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世界を救ったのは剣豪でもなく陰陽師でもなく薬師?だったんですよ!  作者: 氣愛注入


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南街道調査

ワイチの声に、仲間たちが歩き出す。


王都の門を抜け、南へ続く街道へ。


四神の手がかりを探すため、一行は新たな一歩を踏み出した。


「南か」と、武蔵は腰の刀へ手を添えながら、遠くまで続く街道を見た。「次は朱雀様だな」


「その朱雀様がどこにいるか分かれば苦労しねえんだけどな」小次郎は肩を回し、道の両脇に広がる草原へ目を向けた。


「青龍様みてえに、こっちへ姿を見せてくれるとは限らねえ」


「南に異変があるなら、何か痕跡は残っているはずです」晴明は前方へ視線を向けたまま答えた。

「まずは街道沿いに調べましょう」


街道には、まだ旅人の姿があった。

王都へ向かう荷馬車が土を踏み、行商人が馬の手綱を引きながら隣を通り過ぎていく。


遠くの畑では農民が鍬を振るい、草原には白い花が風に揺れていた。


王都を出たばかりの景色は穏やかで、南に異変があるなど、誰も想像できないほどだった。


ワイチも最初は、肩の力を抜いて歩いていた。


青龍の洞窟へ向かった時とは違う。街道は開けていて、空も広い。魔物の気配も薄い。


しん吉ときゅうすけも荷物のそばをちょこちょこと歩きながら、時折、道端の草へ鼻を近づけていた。


「南ってさ、もっとずっと暑いのかな」


きゅうすけが赤い腹巻きを揺らしながら言う。


「暑いのは嫌だなあ。おいら、毛皮だからさ」


しん吉は緑の腹巻きを両手で押さえ、首を縮める。


「お前は狐火があるだろ」


「狐火と暑いのは別だよ!」


きゅうすけが耳を立てて言い返すと、小次郎が小さく笑った。


その笑い声が途切れたのは、一時間ほど歩いた頃だった。


ワイチの足が、道端で止まった。


草むらの中に、黒い塊が転がっていた。最初は焼けた木の根かと思った。


だが近づくにつれて、形が分かった。羊と猿だった。正確には、羊と猿の魔物だったものだ。


「羊と猿の魔物みたいですね。」

ナリアは焼け死んだ魔物を見つめて答えた。


毛は残っておらず、身体の表面は炭のように崩れ、曲がった角だけがかろうじて原形を保っている。


「焼け死んでるな」


武蔵はしゃがみ込み、炭化した身体のそばの土を指で払い、指先に黒い粉が付いた。


武蔵はその粉を親指で擦りながら、周囲の草へ視線を移した。


「でも、周りはそこまで焼けてねえ」


小次郎も腰を落とし、死体の向こうに残った草を見た。


「火事なら草も木も燃えてるはずだ。こいつだけ焼けてるのは妙だな」


ナリアは口元を押さえ、少し後ろへ下がった。焦げた匂いが風に乗って流れ、眉を寄せる。


「可哀想……」


「先へ進みましょう」


空海は死体へ短く手を合わせ、そのまま街道の奥へ視線を向けた。


「一体だけとは思えませぬ」


その時、しん吉が尻尾をぴくりと動かした。


「待って」


皆が足を止めた。


しん吉は焼けた羊の死体のそばへ駆け寄り、黒く焦げた草をかき分けた。


「どうした?」


武蔵が声を掛ける。


しん吉は地面から小さな黒い欠片を拾い上げた。


「これ……」


ワイチの表情が変わる。


黒い結晶だった。


東の街道で見たものと同じだ


晴明も目を細める。


「間違いありませんね」


しん吉は結晶を握り締めた。


「ここにもばら撒かれていたんだ。」


その言葉に、その場の空気が重くなる。


ワイチは焼けた羊と猿の死体を見回した。


