闇を砕いて、この一撃
村正宗の手が止まる。
「どうした、いきなり」
「作れますか?」
「何をだ」
ワイチは鍛冶台の上に置かれていた鏨を指差した。
「青龍様の奥まで届く、杭みたいなものです」
村正宗は鏨を持ち上げて、じっと見た。
「杭だと。長さはどれくらいんだ?」
ワイチは両手を広げる。
「大体、これくらいあれば」
「で、何に使うんだ?」
「キュウスケの炎を、奥まで届ける方法を思いついたんですよ!」
「何! それと杭がどう繋がるんだ?」
「ボルドーさんの中にあった黒い結晶、あれを壊したら黒いもやが出たんです。青龍様の中にも、似たようなものが体内を流れていたんですよ!」
「お前、それが見えていたのか?」
「黒い流れが身体中を流れていて、外にも漏れていたんです。首元だけ流れが集まっていたので、たぶん体の中で結晶が大きくなっていると思います」
「だから杭か」
「はい。キュウスケの炎だけじゃ届きません」
ワイチは金槌を指差した。
「結晶を見つけたら、杭を打ち込んで壊します」
「壊して終わりじゃねぇんだろ」
「杭をすぐ引き抜いて、その穴にキュウスケの炎を流し込むんです」
村正宗はピンときた。
「なら、抜くなら頭に返しがいるな」
「そうですね、お願いします!」
「太さはどうする?」
「なるべく細めで。ただ、曲がらないようにしっかり強さは欲しいです」
「折れたら意味がねぇもんな」
村正宗は壁際から鉄材を引き抜くと、迷わず炉へ放り込んだ。
「何本いる」
「少なくても五本。本当はもっと欲しいのですが、早く行かないと不安ですし……どれくらいで出来ますか?」
苦しそうに伏せていた青龍の姿が、ワイチの脳裏に浮かぶ。
「この大きさなら、二刻くらいかな」
「そんなにかかるんですか……」
「強くするんだろ。なら、妥協はできねぇ」
カン――! カン――!
激しい火花が飛び散る。
「だから今度は、助けたいんです」
金槌が振り下ろされるたび、鉄が少しずつ形を変えていく。
一本、また一本と杭が並び、やがて五本の杭と新しい鉄槌が鍛冶台に並んだ。
「杭には返しを付けてある。打ち込んだ後は後ろの爪で引き抜け」
村正宗は鉄槌を鍛冶台へ置いた。
「ありがとうございます! 恩に切ります!」
ワイチは杭と鉄槌を掴むと、そのまま鍛冶場を飛び出した。
◇
宿の扉が勢いよく開く。
ワイチが肩を上下させ、息を切らして入ってきた。
「せ、青龍様を助ける方法が……見つかりました! ハァ、ハァ……」
武蔵が勢いよく立ち上がり、椅子が後ろへ激しく倒れた。
「何! 方法が見つかっただと! どんな方法だ?」
ワイチは手にした杭を突きつけるように見せる。
「これで原因まで道を作ります。そしてキュウスケの炎で、中の黒いのを直接焼くんですよ」
晴明が静かに口を開くと、
「青龍様を傷つける、ということですか? それに、あの二匹が納得するでしょうか」
ワイチは杭をギュッと握り締めた。
「他に炎を届ける方法がありません。あの巨体です。この杭の細さなら負担は最小限に抑えられます! それに、これ以上時間をかける訳にはいきません。」
「あの二匹を説得するためにも、皆さんの力が必要です。お願いします!」
空海が静かに立ち上がった。
「わかった。なら、急ぐとしよう」
反対する者は、もう誰もいなかった。
そして、一行は急いで青龍の洞窟へと向かった。
道中、結晶を食べたと思われる魔物と遭遇しつつも、最短で討伐を続ける。
一刻の猶予もない。
足を止める訳にはいかなかった。
洞窟へ辿り着くと、ワイチは真っ先に奥へと飛び込んだ。
「青龍様!」
巨大な体は横たわったまま、前に見た時よりさらに力を失っているように見えた。
周囲に漂う黒いもやは前より濃くなり、白と赤の流れも目に見えて弱っている。
ワイチは首元へ駆け寄り、必死に黒い流れを追った。
「……やはり、あった」
首の付け根の奥だ。
