炎の姐さん現る!
火雷の城から、赤い炎がゆっくりと近づいてきた。
彌玖慈砲によって吹き飛ばされた広場には屍兵の姿もなく、砕けた武器や鎧、崩れた建物の残骸から煙が立ち昇っていた。
城門から、ひとりの女が姿を現し、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
長い髪から赤い炎を立ち昇らせ、何もなくなった広場を通って彌玖慈砲へ向かい、その右手には、鎧を砕かれ、全身を痛めつけられた屍将軍が握られていた。
「火雷が……降りてきた」
「まさか……城から降りてくるとは」
天国と三条宗近の声が続いた。
「あれが火雷だって?」
「そうみてえだな、しかし八雷っていうからどんな化け物かと思ってたが、えらく綺麗な姐さんじゃねえか」
「確かに、お美しい方ですね」
「武蔵さんも小次郎さんも、油断しないでください、八雷ですよ!」
「あっ!あいつ、おいらたちが化けた屍将軍だぞ!」
火雷はボロボロになった屍将軍を片手に握ったまま、彌玖慈砲の前までやってきた。
「ここをこんなふうにしてくださったのは……どなたかしら?」
瓦礫の隙間で残り火が爆ぜた。
火雷は、屍将軍の骸を彌玖慈砲へ当てた。
ゴン、ゴン
「もう一度お聞きしますわ、ここをこんなふうにしたのは、どなたですか?」
ゴン、ゴン!
火雷の髪から立ち昇っていた炎が一気に膨れ上がった。
「ここをこんなふうにしたのは誰だって聞いてんだよッ!!」
屍将軍が地面へ叩きつけられ、石畳を砕きながら転がった。
「天国、三条宗近、あなた達かしら?」
「それとも……そこにいる小僧たちかしら?」
「誰がやったかなんて、もうどうでもいいだろ、お前の兵はほとんど残ってない、城もこの有様だ、お前の計画は失敗したんだよ」
「火雷、お前の野望もここまでだ!」
ボオオオオオオッ!!
火雷の全身から炎が噴き上がり、熱風が広場を駆け抜けた。
「あなたたち……私をここまで怒らせた人は初めてよ、もう地獄にも行けないかもしれないわよ」
胸元から一本の蝋燭を取り出した。
蝋燭に火が灯った瞬間、その小さな炎が火雷の全身へ燃え広がった。
ボオオオオオオオッ!!
炎は火雷の姿が見えなくなるほど膨れ上がり、巨大な火柱となって広場を照らした。
その中から巨大な足が踏み出し、石畳が砕けた。
四メートルを超える巨体、燃え上がる長い髪、異様に伸びた腕と巨大な爪、先ほどまでの美しい女の面影を残しながら、火雷は巨大な鬼女へと姿を変えていた。
右手には扇子、左手には炎をまとった長いキセル。
「さあ、誰から焼かれたいんだい?」
「天国さん、宗近さん、ここは危ない!みんなを連れてここから離れてください、ここは俺たちが何とかしますから!」
救出された者たちが天国と三条宗近とともに広場から離れていき、ワイチたちは火雷の前に残った。
「ほぉ、お前たちが相手かい?なら、こっちも精鋭を揃えないとねぇ」
火雷は懐から五つの黒い結晶を取り出し、
フゥゥゥゥ――ッ!
炎を吹きかけ、そのまま地面へばら撒いた。
ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!
五つの結晶から炎が噴き上がり、それぞれが人の形へ膨れ上がった。
巨大な盾を構えた炎の屍兵、二本の小太刀を握った炎の屍忍者、派手な装束をまとった炎の歌舞伎者、薬箱を背負った炎の屍薬師、そして巨大な鉞を担いだ炎の屍将軍。
五体の屍が炎をまとい、火雷とともにワイチたちの前に立ちはだかった。
「炎の兵かよ、簡単には行かなそうだな!」
「それじゃあ……始めようかねぇ」
火雷は扇子を一振りすると、灼熱の炎がワイチたちへ襲いかかった。
火雷の右手に開かれた扇子から放たれた灼熱の炎が、地面を舐めるように迫った。
「結界!」
空海の結界に炎が激突した。
ゴオオオオオオッ!!
炎が結界を覆い尽くし、火の粉が広場へ飛び散った。
「凄まじい炎だな、だが、まだ防げますぞ!」
炎が途切れた瞬間、五体の屍が一斉に襲いかかった。
炎の屍忍者が二本の小太刀で武蔵へ斬り込み、巨大な盾を構えた炎の屍兵が小次郎の刀を受け止めた。
キンッ!ガァン!!
