表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を救ったのは剣豪でもなく陰陽師でもなく薬師?だったんですよ!  作者: 氣愛注入


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/76

霊杭よ、闇を打ち砕け

赤い狐の里を後にした一行は、再び火山地帯へ足を踏み入れていた。


吹き上がる熱風が肌を焼き、赤く染まる岩肌が視界を埋める。


その先にある火口を見下ろす岩場で、朱雀は静かに翼を休めていたが、一行の姿を捉えた瞬間、その黄金の瞳が、凍りつくような冷徹さで鋭く細まった。


「……また来たのか」


地鳴りのような低い声が響いた。


次の瞬間、轟音と共に爆発的な炎が噴き上がった。真紅の翼が大きく広がり、舞い上がった火の粉が容赦なく雨のように降り注ぐ。


「帰れ、二度と私の前にその面を出すな」


突き放すような、重い一言だった。


ワイチは足を止めた。熱風に気圧されそうになりながらも、決して視線は引かなかった。


「朱雀様、どうか――」


「帰れと言っている!」


朱雀の凄絶な怒号が、周囲の空気を爆ぜさせる。凄まじい威圧感に、全員の身体が強張った。


「あの時の苦しみを、私が忘れたとでも思うてか。お前たちの生半可な覚悟のせいで、私は闇に呑まれかけ、引き裂かれるような苦痛を味わったのだ。……お前たちは失敗した。それが全てだ」