黒い流れが一点へ集まり、その中心に拳ほどの黒い結晶が見えた。
「それも、かなり大きい……!」
ワイチが杭を取り出した、その時だった。
「お前、何をする気だ!」
キュウスケが立ちはだかる。
「この杭で道を作る! そうすれば君の炎が届くはずだ!」
「何馬鹿なことを言ってる! 青龍様だぞ! 傷つけることは断じて許さない!」
しん吉も厳しい表情で前へ出た。
「なら、他に手立てはあるのか!?」
ワイチの声が洞窟に響く。
「炎は届かない。黒い流れは強くなる。そして結晶は、もう俺の拳くらいまで大きくなっているんだぞ!」
キュウスケも、しん吉も、言葉に詰まった。
「大丈夫だ。この大きな体なら、この杭で死ぬことはない。それに俺にはその結晶が見える。だから、やらせてくれ!」
「お願いです」
晴明も隣で深く頭を下げた。
「今、救わないと、助けられるものも助けられなくなります」
キュウスケは青龍を見上げた。
しん吉もその顔を見つめる。
二匹とも、答えが出ない。
やがて、キュウスケが大きく息を吐いた。
「……わかったよ」
しん吉も、諦めたように小さく息を吐く。
「俺たちもどうしようもないからな。やるしかないか」
ワイチは改めて青龍へ向き直り、首元の結晶へ杭を向けた。
その時だった。
視界の端を、どす黒い影が横切る。
「なに……?」
反射的に背中へ目を向けると、そこにも黒い結晶が深く食い込んでいた。
嫌な予感が全身を走る。
「まさか――」
ワイチは反対側へ回った。
腹にも、同様の黒い結晶を見つけた。
さらに視線を走らせると、尻尾の付け根にまで、あの醜い結晶が食い込んでいた。
嫌な汗が背中をどっと流れる。
首、背中、腹、尻尾。
青龍の体には、黒い結晶が四つもあったのだ。
「四つ……だと?」
ワイチの喉から漏れた引きつった声に、キュウスケもしん吉も、弾かれたように青龍を見上げた。
首だけではない。
背中、腹、側腹、そして尻尾の付け根にまで、あの禍々しい黒い結晶が深く食い込んでいる。
「どうするんだ?」
武蔵の硬い声が問いかける。
ワイチは首元の結晶から目を離さなかった。
「全部、ぶち壊します」
キュウスケが青龍の首元へ素早く歩み寄って
「準備はできてる」
しん吉もその隣へ、青白くなった顔で並んだ。
「俺ともだ」
ワイチは杭の先端を、逆立つ鱗の隙間へ強引に押し当てた。
「助けます……!」
鉄槌を振り下ろした。
カァン!!!
けたたましい金属音が響き、凄まじい衝撃が両腕へ跳ね返ってきた。
「なっ……!?」
杭の先端は、硬い肉質に遮られて全く肉に食い込まない。
完全に弾かれてしまったのだ。
「なんでこれ入らないんだ……! ここにあるのに!」
焦るワイチだったが、すぐに目を凝らして青龍の首元の「流れ」を必死に追った。
激しく巡る赤い線と、透き通った白い線が複雑に交差している。
その時、ワイチの脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。
「……そういえば以前、魔物と戦っていた時にこの光る点が見えていたな」
よく見ると、その交差する激しい流れの隙間に、ぽつんと光る「白い点」があるのが見えた。
「この白い点って、赤い線と白い線が交差してるところじゃないか……! これだったら通るかもしれない!」
確証はなかった。
だけど、やってみるしかなかった。
ワイチは唇から血が滲むほど噛み締めて、その白い点へ正確に杭の先端をあてがった。
誰もが息を止めて待っている。
「届けぇぇぇっ!!」
全身の質量を乗せて叩き込んだ瞬間、今度は弾かれることなく、杭がズブズブと肉の奥へと吸い込まれていった。
そして、肉肉しい音の奥から、ピキリと乾いた破砕音が響いた。
ワイチは顔を上げてみると、黒い流れの中心にあった結晶に、大きな亀裂が走っていた。
「よし!」
すかさず返しを引っ掛け、全身のバネを使って引き絞った!
