黒い結晶
街へ戻ったワイチたちは、その足でハロルドのもとへ向かった。
武蔵が机へ置いた袋の口から、黒い結晶がいくつも転がり出る。
「なんだ、それは。」
「アーレ村で出てきた、魔物を斬ったら、こいつが出てきたんだよ」
「魔物?」
「村中が繭だらけだった。その中から巨大な蛾が出てきたり、地面からは酸を吐く土竜もいたぞ」
「アーレ村でか……。」
「私も見たことがありません。」
ナリアの声に続き、空海が結晶を指で弾いた。
「しかも全部これを持っていたんだよ」
大きさも形も違うし、
中心を走る黒い筋だけは全て同じだった。
部屋の隅で帳簿をまとめていた男の手が止まると、羽ペンの先にインクが溜まり、小さな染みが紙へ広がっていた。
「おい、どうした。」
ハロルドが気になり声をかけた
「いえ……。」
男は机の上の黒い結晶を見つめていた。
「そうだ。思い出した!前に変な話を聞いたことがあります。」
「変な話?」
「冒険者の一人が、アーレ村の近くで妙な男を見たと言っていました。」
「妙な男?」
「大した話でなかったので、忘れてました。ただ、妙に気にしていたのを覚えています。
「その冒険者ならまだ街にいるはずです。」
ハロルドは椅子から立ち上がり、声を上げた
「連れて来い。」
しばらくして、一人の冒険者が連れられてこられた
「俺ですが、なんかありましたか?」
「アーレ村の近くで変な男を見たらしいな。」
冒険者は、苦笑しながら
「そんな話もありましたね。」
「何を見た。」
「男です。青白い気持ち悪い男です。森の中にいました。」
「それだけか?」
「最初はそう思ったんですけどね。」
冒険者は机の上の黒い結晶を見ると笑みが消えた。
「こ、こ、これです。」
男は動揺していた。
「何?」
「似ています。」
「似てる?」
「あいつ、袋から黒い石みたいなものを取り出して、そこら中へ撒いてたんです。」
「撒いていた?」
「ええ。畑にも、草むらにも。種でも撒くみたいに。」
「青白い顔で気持ち悪い笑みを浮かべながら石を撒いて、私の方を見て笑っていたんです。とても気味が悪かっただけです。だから、一目散ににげたんですよ。」
冒険者は怯えていた。
ハロルドは机の上の黒い結晶を見つめて
「その男はどこへ行ったかわかるか?」
「分かりません。ただ、森の奥へ消えました。」
「わかった、もう帰っていいぞ」
ハロルドがため息をつきながら、
「まずは、こいつを調べよう。石に詳しい奴がいるんだ、ボルドーって奴だ」
ハロルドたちは、
街の中央通りを抜けて、奥に進んでいくと色とりどりの石を並べた店が見えてきた。
窓際には大きな水晶が飾ってあり、棚には磨かれた黒曜石や琥珀。
銀細工に埋め込まれた宝石が光を受けて輝いていた。
コンコン
「ボルドーいるか?」
「おう、ハロルドじゃねえか。」
店の奥から現れた男は、作業台の水晶を布で磨きながら笑っていた。
「珍しい石が出てきたんだが、わかるか?」
ハロルドが黒い結晶を差し出すと布を置き、黒い結晶を受け取った。
「なんだこりゃ。」
結晶を窓の光へ透かしてみると、角度を変えるたびに中の黒い筋が浮かび上がった。
「見たことねえ、水晶でもねえ、黒曜石でもねえ、宝石でもねえ。」
「分かるか?」
「分からねえな、初めて見たよ。」
ボルドーは黒い筋を指でなぞると
「ただ普通じゃねえな、普通の結晶なら、こんな筋は入らねえ。」
「まるで中に何か閉じ込められてるみてえだ。」
武蔵が眉間にシワを寄せて
「気持ち悪い石だな。」
ボルドーは机へ黒い結晶を並べ始めた。
その中から一番小さなものを選び出した。
「中を見れば分かるかもしれねえ。」
細い工具の先端が結晶に当たると店の中から音が消えた。
ボルドーは丁寧に
黒い結晶に工具を当てて、小さいハンマーで叩いていくと細い亀裂が走った。
二、三回叩くと
パキッ。
結晶が割れた瞬間、割れ目から黒い煙が噴き出した。
「なんだ!?」
黒い煙はふわりと広がり、そのままボルドーの顔を包み込む。
「ゴホッ!」
咳き込んだボルドーの身体が止まった。