「青龍様の言っていた異変は、本当に広がっているんですね」


ナリアが不安そうに呟いた。


空海は拾い上げた結晶を見つめながら静かに頷いた。


「どうやら、そのようですな」


進むほど、焼けた死体は増えていった。最初は一体だけだったものが、道の端に二体、さらに先の草むらの中に三体と転がっていた。


「何に焼かれていたんでしょうね」


晴明は焼けた猿の身体を覗き込み、焦げた腕の内側へ目を凝らした。


「戦闘の傷がほとんどない。何かに斬られたわけでも、噛まれたわけでもなさそうです」


「じゃあ、勝手に焼けたってのか?」


武蔵が立ち上がりながら眉を寄せた。


ワイチは死体の周囲を見ると、草はところどころ焦げている。木の葉も一部だけ黒く縮れている。


だが、燃え広がった跡ではない。まるで、熱を持った何かが通り過ぎ、その周囲だけを焼いていったようだった。


「……かなりの熱で燃えたのかもしれません」


ワイチが呟くと、ナリアが小さく息を呑んだ。


「かなりの熱で?」


「分かりません。でも、普通の焼け方じゃない気がします」


さらに南へ進むと、景色そのものが変わり始めた。青かった草原はまばらになり、土は黒ずみ、木々の葉も焦げたように縮れていた。


さっきまで穏やかだった風には、いつの間にか熱が混じっていた。


「暑くなってきたな」


武蔵は襟元へ指を入れ、着物の中へ風を送り込むように引いた。


「暑いというより、空気が重い」


小次郎は額に浮いた汗を袖で拭いながら、前方の森を見ると


「妙だな、日差しだけじゃねえ」


ナリアも頬に汗を浮かべながら、胸元へ手を当てて息を整えた。


「歩いているだけなのに、少し苦しいです」


「熱がこもっておりますな」


空海は杖を持つ手に力を込め、周囲の焼けた木々を見回した。


「ここはもう、普通の街道ではないようです」


その時、地面が低く震えた。


最初は遠い雷のようだった。

だが、すぐにそれが足音だと分かり、何かが群れで走っている。


土を叩く音が一つではなく、いくつも重なっていた。


「来るぞ!」


武蔵が刀を抜くのと同時に、前方の焼けた森が揺れた。


木々を突き破り、炎を纏った羊の群れが飛び出してきたのだ。


十頭以上、全身から炎を噴き上げながら、角を低く構え、一直線に突っ込んでくる。


走るたびに蹄の下の土が焦げ、熱風が前へ押し出されていった。


「あれは、灼熱羊だわ!」

ナリアが叫んだ。


武蔵と小次郎が前に出た。


いつもならそのまま左右から斬り込むはずだが、二人は同時に足を止めた。


灼熱羊との距離はまだあるのに顔へ叩きつけられる熱が強すぎる。


「なんだこりゃ!」


武蔵は腕で顔を庇いながら、踏み込む足を止めると、着物の裾が熱風に煽られ、端から細い煙が上がる。


「近づいただけで焼けるぞ!」


小次郎は横へ飛び、突進の軌道を避けたが、すれ違っただけで袖が焦げ、腕に焼けるような痛みが走る。


「熱っ!」


灼熱羊の群れは止まらず、一頭が武蔵へ突っ込んできた。武蔵は歯を食いしばり、熱風の中へ踏み込んだ。


刀が羊の首元を斬り裂くが、斬った瞬間に炎が吹き上がり、武蔵の袖へ火が移った。


「ちっ!」


武蔵は刀を振り切った勢いのまま後ろへ下がり、袖を叩いて火を払った。そこへ次の灼熱羊が突っ込んでくる。


「武蔵さん、右!」


ワイチが叫ぶ。


武蔵は反応するが、さらに左から別の流れが迫ってくる。


ワイチには見えている。

右から突進、左から二頭目、後ろへ逃げれば三頭目の進路、全部見えているのに、言葉が追いつかない。


「左も! いや、後ろ――」


叫びきる前に、後方から甲高い鳴き声が響いた。


キィィィィィッ!!