「熱っ!」
鍔迫り合いになった小太刀から炎が噴き上がり、武蔵の手を焼かれ、小次郎も盾を覆う炎に焼かれた。
「ぐっ、熱い!」
刀を引いたところへ、炎の屍将軍の巨大な
鉞が振り下ろされ、石畳が砕かれ、返す鉞が小次郎へ迫った。
ガァァン!!
村正宗が盾で食い止め、鉞にまとわりついた炎まで押し返した。
「流石、玄武の盾・改、頑丈な上に、炎を押し戻してる。これなら守れるな!」
屍歌舞伎者が琵琶をかき鳴らすと重い音色が広場へ響き、武蔵の踏み込みが鈍ったところへ屍忍者の小太刀が左右から斬り込んだ。
キンッ!キキンッ!!
武蔵は一本を太刀で弾いたが、もう一本を受けた脇差から炎が噴き上がり、手首を焼いた。
「ぐあっ!」
小次郎も盾兵の脇へ回り込もうとしたが、遅れた足を巨大な盾に塞がれた。
「遅くなんてさせないわよ♪」
阿国が横笛を吹くと軽快な音色が琵琶へ重なり、小次郎は盾が追ってくるより早く側面へ踏み込んだ。
「瞬燕流――飛燕!」
ガァァン!!
盾兵が小次郎へ向けた巨大な盾に斬撃が食い込み、その瞬間に空いた反対側へ武蔵が二刀を重ねた。
「天魔剛衝斬!!」
ドゴォォン!!
盾兵の身体が大きくよろめいたが、屍薬師の回復が斬り裂かれた傷を塞いでいった。
「ちっ、まずこの盾をぶち抜くぞ!」
武蔵が正面から斬り込み、小次郎が反対側へ回ると、屍忍者が三体に分かれて二人の間へ手裏剣を浴びせた。
シュシュシュシュッ!!
武蔵が手裏剣を斬り払い、小次郎が盾兵へ踏み込もうとしたところへ一体の屍忍者が小太刀で斬り込み、残る二体は空海の結界へ向かった。
その間に屍歌舞伎者が横笛へ持ち替えて鋭い音色を響かせ、屍将軍の鉞が村正宗へ叩き込まれ、村正宗の足元で石畳が砕けた。
ガァァァン!!
「ぐっ!」
晴明が印を結び、
「水術・蒼流波!」
押し寄せた水流が結界へ迫った屍忍者の一体を押し流したが、もう一体はオレンジ色に光った小太刀を結界へ突き立てた。
ザンッ!!
亀裂が走り、続けてもう一本が同じ場所へ食い込むと、結界が砕け散った。
パリンッ!!
ワイチが診ていた火雷の気が一気に右腕へ集まり、そのまま扇子へ流れ込んだ。
「扇子に気が集まってる、炎が来る!」
火雷が扇子を振ると、遮るものを失った正面から灼熱の炎が押し寄せ、村正宗が盾で受け止めた。
ドゴオオオオオッ!!
炎が左右へ割れ、武蔵と小次郎が迫る炎をかわしたところへ屍忍者と盾兵が追いすがり、村正宗には屍将軍の鉞が振り下ろされた。
ガァァァン!!
「ぐおっ!」
炎と鉞を同時に受けた村正宗が押し込まれ、盾の脇から漏れた炎が広場へ流れ込んだ。
「結界!」
村正宗が食い止めている間に空海が新たな結界を張り、回り込んだ炎を遮った。
盾兵は炎を避けた武蔵へ巨大な盾を叩きつけ、武蔵が二刀で受け止めたところへ屍忍者が斬り込み、左右から迫る小太刀が武蔵を盾兵との間に挟み込んだ。
キンッ!ガァン!!
「くっ!」
小次郎が屍忍者へ斬り込み、武蔵への一撃を弾いた。
「瞬燕流――飛燕返し!」
ザンッ!ザンッ!!
屍忍者が後ろへ飛ばされ、武蔵が盾兵へ踏み込んだが、巨大な盾が二刀を受け止め、その背後から屍薬師の回復が先ほどの傷を塞いでいった。
屍歌舞伎者が後方へ下がりながら琵琶をかき鳴らし、武蔵と小次郎の足を鈍らせる重い音色を広げると、盾兵が武蔵を押し込み、屍忍者が小次郎へ斬り込み、屍将軍の鉞は村正宗を離さず、もう一体の屍忍者が空海の結界へ小太刀を叩き込んだ。
ザンッ!!
新たな亀裂が走った。
「遅くなんてさせないわよ♪」
阿国の横笛が響き、武蔵は押し込まれていた盾から素早く離れ、小次郎も屍忍者の連撃をかわして盾兵の側面へ回った。
「瞬燕流――神風牙!」
ドゴォォン!!
