朱雀への道を塞ぐ者
それは、巨大な蠍の形をした化け物であった。
三つの尾、炎を司る蠍、三尾炎獄蠍と言うべきか。
朱雀へ続く道を塞ぐ、見たこともない魔物が、焼けた大地の上で三本の尾をゆっくりと振り上げた。
熱風が吹き抜け、ワイチの喉が焼けるように痛んだ。足元の大地は赤く乾き、ひび割れた隙間から、まだ火が残っているかのような熱が立ち昇っている。
三尾炎獄蠍は十五メートルはある巨体を低く沈め、黒く光る胴体を陽炎の向こうで揺らしていた。
左右には岩を叩き割れそうな巨大なハサミ、その奥には細く尖ったハサミが二本伸びている。そのハサミから火炎弾が放たれ、周囲の空気を歪ませていた。
三本の尾の先には毒々しい針がぎらりと光っている。
武蔵は刀を抜き、熱風に乱れる髪をそのままに三尾炎獄蠍を睨んだ。
「ワイチ、火を使う魔物なら身体のどこかで冷やしてるはずだ。場所だけ探せ」
「わかりました!」
ワイチは焼けるような風に目を細めながら三尾炎獄蠍へ意識を集中させた。
全身を巡る白い流れが見える。脚へ、ハサミへ、三本の尾へ、太い流れが絶え間なく送られていた。
だが赤い血の流れも、潤水の青い流れもない。
毒棘竜の時に見えた潤水の溜まりもなければ、身体を冷やしている場所もない。
「水がありません!」
「何だと」
武蔵の声が鋭く飛ぶ。
「こいつ、水で冷やしてません!」
ワイチはさらに目を凝らした。
胴体の奥が黒く沈むように見える。肉ではない、骨でもない、胴体そのものが黒い結晶に埋め尽くされ、その巨大な結晶全体から白い流れが溢れ出し、全身へ送り込まれていた。
「こいつ、胴体全部が黒い結晶です! 白い流れは全部そこから出ています!」
武蔵が刀を握り直した。
「なら、その結晶を叩くのが手っ取り早いな!」
小次郎も長刀を構え、ワイチを挟むように立った。
「場所は見えているのだな」
「見えています!」
その瞬間、三尾炎獄蠍の奥にある細いハサミ二本が持ち上がり、先端へ集まった赤い光が次々と火炎弾へ変わった。
「空海!」
晴明の声と同時に空海が前へ踏み込みながら結界を広げた。
火炎弾が結界へ叩きつけられ、轟音と共に炎が弾け、熱風が横殴りに吹き荒れた。
武蔵と小次郎は炎が途切れた瞬間に前へ出たが、三尾炎獄蠍は待っていたかのように巨大なハサミを横から振り回した。
武蔵は身体を沈めながら刀で軌道を逸らし、小次郎は跳ね上がった岩片を長刀で払いながらワイチの進路を開ける。
「今だ!」
ワイチは二人の間を抜け、胴体の黒い流れが最も濃い場所へ飛び込んでいった。
熱が強く、近付くだけで顔の皮膚が焼けるようだったが、それでも杭を構えた。
「いっけぇー!」
武蔵が巨大なハサミを受け流し、小次郎がもう片方の動きを止める。その一瞬にワイチは杭を打ち込んだ。
杭の先が黒い結晶へ触れた直後、白い煙が噴き上がり、ジュウウウウッという嫌な音と共に杭は赤く染まり、そのまま溶け落ちた。
「なんて熱さだ! 体内は高温みたいでダメです!」
ワイチが叫ぶと同時に武蔵が腕を伸ばして引き戻し、小次郎の長刀が巨大なハサミの軌道を滑らせ、三人は焼けた地面を蹴って後退した。
「どうした!」
「杭が溶けました! あれでは砕けません!」
武蔵が三尾炎獄蠍を睨みつけた。
「他はないのか!」
ワイチは荒い息を押さえながらもう一度見た。
巨大な黒い結晶から白い流れが脚へ、ハサミへ、尾へと伸びている。その流れの一部が尾の付け根へ集まり、小さな黒い結晶へ流れ込んでいた。
「あった!」
「どこだ!」
「尾の付け根です! 小さい結晶があります! そこにも白い流れが集まってます!」
「そこなら杭は打てるか!」
「やってみます!」
だが三尾炎獄蠍は再び細いハサミを赤く光らせ、火炎弾が連続して飛び、空海の結界を叩き続けた。
炎の勢いは強く、前へ出るどころか息をするだけでも喉が焼けるように熱い!
