烈火の怒り
彌玖慈砲から放たれた亜吼志酴が通り過ぎた跡には、城を埋め尽くしていた屍兵の姿も瘴気も残っておらず、佐助は巨大手裏剣を背負ったまま瓦礫の間を進んだ。
「こりゃまた、きれいさっぱり消えたのぉ……一万もおったのに、一人も残っとらんじゃないか」
城へ向けられた彌玖慈砲のそばまで来ると、佐助は砲身から立ち上る煙を横目に通り過ぎた。
「蹴萎慈疽瘴砲まで奪われて、別もんにされて撃たれたんか、こりゃ火雷様も怒るじゃろうなぁ」
その先には砕けた石や武器が散乱し、ジェネラルたちの姿もなかった。
「アルテミスもアポロンもおらんのぉ……逃げたんならええけど、まあ、やられたんじゃろうな」
さらに城へ近づいたところで、首を斬られたオーディンが倒れていた。
「うわぁ……オーディンまでやられとるじゃないか、こりゃさすがにやばいのぉ」
佐助が城へ向かったところで、頭の中へ声が響いた。
『佐助、佐助、聞こえますか?すぐに戻りなさい』
「イザナミ様か」
『大事な話があります。戻りなさい』
「今から火雷様んとこへ報告に行こう思うとったんじゃけど……まあ、しゃあないのぉ」
佐助は戦場で確認したことを報告書へ書き残し、城内にいた屍将軍へ押しつけた。
「佐助様、なんですか?これは」
「これ、火雷様に渡しといてくれんか、わしゃイザナミ様に呼ばれたけぇ戻るわ」
「ちょ、ちょっと、佐助様!」
佐助の姿が消え、報告書を抱えた屍将軍は火雷のもとへ向かった。
長いキセルを手にした火雷を前に、屍将軍の手が震え、紙の擦れる音が部屋に響いた。
「ご、ご報告いたします……佐助様はイザナミ様に呼び戻され、こちらへ戻れないとのことで、報告書を預かってまいりました。蹴萎慈疽瘴砲は敵に奪われ、別の兵器へと変えられたうえで我が軍へ撃ち込まれ、屍兵はすべて消滅……オーディン様は首を斬られて倒れており、アルテミス様、アポロン様も姿が見当たらず、おそらく……」
コンッ!コンッ!
火雷の指が屍将軍の顔をつかんだ。
「ひ、火雷さ――」
ボウッ!!
炎が噴き上がり、屍将軍の身体が一瞬で黒く焼け落ちた。
コンッ!コンッ!
長キセルが床を打った。
ゴンッ!ゴンッ!
ゴンッ!ゴンッ!
石床に亀裂が走り、砕けた破片が跳ねるたびにキセルが歪み、ついには真ん中から折れて床へ転がった。
火雷の髪から炎が噴き上がり、周囲の調度品へ次々と燃え移る中、火雷の手が近くにいた別の屍将軍をつかみ、その身体を石壁へ叩きつけた。
ゴンッ!ゴンッ!
ゴンッ!ゴンッ!
壁から石片が飛び散り、床へ落ちた破片の上へさらに破片が降り積もった。
ゴンッ!ゴンッ!
ゴンッ!ゴンッ!
屍将軍の顔は爛れ、腕はすでに力なく垂れ下がっていたが、火雷の手は止まらなかった。
ゴンッ!ゴンッ!
ゴンッ!ゴンッ!
鈍い衝撃が壁から廊下へ伝わり、城壁を震わせ、城の外へ抜けていった。
ゴンッ!ゴンッ!
ゴンッ!ゴンッ!
遠く離れたワイチたちのもとまで、その音が大地を震わせながら響き続けていた。
ゴンッ!ゴンッ!
ゴンッ!ゴンッ!