小次郎の一撃が盾兵を巨大な盾ごと吹き飛ばし、屍薬師までの道が開いた。
武蔵が屍薬師へ踏み込もうとしたが、吹き飛ばされた盾兵が傷を残したまま巨大な盾を差し込み、進路を塞いだ。
「そこをどけぇ!」
ガァァン!!
武蔵の二刀が盾へ叩き込まれ、小次郎も反対側から斬り込んだが、盾兵が二人を食い止めている間に屍薬師の回復が傷を塞いでいった。
屍歌舞伎者は盾兵の後ろへ下がりながら琵琶をかき鳴らし、武蔵たちの踏み込みを鈍らせる重い音色を響かせた。
武蔵の斬撃がわずかに遅れ、盾兵が巨大な盾で二刀を弾いた。
ガァァン!!
その隙に屍忍者が小次郎へ二本の小太刀を振るい、小次郎は一撃を弾いたが、もう一撃から噴き上がった炎に肩を焼かれた。
キンッ!キキンッ!!
「ぐあっ!」
武蔵も盾兵との打ち合いで手を焼かれ、ナリアの回復が二人の火傷を癒やした。
空海の結界へ屍忍者がオレンジ色に光る小太刀を振り下ろそうとしたところへ、晴明が印を結び、
「雷術・轟雷閃!」
バリバリバリッ!!
雷撃を受けた屍忍者が吹き飛ばされ、空海が亀裂の入った結界を保つ中、村正宗は屍将軍の鉞を押し返した。
武蔵が正面から盾兵へ二刀を振り下ろし、巨大な盾を自分へ向けさせると、小次郎が素早く側面へ踏み込んだ。
「瞬燕流――飛燕!」
ザンッ!!
盾兵の脇腹が斬り裂かれ、屍薬師が回復を準備した。
「させません!」
小次郎が盾兵の横を抜け、そのまま屍薬師へ斬り込んだ。
「瞬燕流――飛燕返し!」
ザンッ!ザンッ!!
屍薬師が斬撃を受け、回復が途切れ、盾兵が屍薬師を守ろうと小次郎へ向きを変えたところへ、武蔵が背後から二刀を重ねた。
「天魔剛衝斬!!」
ドゴォォォン!!
盾兵が石畳へ叩きつけられ、武蔵は起き上がる間を与えず二刀を振り下ろした。
ドゴォォォン!!
十字に斬られた盾兵を覆っていた炎が弾け、巨大な盾が石畳を滑っていった。
「やっと一体だ!」
その瞬間、ワイチが診ていた火雷の気が揺れ、火雷の手元に新たな扇子が現れると同時に、盾兵が倒れた場所から炎が噴き上がった。
ゴオオオオオオッ!!
新たな扇子へ気が流れ込み、燃え上がる炎が太刀と脇差を握った武蔵の姿を作り上げた。
「何!俺だと?!」
炎の武蔵が本物へ斬り込み、四本の刀が激突した。
ガァァン!!
刀身を伝った炎が武蔵の腕を焼いた。
「ぐっ!」
炎の武蔵はそのまま太刀と脇差を交互に振るい、本物の武蔵を押し込んだ。
キンッ!ガァン!キキンッ!!
小次郎が加勢へ向かおうとしたが、屍忍者が二本の小太刀で進路を塞ぎ、屍将軍の鉞は村正宗を離さず、傷を負った屍薬師は後方へ下がりながら自らの傷を回復した。
屍歌舞伎者も屍薬師とともに後方へ下がりながら琵琶をかき鳴らし、武蔵の踏み込みを鈍らせる重い音色を響かせると、炎の武蔵の連撃へ武蔵の反応が遅れた。
キンッ!ザンッ!!
「ぐあっ!」
一刀が胸元を斬り裂き、噴き上がった炎が傷口を焼いた。
ナリアの回復が武蔵の傷と火傷を癒やす間にも炎の武蔵は攻撃を止めず、二刀を振るってさらに迫った。
「遅くなんてさせないわよ♪」
阿国が横笛を吹き、軽快な音色が重い琵琶の音へ重なると、武蔵は迫る一刀をかわし、続くもう一刀が届く前に間合いを外した。
ワイチは火雷の気を診続けていた。
先ほどまで一本の扇子へ流れていた気が、新たに現れたもう一本へ枝分かれしていた。
【次回予告】
空海ですぞ!
倒した炎の兵に代わって現れたのは、なんと武蔵殿!しかも火雷殿の手には、新たな扇子まで増えておりますぞ。
倒せば倒すほど厄介になるとは、この戦い、いったいどうなってしまうのですかな!
次回、第118話「火雷の技能」。
まだまだ気を抜くわけにはいきませんぞ!