ズボッ!!
肉を裂いて杭が抜けた。
「キュウスケ! 頼む!!!」
「おおおっ!」
待機していた炎が、開いた傷口へ容赦なく飛び込んでいった。
ギャアアアアアア!!
逃げ場を失った黒い煙が悲鳴のような音を立てて噴き出し、洞窟の壁を震わせた。
キュウスケは顔を焼き焦がさんばかりに炎を出し続ける。
暴れる黒煙が、じりじりと焼かれ、霧散していく。
やがて、最後のひとかけらまでが完全に消滅した。
ワイチは傷口を凝視する。
首元を覆っていたどす黒い淀みが、綺麗に消えていた。
「効いた……!」
背中へ回り、結晶を見つける。
ワイチはすでに確信していた。
激しく巡る赤と白の流れ、その中心にあるあの光る点。
「この点に向けば大丈夫だ」
自分にそう言い聞かせ、狙いを定めて迷わず鉄槌を振り下ろした。
一撃で白い点へと突き刺さった杭が、そのまま肉を穿って奥の結晶へと届き、バキリと小気味よい破砕音を立てた。
「キュウスケ!!! お願い!!!」
間髪入れずに炎が流れ込み、背中の黒い煙を猛火が瞬時に飲み込んで消し去った。
ワイチは息を整える間もなく、腹へと向かう。
岩のように重々しく潜む三つ目の結晶。
だが、もうワイチの腕に迷いはなかった。
すぐさま流れの奥を見据え、赤と白が複雑に入り組む中心に浮かび上がる光る点を捉える。
「この点さえいけば大丈夫だ……!」
自分に言い聞かせ、狙い過たず鉄槌を真っ直ぐに叩き込んだ。
バキッ!
吸い込まれるように突き刺さった杭の先で、狙い通り結晶が砕け散る。
ワイチは杭を引き抜き、叫んだ。
「次!!!」
炎が滑り込み、黒煙を綺麗に焼き尽くした。
残るは、あと一つ。
尻尾の付け根だけだ。
「これで、終わりだ……」
ワイチは最後の杭を掴んだ。
全員の視線が、最後の黒い塊に集中する。
吹き出す黒い奔流の奥、赤と白の流れが最も激しく交差するその真ん中に、ひときわ強く光る点がある。
「この点に、全ての力を――!」
そう自分に言い聞かせ、最後の力を振り絞って鉄槌を頭上高く振り上げた。
「終われぇぇぇっ!!」
喉を裂くような叫びと共に叩き込んだ一撃は、狂いなく白い点へと直撃した。
バキィッ!!
結晶は抗う間もなく、文字通り木っ端微塵に砕け散った。
「キュウスケ! 燃やせ〜!!!」
「任せろぉぉ!!」
最大火力の炎が、抉れた傷口へと一気に流れ込んだ。
直後、これまでで最も巨大な黒い煙が、爆発するように噴き出す。
ギャアアアアアアアアア!!
