闇を砕いて、この一撃
村正宗の手元で、最後の一打が革へ沈んだ。
トン――。
ワイチは刻まれた「風」と「雷」の文字を見つめていたが、ふいに顔を上げた。
「村正宗さん! これみたいに細くて、もっと長い杭を作れませんか?」
「杭だと?」
「青龍様の身体の奥まで届くくらいの長さが欲しいんです。ボルドーさんの店で黒い結晶を割った時、中から黒いもやが出てきたんですよ。それがボルドーさんの身体に入って、おかしくなったんです。」
ワイチの頭に、青龍の身体を巡っていた黒い流れが浮かんだ。
「青龍様の中にも同じような黒いものが流れてました。それが首元の奥へ集まってたんです。だったら、そこにも黒い結晶があるんじゃないかって。」
「なるほどな。そいつを杭でぶち壊すのか。」
「結晶まで杭を打ち込んで壊したら、すぐに引き抜きます。その穴からきゅうすけの炎を流し込めば、今まで届かなかった奥まで直接届くはずです!」
「表から届かねぇなら、こっちから道を作っちまうってことか。面白えじゃねぇか。」
村正宗は先ほどまで使っていた鏨を持ち上げた。
「だったら、こいつみてぇに細いだけじゃ駄目だ。青龍様の身体へ深く打ち込むなら途中で曲がらねぇ硬さがいる。それに、打った後すぐ抜くんだろ?」
「炎を流し込まないといけないので。」
「なら頭に返しを付ける。引っ掛けて一気に抜けるようにな。」
「お願いします!」
「長さはどれくらいだ?」
ワイチは両手を広げた。
「大体これくらいあれば届くと思います。なるべく細くしてほしいですけど、途中で曲がったり折れたりしないようにしてください。」
「注文が多いな。だが、やることが分かってりゃ作れる。」
村正宗は壁際から鉄材を引き抜いた。
「何本いる?」
「最低でも五本は欲しいです。できればもっと欲しいんですけど、青龍様の状態が心配で……どれくらいかかりますか?」
「この長さで、その細さと強度だろ。二刻はくれ。」
「二刻……。」
「急いで雑なもん作って、青龍様の身体ん中で折れたらどうすんだ。」
「……それは困ります。」
「だったら任せろ。急ぎはするが、手は抜かねぇ。」
鉄材が炉へ放り込まれ、炎の中で赤く染まっていった。
カン――! カン――!
村正宗の金槌が振り下ろされるたびに火花が飛び、赤熱した鉄が細く長く伸びていく。
その音を聞きながら、ワイチの頭にはボルドーの店で黒い結晶を割った時の光景と、青龍の身体を巡っていた黒い流れが重なっていた。
砕けた結晶から噴き出した黒いもやがボルドーの身体へ入り込んだのなら、青龍の奥に集まっていた黒い流れの先にも同じものがあるかもしれない。
そこまで杭を届かせて結晶を砕き、引き抜いた穴へきゅうすけの炎を流し込めれば、今まで届かなかった邪気の根まで直接焼けるはずだ。
カン――! カン――!
やがて鍛冶台の上へ五本の細長い杭が並び、その隣へ新しい鉄槌が置かれた。
「できたぞ。杭には返しを付けてある。打ち込んだら、ここへ引っ掛けて一気に抜け。」
ワイチは一本を手に取った。
「ありがとうございます! これなら青龍様を助けられるかもしれない!」
「まだ助かったわけじゃねぇぞ。」
「分かってます。でも、やっと奥まで届く方法ができました。」
ワイチは五本の杭と鉄槌を抱えた。
「行ってきます!」
「おう。今度はいい報告持ってこい。」
ワイチはそのまま鍛冶場を飛び出した。
◇
バンッ!!