ワイチは強く拳を握り締めた。爪が手のひらに食い込む。


反論の余地などなかった。朱雀を救うどころか、取り返しのつかない苦しみを与えてしまったのは、紛れもない事実だからだ。


「……はい。言い訳のしようもありません」


「ならば去れ。私はもう二度と、お前たちの独りよがりの治療など受けん」


朱雀は巨大な翼で岩場を強く叩いた。


轟音と共に熱風が吹き荒れ、一行の髪や服を激しく揺らした。


絶望的な沈黙が場を支配し、誰もが声を出すことすら躊躇うその刹那、ワイチは狂おしいほどの必死さで一歩前へ踏み出し、その場に崩れ落ちるように深く頭を下げた。


額を硬い岩肌に、激しく擦りつけた。


「お願いします! もう一度、もう一度だけ機会をください!」


「無駄だ。泥縄の言葉など、もう耳に届かん」


「今度こそ、今度こそ絶対にあなたを助けます!」


「その言葉は前も聞いたな。口先だけなら何とでも言える!」


鋭く叩きつけられた拒絶の言葉に、ワイチは息を詰まらせた。朱雀の頑なな態度は、容易に崩せるものではなかった。


その横から、阿国が堪りかねたように前へ出る。


「朱雀様……お願いです、どうか!」


「お前まで私に愚行を繰り返せと言うのか、阿国」


「違います、今度は違うんです! 私たちも、ただ闇雲に来たわけではありません!」


朱雀は阿国を冷ややかに見下ろした。


「何が違うというのだ。一度失敗した者が、二度目は上手くやれると? 笑わせるな、命を弄ぶのも大概にしろ」


その凍りついた空気を割るように、空海が静かに、しかし確固たる足取りで前へ出た。


「前回の失敗の重さ、そして我らの力不足がどれほど朱雀様を傷つけたか……一同、骨の髄まで理解しております」


「理解しているならば諦めろ。それが身の程を知るということだ」


「ですが!」


空海は真っ直ぐ朱雀の黄金の瞳を射抜いた。


「失敗したまま、あなたを見捨てるような真似は、我らの誇りが許しません。二度と過ちは繰り返さない。そのための準備を死に物狂いで整えて参りました!」


「そうだ! 俺だって、あの時めちゃくちゃ悔しかったんだぞ!」


きゅうすけが涙目で飛び出した。


「あと少しだったんだ……あと少しで助けられたのに、俺たちの力が足りなかったから……! だから、今度こそ絶対に助けるんだ!」


きゅうすけは震える拳を握り締め、朱雀を睨み返した。


「絶対に……絶対に諦めるもんか!」


激しい言葉の応酬の後、しばらく誰も口を開かなかった。


吹き抜ける熱風の音だけが、不気味に鳴り響き、朱雀の瞳には、依然として不信と警戒の色が色濃く残っていた。


やがてワイチは、震える手で背負っていた包みをゆっくりと解いた。


中から現れたのは、鈍い光を放つ一本の杭。


「これは……?」


朱雀が微かに眉をひそめた。


「霊杭です」


ワイチはそれを、自らの命を預けるように両手で高く掲げた。


「赤い狐の里の力を借り、一から作り直しました。前回の杭とは、強さも、込められた祈りも違います。……前は失敗しました。


朱雀様を、死ぬほどの恐怖と苦しみに突き落としました。だからこそ、この杭を作ったんです。今度こそ、あなたを闇から引きずり出すために!」


ワイチは一歩、また一歩と、朱雀の放つ凄まじい熱量の中を、怯むことなく進み出る。


「お願いです、朱雀様。我々の執念に、最後の賭けをしてください!」


緊迫した時間が、永遠のようにも感じられた。


火山の胎動だけが響く長い沈黙の果てに、朱雀は深く、諦念とも呆れともつかない息を大きく吐き出した。


「……本当に、どこまでも懲りない奴らだ」


怒りは完全には消えていない。だが、その声からは先ほどまでの冷徹な拒絶が薄れていた。


「朱雀様……!」


「勘違いするな」


朱雀はワイチたちを見据えた。


「お前たちを信用したわけではない。その異様な執念に、毒気を抜かれただけだ」


朱雀の全身から、陽炎のような熱波が爆発的に揺らめいた。黄金の瞳が、容赦のない凶暴さでぎらりと光った。


「ただし、もし一瞬でも手元を狂わせ、私に余計な苦痛を与えてみろ。


その時は、我が神炎を以て、お前たちを一人残らず魂ごと灰にして焼き殺してやる。……その覚悟があるなら、やってみせよ」


ワイチは息を呑みながらも、力強く、迷いなく頷いた。


「はい……! 覚悟の上です!」


ようやくもぎ取った、命懸けの、本当に最後のチャンス。


ワイチは霊杭を握り直し、朱雀の身体へと近付いた。


黒い霧が渦巻く流れを見極める。


首に一つ、右の翼に一つ、左の翼に一つ。


朱雀の神聖な肉体を蝕む黒い結晶は、合わせて三つ。前回刺さって砕けた結晶は元に戻っていた。それも、前回よりさらに大きく禍々しくなって。


「ありました……!」


ワイチは腰を落とし、霊杭を構える。心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほどに鳴り響いていた。


「いきます……ッ!」


最初の一撃が、首の結晶へと猛然と打ち込まれた。


カァン! と、張り詰めた空間に乾いた金属音が響き渡った。


結晶にピキリと亀裂が走り、一撃で砕け散った。前回の杭は、刺した後に抜けなくなって苦戦したが、この霊杭は黒い結晶をすんなりと打ち砕いたのだ。


ワイチの目が見開かれる。


「まずは一つ……! 砕けたぞ、いける!」


前回とは明らかに違う、確かな手応え。


砕けた亀裂から、凄まじい勢いで黒い怨念の煙が噴き出した。


「きゅうすけ!」


「任せろぉ!」


きゅうすけの放つ強烈な浄化の炎が、朱雀を包み込もうとする黒い煙を瞬時に焼き払っていく。


間髪入れず、ワイチは右の翼、そして左の翼へと、渾身の力を込めて霊杭を打ち込んでいく。


ガァン! ガァン! と、小気味よい音が火山地帯にこだまし、最後の結晶へ霊杭が深く突き刺さった。


パリィィィン!!!


不気味な黒い結晶が、光の粒子となって完全に四散する。


それと同時に、朱雀の全身を苦しめていたどす黒い呪いの流れが、音を立てて崩壊し始めた。


覆い尽くしていた闇が退けられ、本来の神聖な赤い流れが、怒涛の勢いで全身へと広がっていく。


「おおおおおっ!」


朱雀の咆哮とともに、紅蓮の炎が爆発的に燃え上がった。天を衝くような巨大な火柱が空へと伸び、周囲の闇を完全に打ち砕いた。


やがて、激しい炎が静かに収まっていった。


朱雀はゆっくりと、本来の美しさを取り戻した大翼を広げた。その神々しい表情から、あの忌々しい苦しみは完全に消え去っていた。


「終わったのか……」


ワイチは霊杭を握ったまま、膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、大きく息を吐き出した。


「成功、です……! やりました!」


朱雀は静かに、澄み渡った空を見上げた。


「……そうか」


その声には、先ほどまでの刺々しさは微塵もなく、深い深い安堵が滲んでいた。


「……見事だ。無礼な言葉を重ねたな。礼を言う、勇敢な人間たちよ」


一同の顔に、張り詰めていた緊張を溶かすような、最高の笑みが広がった。


しかし、空海が表情を引き締め、一歩前へ進み出る。


「朱雀様、安堵したところを恐縮ですが、お聞きしたいことがございます。あなたほどの神獣様が、一体なぜこれほどの闇に身を落とすことになったのですか?」


朱雀は長い沈黙の後、悔しげに目を細めた。


「……私は、四神としてこの地を任されて間もない、代替わりしたばかりの若き身。未だ己の力を完全に掌握しきれていなかった。その心の隙を突かれたのだ」


「隙を突かれた、というと?」


ワイチが問いかけた。


「何者かが影から放った『黒い矢』だ。それが私の肉体を射抜き、底知れぬ呪いと闇の力を流し込んできた。抗おうとしたが、その矢はすぐに消え、その悍ましい呪気は私の理性を瞬く間に侵食していったのだ」