全員が振り返ると、焼け残った岩場の上、黒く焦げた木の枝、その両方に猿の魔物がいた。


額には鉄の輪、長い尾の先には小さな炎が揺れている。


手には両端が燃えた長い棒を振り回す、猿の群れだった。


「あれは、火踊り猿よ。」


ナリアが指をさした。


一匹が棒を振り回しながら、突っ込んでくる。

両端の炎が円を描き、火の粉を散らす。

次の瞬間、その棒が投げられ、燃える棒は回転しながら飛び、ワイチたちの背後へ一直線に迫ってくる。


「後ろもだ!」


空海が即座に印を結び、背後へ結界を張った。


燃える棒が結界へ叩きつけられ、火花を散らして弾かれた、だが、火踊り猿は一匹ではない。


二本目、三本目の燃える棒が別方向から飛んでくる。


前からは灼熱羊の突進。後ろからは火踊り猿の投擲。ワイチたちは一瞬で挟まれた。


「やばいよこれ!」


きゅうすけはしん吉の腹巻きを掴み、耳を伏せながら身体を縮めた。


「前も後ろも燃えてるよ!」


「おいらたち、絶対に前に出ちゃダメなやつだ!」


しん吉も尻尾を丸め、飛んでくる火の粉から逃げるようにナリアの後ろへ隠れた。


ナリアは二匹を庇うように身を低くしながら、火傷した小次郎の腕へ手を伸ばした。


「小次郎さん、腕を!」


「後でいい!」


「後じゃ遅いです!」


ナリアの手から淡い光が広がり、小次郎の腕の赤みが引いていく。


だが治ったそばから、次の熱風が襲ってくる。小次郎は顔をしかめ、刀を握り直した。


「治してもらっても、また焼けるんじゃ意味がねえ!」


「それでも動けなくなるよりはいいです!」


その横で、空海の結界に燃える棒が続けざまに叩きつけられ、結界が揺れる。


空海は杖を地面へ突き、歯を食いしばりながら次の結界を重ねる。


「数が多いですな……!」


武蔵が灼熱羊を斬り伏せた、だが斬るたびに炎が跳ね、袖や裾が焦げる。


 小次郎も火踊り猿へ踏み込もうとするが、投げられる棒の熱と尾の炎に間合いを潰される。


「入り込めねえ!」


小次郎が叫ぶ。


「暑いんじゃねえ、熱いんだよ!」


武蔵も火のついた袖を叩き消しながら後ろへ下がった。


晴明は武蔵と小次郎の動きを見た。


二人とも戦えているが消耗が早い。このままでは押し切られる。


晴明は素早く印を結んだ。


武蔵と小次郎の前方へ水の術が走り、灼熱羊を包む炎へぶつかる。炎が一瞬だけ弱まった。


「今です!」


武蔵が踏み込み、小次郎も続く。


二人の刀が灼熱羊を斬りすてた。


だが次の瞬間。


ジュワァァァァァ!!


