闇から解き放たれた神獣
ワイチは完成した筒を握り締めながら、白虎の谷へ続く山道を駆け上がっていた。
前回は杭が刺さったが打ち込めず、白虎の背中で振り回された末に投げ出された。
あと少しというところで結晶に届かなかったからこそ、赤い狐の里の長老たちに頼み、この筒を作ってもらったのだ。
「今度こそ、必ず助けます」
ワイチが筒を握り締めると、武蔵が谷の方を見据えた。
「前回と同じ作戦で行くんだな」
「はい、白虎様の動きを止めて、俺がまた背中に乗ります。前回は首の結晶まで辿り着けましたし、杭も刺さりました。
でも、白虎様が暴れて打ち込む前に振り落とされました。だから今回はこの筒で杭を固定して、奥まで叩き込みます」
ワイチは筒へ霊杭を差し込み、仲間たちに見せた。
「阿国さんは速度上昇をお願いします。白虎様の動きは速いです。俺が背中へ乗るまで、みんなの動きを少しでも上げてください」
「任せて。最初から全員に乗せるわ」
阿国は笛を構えた。
「晴明さんは魔狼四体で白虎様の四本足を押さえてください。完全に止められなくても、俺が背中へ乗る隙を作ってもらえれば大丈夫です」
「四体で四肢を押さえる。長くは持たんぞ」
「分かっています。最初の一回で首に刺します」
「なら、その一回を外すなよ」
「頑張ります」
ワイチはナリアへ向き直った。
「ナリアさんは後ろで回復をお願いします。前回みたいに俺が吹き飛ばされるかもしれませんし、武蔵さんや小次郎さんも危ないです」
「はい、すぐ動けるようにしておきます。でも、無茶だけはしないでください。治せるから大丈夫なんて思わないでくださいね」
「分かっています」
「俺と小次郎は峰打ちで白虎の気を散らすから、ワイチが背中へ乗るまで、できるだけこっちへ意識を向けさせる」
小次郎と武蔵は、白虎の谷へ続く道を見た。
「首へ向かう道は私が開ける!白虎がワイチへ意識を向ける前に、こちらで動きを散らす」
「お願いします」
空海を見を見ながら
「空海さんは全体の結界をお願いします。白虎様の攻撃が飛んできた時に、少しでもみんなを守れるようにしてください」
「うむ、前と同じく、皆の動きを遮らぬように張る」
空海が数珠を握った。
ワイチは深く息を吸い、筒を胸の前で握り直した。
「首の結晶を最初に壊します。前回見た限り、首の結晶が一番大きかったので、そこを壊せば、暴走が弱まるかもしれません。その後は背中、尻尾、お腹の順に行きます」
「前回と違って筒がある。あとはやるだけだな」
武蔵が前へ踏み出した瞬間、谷の奥から地面を突き上げるような唸り声が響いた。
冷たい風が木々を悲鳴のように鳴らし、その向こうから響く咆哮の余波が肌を刺していた。
ナリアが緊張した面持ちで顔を上げた。
「聞こえました」
「ああ、間違いない」
武蔵が前を見据えると、谷の深淵で巨大な白虎が神々しい毛並みには黒い毒のような筋が幾重にも走り、黄金だった瞳は濁りきっていた。
巨大な爪が岩盤を紙のように削りながら、苦悶の唸りを漏らしている。
「では、行くぞ!」
阿国の笛が高く鳴り、風をまとったように全員の動きが軽くなった。
「式神、魔狼召喚!いけー!」
晴明の魔狼四体が四方へ散り、二体が前足へ、残る二体が後ろ足へ飛び掛かった。
白虎が怒り狂ったように咆哮し、四肢を振り払おうと岩盤を抉った。
武蔵と小次郎は左右から峰打ちを叩き込み、白虎の意識をワイチから逸らした。
「ワイチ、今だ!」
ワイチは筒を抱えたまま背中へ飛び乗り、首の奥にある黒い流れの中心で、禍々しく脈打つ結晶がはっきり見えていた。
「結晶と流点が交わる場所は、ここだ!」
ワイチはそこへ筒を差し込んだ。
だが次の瞬間、白虎の身体が凄まじい勢いで捻られた。魔狼達は、振り解かれ、壁にぶつかって消えてしまった。
背中の筋肉が波打ち、視界が天地をひっくり返し、頭上を薙いだ尾を紙一重でかわし、ワイチは背中を蹴って飛び降りた。
着地した直後、尾が岩盤を叩き砕き、轟音が谷に響いた!
