信長を知る男
「ワイチ、この司馬懿さんは、あの信長の旅の仲間なんですよ!」
「え?」
「……信長の、本当か?」
「一緒に旅をしていた」
「待て、信長って、あの英雄の信長だよな?」
「そうだ。そのメンバーだった」
「でも、相打ちになって皆死んだと聞いていたが。それになんで雑貨屋を……」
「ああ、私は死んだことになってる。だが生きてると面倒なことになるからな。それに、信長と聞けばもっと恐ろしい化け物を想像するだろう?」
「当たり前だ。竜王から聞いた英雄の面影が、目の前の雑貨屋と重ならなくて混乱してるんだよ」
「信長は面倒な男だったよ。危険な場所へ行くなと言えば先に飛び込み、不可能だと言えば笑っていた。」
「百の魔狼に囲まれても『百回斬れば終わる』と笑って突き進むし、そんな無茶をしても信長が前へ出ると勝つんだ。誰も辿り着けない場所へ行ける、そう信じさせられる力が、あの男にはあった」
「司馬懿も信じてたのか?」
「もちろん、だから付いて行ったよ。他のメンバーの呂布も卑弥呼もそうだったよ、危険だと分かっていても、最後には信長の後ろに立っていた。あいつは人を惹き付ける男だった」
「そこまでだったのか」
「ああ、だから皆、馬鹿だと思いながら付いて行ったんだ」
信長という英雄の光と影は、聞けば聞くほど、竜王が語った英雄と目の前の商売人が語る英雄が同じ男とは思えなくなっていく。
「じゃあ、なんで魔王になったんだ?」
「そこは、分からんな、昨日まで英雄だった男が翌日突然魔王になったわけではなく、少しずつ変わっていたんだ。」
「前なら笑って流していたことに怒るようになったし、聞いていた忠告を聞かなくなったし、助けていた相手を切り捨てるようにもなった、それでも止められなかった」
「信長が進めば道が開いていったんだが、戦えば敵は倒れていったのさ、結果だけ見れば間違っていなかったから誰も止められなかった」
「何も分からねえじゃねえか」
「だから今でも何が原因だったのかを考えている」
「だが一つだけ俺には思うことがある」
「何だ?」
「俺は今でも、あいつを英雄だったと思っている」
「魔王になったのにか?」
「なってもだ。最初から悪人だったなら話は簡単だが違うだろ?俺は英雄だった頃の信長を知っているから今でも答えを探している」
店内に風鈴の音が響いている。
「あいつの話はここまでだ。今から話すのは別の話になるだが、お前がこれからの戦いで役に立つ話、それは術の理だ」
司馬懿は机の上へ和紙を広げ、筆を走らせた。
「まずは陰陽だ」
和紙へ円が描かれた。
「難しく考える必要はないんだ。この世のものは二つで一つになっているんだよ、例えば昼と夜、光と影、天と地、男と女、どちらか片方だけでは成り立たないんだ。」
「二つで一つ……」
「昼だけの世界もなければ夜だけの世界もないだろ?光があるから影が生まれ、影があるから光が分かるんだよ、だから陰陽とは、その対になる関係を表した理なんだ」
「それが術と関係あるのか?」
「あるさ、術だけじゃない、人も同じなんだ、息を吸うだけでは生きられんだろ?吐くだけでも生きられんしな。」
「動き続ければ疲れ果てるし、休み続ければ前へ進めないだろ?全ては二つで一つなんだ」
「なるほどね」
「お前は気、血、潤水の流れを見ているんだろう?なら分かるはずだ。」
「流れ続けるものは生きているし、止まれば淀むだろ?陰陽とは、その流れを生み出している大きな理のことだ」
司馬懿は円の周りへ木、火、土、金、水の文字を書いた。
「次に五行だ!この陰陽という大きな流れを、さらに細かく見たものだと思え」
「木、火、土、金、水……」