大量の蒸気が噴き上がった。


「うわっ!」


ワイチは腕で顔を覆った。白い蒸気が戦場を埋め尽くし、熱い炎よりも息苦しく、視界も消えた。


「前が見えんぞ!」


武蔵の声が飛ぶ。


「これ、余計悪化してるぞ!」


小次郎も顔をしかめた。


晴明の眉が寄る。


火は弱まったが、戦いやすくなっていない、むしろ悪くなっている。


その時だった。


「晴明さん♪」


阿国が武蔵と小次郎を見ながら声を上げた。


「お水が悪いんじゃないよ♪」


「どういうことです?」


「お水をぶつけるから蒸気になるの♪」


阿国は鉄扇をくるりと回した。


「ぶつけるんじゃなくて、武蔵さんたちが通る道に連れていけばいいんだよ♪」


晴明の目が動く。


阿国は灼熱羊と武蔵たちの間を指した。


「火を消すんじゃなくて、斬れる場所を作るの♪」


晴明は短く息を吸い、

そして印を結び直した。


今度は炎へ水をぶつけず、武蔵と小次郎が踏み込む軌道だけへ、水の気を細く流した。


阿国が舞うように鉄扇を流し、散ろうとした水の気が一本の道のようにまとまった。


「武蔵さん! 小次郎さん!」


晴明が叫ぶ。


「今なら斬れます!」


武蔵と小次郎が同時に飛び出した。熱はまだあるが入れる。


武蔵の刀が灼熱羊の首を飛ばした。

小次郎が岩場へ飛び乗り、火踊り猿の棒を弾き、返す刀で首を落とした。


戦いは長引いた。


武蔵も小次郎も火傷だらけになっていた。

ナリアは治療を続け、空海は結界を張り直した。

晴明は道を維持し、阿国は支援を切らさない。


灼熱羊の群れは数を減らしても突進を止めず、火踊り猿は仲間が倒れるたびに別の岩場へ飛び移って、燃える棒を投げつけてくる。


ワイチは流れを見ながら叫び続けたが、前後左右から重なる危険をすべて言葉にはできなかった。


最後の灼熱羊が武蔵の一刀で倒れ、最後の火踊り猿が小次郎の刃に斬り落とされた時、誰もすぐには動けなかった。


武蔵は刀を下げたまま、肩で息をしていた。

袖は焦げ、手の甲は赤く腫れていた。小次郎は岩に片手をつき、額から落ちた汗が黒い地面へ吸い込まれていった。


晴明は印を解いた瞬間、膝に手をついて大きく息を吐き、阿国も鉄扇を閉じ、息を整えながら焦げた地面を見つめた。


「……数が多すぎるし、熱すぎだろ、これ」


小次郎がかすれた声で言った。


武蔵は焦げた袖を見下ろしながら、苦々しく笑った。


「もう、二度とやりたくねえな」


しん吉ときゅうすけは黒く焦げた地面の端で抱き合ったまま、まだ震えていた。


「おいら、前に出なくてよかった……」


「出たら今頃、こんがり焼けてたよ……」


ナリアは二匹へ一瞬だけ目を向け、すぐに武蔵の手の甲へ両手を添えた。淡い光が広がり、赤くなった皮膚が少しずつ落ち着いていく。


武蔵は黙って治療を受けながら、南へ続く黒い道を見た。


「これが南街道かよ」


「まだ入口かもしれません」


晴明が息を整えながら答えた。


武蔵は顔をしかめ


「冗談じゃねえ」


「冗談ではないようです」


空海が前方を指した。


焼け野原の先に、不自然な緑が残っていた。

周囲は黒く焦げ、木々は炭になり、土まで焼けていた。

だが、その一角だけは草が青く、木の葉も残っていた。まるでそこだけ火が避けて通ったようだった。


「なんで、あそこだけ……」


ワイチは立ち上がり、ゆっくりとその場所へ向かった。


近づくほど違和感が強くなり、熱風がそこへ触れた瞬間、すっと消えるように弱まった。


焼けた匂いも薄くなり、空気がわずかに澄んでいた。


武蔵が先に足を踏み出した。


その瞬間。


ドンッ。


何もない空間へ額をぶつけた。


「いてっ!」


武蔵は額を押さえながら一歩下がった。


小次郎が手を伸ばすと、指先が空中で止まって、見えない何かに触れていた。


押しても動かない。


「壁か?」


「結界ですな」


空海が目を細めた。


「見えない結界……」


晴明が空中へ手をかざすと、指先が透明な壁の前で止まった。


「この中だけ守られているんですね」


ナリアは緑の残る場所を見つめた。


ワイチは結界の奥を見ると、木々の間に小さな祠がある。

古い石の祠は、苔が生え、周囲には焦げ跡一つない。


その時だった。


「人間が、ここまで来るとはな」


低い声が響き、全員が一斉に身構える。


だが姿は見えない。


「どこだ!」


武蔵が刀を構えた。


「抜くな」


声が冷たく響く。


「その程度の刀では、ここには届かん」


小次郎が周囲を見回した。


「姿を見せろ」


「人間に見せる姿などない」


風が吹くと、結界の内側の木々が揺れていた。

だが外の焼け野原には風が届かない。


「……その赤い狐」


声が変わった。


きゅうすけの耳がぴんと立つ。


「え?」


「それに、緑の狸の里の者か」


しん吉も目を丸くした。


「おいら?」


「なぜお前たちが人間と一緒にいる」


きゅうすけとしん吉は顔を見合わせた。


「えっと……」


「おいらたちは、四神様に異変が起きてると青龍様に言われて、この人間達と同行してるんだけど……」


その瞬間、結界の中の空気が揺れた。


透明な幕の向こうに、黒い影が浮かび上がる。


大きな翼、人に似た身体、烏の嘴、鋭い目、


大烏天狗が現れた!


大烏天狗は結界の内側から二匹を見下ろし、翼を少しだけ広げていた。


「青龍様から言われただと?!

