消失、王への報告
王都には、戦いの爪痕が生々しく残っていた。
城壁は崩れ落ち、瓦礫が道を塞いでいる。負傷者を運ぶ兵士たちの足音が石畳に重く響き、商人は割れた木箱の前で売り物だったはずの品を拾い集めていた。
崩れた屋根の下では住民たちが家財を引きずり出し、職人たちは傾いた壁へ縄を掛けながら、いつ崩れてもおかしくない建物を支えていた。
いつもなら活気に満ちているはずの通りは、今や崩落の音と人々の苦悶で満ちていた。
その惨状の中で、ワイチたちは村正宗から突きつけられた現実を反芻していた。
「つまり、その妖刀は、信長が最後まで手放さなかったあの魔剣だということですか」
「その通りだ」
妖刀は敵の手に渡り、風雷は連れ去られてしまった。
青白い男の目的も、敵の狙いも霧の中。
目の前にあるのは、守りたかったものを守りきれなかったというあまりにも重い事実だけだった。
風雷が連れ去られた後の光景が脳裏をよぎる。
一足早ければ、あと少し早く着いていれば、そんな後悔だけが胸に残り、王都の瓦礫を見れば見るほど、その痛みは形を変えて突き刺さってくる。
「お前ら!」
瓦礫の向こうから、ハロルドの切迫した声が飛んできた。
「無事か? 怪我はないか? ……王がお呼びだ、報告を急いでくれないか、事態は最悪だぞ」
王城の会議室へ通されたワイチたちを待っていたのは、積み上がった被害報告書と、崩れた城壁や被害区域が細かく書き込まれた地図だった。
「報告を頼む。何が起きたのだ」
ワイチは王都で起きたことを話し始めた。
青白い男が現れたこと、妖刀が奪われたこと、風雷が連れ去られたこと、黒い結晶が魔物たちを狂わせていたこと。
その報告が進むにつれ、重臣たちの表情は次第に強張っていく。
「風雷までも……連れ去られたというのか」
「はい、ついた時には連れ去られていました」
「妖刀についてはどうだ」
「村正宗さんから伺いました。信長が使っていた妖刀だそうです」
「あの妖刀が敵の手に渡ったというのか……! 風雷を奪われただけでも最悪の事態だぞ! その上、あの妖刀まで敵の手にあるというのか、あれがどれほど危険なものか、余は嫌というほど知っている」
「余がこの世界へ招いた男が信長だ。今のお前たちが見れば、ただの伝説の英雄に聞こえるだろう。
織田信長という男は化け物なのだ! この世界へ来て一年も経たぬうちに、誰も手を出せなかった魔境を踏破し、王都の騎士団が三度挑み三度壊滅した魔物の群れを仲間たちと共に打ち破ったのだ。
余ですら無茶だと思ったが、それでもあやつは『面白いじゃねえか』と笑って前へ進み続けた」
「どれだけ傷付いても、どれだけ絶望的な状況でも立ち止まらず、仲間を率いて道を切り開き続けた。
民は信長を英雄と呼び、騎士は信長に憧れ、冒険者たちは信長の背中を追ったのだ。
余も信じていた。こやつなら、この世界をもっと良くしてくれるとな」
「だが信長は、強い魔物を斬り、さらに強い魔物を斬り、やがてあの八岐大蛇までも討ち倒したのだ。
ただ、そのたびに刀へ邪気が溜まり、信長自身も少しずつ蝕まれていったのだろうと思う、確証はないがな。
最初は誰も気付けず、戦いの後に見せていた笑顔が消え、以前なら見逃していたことにも容赦をしなくなり、仲間たちの声にも耳を貸さなくなっていった」
「それでも信長が進めば魔物は倒れ、道は開け、民は救われていた。
だから様子が少し変わったくらいで、誰も気付かなかった。気付いた時には、信長は正気を失い、魔物どもを従える側へ落ちていた」
「信長が魔王と呼ばれたのは、ただ強かったからではない。かつて魔物を討っていた男が、邪気に呑まれ、魔王軍を率いてこちらへ牙を剥いたからだ。そして、その手には常にあの妖刀があった」