「まずはこの円を見てみろ、この木は火を生み、火は土を生み、土は金を生み、金は水を生み、水は木を生む」
「どういうことだ?」
「木を燃やせば火になり、火は燃え尽きて灰となり土へ還るだろ!土の中から金属が生まれ、金属の表面には水滴が集まる。」
「水は木を育て、互いが次を生み出し、巡り続ける流れだ」
「なるほど」
「術で言えば、お前が火の術を使うとした時、木の気を上手く使えば火はさらに勢いを増すんだよ、逆に水の術を扱う者は金の性質を理解することで力を引き出しやすくなるんだ、これが互いを育む流れだ、これを相生というんだ。」
続いて司馬懿は円の内側へ線を引いた。
木から土へ。
土から水へ。
水から火へ。
火から金へ。
金から木へ。
五本の線が結ばれ、和紙の上へ星形が浮かび上がった。
「今度はこの星を見てみろ、こちらは抑える流れなんだよ。木は土を抑え、土は水をせき止め、水は火を消し、火は金を溶かし、金は木を断つ」
「抑える流れか」
「ああ、例えば敵が火の術を放った時、水の術を使えば威力を大きく削げるだろ?逆に敵が水で身を守れば、土の術で流れを断つことで崩せる場合もあるんだ。術の巡りと抑制を理解しているかどうかで、戦いの有利不利は大きく変わる、これを相剋というんだ。」
「だが、お前は術師じゃない」
「確かにそうですね。なら関係ないのでは?」
「それでも無関係じゃないんだよ、お前は気、血、潤水の流れを見ているんだろう?」
「確かに見えてます」
「なら、その流れが何を意味しているのかを読み解けるようになるかもしれん」
「意味を読む?」
「ああ、例えば潤水の流れが一ヶ所へ集まり始めたとすると、それが何を意味するのか分かれば、大きな変化の前兆を読めるかもしれないんだよ、気の流れが異常に高まっているなら、その先に起きる現象を予測できるかもしれん。」
「今は異変を見つけているだけだが、五行を知れば、その異変が何を引き起こすのか、相生なのか?相剋なのか?まで分かるようになるかもしれんのさ」
「……なるほど、なら俺にもできることがあるのかも!?」
ワイチは和紙へ目を落とした。円と星は単純な図に見えるが、その中には世界の仕組みそのものが描かれているようだった。
「……じゃあ、俺たちが今追っている黒い流れも、この理で説明できるのか?」
司馬懿は筆を止めて、
「分からん」
「また分からないか」
「ああ、少なくとも、お前から聞いた話をそのまま当てはめるなら、俺の知る陰陽や五行だけでは説明しきれん」
「説明しきれない?」
「理は世界を読むための地図になるが、地図があるからといって、全ての道を知っているわけじゃない。お前が見た黒い流れも、その一つかもしれん」
「誰かがやっているのか、わかりますか?」
「それも分からんよ。ただ、理を知らなければ、何がおかしいのかさえ見抜けないだろう」
「手掛かりか」
「五行は術師だけの知識じゃなく、お前の目を活かすための地図にもなるんだよ。」
夕日が差し込み、棚に並ぶ和紙や扇子を赤く染めていった。
信長という謎、黒い流れという謎、神獣たちの異変、そして陰陽五行という理。
北へ向かう前に知るべきことは、まだ数多く残されていた。
次回予告
武蔵
「信長って奴ぁ、とんでもねえ男だったみてえだな」
小次郎
「英雄でありながら魔王にもなった……不思議な話です」
武蔵
「だが、一つだけ分かったことがある」
小次郎
「何です?」
武蔵
「俺には難しい話だった」
小次郎
「それは否定できませんね」
武蔵
「おい!」
小次郎
「ですが、知らないままではいられません」
武蔵
「だな。北へ行く前に、まだやることはありそうだ」
次回
「疾風の剣、剛腕の剣」
お楽しみに。