そして、赤いきつねの里の者と、緑の狸の里の者が、なぜ共にいる」


「赤いきつねの里……?」


きゅうすけが呟く。


「緑の狸の里……?」


しん吉も自分の胸を押さえた。


二匹とも何も思い出せない。ただ、その言葉だけが胸の奥に引っかかるようだった。


大烏天狗は目を細めた。


「覚えておらんのか」


「……覚えてない」


きゅうすけが小さく答えた。


「おいらも、分からない」


しん吉も首を振った。


大烏天狗はしばらく黙った。だが、視線は二匹から離れなかった。


「青龍様が言っても人間は信用せぬ」


その声は低かった。


「だが、お前たちが共にいるなら話だけは聞いてやる」


結界が静かに揺れ、道が開いた。


ワイチたちは顔を見合わせ、ゆっくりと結界の内側へ入った。


熱がなく、焼けた匂いもない。

草は青く、木々の葉は揺れ、祠の周りには冷たい空気すら流れていた。


「ここだけ無事なんですね」


ナリアが驚いたように呟く。


「我が結界だ」


大烏天狗は祠の前に立ち、ワイチたちを見下ろした。


「外の炎ごとき、ここへは入れん」


武蔵は焦げた袖を見下ろしながら苦笑した。


「俺たちも入れなかったけどな」


「入れたのは、そこの二匹がいたからだ」


大烏天狗はきゅうすけとしん吉へ視線を戻した。


「人間だけなら追い返していた」


空海が静かに頭を下げた。


「我らは青龍様から異変を感じているので、他の神獣様も心配だから探して欲しいと頼まれました。」


「まずは朱雀様を探しているのですが、その手がかりを探しておりまして。」


大烏天狗の目がわずかに細くなる。


「朱雀様だと」


「はい」


ワイチが前へ出た。


「青龍様を助けました。次は朱雀様を見つけたいんです。でも、場所が分からなくて……」


大烏天狗はすぐには答えなかったが、嘴の奥で低く息を鳴らし、焼け野原の向こうへ目を向ける。


「青龍を助けたというのは本当か」


「本当です」


ワイチはまっすぐ答えた。


「青龍様の中に黒い流れがありました。それを取り除きました」


大烏天狗の翼がわずかに動いた。


「黒い流れ……」


「知っているんですか?」


晴明が尋ねる。


「知らぬわけではない」


大烏天狗はそれだけ言い、詳しくは語らなかった。


人間を信用していない、その態度が言葉よりもはっきり伝わった。


「朱雀様の居場所は知っている」


武蔵が一歩前へ出る。


「なら教えてくれ」


大烏天狗の視線が武蔵へ向く。


「人間に命じられる覚えはない」


武蔵の眉が動いたが、ワイチが手で制した。


「どうか、お願いします」


ワイチは頭を下げた。


「朱雀様を助けたいんです」


きゅうすけも一歩前に出た。


「お願いだよ、おいらたち、青龍様も助けたんだ、朱雀様も助けたいんだよ」


「おいらたちが言っても、信用できない?」


大烏天狗は二匹を見つめた。


近くの小川の流れる音だけが聞こえる。


やがて、大烏天狗は翼を畳み、


「お前たちが言うなら、場所だけは教えてやる」


「本当ですか」


「南の奥だ。火山の麓に朱雀様はいる」


ナリアが息を呑んだ。


「火山……」


「だが簡単には行けんぞ!」


大烏天狗の声が重くなる。


「この先に、見たこともない魔物がいる」


「見たこともない?」


