広がる異変
壊れた店を出ると、夕日が王都の屋根を赤く染めていた。
ハロルドは腕を組んだ。
「東街道まではすこしあるからな、今から行くと夜になるぞ!」
「なら明日の朝だな。」
武蔵は空を見上げた。
「夜の街道は面倒ですからね。」
晴明も続けた。
その時だった。
小次郎が口を開く。
「その前に刀だ。」
ワイチは手を叩きながら
「あ、そうだ。」
武蔵は後頭部を掻きながら
「すっかり忘れてたな。」
「忘れるな。」
阿国は扇を揺らしながら
「じゃあ明日は鍛冶屋さんですね♪」
「今日は色々と大変だったからな、しっかり休め。」
「明日からまた歩くことになるしな。」
――――――
翌朝、一行は正宗の店へ向かった。
鍛冶場へ近付くにつれ、鉄を打つ音が大きくなっていった。
煙突から白い煙が立ち昇っている。鍛冶屋の朝も早いようだ。
「来たか。」
村正宗は脇に置いてあった刀を掴み、小次郎へ放った。
小次郎は受け取ると刀を抜き、長い刀身が炉の赤い光を流す。
「素晴らしい、良い刀だ。」
ワイチの声に武蔵も頷いた。
「いいなあ。」
「当たり前だ。」
「誰が打ったと思ってやがる。」
武蔵の視線は刀から離れない。
「お前も作るか?」
「欲しいっちゃ欲しいんだがな。」
武蔵は頭を掻きながら
「まだ決まってねえんだよ。」
「何がだ?」
「んー言葉にできねぇーだよ、なんかこう……わかったら言うわ。」
「決まったら来い。」
「そん時は頼むわ。」
一行は村正宗の店を後にした。
王都を出ると、石畳の道はやがて土の街道へ変わった。
「また襲われたらしいぞ。」
「今度は風切蛇だってよ。」
「もう東は通れねえな。」
「あんたら、この先あぶねーぞ!」
「そいつらを退治しにいくんだ!」
武蔵は拳を握った。
「おー!それは頼もしい、頑張ってくれ。」
「任せとけ!」
旅人たちの声を背に進むうち、街道脇では馬車が横倒しになり、割れた荷箱と布切れが土の上に散らばっていた。
ガリッ、ガリッ。
武蔵が手を上げて皆を制する。
荷車の陰では一回り大きな牙兎が男の腕に噛みついていた。
口元は血と黒い汚れで染まっていた。
その少し離れた場所では二匹の牙兎が荷箱の陰をうろついていた。
ガリッ。
片方の牙兎が地面へ散らばった黒い粒を噛み砕いたら、ビクリと身体を震わせた瞬間!
耳を逆立てながら目を見開き、キィィィィィッ!と鳴いて隣にいた牙兎へ飛び掛かった。
ブチッ!
耳を噛み千切られた牙兎は悲鳴を上げて逃げ出した。
追う牙兎の身体はみるみる膨らみ、倍ほど大きくなった。
男を食っていた牙兎も顔を上げ、逃げる牙兎に気がついた!
逃げる牙兎を追うデカい牙兎。
さらにもう一匹が横へ回り込み、逃げ道を塞いだ。
キィィィィィッ!
二匹が同時に飛び掛かった瞬間――
シュバァッ!
風刃が走り、逃げていた牙兎の首が宙を舞った。
ドサリ。
首を失った身体が地面へ崩れ落ちた。
二匹の牙兎は獲物を失い、そのまま武蔵たちへ顔を向けた。
シュバァッ!
再び風が走る。
木々の奥からデカい風切蛇が顔を出している。
突然、細い風切蛇が飛び出して、逃げていく!
必死に枝を渡る風切蛇の後ろから、一回り太い風切蛇が追い掛けている。
シュバァッ!
放たれた風刃が細い風切蛇の胴を裂かれ、細い風切蛇は枝から半分になって落ちていった。
シュバァッ!