「余は今でも忘れられん。あの刀が信長を変えたのか、それとも信長自身の中にあったものを引き出したのか、今となっては分からぬ。
だが一つだけ確かなことは、妖刀が関わった先に、良い結末はなかった」
「信長を止められなかったことも、妖刀を破壊できなかったことも、余は今でも悔いている。
妖刀が再び敵の手に渡った以上、あの時代の悲劇が繰り返される可能性があるのだ。それだけに余は焦っているのだ」
ワイチが口を開いた。
「実は、それだけではないんです。俺たちはこれまで、青龍様、朱雀様、白虎様を治療してきましたが、三柱とも体の中を黒い流れに侵されていました。普通の怪我や病ではなく、何か別のものに内側から蝕まれていました」
「白虎様から、北の玄武様のことを聞きました。何が起きているかは分からないそうです。ただ様子がおかしいと。白虎様自身も理由は分からないのに、とても気にされていました」
「俺も、それが引っかかっているんです。ただ心配しているだけじゃなく、何か嫌なものを感じ取っているようでした。
だから放っておけません。本当なら、すぐにでも北へ向かいたいです」
風雷も助けたい。玄武も救いたい。だが窓の外には、崩れた王都を立て直そうと必死に働く人々の姿があり、それを見ると心苦しい。
「余も玄武のことは捨て置けぬが、今、この王都を空にすれば次の襲撃に耐えられぬだろう」
「守りが戻るまでのわずかな間でよいので、お前たちの力を、この街の警護に貸してくれぬか。頼む」
この国を背負う竜王の願いだった。
ワイチは仲間たちを見回す。
武蔵も、小次郎も、晴明も、空海も、ナリアも迷っていない。
「分かりました。王都が落ち着くまでは、俺たちも残ります」
「感謝する」
会議が終わり、部屋を出たところで晴明が声を掛けてきた。
「ワイチ、今から少し付き合え」
「どこへ行くんです?」
「会わせたい者がいるんだ。お前にとってはプラスになるはずだ」
夕暮れの王都は赤く染まり、壊れた家々の前では職人たちが木材を運び、兵士たちは夜の見回りに備えて通りを確認している。住民たちは疲れ切った顔で瓦礫を片付けながらも、少しずつ日常を取り戻そうとしていた。
「誰なんです?」
「まあ、着けば分かるよ」
晴明はそれ以上語らず、大通りから外れた一軒の雑貨屋へワイチを導いた。店先には龍や虎が描かれた扇子の他、筆や和紙なども並んでいる。
「雑貨屋……?」
店の奥では、三十代ほどの男が客へ扇子を手渡していた。客が礼を言って去ると、男はワイチたちへ視線を向ける。
「こちらが司馬懿仲達殿です。私が最近、よくこのお店で買い物をしてから仲良くさせてもらってます。軍師だったみたいですよ?」
「え?」
「へぇ……。司馬懿ってあの魏の司馬懿? 俺、どっちかっていうと諸葛亮孔明の方が好きなんだけどな」
「晴明、こやつ、初対面でとんでもないことを言うておるぞ」
「……こういう人なんですよ。でも素晴らしい力を持っているんです」
「ワイチさん、この司馬懿さん、あの信長のパーティーメンバーなんですよ!」
次回予告
どうも、ワイチです。
晴明さんに連れて行かれた先で出会ったのは、雑貨屋を営む司馬懿仲達さん。
名前を聞いた瞬間に三国志が頭をよぎったんですが、それどころじゃありませんでした。
なんとこの人、信長様を知っているそうなんです。
信長様はどんな人だったのか。
なぜ英雄と呼ばれたのか。
そして、なぜ魔王と呼ばれるようになったのか。
さらに司馬懿さんから語られる五行と陰陽の話。
今まで見えていたものが、少し違って見えてくるかもしれません。
次回、第34話
「信長を知る男」
お楽しみに。