小次郎が眉をひそめた。


「天狗様でも知らないのですか?」


「知らぬ」


「あれはこの地の魔物ではない。少なくとも、儂が知るものではない」


空海が杖を握り直す。


「危険なのですな」


「近づけぬ」


その一言で、全員の表情が変わった。


大烏天狗ほどの存在が、近づけないと言った、それだけで十分だった。


大烏天狗はワイチを見ながら

「それでも行くのか」


ワイチは少しだけ息を吸い、焦げた袖の武蔵、火傷を治されたばかりの小次郎、疲れた晴明、息を整えるナリアたちを見て、怖さもあった、だがここで引けない。


「はい、行きます」


ワイチは答えた。


「朱雀様を助けたいから」


大烏天狗は目を閉じた。


「なら勝手にしろ」


「人間を信用したわけでもない」


大烏天狗の視線がワイチたち全員を見ている。


「その傷では、戦えないだろう、ここで少し休んでいけ、それくらいは許してやる」


「ありがとうございます」

皆でお辞儀をした。


翌日、体力も回復した一行は、朱雀様に向かう準備をしていた。


ふと、晴明が目線を下げると大烏天狗の羽を見つけた。


「これは、綺麗な羽だ」


晴明は呪符を取り出し、羽を挟んだ。


「よし、これは使える!」


準備を終えて、改めて大烏天狗に一礼した。


結界の外へ続く道だけが開き、ワイチたちは祠を後にした。


結界を抜けた瞬間、また熱が戻って、さっきまで涼しかった身体に、焼けた空気が一気にまとわりついてきた。


武蔵が顔をしかめた。


「やっぱり外は地獄だな」


「さっきより奥へ行くんだろ」


小次郎が手で仰ぎながら


「勘弁してほしいぜ」


「でも、進むしかありません」


一行は焼け野原の奥へ進んで行った。


大烏天狗が言った魔物が気になる。


見たこともない魔物、その言葉が全員の胸に残っていた。


しばらく進んだ時だった。


地面が激しく大きく揺れた。


ドゴォォォン!!


遠くの岩が砕ける音がした。


武蔵が足を止めると


「あれはなんだ!」


指を差した方を見ると


焼けた岩場の向こうから、巨大な柱が、三本立ち上がった。


いや柱ではない、尾だ!


その先から黒い炎が揺れている。


「尾が三本……?」


小次郎の声が低くなる。


さらに岩場の向こうから巨大な鋏が現れた。


太い、巨大すぎる、まるで岩を砕く槌のような鋏だった。


その後ろに、さらに細長い鋏が二本、開いた先が赤く光っている。


そして、家ほどもある黒い巨体が姿を現した。


頭には三本の角、全身は黒い結晶。


身体の隙間から赤黒い熱が漏れていた。


ワイチは息を呑んだ。


「なんだよ……あれ」


誰も答えられない。


それは、巨大な蠍の形をした化け物であった。


朱雀へ続く道を塞ぐ、見たこともない魔物が、焼けた大地の上で三本の尾をゆっくりと振り上げた。


次回予告


空海です。


南へ来てみれば、暑いなどというものではありませんでしたな。


焼けた大地、熱い風、燃える魔物。


修行のつもりで参りましたが、なかなか骨が折れます。


それでも、まだ先へ進まねばなりませぬ。


次回、『朱雀への道を塞ぐ者』


さて、今度はどんな試練が待っておりますかな。

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