もう一発。
シュバァッ!
さらにもう一発。
太い風切蛇は地面でもがく風切蛇へ何度も風刃を叩き込み、肉片と血が飛び散っても攻撃を止めなかった。
「同族まで襲うのか……。」
ワイチが息を呑む。
「来るぞ!」
武蔵が叫ぶと二匹の牙兎が同時に飛び掛かった。
「うおっ!」
武蔵は咄嗟に拳を振り上げて、顔面へ拳を叩きつけた。
叩き込まれた牙兎の身体が荷車へ突っ込み、砕けた板が飛び散った。
もう一匹は小次郎へ飛び掛かる。
銀の光が走った次の瞬間、牙兎の首が宙を舞った。
荷車へ突っ込んだ牙兎も立ち上がった瞬間、返す刀で首が飛んだ。
コロッ、コロッ。
二匹の首から黒い結晶が転がり出た。
枝にいる太い風切蛇が首を巡らせて、こちらを見ている。
今度の獲物は武蔵たちだった。
シュバァッ!
風刃が飛ぶが、武蔵が避けると背後の木が斜めに裂けた。
「武蔵、怪我はないか!」
ワイチが叫ぶ。
その時、晴明が印を結んだ!
「瞬雷」
紫電が走ると!
ギャアアアアアッ!
太い風切蛇は枝をへし折りながら地面へ叩きつけられた。
だがまだ生きている。身体を起こし、焼け焦げた鱗の隙間から煙が立っていた。
「硬いな。もう一度!」
「晴明さん、雷ですね♪」
阿国は小鼓を打つ。
ドンッ!
鼓の音が響いた瞬間、晴明の周囲で紫電が膨れ上がった。
「これは……良いですね!面白い。」
印を風切蛇に向けた!
「瞬雷」
先ほどより太い紫電が風切蛇を呑み込んでいった!
ギャアアアアアッ!
風切蛇の身体が跳ね上がり、焦げた鱗が弾け飛ぶ。
地面へ叩きつけられた風切蛇は身体を起こせず、絶命していた。
焦げたところから黒い結晶が転がり出てきた。
ワイチは足元へ散らばった黒い結晶を拾い上げると
「こいつもあるな」
そして、馬車の近くにある散らばった小さい結晶を拾った。
「大きさは違うが、同じだな」
ワイチは黒い粒と結晶を袋へしまった。
「何かわかったのか?」
武蔵が覗き込む。
「まだ分かりませんが、牙兎はこれを食べた直後に変わりました。風切蛇も同じです。」
晴明が結晶へ目を向ける。
「持ち帰る価値はありそうですね。」
一行は街へと向かった。
少し経ってから――
「少し休憩しませんか♪」
阿国が川を指差した。
街道の脇には澄んだ川が流れていた。
「賛成だ。」
空海は近くの岩へ腰を下ろした。
ワイチは川辺へ歩き、水を両手で掬って喉へ流し込む。
冷たい水に息を吐いたその時だった!
ゴォォォォォォッ!!
轟音と共に地面が震え、波立った川面の向こうで白い飛沫が空高く舞い上がった。
「なんだ?」
武蔵が顔を上げる。
次の瞬間、巨大な青い影が川を駆け抜けていった!
長い身体がうねるたび水柱が立ち上がり、岸辺の石が弾け飛ぶ。
速くて、目で追うのがやっとだった。
青い影は一瞬で視界を横切り、そのまま森の奥へ消えていった。
森の奥で轟音が響き、段々と小さくなっていった。
ワイチは青い影が消えた先をずっと見つめていた。
「今の……なんだったんだ?」
皆、あっけに取られて言葉が出なかった。
次回予告
晴明です。
牙兎も風切蛇も厄介でした。
実は牙兎は二足歩行で歩く仕草の可愛らしい魔物なんですよ。
見つけるとすぐに逃げてしまいますけどね。
次回、『調査報告、そして東の洞窟』




