四神の手がかり
青龍の洞窟を後にした一行は、王都へ続く街道を歩いていた。
空は高く澄み渡り、吹き抜ける風も心地よい。ほんの少し前まで死の気配に満ちていた洞窟が嘘のようだった。
「そういえばさ」
ワイチは隣を歩くしん吉を見た。
「青龍様を見ていた時なんだけど」
「ん?」
「気の流れと血の流れが交わった場所に点が見えたんだ」
しん吉の耳がぴくりと動くと
「俺はそこを狙って杭を打ったんだけど」
「なるほどね」
しん吉は納得したように言った。
「流点のことか」
「流点?」
「気と血の流れが交わる場所だ。流れが集まったり、分かれたりする要所でもある。だから流点を通せば全体の流れが動くんだよ」
ワイチは青龍の姿を思い出した。確かにあの場所へ向かって流れが集中していた。
「じゃあ、あそこを狙ったのは正解だったのか」
「大正解。流点が見えてなかったら、青龍様は助からなかったかもしれない」
ワイチは改めて自分の目の力を思った。
「そういえば、もう一つ聞きたい!」
「しん吉は何をしてたんだ?」
「俺?」
「キュウスケが炎で邪気を燃やしていたのは分かったんだけどさ」
しん吉は前足を持ち上げる。
「ああ、この爪か。これは癒し爪って言うんだ」
「癒し爪?」
「俺はこの癒し爪を使って気を操作できる。気を送ったり、流れを整えたりな。それを卍足って言う。逆に余分な気を外へ出すこともできる。そっちは霊出」
ワイチは感心したように聞き入る。
「じゃあ青龍様の時も?」
「ああ。キュウスケが邪気を燃やした後だ。俺は四本の杭の周りを癒し爪で撫でながら、乱れた流れを整えていた。あのまま邪気だけ消しても終わりじゃない。流れが乱れたままじゃ身体はうまく動かないからな」
ワイチは青龍の身体を巡っていた気と血の流れを思い出した。
「あれは、しん吉が整えてたのか」
「そういうこと」
しん吉は満足そうに言った。
「だから治療がうまくいったんだ」
「だから、そこの読者諸君!君たちも分かったかね?俺ってすごいんだぞ」
「俺はたださすってるだけの狸じゃねえんだからな」
「誰に話してるんだ?」
武蔵が呆れると、キュウスケが吹き出した。
「がっはっは! ようやく説明できて満足なんじゃろ!」
笑い声が街道へ響いた。
そんな話をしているうちに、王都の城壁が見えてくる。
「戻ったな」
武蔵が城門を見上げた。
ワイチも王都を見据える。休んでいる暇はない。一行はそのまま冒険者ギルドへ向かった。
「戻りました」
ギルドへ入ると、ハロルドが勢いよく立ち上がった。
「無事だったか!」
ハロルドは一行を見回した後、しん吉とキュウスケで視線を止める。
「待て、その狸と狐は何だ?」
キュウスケが尻尾を揺らした。
「何だとは失礼だのう」
しん吉も腕を組む。
「ちゃんと名前がある」
ワイチは二匹を前に出す。
「こっちがしん吉。こっちがキュウスケです。青龍様の治療を手伝ってくれました」
ハロルドの目が大きく開く。
「こいつらが?」
「こいつらとは何だ」
キュウスケがむっとする。
「おいらたちがいなかったら青龍様は助からんかったんだぞ」
「本当です」
ワイチは頷いた。
「二人とも命の恩人です」
ハロルドは二匹を見つめた後、大きく息を吐いた。
「分かった。まずは話を聞かせろ」
応接室へ移動すると、ワイチたちは東で起きたことを最初から話した。
黒い結晶、青龍の異変、杭による治療、しん吉とキュウスケの協力。
そして青龍が目覚めたこと。
話が進むにつれ、ハロルドの表情は険しくなっていく。
「待て」
ハロルドが身を乗り出した。
「四神だと?」
「そうなんです」
ワイチは頷く。
「青龍様がおっしゃっていました。南に朱雀、西に白虎、北に玄武。四柱いるそうです」
ハロルドは椅子へ深く腰を沈めた。
「東以外にも聖域があったのか……」
しばらく考え込んだ後、ワイチが口を開く。
「ハロルドさん」
「何だ?」
「朱雀様の居場所って分かりませんか?」
ハロルドは即座に首を横へ振った。
「分からん。そもそも私は他の聖獣がいること自体、今初めて聞いたんだ。場所どころか存在すら知らなかった」
