黒い結晶
街へ戻ったワイチたちは、その足でハロルドのもとへ向かった。
武蔵が机へ袋を置いて口を開くと、黒い結晶がいくつも転がり出た。
「なんだ、それは。」
「アーレ村で出てきた。魔物を斬ったら、こいつが出てきたんだよ。」
「魔物?」
「村中が繭だらけだった。その中からでけえ蛾が出てきたり、地面からは酸を吐く土竜まで出てきやがった。」
「アーレ村でか……。」
「私も見たことがありません。以前は、あんな魔物はいませんでした。」
「しかも倒した奴らが、みんなこいつを持っておった。」
大きさも形も違っていたが、中心を走る黒い筋だけは全て同じだった。
部屋の隅で帳簿をまとめていた男の手が止まり、羽ペンの先から落ちたインクが紙の上へじわりと広がった。
「おい、どうした?」
「いえ……そうだ、思い出した! 前に変な話を聞いたことがあります。」
「変な話?」
「冒険者の一人が、アーレ村の近くで妙な男を見たと言っていました。」
「妙な男だと?」
「その時は大した話でもないと思って忘れていました。ただ、そいつ妙に気味悪がってたんです。その冒険者なら、まだ街にいるはずです。」
「連れて来い。」
しばらくして、一人の冒険者が部屋へ入ってきた。
「俺ですが、何かありましたか?」
「アーレ村の近くで変な男を見たらしいな。」
「ああ、そんなこともありましたね。」
「何を見た?」
「男ですよ。青白い顔した、気味の悪い男です。森の中に一人でいました。」
「それだけか?」
「最初は俺もそう思ったんですけどね。」
冒険者が机の上の黒い結晶を見た。
「……ちょっと待ってください。これです!」
「何だと?」
「あいつ、袋からこんな黒い石を取り出して、畑にも草むらにも、種でも撒くみたいにばら撒いてたんです。」
「それで逃げたのか?」
「違いますよ。俺も気になって、何してるのか見てたんです。そしたら、あいつが突然こっちを見て笑ったんですよ。」
「気付かれてたのか?」
「ええ。それで……。」
「『お前も、この結晶になるか?』って。」
「結晶に……?」
「意味なんて分かりませんよ! でも、あんなこと笑いながら言われたら気味悪いでしょう! それで一目散に逃げたんです。」
「その男はどこへ行った?」
「分かりません。俺が逃げる前には、森の奥へ歩いていきました。」
「他に何か覚えてねえか?」
「いや、それくらいです。」
「分かった、もう帰っていいぞ。」
冒険者が部屋を出ると、武蔵が黒い結晶をつまみ上げた。
「こいつを撒いた後に、あんな魔物がうじゃうじゃ出てきたってことか?」
「まだ決めつけるのは早い。まずはこいつを調べよう。石に詳しい奴がいるんだ、ボルドーって奴だ。」
ハロルドたちは街の中央通りを抜けて奥へ進み、色とりどりの石を並べた店へ入った。
窓際には大きな水晶が飾られ、棚には磨かれた黒曜石や琥珀が並び、銀細工に埋め込まれた宝石が光を受けて輝いていた。
コンコン――。
「ボルドー、いるか?」
「おう、ハロルドじゃねえか。」
店の奥ではボルドーが作業台の水晶を布で磨いていた。
「珍しい石が出てきたんだ。見てもらえるか?」
「珍しい石?」
ハロルドから黒い結晶を受け取ったボルドーは窓から差し込む光へ透かし、角度を変えながら中の黒い筋を調べた。
「なんだこりゃ。見たことねえな、水晶でもねえ、黒曜石でもねえ、宝石でもねえ。」
「お前でも分からねえのか?」
「初めて見るよ。ただ普通じゃねえな、普通の結晶ならこんな筋は入らねえ。まるで中に何か閉じ込められてるみてえだ。」
「気持ち悪い石だな。」
「中を見れば何か分かるかもしれねえ。」
ボルドーは一番小さな結晶を選び、細い工具を当てて小さなハンマーを振り下ろした。
コンッ――。
細い亀裂が走り、もう一度叩くと中心の黒い筋まで伸びていった。
パキッ――。
結晶が割れた瞬間、割れ目から黒い煙が噴き出した。
「なんだ!?」
黒い煙がボルドーの顔を包み、
「ゴホッ! ゴホッ!」
「ボルドー!」
ハロルドが近付こうとした時、ワイチが止めた。
「待って! 近付かないで!」
「何だよ!」
煙はすぐに消えたが、ワイチには細い黒い流れがボルドーの口と鼻から入り込み、そのまま身体の中を這い回っていくのが見えていた。
「黒いのが入った!」
「黒いの?」
「結晶から出たやつです! 身体の中に入ってる!」
「ボルドー! 聞こえるか!」
「う……ぐっ……。」
ボルドーの肩が跳ね上がり、首筋に血管が浮かび、髪が逆立つと、開いた目が真っ赤に染まっていった。
「おい……なんだよ、それ……。」
口元から犬歯が伸び、指先の爪まで軋むような音を立てながら鋭く尖っていく。
「グルルルルル……。」
「ボルドー、俺だ! 分かるか!」
「ハロルド、下がれ!」
「ガァァァァァァッ!!」
咆哮と同時にボルドーの腕が振り抜かれ、
バキィッ!!
