四神の手がかり
青龍の洞窟を後にした一行は、王都へ続く街道を歩いていた。
空は高く澄み渡り、森を抜ける風が火照った身体を冷ましていく。ほんの少し前まで青龍の苦しげな唸り声が響いていたことが嘘のように、街道には鳥の声が戻っていた。
「そういえば、しん吉、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「青龍様に杭を打った時、気の流れと血の流れが交わるところに、白く光る点が見えたんだよ。最初は杭を弾かれたのに、そこを狙ったら奥まで入ったんだ」
「お前、それが見えたのか?それ、流点だよ」
「流点?」
「気と血が交わって、集まった流れがまた全身へ分かれていく場所で、そこを通せば周りの流れまで動くんだよ。だから青龍様みたいな硬い身体でも杭が通ったんだ」
ワイチの頭に、青龍の身体を巡っていた赤と白の流れが蘇った。あの白い点へ幾筋もの流れが集まり、そこから再び全身へ伸びていた。
「じゃあ、あそこを狙ったのは正解だったのか」
「大正解だよ。流点が見えてなかったら、青龍様の身体に杭を通すのは無理だったかもしれないぞ。お前、かなりすげぇもん見えてるんだな」
「それなら、もう一つ聞きたいんだけどさ。きゅうすけが炎で邪気を焼いてたのは分かったんだけど、しん吉は何をしてたんだ?」
「お!やっとそれを聞いたか!」
「そんなに聞いてほしかったの?」
「当たり前だろ!おいらの爪は癒し爪っていって、気を送ったり、乱れた流れを整えたりできるんだ。気を送るのが卍足、逆に余分な気を身体の外へ出すのが霊出っていうんだよ」
「じゃあ、青龍様の傷を撫でてたのも?」
「撫でてたんじゃねぇよ、治してたんだよ!きゅうすけが邪気を焼いた後は気の流れがぐちゃぐちゃだったから、おいらが四ヶ所全部整えて、青龍様の気がちゃんと全身へ巡るようにしたんだ」
「なるほど……あれ、かなり大事なことしてたんだな」
「かなりどころじゃねぇ!いいか!そこの読者諸君!よーく覚えときたまえ!おいらはただ青龍様をさすってた狸じゃねぇんだぞ!癒し爪を操る凄腕治療狸、しん吉様だ!」
「誰に話してんだ、お前は?」
「がっはっは!こいつ、ずっと説明してほしかったんだよ!青龍様の横で一生懸命やってたのに、誰も聞いてくれなかったからさ!」
「きゅうすけ、うるさいよ!お前は炎が派手だから目立つんだよ!」
「それは俺の炎がすげぇからだろ!」
「なんだと!この狐!」
「うるさい、腹狸!」
二匹の言い争いに笑いが広がる頃、森の向こうから王都の城壁が姿を現した。
「帰ってきたな。まずはハロルドに報告だ」
一行はそのまま冒険者ギルドへ向かった。
◇
「戻りました!」
ギルドへ入ると、奥にいたハロルドが椅子を蹴るように立ち上がった。
「無事だったか!随分遅いから何かあったんじゃないかと――って、待て。なんで狐と狸が増えてるんだ?」
「なんでとは失礼だな!」
「おいら達にはちゃんと名前があるぞ!」
「こっちがしん吉で、こっちがきゅうすけです。青龍様をずっと守っていた二匹で、今回の治療もこの二匹がいなかったら成功しませんでした」
「こいつらが青龍様を……?」
「だから、こいつらって言うな!」
「さっきから失礼な奴だな!」
「悪かった、悪かった!二匹同時に怒るな!」
二匹に詰め寄られたハロルドを見て、武蔵の笑い声がギルドへ響いた。
「ガハハハ!話せば長くなるぞ。部屋を借りるぞ」
「最初から全部聞かせてくれ。何があった?」
応接室へ移ると、東の森で見つかった黒い結晶から青龍の体内にあった四つの結晶、杭を使った治療、きゅうすけの狐火としん吉の癒し爪、そして青龍が目を覚ましたところまでを伝えた。
「……本当に助けたのか」
「青龍様はもう大丈夫です。ただ、そこで四神様の話が出てきたんです」
「何!?四神だと!?」
「青龍様が話すには、南に朱雀、西に白虎、北に玄武がいるとのことです。他の方々も同じ闇に狙われているかもしれないそうです」