ワイチは食い下がる。
「何かないですか? 噂とか伝承とか。どんな小さなことでもいいんです」
ハロルドは腕を組んだまま天井を見上げた。
しばらくして、何かを思い出したように目を細める。
「そういえば南だ」
「南?」
「東の調査から戻る途中の兵士が、南寄りの街道で見慣れない魔物に襲われたという報告がある。黒い結晶との関係も疑われている」
武蔵が腕を組む。
「次は南か」
ハロルドは頷く。
「朱雀に繋がるかは分からん。だが今ある手掛かりはそれだけだ」
ワイチは拳を握る。
「行きます」
その時、ハロルドが思い出したように顔を上げた。
「待て、それならボルドーはどうだ」
「ボルドー?」
「あいつも黒い結晶にやられたんだろう。青龍様を助けられたなら、あいつも助けられるんじゃないのか」
ワイチは手元の杭を見た。
「方法はあります。ですが、この杭は神獣様クラスを想定した大きさです。人に使うには太すぎます」
「なら細い物を作ればいい」
ハロルドの言葉に、ワイチは顔を上げた。
「村正宗さんですね」
「そうだ。すぐ相談してみろ」
その足で、一行は村正宗の工房へ向かった。
炉の熱気が工房中に満ちている。村正宗は事情を聞くと、ワイチから杭を受け取った。
「神獣様クラスの杭を、人間用に細くしたいというわけか」
「はい。ボルドーを助けたいんです」
村正宗は杭を作業台へ置き、太さと長さを確かめるように指を滑らせた。
「この杭そのものを細く打ち直すのは限界がある。お前、他にも何か持ってないか?」
ワイチは荷物から青龍の鱗を取り出した。
村正宗はその輝きを見つめ、苦笑交じりに首を振った。
「おい、それはまさか青龍の鱗か? そんなレア素材を使うわけにはいかんよ」
「……そうですよね」
「その鱗は、すごい武器がつくれる。ただ、それだけではダメなんだ。他のレア素材と組み合わせれば作れるがな」
村正宗は鱗を丁寧にワイチへと押し返した。
「それは大事にしまっておけ。杭の方は……この工房に眠っている、人の体に馴染む別の銘鋼を使い、俺の技術で一から打ち直してやる。それが一番の近道だ」
ワイチは鱗を大切にしまい直し、頭を下げた。
「お願いします」
村正宗は金槌を手に取り、炉へ向かった。
「誰に頼んでると思ってる。……お前の覚悟、その銘鋼に叩き込んでやる」
数日後。人間用の杭が完成した。
以前のものより細く、軽い。だが手に取ると、芯の奥に確かな重みがあった。
ワイチはそれを握り、地下牢へ向かった。
階段を下りた瞬間、重い衝撃音が響く。
ドンッ!
鉄格子が震えた。
ボルドーだ。
左肩から黒い結晶を突き出しながら、鎖を引き千切らんばかりに暴れている。
「相変わらずだな」
武蔵が前へ出て構えた。
ボルドーがこちらへ気付いた。
血走った目でワイチたちを睨み、咆哮を上げながら鉄格子へ突進する。
ガァン!
地下牢に金属音が響き渡る。
ワイチはボルドーの身体をじっと凝視した。
左肩の奥に、渦巻くような流点が見える。
気と血の流れが絡まり、歪み、その一点へ集まっていた。
「ここです」
ワイチが左肩を指した。
「左肩か」
ハロルドが目を細める。
「僕には見えます」
「左肩に流点があります」
武蔵が力強く頷いた。
「なら、そこを狙えばいいんだな」
晴明の式神が鎖へ絡みつき、空海が床へ手をかざす。淡い光の輪が牢内に広がり、暴れるボルドーの足元を押さえ込んだ。
「今だ!」
牢の扉が開く。
ワイチは駆け込んだ。
ボルドーの荒い息が顔にかかるほど近い。
黒い結晶から冷たい気配が滲み出ている。ワイチは、その一点、左肩の流点へ杭を当てた。
手が震えそうになる。
だが、ここで止まれば助けられない。ワイチは鉄槌を握り直し、渾身の力で振り下ろした。
カンッ!
杭が黒い結晶の深部まで突き刺さり、すぐに引き抜かれた。結晶の核へと通じる「道」が開く。
その衝撃で、黒い結晶の表面に細かな亀裂が走った。
「キュウスケ、今だ!」
「任せろ!」
キュウスケは、その炎をワイチが開いた道へ直接叩き込んだ。
炎が結晶の内部へ走り、奥に溜まっていた黒い煙を追い立てるように燃え広がる。
パキンッ!