洞窟全体が、落盤せんばかりに激しく震動した。
狂い狂う黒煙は天井へと広がり、逃げ場を求めて巨大な渦を巻く。
だが、キュウスケの炎がそれを逃がさない。
猛烈な熱波が洞窟を支配し、黒い塊を追いつめ、焼き、完全に飲み込んだ。
やがて――黒い煙は急速に小さくなり、最後の煤となって消え去った。
「終わったのか……?」
キュウスケが荒い息を吐きながら青龍を見上げる。
しん吉は何も言わず青龍の首元へ駆け寄ると、傷口の周囲を癒爪でゆっくりと撫でた。
青白い光が爪先から滲み、首元を流れる白い流れへ静かに溶け込んでいく。
乱れていた流れが少しずつ落ち着き、全身へ広がっていった。
「これでいい……」
しん吉がそっと手を離した。
その、直後だった。
ドクン――。
地鳴りのような巨大な鼓動が、洞窟の空気を震わせた。
ワイチはハッと息を呑んだ。
青龍の体内を巡る「流れ」が、劇的に変わっていくのが見えた。
濁った黒が急速に退き、透き通った白い流れが広がり、そして――。
生命の灯火たる赤い流れが、力強く、激しく全身を巡り始めたのだ。
青龍の重い瞼が、ゆっくりと持ち上がり、そこから、神聖な黄金の瞳が現れた。
「青龍様……」
キュウスケの目から、堪えきれず涙が零れ落ちた。
しん吉も感極まって声を失っている。
青龍はゆっくりと、威厳に満ちた首を持ち上げた。
その圧倒的な生命力を前にした瞬間、ワイチの膝から一気に力が抜けた。
助かった。
本当に、助かったんだ。
『人の子よ』
洞窟の岩肌を震わせ、厳かな声が響く。
『礼を言う』
ワイチは、ただその黄金の瞳を見上げた。
『長い、時であった……だが、そなたたちのおかげで闇は消えた』
『あの日、突然、身を裂かれるような痛みが走った。何者かの影は見えたが、姿までは分からぬ。数日が過ぎる頃には、我が身は闇に呑まれ始めていた』
キュウスケが顔を覆って泣き崩れ、しん吉も俯いて肩を震わせる。
『キュウスケ、しん吉。よく耐えた』
「青龍様……!」
キュウスケはその場に崩れ落ちるように膝をつき、しん吉も溢れる涙を両手で何度も拭った。
青龍の瞳が、静かにワイチへと戻る。
『――いや、まだ終わってはおらぬな』
地を這うようなその一言で、洞窟の空気が凍りついた。
青龍の瞳に、鋭い緊迫感が戻る。
『我だけではないのだ』
ワイチは顔を上げた。
『南に朱雀、西に白虎、北に玄武。我ら四神は四柱。闇は我だけを狙ったものではない』
「じゃあ、他の四神も……」
『同じ苦しみに沈んでいるやもしれぬ』
ワイチの背筋に、冷たい汗が伝った。
青龍がこれほど苦しんでいたのだ。
他の四神が同じ状態とは限らない。
もっと最悪なことになっている可能性だってある。
『急げ』
黄金の瞳が、真っ直ぐにワイチの魂を射抜く。
『我らには、もう時間が残されておらぬ』
ワイチは静かに立ち上がった。
足元はまだ疲労でふらつく。
それでも、その瞳からは目を逸らさなかった。
「助けます」
声は小さかった。
だが、微塵も震えてはいなかった。
「青龍様を助けられたなら、他の四神も、絶対に助けます」
青龍は慈しむように、静かに目を細めた。
『ならば行け。そなたの目は、闇の奥を見抜く』
ワイチは地面に転がっていた杭と鉄槌を拾い上げた。
青龍の周囲から、禍々しい黒いもやは完全に消え去った。
透き通った白と、鮮やかな赤の流れが、青龍の全身を力強く巡っている。
「……よかった」
絞り出すようなワイチの声に、青龍が静かに黄金の瞳を閉じて応じる。
ワイチはその瞳を見つめ返し、自分の両手を見た。
確かな手応えが、胸の奥で熱い自信となって満ちていく。
その顔には、もう迷いも焦りもない。
青龍を救ったという揺るぎない誇りが宿っていた。
「見事だ、ワイチ」
武蔵が近づき、その肩を力強く叩く。
「ハロルドにこの詳細を報告しに行かなきゃな」
小次郎の言葉に、全員が顔を見合わせる。
「そうだな。……戻ろう」
ワイチはもう一度だけ青龍を振り返り、大きく頷いた。
洞窟の外に出ると、心地よい風が汗ばんだ頬を優しく撫でる。
さっきまでどんよりと重く見えていた空が、今は見違えるほど明るく澄み渡っていた。
ワイチは胸を張り、王都へと続く道を真っ直ぐに見据えた。
自分たちなら、次はどんな闇も打ち払える。
その確信を糧に、ワイチは仲間と共に大地を蹴った。
次回予告
阿国です♪
青龍様、本当に苦しそうでした。
でも、ワイチさんは諦めませんでした。
何度も何度も立ち向かって、最後まで助ける方法を探したんです。
皆さんのお力もあって、無事に助けることができました♪
次回、『四神への手掛かり』
お楽しみに♪




