広がる異変
壊れた店を出ると、夕日が王都の屋根を赤く染めていた。
「東街道までは少しあるからな、今から行くと夜になるぞ!」
「なら明日の朝だな。」
「夜の街道は危険ですからね。今日は戻って休みましょう。」
「……その前に、私の刀です。」
「刀?」
「村正宗に頼んだ刀ですよ!」
「あっ! そうだった!」
「すっかり忘れてたぜ。」
「忘れないでくださいよ! 私がどれだけ楽しみにしてたと思ってるんですか!」
「悪い悪い! 明日の朝一番で取りに行きゃいいだろ。」
「まったく……武蔵は自分の刀じゃないからって。」
「じゃあ明日は小次郎さんの刀を受け取ってから出発ですね♪」
「そうしてください!」
「今日は色々あったからな。しっかり休んで、明日からまた頼むぞ。」
――――――
翌朝、一行は村正宗の店へ向かった。
鍛冶場へ近付くにつれて鉄を打つ音が大きくなり、煙突から白い煙が立ち昇っていた。
カンッ! カンッ!
店へ入ると、村正宗が脇に置いてあった刀を掴み、小次郎へ放った。
「来たか。できてるぞ!」
「もうできたんですか!」
小次郎は刀を受け取って鞘から抜き、長い刀身が炉の赤い光を映した。
「おお……これですよ! この長さが欲しかったんです!」
「どうだ、重さは?」
「いいですね。長くなったのに振りやすい。」
「当たり前だ。お前が使うんだから、その辺も考えて打ってある。」
「さすが村正宗ですね。」
「いいなあ、それ。」
「武蔵も欲しくなったんですか?」
「そりゃ欲しくなるだろ。こんなの見せられたらよ。」
「お前も作るか?」
「欲しいっちゃ欲しいんだがな……まだ決まってねえんだよ。」
「何がだ?」
「んー、言葉にできねえんだよ。なんかこう……俺に合うやつがある気はすんだけど、それが何なのか分かんねえ。」
「面倒くせえ奴だな。」
「うるせえな! 分かったら言うよ!」
「決まったら来い。そん時は打ってやる。」
「おう、頼むわ!」
一行は村正宗の店を後にし、王都を出ると石畳の道はやがて土の街道へ変わっていった。
「また襲われたらしいぞ。」
「今度は風切蛇だってよ。」
「もう東は通れねえな。」
すれ違う旅人たちの声が聞こえる中、一人の男がワイチたちを呼び止めた。
「あんたら、この先危ねえぞ!」
「そいつらを退治しに行くんだ!」
「おお! そりゃ頼もしい! 頼んだぞ!」
「任せとけ!」
旅人たちの声を背に進んでいくと、街道脇に馬車が横倒しになり、割れた荷箱と布切れが土の上へ散らばっていた。
ガリッ、ガリッ――。
武蔵が手を上げると全員が足を止めた。
荷車の陰では一回り大きな牙兎が男の腕に噛みつき、その口元は血と黒い汚れで染まっていた。
「おい……人を食ってやがるぞ。」
少し離れた場所では二匹の牙兎が荷箱の周りをうろつき、そのうちの一匹が地面へ散らばった黒い粒を噛み砕いた。
ガリッ――。
ビクリと身体を震わせた牙兎の耳が逆立ち、目を見開いた。
「キィィィィィッ!」
隣にいた牙兎へ飛び掛かり、
ブチッ!!
耳を噛み千切った。
「ギィィッ!」
傷ついた牙兎が逃げ出すと、追い掛ける牙兎の身体がみるみる膨らみ、倍ほどの大きさになっていった。
「でかくなったぞ!」
男を食っていた牙兎も顔を上げ、逃げる牙兎へ向かって走り出すと、一匹が後ろから追い、もう一匹が横へ回り込んで逃げ道を塞いだ。
「キィィィィィッ!」
二匹が同時に飛び掛かった瞬間、
シュバァッ!!
風刃が走り、逃げていた牙兎の首が宙を舞った。
ドサリ――。
「今度はなんだ!?」
木々の奥から一回り大きな風切蛇が姿を現した。
その時、別の細い風切蛇が枝の間から飛び出し、木々の奥へ逃げていった。
後ろから一回り太い風切蛇が追い掛け、
シュバァッ!!