杭で割られていた結晶が、内側から噴き出す邪気に押し広げられ、砕け散った。
砕け散った瞬間、中から黒い煙が吹き出したが、キュウスケが追撃の炎を放ち、それを空中で焼き払う。
「しん吉、あとは頼む!」
「おう!」
しん吉が飛び出す。癒し爪で左肩の周りを撫でていく。
「まだ終わりじゃねえ。残った濁りを払って、流れを戻すぞ」
爪が通るたびに、乱れていた気と血の流れがほどけていく。ワイチには、それがはっきりと見えていた。黒い煙が消えた後に残っていた歪みが、少しずつ本来の向きへ戻っていく。
「これでよし」
しん吉が手を離した。
ナリアがすぐに前へ出る。
左肩の傷口へ両手をかざすと、柔らかな光が肩を包み込んだ。
ボルドーの身体から力が抜ける。
鎖が床へ重く落ちた。
「……俺は」
ボルドーがゆっくり目を開いた。
血走っていた目に、少しずつ光が戻っていく。
「俺は、一体、何をしていた……?」
ハロルドが鉄格子を握ったまま、深く息を吐いた。
ワイチもその場で肩の力を抜いた。
できた!
青龍だけではない。
人も治せた!
その事実が、胸の奥に静かに刻まれた。
ボルドーには後遺症は残らなかった。
左肩の傷もナリアの治療で塞がり、黒い流れも完全に消えていた。
ボルドーの治療を終えた帰り道。
「あっ!」
ワイチが立ち止まった。
「どうした?」
武蔵が振り返る。
「風雷の首輪!」
「首輪?」
「村正宗さんに作ってもらってたんだ!」
ワイチは慌てて工房へ引き返した。
工房へ入ると、村正宗が呆れた顔を向ける。
「ようやく思い出したか」
作業台の上には二つの首輪が置かれていた。
金具にはそれぞれ「風」「雷」の文字が打ち込まれている。
村正宗が鏨を打ち込み、一文字ずつ刻んだものだ。
その後ろには、風の石と雷の石がはめ込まれていた。
「風雷のために作った首輪だ」
村正宗が首輪を持ち上げる。
「ありがとうございます!」
ワイチは首輪を受け取ると、そのまま神社へ向かった。
鳥居をくぐると、風ちゃんが駆け寄ってくる。
「わふっ!」
少し遅れて雷ちゃんも飛び出してきた。
「わう!」
「二人とも、お待たせ」
ワイチはしゃがみ込み、それぞれの首輪を見せる。
風ちゃんは首輪を見るなり尻尾を激しく振った。
雷ちゃんも興味津々に鼻先を寄せている。
「風ちゃん、お前のだ」
ワイチが首輪を付けると、風ちゃんは嬉しそうに境内を駆け回った。
「わふーっ!」
「雷ちゃん、お前のもあるぞ」
雷ちゃんも首輪を付けてもらうと、その場でぴょんと跳ねる。
「わうっ!」
二匹は首輪を見せびらかすようにワイチの周りを走り回る。
「気に入ってくれたみたいだな」
武蔵が目を細める。
ワイチも自然と笑顔になった。
「うん。ずっと作ってあげたかったから」
夕日が境内を赤く染める中、風ちゃんと雷ちゃんは首輪を揺らしながら楽しそうに駆け回っていた。
◇
翌日。
ハロルドは改めて報告書を机へ広げた。
「南だ」
応接室に集まった一行へ、ハロルドは地図を指し示す。
「東の調査から戻る途中の兵士が、南寄りの街道で見慣れない魔物に襲われた。黒い結晶との関係も疑われている」
武蔵が地図を見下ろした。
「朱雀の場所は分からないが、南で異変が起きている」
小次郎が続けた。
「なら、行く理由としては十分だな」
ハロルドはワイチを見た。
「危険な調査になる。だが、放っておけば被害が広がるかもしれん」
ワイチは地図の南へ伸びる道を見つめた。
青龍を助けた。
ボルドーも助けた。
だが、まだ終わっていない。
「行きます」
ワイチは顔を上げた。
「黒い結晶が関係しているなら、見過ごせません」
王都の門の前に一行は揃っていた。
武蔵、小次郎、晴明、阿国、空海、ナリア。
そして、しん吉とキュウスケもいる。
ワイチは南へ続く道を見据えた。
次に待つものは、まだ分からない。
朱雀へ繋がる手がかりなのか。
新たな黒結晶の被害なのか。
それとも、まったく別の脅威なのか。
それでも進むしかない。
「行きましょう」
ワイチの声に、仲間たちが歩き出す。
王都の門を抜け、南へ続く街道へ。
四神の手がかりを探すため、一行は新たな一歩を踏み出した。
次回予告
しん吉だ!
キュウスケだ!
「初めての次回予告だぜ!」
「ついにオイラたちの番だな!」
「青龍様の治療だけじゃねえぞ!」
「そうそう!」
「オイラたちだって結構活躍できるんだぜ!」
「これからも活躍するから覚えてくれよな!」
「次は南街道の調査だ!」
「見たことのない魔物もいるかもしれねえな!」
「楽しみだな!」
次回、『南街道調査』!




