイチはようやく小さく息を吐いた。
玄武へ深く一礼すると、一行は村への帰り道を歩き始めた。
最後尾を歩くワイチは、一度だけ振り返った。
夕暮れに包まれた玄武の背中には、まだ最後の結晶だけが静かに残っていた。
夕暮れの村へ戻ると、あちこちの家から夕餉の香りが漂い始めていた。
村人たちは一行の姿を見つけると、畑仕事の手を止めながら笑顔で迎えた。
「おかえりなさい!」
「玄武様はどうでした?」
武蔵は頭をかいた。
「あと一歩だったんだけどな。」
その一言だけで、村人たちも何かを察したように静かに頷いた。
「大丈夫ですよ、きっと玄武様も、お待ちくださいます。」
「今日はゆっくり休んでください。」
宿へ戻ると、食卓には湯気を立てる料理が並び、一行は久しぶりに夕食を囲んだ。
武蔵は豪快に飯を頬張り、小次郎は静かに箸を進めた。
阿国は村人と笑いながら話し、しん吉ときゅうすけは競うように料理を頬張っていた。
その賑やかな声が響く中でも、ワイチの頭からは最後の結晶が離れない。
流点は見えていたし、気血の流れも見えていたが、届かなかった。
どうすれば届くのか?!
わかんね。。。
夕食を終え、一息ついた頃だった。
「あいたたたた……。」
部屋の隅で立ち上がろうとした老婆が腰を押さえ、その場へしゃがみ込んだ。
「また腰が……。」
近くにいた村人たちが慌てて駆け寄った。
「トメ婆さん、大丈夫か?無理しちゃダメだよ!」
「お!トメ婆ちゃん大丈夫か?」
しん吉は勢いよく立ち上がると、老婆の前へ駆け寄った。
「しん吉ちゃん、何するの?」
「いいから俺に任せてみろって!」
しん吉は胸を張った。
「痛み、取ってやるからさ!」
そう言うと老婆の背中へ両手を当て、ゆっくりとさすり始めた。
「しん吉、表面をさするだけで、本当に届くの?」
しん吉は手を動かしたまま笑顔で、
「それがね、届くのよ。」
「それは、流れが悪いだけだからさ。」
「ちょいと流れを押してやれば、勝手に動き出すんだ。」
「気も血も流れりゃ、痛ぇところまでちゃんと届くってわけ。」
その言葉に、ワイチの表情がわずかに動いた。
しん吉はトメ婆さんの背中をゆっくりとさすり続ける。
「腰が痛いってことはさ、気も血も流れが悪くなってるってことなんだ。」
「だから俺様が卍足してやれば、その流れが少しずつ良くなる。」
「流れが良くなれば、気も血も動き始めるんだよ。そうすりゃ、奥の痛ぇところだって楽になってくるのよ。」
「そんなもんなのか……。」
隣へしゃがみ込んだきゅうすけが、トメ婆さんの腰へそっと両手をかざした。
「俺も手伝うよ、冷えて固まってるからさ。」
「あっためてやれば、もっと流れやすくなるんだ。」
「俺の火は熱くねぇから安心しな。」
淡い温もりがトメ婆さんの腰をふわりと包み込んだ。
「あー温かいねー。」
「なんだか腰の奥の方が、ぽかぽかしてきたよ。」
「だろ、腰だけでなく、そのうち身体中がぽかぽかしてくるぞ」
「さぁ、終わった。立ってみなよ。」
トメ婆さんは恐る恐る腰へ手を当て、そのままゆっくり立ち上がった。
「あれ、痛くないわ。」
腰を気にするように体をひねってみても
「痛く……ない。」
その場で何度か腰を曲げ伸ばしすると、トメ婆さんの顔を見ると満面の笑みが広がった。
「さすが、しん吉ちゃん、凄いねー!」
周りの村人たちから安堵の声が漏れた。
「きゅうすけちゃんもありがとうね!」
二匹は顔を見合わせると、どちらからともなく胸を張った。
その賑やかな輪の少し外で、ワイチだけは二匹の手元を見つめたままだった。
表面をさすって、温めただけ。
それなのに、痛みは奥から消えていった、それは流れが悪いから痛い。
流れが良くなったら痛みがなくなった。
その言葉だけが、静かにワイチの胸へ残り続けていた。
「流れが良くなる……。」
思わず呟いた声に、自分でもはっとする。
玄武の甲羅・・・最後の結晶・・・何度打ち込んでも届かなかった霊杭・・・。
流点は見える、そして、気血の流れも見えていた。
杭を届けなくても、流れを、巡らせれば。。。
「……あ、そうか。」
「そうか……!そういうことか!」
椅子を鳴らしながら立ち上がった。
「ワイチ?」
武蔵は茶碗を持ったまま笑った。
「お、なんか思いついた顔してんな。」
「しん吉、きゅうすけ、どうして流れを巡らせると、奥まで届くの?なんでなの?」
しん吉ときゅうすけは顔を見合わせた。
「おっ、そのことに気づいたんだね。」
二匹は同時ににやりと笑った。
次回予告
トメ婆さん
「しん吉ちゃんたちのおかげで、わしの腰はすっかり楽になったよ。」
「今度は玄武様の番だね。」
「みんな、どうか玄武様を助けておくれ。」
次回 第40話 最後の結晶