机が真っ二つに割れ、砕けた木片と結晶が店中へ飛び散った。
「全員離れろ!」
ボルドーはそのまま棚へ突っ込み、水晶や宝石を床へ撒き散らしながら暴れ回った。
ガシャァァン!!
「グルルルルル!」
伸びた爪が棚板を引き裂いた。
「おいおい、完全に人間じゃなくなってんぞ!」
「違います! 身体の中を黒い流れが暴れ回ってるんです!」
「止められるのか!?」
「分かりません!」
「来るぞ!」
振り下ろされた腕を武蔵が刀の峰で受け流し、そのまま肩から体当たりを叩き込むと、大柄な身体がよろめき、そこへ小次郎が回り込んで足を払った。
ドンッ!!
「今だ! 押さえろ!」
騒ぎを聞きつけた兵士たちが店へ飛び込んできた。
「何人かで押さえろ!」
「うおおおっ!」
何人もの兵士がボルドーへ飛びつき、暴れる腕と脚へ縄を巻き付けていった。
「ガァァァァァッ!!」
「こいつ、なんて力だ!」
「縄を増やせ!」
軋む縄、獣のような咆哮、床を叩く踵が店の中へ響き、数人がかりで押さえ込まれたボルドーの身体がようやく動きを封じられた。
「牢へ運べ! 絶対に縄を解くな!」
兵士たちがなおも唸り続けるボルドーを店の外へ連れ出していった。
壊れた店には砕けた宝石や水晶に混じって黒い結晶が転がっていたが、今度は誰も近付こうとしなかった。
「どうなってんだよ……石を割っただけだぞ。」
「割った時に出てきたんです。」
「何がだ?」
「あの黒い煙……俺には煙じゃなくて黒い流れに見えました。それがボルドーさんの中に入って、身体中に広がったんです。」
「つまり、こいつが原因ということかの。」
「詳しいことは分かりません。でも、ボルドーさんがおかしくなったのは、あれが身体に入った直後です。」
「だったら、さっきの男が撒いてたって石も……。」
「青白い男が石を撒いた場所で見たこともねえ魔物が現れて、そいつらの身体から同じような結晶が出てきた……。」
「偶然じゃねえだろ。」
その時、
バンッ!!
店の扉が勢いよく開いた。
「ハロルドさん!」
兵士が肩で息をしながら飛び込んできた。
「今度は何だ!」
「東です! 東の街道で魔物が暴れています!」
「魔物だと?」
「牙兎です!」
「牙兎?」
「それだけじゃありません! 風切蛇も出ています!」
「ちょっと待て。どっちも人を避ける魔物だろ。」
「猟師たちもそう言ってます! こんなの初めてだって!」
「どっちだ?」
「東です!」
「だったら行くぞ。」
「待て、武蔵!」
「待ってる間にも暴れてんだろ? 牙兎と風切蛇を倒せばいいんだな!」
「そうだ! ただし妙な結晶があっても絶対に割るな!」
「言われなくても割らねえよ!」
ワイチたちは武蔵を追って店を飛び出し、夕日の差し込む壊れた店には、砕けた宝石と水晶に混じって黒い結晶だけが鈍く光っていた。
次回予告
空海だ。
東で魔物が暴れておるそうじゃ。
まあ、暴れるなら止めねばならん。
じゃが、どうにも嫌な匂いがする。
アーレ村の異変。
黒い結晶。
そして東の魔物。
別々の話ならよいんじゃがのう。
次回、『広がる異変』