「待て待て、東の青龍だけでも王への報告がひっくり返る話だったんだぞ。それが南、西、北にも同じような聖獣がいるだと?」
「それで、朱雀様がどこにいるか何か知りませんか?噂でも兵士からの報告でも、南に関係することなら何でもいいんです」
「そうだな……一つだけある。東の調査から戻った兵士が、南寄りの街道で見慣れない魔物に襲われたという報告が入っているんだ。そいつから黒い結晶らしきものを見たという話も出ている」
「黒い結晶が?」
「朱雀と関係があるとは言えんが、東と同じことが南でも起き始めているなら放っておくわけにはいかん」
「なら次は南だな」
「朱雀へ繋がらなくとも、黒い結晶を追う理由にはなりますな」
「青龍様からも急げって言われていますから、行きます!」
「待て。それからもう一つある。先日のボルドーの件だ」
「ボルドーさん?」
「あいつも黒い結晶にやられたんだろう。今回使った方法なら、あいつにも試せるんじゃないのか?」
「できるかもしれません。ただ、この杭は青龍様の身体に合わせて作ったものなので、人間に使うには太すぎます」
「だったら村正宗に相談してみろ。青龍様に使う杭を作れたんだ、人間用も何とかしてくれるかもしれん」
「村正宗さんか……それなら聞いてみます。ボルドーさんをあのままにはしておけませんからね」
一行はその足で村正宗の工房へ向かった。
◇
「何ー!今度は人間用かよ」
炉の炎が揺れる中、村正宗は青龍に使った杭を鍛冶台の上で転がした。
「これをもっと細くして、人間の身体に使えるようにしたいんです」
「こいつをそのまま細く打ち直すのは無理があるな。強度を残したまま人間用まで細くするなら、別の材料から作った方が早ぇよ」
「これなら使えませんか?」
ワイチが青龍から受け取った鱗を取り出した途端、村正宗の声が工房へ響いた。
「お前……それは駄目だろ!青龍様の鱗じゃねぇか!こんなもん杭一本に使えるか!」
「そんなに凄いものなんですか?」
「凄いなんてもんじゃねぇよ。別の希少素材と合わせりゃ、とんでもねぇ武器が作れるんだぞ。これは絶対に取っとけ」
青龍の鱗をワイチへ返すと、村正宗は工房の奥から一本の鋼材を引っ張り出した。
「人間の身体に使うなら、こっちだな。細く打っても粘りが残るから、お前が狙いを外さなきゃ、こいつでいけるはずだ」
「お願いします。ボルドーさんを助けたいんです」
「分かってるよ。ここまで来たんだ、最後まで付き合ってやる」
鋼材が炉へ入り、赤く染まり始めると、再び工房に金槌の音が響いた。
カン――!カン――!
◇
数日後、人間用に細く打たれた杭を持って地下牢へ降りると、階段の先から凄まじい衝撃音が響いた。
ドンッ!!
左肩から黒い結晶を突き出したボルドーが咆哮を上げ、鎖を引き千切らんばかりに暴れるたび、鉄格子まで激しく震えていた。
「相変わらず元気じゃねぇか」
「武蔵さん、笑ってる場合じゃないよ!」
再びボルドーが鉄格子へ突っ込み、鎖が激しく張り詰める中、ワイチはその身体を巡る赤と白の流れを追った。
青龍より遥かに小さな身体では、狙いを外した時の危険も大きい。暴れる身体から目を逸らさず流れを追っていくと、左肩の奥で気と血が交わる流点が強く光り、その先に黒い結晶が食い込んでいた。
「見えた……左肩の奥にあります」
「なら俺たちで押さえる。お前はそこだけ狙え!」
晴明の式神が鎖へ絡みつき、空海の術が足元を封じると、武蔵が真正面からボルドーを押さえ込んだ。
「今だ、ワイチ!」
牢へ飛び込むと、ボルドーの荒い息が顔へ吹きつけ、黒い結晶から滲む冷気が肌を刺した。
「ボルドーさん、絶対戻しますからね……!」
左肩の流点へ杭を当て、鉄槌を振り抜いた。
カンッ!!
細い杭が流点を通って深く沈み、その先で黒い結晶へ亀裂が走った。
「入った!きゅうすけ、燃やしてくれ!」
「待ってたぞ!全部焼いてやる!!」
杭を引き抜いた瞬間、きゅうすけの癒炎が開いた道へ飛び込み、結晶の奥で黒い邪気が爆ぜた。
パキィン!!