宿の扉が勢いよく開いた。
「青龍様を助ける方法が……見つかりました! ハァ、ハァ……。」
「何! 方法が見つかっただと! どうするんだ?」
ワイチは持っていた杭を見せ、
「これで原因まで道を作り、中の結晶を壊して、きゅうすけの炎を直接流し込むんです!」
「ただ、青龍様を傷つけることになるのですが……それに、あの二匹が納得するでしょうか?」
「他に炎を届ける方法がありません。あの巨体なら、この杭の細さで負担は最小限に抑えられるはずです。それに、これ以上時間をかけるわけにはいきません。」
ワイチは杭を握り、
「あの二匹を説得するためにも、皆さんの力を貸してください。お願いします!」
「分かった。なら急ぐぞ。」
武蔵が立ち上がると、全員が続いた。
一行はすぐに王都を出て、青龍の洞窟へ向かった。
道中では結晶を食べたと思われる魔物が何度も襲いかかってきたが、立ち止まっている時間はなかった。
次々と討伐しながら森を抜け、岩壁へ辿り着くと、そのまま洞窟の奥へ駆け込んだ。
「青龍様!」
巨大な身体は横たわったまま、以前より明らかに弱っていた。
周囲を漂う黒いもやはさらに濃くなり、ワイチに見える白と赤の流れも弱々しくなっている。
「……やっぱり、あった。」
首の付け根の奥で黒い流れが一点へ集まり、その中心には拳ほどまで膨れ上がった黒い結晶があった。
「こんなに大きくなってる……。」
ワイチが杭を取り出した瞬間、きゅうすけが立ちはだかった。
「お前、何をする気だ!」
「この杭で結晶まで道を作るんだ、そうすれば、きゅうすけの炎が届くはずだ!」
「何馬鹿なこと言ってるんだ! 青龍様だぞ! 傷つけるなんて絶対に許さない!」
しん吉も青龍の前から動かなかった。
「なら、他に手立てはあるのか!?」
「炎は届かない、黒い流れはどんどん強くなってる。それに結晶は、もう俺の拳くらいまで大きくなってるんだぞ!」
「でも……青龍様にそんなものを……。」
「大丈夫だ。俺には結晶の場所が見えるんだ。余計なところは傷つけないから、やらせてくれ!」
「お願いします。今やらなければ、助けられるものも助けられなくなるかもしれません。」
きゅうすけとしん吉は青龍を見上げた。
グゥゥゥ……。
苦しそうな声とともに黒いもやが鱗の隙間から滲み出した。
「……分かったよ。やってくれ。」
「おいらも手伝う。絶対に助けてくれよ。」
「必ず助けるよ。」
ワイチは首元へ杭を向けた、その時、視界の端をどす黒い流れが横切った。
「……何?」
流れを追った先、背中の奥にも黒い結晶が食い込んでいた。
「まさか……。」
腹にもあり、さらに尻尾の付け根にも黒い流れが一点へ集まっていた。
首、背中、腹、尻尾。
「四つ……。」
「四つもあるのか!?」
「全部、壊します。」
「準備はできてるよ、いつでも来い!」
「おいらもだ!」
ワイチは首元へ戻り、逆立つ鱗の隙間から黒い結晶を狙って杭を押し当てた。
「行きます……!」
カァン!!!
鉄槌を振り下ろした瞬間、凄まじい衝撃が両腕へ跳ね返り、杭が弾かれた。
「なっ……!?」
「なんで入らないんだ……ここにあるのに!」
ワイチは青龍の首元へ目を凝らした。
黒い流れの周囲を赤と白の流れが激しく巡り、その中にぽつんと白く光る点があった。
「……これ……。」
以前、魔物と戦った時にも見えた光だった。
赤い流れと白い流れが交差し、その中心だけが白く光っている。
「ここなら……。」
杭の先端を白い点へ合わせた。
「頼む……通ってくれ!」
ガンッ!!
鉄槌を振り下ろすと、今度は弾かれず、杭が肉の奥へ吸い込まれるように沈んでいった。
ズブッ――!
その先端が黒い結晶へ届いた瞬間、
ピキッ――!
「入った!」
ワイチは返しを引っ掛け、一気に杭を引き抜いた。
ズボッ!!
「きゅうすけ! 今だ!!!」
「おおおおっ!!」
青い炎が開いた傷口へ飛び込んだ。
ギャアアアアアア!!
黒い煙が悲鳴のような音を立てて噴き出し、洞窟の壁を震わせた。
「逃がすかぁぁぁ!!」
きゅうすけの狐火がさらに勢いを増し、噴き出した黒煙を次々と焼いていく。
暴れていた黒い流れが炎に呑まれ、やがて首元から完全に消えた。
「効いた……!」
「ワイチ、次だ!」
「分かってる!」
背中へ回り、黒い結晶へ集まる流れの中から白い点を探し出して杭を合わせた。
「ここだ!」
ガンッ!!
杭が深く突き刺さり、
バキッ!!
二つ目の結晶が砕けた。
ワイチはすぐに杭を引き抜き、
「きゅうすけ! 焼いて!」
「任せろ!」
狐火が傷口へ流れ込み、噴き出した黒煙を焼き尽くした。
「次!」
腹へ回り、三つ目の結晶を捉える。
赤と白が交差する一点へ杭を合わせ、
ガンッ!!
バキッ!!