放たれた風刃が細い風切蛇の胴を裂き、二つに分かれた身体が枝から落ちた。
シュバァッ!!
さらに風刃が地面へ叩き込まれ、
シュバァッ!!
もう一発。
太い風切蛇は地面でもがく同族へ何度も風刃を浴びせ、肉片と血が飛び散っても攻撃を止めなかった。
「同族まで襲うのか……。」
「こいつら、やっぱりおかしいぞ!」
「来るぞ!」
二匹の牙兎が同時に飛び掛かった。
「うおっ!」
武蔵が拳を振り抜き、飛び込んできた牙兎の顔面へ叩き込んだ。
牙兎の身体が荷車へ突っ込み、砕けた板が飛び散る横で、もう一匹が小次郎へ襲い掛かった。
「遅い!」
銀の光が走り、牙兎の首が宙を舞った。
荷車へ突っ込んだ牙兎も起き上がった瞬間、小次郎の返す刀で首を斬り飛ばされた。
コロッ、コロッ――。
二匹の身体から黒い結晶が転がり出た。
「やっぱり出たぞ!」
枝の上にいた太い風切蛇がこちらへ首を巡らせ、
シュバァッ!!
風刃を放った。
「危ねえ!」
武蔵が身をかわした直後、背後の木が斜めに裂けた。
「武蔵、怪我はないか!」
「こんくらい何ともねえ! 晴明、あいつ落とせるか!」
「やってみましょう!」
晴明が印を結んだ。
「瞬雷!」
紫電が走り、
ドォンッ!!
「ギャアアアアアッ!」
風切蛇が枝をへし折りながら地面へ叩きつけられたが、焼け焦げた鱗の隙間から煙を上げながら身体を起こした。
「まだ立つのか!」
「硬いですね。もう一度!」
「晴明さん、雷ですね♪」
阿国の小鼓が鳴った。
ドンッ!!
鼓の音とともに晴明の周囲で紫電が一気に膨れ上がった。
「おおっ! さっきより強い!」
「もう一発いきますよ!」
晴明が印を風切蛇へ向けた。
「瞬雷!」
先ほどより太い紫電が風切蛇を呑み込んだ。
「ギャアアアアアッ!」
巨体が跳ね上がり、焦げた鱗を弾け飛ばしながら地面へ叩きつけられると、そのまま動かなくなった。
焦げた身体から黒い結晶が転がり出た。
「こいつからも出たか。」
ワイチは足元へ転がった結晶を拾い、馬車の近くに散らばっていた小さな黒い粒も拾い上げた。
「大きさは違うけど、同じだ。」
「何か分かったのか?」
「牙兎はこれを食べた直後に変わりました。それに、風切蛇の身体からも同じ結晶が出てきた。」
「だったら、こいつらが暴れてることと無関係じゃなさそうだな。」
「持ち帰って調べた方がよさそうですね。」
ワイチは黒い粒と結晶を袋へしまい、一行は街へ向かった。
しばらく進んだところで、街道の脇を流れる澄んだ川を阿国が見つけた。
「少し休憩しませんか♪」
「賛成じゃ。さすがに喉が渇いたわい。」
空海が近くの岩へ腰を下ろし、ワイチも川辺で両手に水を掬って喉へ流し込んだ。
「冷たくてうまいな……。」
その時、
ゴォォォォォォッ!!
轟音とともに地面が震え、波立った川面の向こうで白い飛沫が空高く舞い上がった。
「なんだ!?」
巨大な青い影が川を駆け抜けていった。
長い身体がうねるたびに水柱が立ち上がり、岸辺の石を弾き飛ばしながら凄まじい速さでワイチたちの前を横切った。
「速っ!」
「なんじゃ、あれは!?」
「見えません!」
青い影はそのまま森へ飛び込み、木々の奥から轟音を響かせながら遠ざかっていった。
「今の……なんだったんだ?」
誰も答えられないまま、遠ざかる轟音だけが森の奥へ消えていった。
次回予告
晴明です。
牙兎も風切蛇も厄介でした。
実は牙兎は二足歩行で歩く仕草の可愛らしい魔物なんですよ。
見つけるとすぐに逃げてしまいますけどね。
次回、『調査報告、そして東の洞窟』