砕けた結晶から黒煙が噴き上がったが、さらに炎が襲いかかり、牢いっぱいに広がろうとした黒煙を青い火が包み込んだ。
「しん吉、頼む!」
「任せろ!ここからはおいらの仕事だ!」
しん吉の癒し爪が左肩を走るにつれ、黒煙が消えた後も乱れていた赤と白の流れが少しずつほどけ、途切れていた流れが再び繋がっていった。
「もうちょい……ここだ!」
最後の濁りが抜け、流れが本来の向きへ戻ったところへ、ナリアの声が重なった。
「ヒール」
柔らかな光が左肩を包み、杭で開いた傷が塞がっていくと、ボルドーの身体から力が抜け、張り詰めていた鎖がガシャリと床へ落ちた。
「……俺は……ここは……なんだ?俺は、何をしていた……?」
血走っていた瞳から狂気が消え、ワイチの目にも黒い流れはもう見えなかった。
「ボルドーさん……戻ってきた……!」
「やったじゃねぇか!」
「当然だ!俺の炎が入れば邪気なんぞ敵じゃない!」
「またお前だけの手柄みたいに言うな!最後に流れを戻したのはおいらだからな!」
「分かってるって!お前が横で必死にカリカリやってたのもちゃんと見てたよ!」
「カリカリ言うな!癒し爪だ!」
二匹の声が響く中、状況が飲み込めないボルドーだけが、目を瞬かせながら周囲を見回していた。
◇
ボルドーの左肩はナリアの治療で塞がり、しばらく様子を見ることになった。
地下牢を出て王都の通りへ戻ったところで、ワイチが突然声を上げた。
「あっ!風と雷の首輪!」
「お前、今まで忘れてたのかよ!」
「青龍様のところからボルドーさんまで続いたんだから仕方ないだろ!」
工房へ駆け込むと、村正宗が顔を見るなり鼻で笑った。
「ははは……ようやく思い出したか」
「ごめんなさい!完全に忘れてました!」
「だと思ったよ。ほら、できてるぞ」
作業台には二つの首輪が並び、金具にはそれぞれ「風」と「雷」の文字、その後ろには風の石と雷の石がはめ込まれていた。
「うわ……すごい」
「最初に頼まれた仕事だからな。ちゃんと仕上げといたぞ」
「ありがとうございます!すぐ渡してきます!」
「今度は忘れんなよ!」
二つの首輪を抱えて神社へ向かい、鳥居をくぐった途端、青と黄色の影が左右から飛び出した。
「ワイチ!遅ぇぞ!」
「やっと帰ってきた!」
「ごめん、ごめん!風と雷に渡したいものがあるんだ」
「なんだ?食い物か?」
「雷は食べ物から離れろって!」
「違うよ。ほら、これ」
二つの首輪を見せると、風と雷が同時に身を乗り出した。
「これ……俺たちのか!?」
「おおっ!名前入ってるぞ!」
「風には風の石、雷には雷の石を入れてもらったんだ。ずっと二人に何か作ってあげたかったから」
「ワイチ、早く付けてくれ!」
「俺も!俺も先!」
「押すなって!二人とも付けるから!」
風の首へ「風」の首輪を留めると、青い石が淡く輝いた。
「うおおお!どうだ!?似合ってるか!?」
「似合ってるよ!」
「次、俺!早く!」
雷の首へ「雷」の首輪を付けると、黄色い石が小さく弾けるように光った。
「どうだ!風より格好いいだろ!」
「なんだと!?俺の方が似合ってる!」
「そこで張り合うなよ!」
二匹は首輪を揺らしながら境内を駆け回り、夕日の下で青と黄色の石が交互にきらめいた。
「ワイチ!ありがとな!」
「俺も絶対なくさねぇからな!」
◇
翌日、ハロルドが応接室の机へ地図を広げた。
「では、南へ向かってもらうぞ。東の調査から戻った兵士が襲われた場所はここだ。その周辺でも見慣れない魔物の目撃が増えている」
地図には南へ延びる街道沿いにいくつもの印が付けられていた。
「朱雀の居場所までは分からんが、黒い結晶との関係が疑われる以上、調べる価値はある。ボルドーのような被害が他でも起きている可能性もあるからな」
「だったら迷う理由はねぇな。南へ行って、その魔物を叩けばいいんだろ?」
「武蔵、目的は調査ですから、何でも斬ればいいという話ではありません」
「襲ってきたら斬るのみ」
「話を聞いていましたか?」
「まあまあ。黒い結晶があるなら、まずそれを探しましょう。そこから朱雀様へ繋がる手掛かりが見つかるかもしれません」
「もちろん、おいらたちも行くぞ!青龍様から頼まれたんだからな!」
「俺も行く!邪気が出たら全部焼いてやるから任せとけ!」
「二人とも頼りにしてるよ」
翌朝、王都の門には武蔵、小次郎、晴明、阿国、空海、ナリア、しん吉、きゅうすけが揃っていた。
南で何が起きているのか、朱雀がどこにいるのかはまだ誰にも分からない。
「まずは南の異変を調べに行きましょう」
「おう!次は朱雀だな!」
「まだ朱雀がいる場所だと決まったわけではありませんよ」
「細けぇことは着いてから考えりゃいいだろ!」
「だから調査だと言っているでしょうに」
武蔵と晴明の声を先頭に、一行は王都の門を抜け、南へ続く街道を進んでいった。
次回予告
しん吉だ!
キュウスケだ!
「初めての次回予告だぜ!」
「ついにオイラたちの番だな!」
「青龍様の治療だけじゃねえぞ!」
「そうそう!」
「オイラたちだって結構活躍できるんだぜ!」
「これからも活躍するから覚えてくれよな!」
「次は南街道の調査だ!」
「見たことのない魔物もいるかもしれねえな!」
「楽しみだな!」
次回、『南街道調査』!