「入った! きゅうすけ!」
「おおおっ!!」
青い炎が流れ込み、腹を巡っていた黒い流れが消えていく。
「あと一つ!」
尻尾の付け根へ走ると、そこには三つを上回る黒い流れが渦巻き、その中心で最後の結晶が脈打つように蠢いていた。
「これで……終わりだ!」
白い点を捉え、杭を押し当てた。
「終われぇぇぇっ!!」
ガァン!!!
杭が深々と突き刺さり、
バキィッ!!
最後の結晶が砕けた。
「きゅうすけ! 燃やせぇぇぇ!!」
「消えろぉぉぉ!!」
最大火力の狐火が傷口へ飛び込んだ。
ギャアアアアアアアアア!!
これまでで最も巨大な黒煙が爆発するように噴き上がり、洞窟の天井まで広がった。
「まだだ! 全部焼いてやる!!」
青い炎が黒煙へ食らいつき、逃げ場を求めて渦巻く黒煙を追い、焼き、呑み込み、やがて最後の一筋まで消え去った。
「……終わったのか?」
「まだだよ。」
しん吉の癒し爪が首元の傷をなぞり、爪先から広がった淡い光が乱れていた白い流れへ溶け込んでいく。
「背中も!」
「分かってる!」
首から背中、腹、尻尾へと癒し爪が走り、傷が癒えていくにつれて途切れていた白い流れが再び繋がっていった。
「これで……どうだ?」
ドクン――。
巨大な鼓動が洞窟を震わせた。
「な、なんだ!?」
ドクン――!
ワイチの目の前で、青龍の身体を巡る流れが一気に変わった。
残っていた黒い淀みが消え、透き通った白い流れが全身へ広がり、弱々しかった赤い流れが勢いを増していく。
ドクン――!
青龍の重い瞼がゆっくりと開き、黄金の瞳が現れた。
「青龍様……!」
「青龍様ぁぁぁ!」
『人の子よ。礼を言う。』
洞窟の岩肌を震わせる声が響いた。
『長い時であった……だが、そなたたちのおかげで、ようやく闇が消えた。』
「青龍様……本当に、もう大丈夫なんですか?」
『ああ。身体を蝕んでいたものは消えておる。』
「よかった……。」
『あの日、突然、身を裂かれるような痛みが走った。何者かの影は見えたが、姿までは分からぬ。数日が過ぎる頃には、我が身は闇に呑まれ始めていた。』
黄金の瞳が、きゅうすけとしん吉へ向いた。
『きゅうすけ、しん吉。よく耐えた。そなたらが我を支え続けてくれたからこそ、今日まで耐えることができた。』
「青龍様ぁ……! 俺たち、ずっと……ずっと何とかしたかったんだよ!」
「おいらも、青龍様が苦しんでるのに何にもできなくて……。」
『もうよい。――だが、まだ終わってはおらぬ。』
「え? 終わってない?」
『我だけではないのだ。南に朱雀、西に白虎、北に玄武。我ら四神は四柱。闇は我だけを狙ったものではない。』
「じゃあ……他の四神も?」
『同じ苦しみに沈んでいるやもしれぬ。』
青龍の身体を蝕んでいた黒い結晶、森へ撒かれていた小さな結晶、それを食べて凶暴化した魔物たちが、ワイチの中で一本に繋がった。
『急げ、我らには、もう時間が残されておらぬ。』
「青龍様を助けられたんです。だったら朱雀も白虎も玄武も、絶対に助けます。」
『ならば行け。そなたの目は、闇の奥を見抜く。』
青龍の身体にはもう黒い流れはなく、透き通った白と鮮やかな赤が巨体の隅々まで力強く巡っていた。
「……よかった。」
「見事だったぞ、ワイチ!」
バンッ!!
武蔵の手が背中へ飛んできた。
「痛っ! 武蔵さん、強いって!」
「ガハハハ! 青龍様を助けたんだ、それくらい我慢しろ!」
「意味分かんないよ!」
「ハロルド殿にも報告しなければなりませんね。黒い結晶のことも、他の四神のこともあります。」
「そうですね。戻りましょう。」
「きゅうすけ、しん吉。また来るよ。」
「絶対来いよ!」
「今度はゆっくり話そうな!」
ワイチたちは青龍に一礼して洞窟を出ると、岩壁の向こうには青空が広がっていた。
「さあ、戻るぞ!」
「おう!」
一行は王都へ向かって歩き出した。
次回予告
阿国です♪
青龍様、本当に苦しそうでした。
でも、ワイチさんは諦めませんでした。
何度も何度も立ち向かって、最後まで助ける方法を探したんです。
皆さんのお力もあって、無事に助けることができました♪
次回、『四神への手掛かり』
お楽しみに♪