「影からの黒い矢……」


空海が低く呟いた。


「それだけではない」


朱雀は西へと視線を向けた。


「西を司る白虎もまた、激しく荒れている」


「白虎様も……!」


阿国が息を呑む。


「詳しい場所までは分からぬ。だが、遠くから荒れ狂う気配だけは伝わってくるのだ。奴も私と同じ、いや、それ以上の闇に呑まれているやもしれん」


朱雀は自らの胸から、一枚の燃えるように赤い羽を抜き取り、ワイチの前へと差し出した。


「これを持っていけ」


ワイチは両手で、その温かい羽を恭しく受け取る。


「これは……朱雀様の羽をどうして?」


「まずはこれを大烏天狗に見せるがいい。奴ならば、白虎のいる場所への道を示すことができるはずだ」


朱雀は静かに、しかし強く祈るような眼差しでワイチを見つめた。


「ワイチよ……白虎を……どうか、私と同じあの底なしの苦しみから、救ってやってくれ」


ワイチは胸の前で、朱雀の羽を強く握り締めた。


「はい! あなたの痛みを取り除いたこの霊杭で、必ず白虎様も助け出します!」


深く頭を下げ、一行は熱風渦巻く火山地帯を後にした。



――大烏天狗の祠。


鬱蒼とした森の奥、厳かな空気が漂う祠の前にたどり着いた一行は、現れた大烏天狗に向かって、ワイチが手に入れたばかりの羽を掲げた。


「大烏天狗様! 朱雀様を救い出しました! これが、朱雀様から託された羽です!」


大烏天狗の鋭い視線が、朱雀の羽へ向けられる。


燃えるような赤い羽。


その奥で、火山地帯の熱とは違う、澄んだ神聖な気配が揺らめいている。


大烏天狗は一歩近付き、ワイチの手にある羽をしばらく見つめ続けた。先ほどまで張り詰めていた祠の空気が、わずかに変わる。


「……本当に、朱雀様を救ったのだな」


低く落とされた声に、ワイチは羽を掲げたまま答えた。


「はい。朱雀様は、白虎様を救ってほしいと……この羽を託してくださいました」


大烏天狗はワイチの顔を見た。


その視線は、以前のような疑いだけではなかった。


「朱雀様が自らの羽を託した。それは、言葉より重い証だ」


阿国が息を呑む。


「それでは……」


「ああ」


大烏天狗は静かに頷いた。


「お前たちを疑う理由は、もうない」


ワイチの胸に、朱雀の羽の温かさがじんわりと広がる。


「大烏天狗様、朱雀様から聞いたのです。白虎様も闇に狂わされていると……。白虎様は今、どこにいらっしゃるのですか?」


空海がすかさず問いかける。


大烏天狗は遥か西の空へ視線を向けた。


「白虎は、ここから遥か西にある、深い森の奥深くに身を潜めているはずだ」


「本当ですか!」


「ああ。だが、功を焦って急ぐなよ」


大烏天狗の声が、警告をはらんで低くなる。


「その先は、命をも凍らせる極寒の地、永遠の冬が支配する世界だ」


阿国が思わず自分の腕を強く抱いた。


「極寒の地……」


「そうだ。途中の村で、しっかりと冬の装備を整えるがいい。今のままの格好では、白虎に会う前に寒さで無残に倒れるのがオチだ。よいな」


ワイチは力強く頷いた。


「分かりました! 忠告ありがとうございます。装備を整えて、必ず白虎様の元へ向かいます!」


大烏天狗はワイチの手にある朱雀の羽をもう一度見つめた。


「朱雀様が託した願いを、決して無駄にするな」


「はい!」


一行は大烏天狗に深く頭を下げ、西へ向かった。


火山地帯の熱気が嘘のように消え、進むほどに風は冷たさを増していく。


やがて、空から白い雪が舞い始めた。


白く染まる世界の向こう、激しい吹雪の隙間に、微かな、しかし温かい小さな灯りが見えてきた。


「あれは……!」


きゅうすけが声を上げた。


雪の向こうに、小さな村が静かに姿を現していた。

次回予告


きゅうすけだ!


うわぁぁぁ! 寒い寒い寒い!


火山にいたと思ったら、今度は雪だぞ!?


でも、こんなところで立ち止まってなんかいられないよな!


次回、


『白銀の大地』


お楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