火雷の城から響く鈍い音が大地を伝う中、ワイチたちは戦いで負った傷を治療しながら身体を休め、武蔵もオーディンとの戦いで負った火傷の手当てを受けていた。
「しかし、さっきから何の音じゃ?これだけ離れた場所まで地面を揺らしおって、城で何が起きとるんじゃ」
「あの城から聞こえていますね、さっきからずっと途切れていません」
遠く離れた火雷の城からは、今も大地を震わせるほどの音が続いていた。
戦いでボロボロになった玄武の盾と、オーディンが残したグングニルが並ぶところへ、傷ついた身体を引きずりながら村正宗がやってきた。
「……師匠、本当に師匠なんですね。ご無事でよかった……ずっとどうしているのか気になってたんですよ」
「正宗、お前こそ生きていたか。随分と会わねえ間に酷え格好になりやがって、何をやってたらそんな身体になるんだ」
「話せば長くなりますよ。王都でワイチたちと戦って、黄泉坂を越えて根の国まで来て……師匠こそ、ずっと火雷のところで瘴気銃を造らされてたんですか?」
「さらわれてからずっとな。天国師匠も一緒に捕まったのは知っていたが、別の工場へ連れていかれたから、その後どうなったのか分からなかった」
「天国大師匠なら無事ですよ。俺も工場で再会して、彌玖慈砲を造るときに力を貸してもらいました」
「天国師匠も無事だったか。お前ともこうして会えたとなりゃ、これで三人揃ったな」
「大師匠と師匠、それに俺……まさか根の国で三人揃うとは思いませんでした」
天国、三条宗近、村正宗。三代にわたって受け継がれてきた鍛冶師が、ようやく一つの場所に揃った。
「師匠、大師匠、お願いがあります。この玄武の盾、オーディンのグングニルに貫かれてこんな状態になっちまいました。どうせ直すなら、今までよりもっと強力な盾にしたいんです。何かいい方法、知恵を貸していただけませんか?二人に聞ける機会なんて、そうそうありませんから」
「これがお前の打った玄武の盾か。かなり派手にやられたな。しかし、もっと強力な盾か……」
三条宗近は玄武の盾を貫いたグングニルを手に取った。
「待てよ……玄武の甲羅を貫いたのは、グングニルそのものの強度だけじゃねえ、こいつが纏っていた炎の力もあったはずだ」
「グングニルの強度と炎の力……それを使うんですか?」
「玄武の甲羅が元々持ってる硬さに、こいつの強度と炎の力まで加えられたらどうなる?ただ修復するより、よっぽど面白え盾ができると思わねえか?」
「それができたら、元の玄武の盾より遥かに強くなる……」
「それだけじゃねえぞ、正宗。三代の職人が揃ってるんだ。玄武の甲羅とグングニルをただくっつけるだけなら、三人でやる意味がねえ。俺たちの技で、この二つからどこまで引き出せるかやってみようじゃねえか」
「面白え……どうなるのか想像しただけで、職人の血が騒いできますよ!」
「だったら始めるぞ。正宗、せっかく大師匠と師匠が揃ったんだ、見逃すんじゃねえぞ」
「もちろんですよ。二人の技、全部盗ませてもらいますから」
「ほう、言うようになったな。宗近、お前はどうする?」
「俺だって天国師匠の技を目の前で見られるんだ、正宗ばかりに盗ませるつもりはありませんよ。それに、こいつがどれだけ腕を上げたのかも見ておきたい」
「二人とも好きに盗め。だが俺の真似をするだけなら、それまでだぞ」
三人は玄武の盾とグングニルを前に、新たな盾を作り始めた。
カンッ!カンッ!カンッ!
グングニルへ槌を打ち込んでも、神器の穂先は容易には形を変えなかった。
「こりゃすげえな。玄武の盾を貫いただけはある、これだけ打ってもびくともしねえ」
「だから面白えんだ。この強度をそのまま盾に使えたら、玄武の甲羅をさらに補強できる」
「だったら槍身を鍛え延ばして、盾の外周を囲むようにしたらどうです?玄武の甲羅を残したまま、縁をグングニルで補強できます」
「なるほどな、正宗。面を玄武、外周をグングニルにするのか」
「それなら玄武の硬さを殺さず、グングニルの強さも盾全体の補強に使えるな。やってみろ」
カンッ!カンッ!カンッ!