阿国が一歩前へ出て熱に揺れる空気の中で尺八を構えた。
低く重い音が響くと火の属性が下がっていく。
その音色が三尾炎獄蠍へ絡み付き、火炎弾の赤が鈍り、炎の勢いが落ち、空海の結界を叩く衝撃が目に見えて弱くなった。
「晴明さん!」
ワイチの声に晴明は札を空高く放り、その札は熱風に乗って舞い上がり、白い煙へ変わると、その煙を突き破るように烏天狗が現れ、大きく翼を広げながら三尾炎獄蠍の上空へ舞い上がった。
晴明が印を結び、烏天狗が団扇を振り回す
二つの水術が同時に放たれ、火炎弾へ激突した炎と水がぶつかり合い、蒸気が爆ぜ、白い霧が戦場を覆った。
火炎弾はさらに弱まった。
武蔵は細いハサミを見据えた。
「あれを先に落とす」
二人は同時に駆け抜けた。
武蔵が右へ、小次郎が左へ走り、巨大なハサミの下を潜り抜けながら細いハサミの根元へ刃を走らせた。
細いハサミ二本が宙を舞い、火炎弾が止まった。
「今だ!」
武蔵の声にワイチは杭を握り締めて走った。
武蔵と小次郎が左右から守るように並び、三人は尾の付け根へ向かう。
三尾炎獄蠍の三本の尾が頭上でしなり、毒針が突き込まれる。
一本目を武蔵の刀が弾き、二本目を小次郎の長刀が受け流し、三本目がワイチへ迫った瞬間、二人の刃が交差して毒針を跳ね上げた。
「ワイチ!」
「はい! 今度こそ決めます!」
ワイチは尾の付け根へ潜り込み、小さな黒い結晶へ杭を当てた。
今度は溶けない、歯を食いしばり、全力で打ち込んだ。
ガンッ!
杭が小結晶へ突き刺さった。
「戻れ!」
武蔵と小次郎がワイチを挟み、三人は一斉に飛び退いた。
直後、三尾炎獄蠍の巨体が大きく揺れ、巨大なハサミの動きが遅れ、脚の運びが重くなり、三本の尾も先ほどまでの鋭さを失っていた。
武蔵が笑いながら叫んだ。
「鈍ったぞ!」
ワイチには見えていた。
小結晶へ打ち込んだ杭の周りで白い流れが乱れ、胴体全体の黒い結晶の奥で黒が濃く膨れ上がっていった。
ワイチがその異変に見惚れていると、晴明が動いた!
晴明が前へ出て札を宙へ放つと、焼けた大地へ魔狼四体が現れ、低く唸りながら三尾炎獄蠍を囲むように東西南北へ散り、その中心へ烏天狗が舞い降りた。
熱風が吹き荒れ、五体の式神が巨大な蠍を囲んだ。
晴明が印を結び、蠍へ印を向けた!
「五体式神――百鬼夜行」
四体の魔狼が一斉に地面を蹴り、三尾炎獄蠍の周囲を駆け回りながら黒い軌跡で円を描く。
その中心で烏天狗が団扇を振り抜くと、轟音と共に巨大な水柱が天へ突き上がり、空中で向きを変えながら巨大な槍となって三尾炎獄蠍へ狙いを定めた。
同時に四体の魔狼が飛び上がり、水柱へ飛び乗り、魔狼たちは水柱の周囲を螺旋を描きながら駆け上がり、水飛沫を撒き散らしながら巨大な槍へ絡みついた。
晴明が三尾炎獄蠍へ向かって印を突き出す。
「これで終わりだ!」
次の瞬間、水の槍が放たれた。
四体の魔狼を纏った巨大な水槍が三尾炎獄蠍の頭部へ突き刺さり、そのまま胴体を突き抜け、魔狼たちの牙が内部の黒い結晶へ食い込みながら頭を砕き、胴を砕き、尾へ突き抜けていく。
三尾炎獄蠍が三本の尾を振り上げるが動かない。
水槍の先端へ四体の魔狼と烏天狗の力が集まった瞬間、胴体全体を埋め尽くしていた巨大な黒い結晶が内側から爆ぜた。
焼けた大地が揺れ、三尾炎獄蠍が崩れ落ちた。
砕けた結晶の隙間から黒いもやが噴き出した。
「キュウスケ!」
灸介が飛び出し、癒炎が黒いもやを包み込み、黒は燃え、さらに燃え、最後の黒が燃え尽きると、三尾炎獄蠍の身体は塵となって消えた。
誰もすぐには動かなかった。
武蔵は刀を下ろし、熱で乾いた息を吐き、小次郎は長刀を支えにして肩で息をし、空海は結界を解きながら呼吸を整え、晴明も額の汗を拭い、阿国は尺八を抱えたまま赤くなった頬に風を受けていた。
ワイチは杭を握った手を見つめ、指が震えていたが、先ほどまで肌を刺していた異常な熱気は薄れていき、焼け付くようだった空気が少しずつ軽くなっていた、風が吹く、まだ暑いが、それでも息はできた。
ワイチは顔を上げた。
その先には巨大な火山があり、黒い噴煙が空へ昇り、山肌の奥で赤い光が揺れていた。
道は開かれたのだ。
次回予告
晴明です。
百鬼夜行、お楽しみいただけましたか?
式神はあれで全部ではありません。
私もまだまだ負けてはいられませんからね。
さて、道は開けました。
次はいよいよ炎の神獣です。
次回、『炎の神獣』
お楽しみに。