「刺さってるんです! 刺さってるんですけど打ち込めません!」
霊杭入りの筒は、首へ食い込んでいる。しかし浅い為。結晶までは届いていない。
「晴明!もう一度、式神を出せませんか?」
「式神がないので、無理だ!」
「ならワシが止める」
空海が前へ出ると、数珠を握り込んだ手元から白い光が地面へ奔流のように走り、白虎の四肢を囲むように巨大な結界が立ち上がった。白虎が暴れるたび結界は軋み、谷底の岩盤が悲鳴を上げて砕けた。
「今じゃ、打ち込め!」
ワイチは首へ駆け上がり、筒の背に金槌を当て、耳元で響く獣の咆哮を無視し、全神経を右腕に集中させた。
歯を食いしばって
「いけー!カツーン!」
渾身の一撃を鉄槌に込めて霊杭に叩き込んだ!
その時、結界が震え、空海の足元に深い亀裂が走った。
筒が割れ、霊杭が入った瞬間、首の奥で乾いた音が響き、結晶が粉砕された!
それと同時に、濃密な黒煙が噴き出した。
「きゅうすけ! 今だ!」
「任せろ!」
きゅうすけの炎が黒煙へ食らいつき、焼けるような音と共に飲み込んでいった。
白虎は大きく仰け反ったが、もう暴れず、荒い息を吐きながら低く唸り、濁っていた瞳の奥にわずかな光が戻っていた。
「まだ終わってません。次は背中です!」
ワイチは駆け抜けた。激しい暴走は止まっているが、白虎の呼吸はまだ浅かった。
結晶と流点を狙い、金槌を振り下ろした。
衝撃が白虎の全身を貫き、背中の結晶が砕け散り、毛並みから黒い筋が引いていき、雪のような白さが戻り始めた。
「白虎様、聞こえますか?」
返事はないが、白虎の耳がワイチの声を拾うように僅かに動いた。
「次は尻尾の方です。できれば座ってください」
白虎は荒い息を吐きながら、巨体をゆっくりと下ろした。
ワイチは尻尾の付け根へ回り込み、三つ目の結晶に霊杭を当てた。
「少し響きます。……我慢してください」
ワイチの振り下ろした金槌が、尾の付け根から白虎の背骨へと衝撃を伝えた。
結晶が砕け、噴出した黒煙をきゅうすけの炎が灰燼に帰した。
白虎の喉から、深い安堵の息が漏れた。
「……ああ」
かすれた声に、ワイチは顔を上げた。
「白虎様!」
「聞こえている……みんなの、声が……」
濁りは消え去り、全身を蝕んでいた黒い呪縛が腹の奥へと引き絞られていく。
「あと一つです。お腹の奥にあります」
「頼む、やってくれ」
ワイチは腹の下へ潜り込み、青と白の霊流の中で蠢く黒い塊を見据えた。
筒を当て、霊杭を差し込み一撃ずつ、魂を込めて叩き込むと、結晶は砕け散り、その隙間から黒い煙が吹き出した!
「きゅうすけ、全部焼き尽くせ!」
炎が黒煙に食らいつき、谷を焦がすような音を立てて消滅させていく。
白虎の身体から力が抜け、黒く染まっていた毛並みは真白に戻り、黄金の瞳が真っ直ぐにワイチを捉えた。
「助かった……本当に、ありがとう!」
その声に、白虎は全身から溢れ出るような安堵を滲ませた。
「身体が勝手に動いて、何もかも黒いものに押し潰されていた。お前たちが来てくれなかったら、俺は戻れなかった」
「戻ってこられてよかったです」
ワイチがそう言うと、白虎は大きな尾を揺らしていた。
「感謝に感謝だ! 何度言っても足りない!」
真っ直ぐすぎる言葉に、武蔵が僅かに口元を緩めた。
ワイチは朱雀のことを思い出し、白虎へ問いかけた。
「朱雀様が心配していました。白虎様を助けてほしいと、俺たちは朱雀様に言われてここへ来たんです」
「朱雀が……そうか、あいつも無事だったんだな」
白虎は空を見上げ、神獣としての威厳を纏いながらも、どこか少年のように頬を緩めた。
「よかった、ところで白虎様は、どうしてこのようになられたのですか?」
「それは、青白い男が、私に弓を射ったのだ、その矢は黒く、私に当たるなり、消えた。」
「やっぱり……」
ワイチが呟く。
「気味の悪い笑い方をしながら、何本も射って、その後、袋を抱えていて、そのまま北へ走っていった」
晴明が眉をひそめる。
「またあの男か」
「知っているのか?」
「いえ、詳しくは知りませんが、怪しい行動をしている報告は受けてます。また、東、南、そしてこの西も魔物もおかしくなっているのもこいつがばら撒いた小さい黒い結晶らしいのです」