煙はすぐに消えた。
だがワイチの目には見えていた。
煙ではない。
細い黒い流れがボルドーの口と鼻から入り込み、身体の中を這い回っている。
黒い流れは身体中に広がりながら全身へ広がっていった。
「離れて!」
ワイチの叫びと同時にボルドーの肩が跳ね上がた。
首筋に血管が浮き上がり、髪が逆立ち、開いた目は真っ赤に染まり、口元から伸びた犬歯が唇の外へ覗いていた。
指先の爪が軋むような音を立てながら伸びていく。
「グルルルルル……。」
喉の奥から漏れた唸り声は、人のものではなかった。
「ガァァァァァァッ!!」
人間とは思えない咆哮が店中へ響き渡った。
ボルドーが振り回した腕が机を叩き割り、砕けた木片が店中へ飛び散った。
「離れろ!」
武蔵がワイチたちの前へ出て、身構える
次の瞬間、ボルドーが棚へ突っ込んで行った。
並んでいた水晶や宝石が床へ落ち、激しい音を立てて砕け散った。
「グルルルルル!」
真っ赤な目のまま、伸びた爪が棚を引き裂いた。
「こりゃ人間じゃねえぞ!」
唸り声だけを響かせながら店中を暴れ回る。
ただ、ワイチには見えていた。
結晶から出た黒い流れが、ボルドーの身体の中で暴れているのを。
「結晶から出た黒い物が身体に入りました!」
武蔵が飛び出し、ボルドーの振り下ろした腕を刀の峰で受け流し、そのまま肩へ体当たりを叩き込んだ。
大柄な身体がよろめいた隙に小次郎が回り込んで、足払い!
足元を払われたボルドーの巨体が床へ崩れ落ちた。
「今だ!」
ハロルドが叫ぶ!
店の外で騒ぎを聞きつけた兵たちが一斉に飛び込んできた。
何人もの兵がボルドーへ飛びついて縄で縛った。
軋む縄、獣のような叫び声、床を叩く踵。
壊れた店の中がいろんな音で埋め尽くされていた。
それでも数人がかりで押さえ込まれると、ボルドーの身体は徐々に動きを封じられていった。
「牢へ運べ!」
兵たちが縄を引きながら店の外へ連れ出していく。
なおも唸り続ける姿は、人間というより獣そのものだった。
壊れた店の中に静けさが戻り、床には砕けた宝石、割れた水晶、そして問題の黒い結晶。
これには、誰も近付こうとしなかった。
「どうなってるんだ……。」
ハロルドが黒い結晶を見つめると
「結晶を割っただけだぞ。」
「割っただけじゃありません。」
ワイチも黒い結晶へ目を向けた。
「あの中にいたんです。」
「いた?」
「黒い煙の何かが」
「私にしか見えませんでしたが、確かにボルドーさんの中へ入り、それが身体中に広がったらあんな状態になったんです」
空海が顔をしかめながら、
「つまり、この石が原因ってことか。」
「詳しくことはわかりません。でもボルドーさんがおかしくなったのは、その直後です。」
ハロルドは床へ転がる黒い結晶を拾い上げる。
「変な男、黒い石、アーレ村の異変。」
低い声が店に響いた。
「やはりそいつの仕業か?!」
その時だった。
勢いよく扉が開くと
飛び込んできた兵士は肩で息をしながら叫んだ。
「ハロルドさん!」
「今度は何だ。」
「東です!」
兵士は血相を変えて
「東の街道で魔物が暴れています!」
「魔物だと?」
「牙兎です!」
店の空気が変わる。
「牙兎だと?」
「それだけじゃありません。風切蛇も出ました!」
ハロルドの顔が険しくなる。
「そんな馬鹿な。どっちも人を避ける魔物だぞ。」
「猟師たちもそう言っています。」
「こんなの初めてだと。」
アーレ村、黒い結晶、石を撒いていた男、異常化したボルドー。
そして東で暴れる魔物。
ハロルドは握っていた黒い結晶を見つめながら
「異変はアーレ村だけじゃねえんだ、今度はどこだ?」
武蔵が口を開く。
「東だ。」
ハロルドは方向を指差した
「牙兎と風切蛇をたおせばいいんだな!」
夕日が差し込む壊れた店の中で、黒い結晶だけが鈍く光っていた。
次回予告
空海だ。
東で魔物が暴れておるそうじゃ。
まあ、暴れるなら止めねばならん。
じゃが、どうにも嫌な匂いがする。
アーレ村の異変。
黒い結晶。
そして東の魔物。
別々の話ならよいんじゃがのう。
次回、『広がる異変』