「そいつが犯人で、北に向かったとなると、玄武も気になる」
「玄武様ですか?」
「ああ、とにかく寒さがおかしいのだ。寒い地方だが、ここまでの寒さではないはず!そして、……嫌なな感じがするのだ」
「まずは様子を見てきます」
その時だった。白虎が前足を見下ろすと。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「爪が欠けてるな、暴れていたからな」
辺りを見回した白虎へ、しん吉が白い欠片を差し出した。
「これですか?」
「あっ! それだ!」
白虎はワイチを見て
「じゃあそれ、お前にやる!」
さらに自分の鬣を噛み、ぶちりと一房引き抜き、
「これも持っていけ!」
「そんな大事な物……」
「いいんだよ!」
「感謝に感謝だって言っただろ!」
ワイチは爪の欠片と鬣を受け取り、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「こっちが礼を言う方だ!」
白虎は尾を大きく振った。
「玄武を頼んだぞ」
「任せてください。今までの経験が役に立つはずです」
白虎は満足そうに頷いた。
白虎の雄叫びを背に、一行は赤い狐の里へ戻り、ワイチが白虎から譲り受けた爪と鬣を見せると、長老たちは老いた顔を驚きに染め、やがて感慨深げに目を細めた。
「白虎様が、自らこれを……。里の伝説でも、白虎様は誇り高く、安易に己の身を裂くようなことはせぬお方。それが、お前たちを信じてこれほどの礼を……。ワイチ、お前たちは神獣の心を真に解き放ったのじゃな」
「俺たちだけではないです、こちらの里のご協力があったからです」
ワイチが仲間の顔を見渡すと、長老は深く頷いた。
「四神の代替わり……この異変の裏に潜む者の影が見え隠れしておる。どうか、どうか玄武様も救ってくれ。里の命運も、お前たちに託しましたぞ!」
重い言葉を胸に、一行は烏天狗の結界へと向かった。
結界の番人である烏天狗は、一行が戻るなり鋭い視線でワイチの袋を射抜いた。
「白虎様まで救ったか。……お前たちは本当にやってのけるのだな」
「なんとか、助けられました。ですが、次は玄武様です」
烏天狗は天を仰ぎ、風の唸りを聞くように目を閉じた。
「北の気配は、前よりもずっと悪い感じがするな、大地が砕け、虚無が膨れ上がるような不気味な浮遊感がある。
敵は『破壊』に切り替わってくるやもしれん」
烏天狗は黒い翼を少し広げ、ワイチの肩を強く掴んだ。
「救えないと悟れば、敵は全てを焼き払うはずだ!気を抜くなよ」
その警告に、ワイチは覚悟を固めた。
「はい。……玄武様を救い出します」
一行は王都への路を急いだ。
ハロルドにまずは報告する為に。
山道を下り、遠くに王都の城壁が見えてきた時、張り詰めていた空気が少しだけ緩み、王都のみんなを思い出していた。
「ハロルドさん、正宗さん、風ちゃん、雷ちゃん、久々に会えるな!元気にしてるかな」
「風雷は、首輪を見せびらかしておるかもしれんな」
空海の軽口に、ワイチの頬が緩む。
「早く会いたいですよ、ずいぶん長く離れてましたから」
そんな話をしながら山道を抜けた、その時だった。
「……あれは」
ワイチの足が止まった。
王都の向こう側で炎が燃え上がり、その上を黒煙が空高く昇っていた。
吐き気を催すような瘴気が煙に混じり、空を黒く汚していた!
「なんだあれ、燃えてる?!……嘘だろ」
武蔵の声が低くなる。
「王都で何かが起きてる!」
晴明の叫びに、ワイチの心臓が嫌な音を立てた。
「急ごう!何があったんだ?」
一行は安堵を吹き飛ばすような不吉な光景を前に、王都へ向かって駆け出した。
次回予告
よう、宮本武蔵だ。
白虎は救った。玄武への手掛かりも得た。
これで少しは前へ進めたと思いてえところだが、どうにも嫌な予感が消えねえ。
帰り道で見た王都の黒煙。
ありゃ普通の火事じゃねえだろうな。
何が起きているのか。
誰が待ち受けているのか。
俺たちはまだ知らねえ。
次回――
第32話 奪われた妖刀
王都に立ち込める黒煙の先で、俺たちを待つものとは――。