三人はグングニルの槍身を少しずつ鍛え延ばし、玄武の盾の外周へ沿わせていった。玄武の甲羅を覆い隠すことなく、グングニルが盾の縁をぐるりと囲んでいった。
「おお……こいつはいい。玄武の甲羅はそのままなのに、外周がまるごとグングニルで締まった」
「待て、まだ穂先が残ってるぞ。こいつをただ潰して使うのはもったいねえな」
「大師匠、だったら穂先を盾の中央に残すのはどうです?」
「中央に?」
「三つに分けて、中心から外周へ伸ばすんです。外周のグングニルまでつなげれば、中央からも盾を支えられる」
「三方向から玄武の甲羅を支えて、最後は外周のグングニルにつなぐか……面白えじゃねえか!」
「正宗、お前も考えろ。俺たちの案を聞いてるだけじゃ技は盗めねえぞ」
「分かってますよ。三方向へ伸ばすなら、玄武の甲羅を全部覆う必要もない。元の盾の面を残したまま、中央と外周だけグングニルで補強できる……それなら両方の強さを使える!」
「よし、それでいくぞ!」
カンッ!カンッ!カンッ!
カンッ!カンッ!カンッ!
グングニルの穂先は三つに分かれ、盾の中央から三方向へ伸び、外周を囲んだグングニルへつながっていった。その間には玄武の甲羅が大きく残り、二つの素材が互いを補強する形が少しずつ出来上がっていった。
「見えてきましたね……玄武の盾のままなのに、まるで別物だ」
カンッ!カンッ!カンッ!
さらにグングニルを打ち込んだ瞬間、三つに分かれた穂先から炎が噴き上がった。
「おおっ!まだ炎の力が残ってるぞ!」
「こいつは使えるんじゃねえか?この三つの穂先から炎を出せるなら、正面から炎をぶつけられるぞ!」
「相手の炎にこっちの炎をぶつけて相殺するんですか?だったら外周も同じですよ。盾の縁までグングニルで囲んでるんだ、そこからも炎を出せれば、周りへ広がる炎まで弾き返せる!」
「玄武の甲羅で受け止め、グングニルの強度で補強し、炎には炎をぶつける……おいおい、とんでもねえ盾になってきたぞ!」
「まだ完成してないのに、俺までワクワクしてきましたよ。こんなもの、三人揃ってなきゃ思いつかなかった」
「正宗、喜んでる暇があったら槌を振れ。思いついただけじゃ盾にはならねえぞ!」
「師匠だって楽しそうじゃないですか!」
「当たり前だろ、こんな面白え仕事、滅多にできるか!」
カンッ!カンッ!カンッ!
天国が打ったグングニルへ宗近が槌を重ね、正宗は二人の打ち方を追いながら玄武の甲羅との境目を打ち込んだ。
カンッ!カンッ!カンッ!
炎は三方向へ伸びたグングニルを走り、盾の縁まで達すると外周を一気に巡った。玄武の甲羅を囲むように炎が広がったが、甲羅は焼けることなくその内側に残っていた。
「できる……これなら炎を受けるだけじゃない、炎そのものを押し返せる!」
正宗は天国がグングニルへ打ち込んだ位置へ槌を振り下ろし、続けて宗近が玄武の甲羅との境目へ入れた打ち方を、そのまま外周へつなげていった。
カンッ!カンッ!カンッ!
三条宗近は正宗が仕上げていく外周と、三方向へ伸びたグングニルを見ていた。
「正宗、あと少しだ。残りはお前がやってみろ!」
「任せてください。ここまで見せてもらったものを、そのまま真似して終わるつもりはありませんよ!」
正宗の槌が玄武の盾を打った。
カンッ!カンッ!カンッ!
大師匠と師匠から盗んだ技を、自分が知り尽くした玄武の甲羅へ合わせ、中央の三つの穂先と外周のグングニルを一つの盾として仕上げていった。
カンッ!カンッ!カンッ!
カァァン!!
最後の一打が響き、中央から三方向へ伸びたグングニルの穂先が炎を纏い、外周を囲むグングニルへ炎が走った。その内側には玄武の甲羅が残り、二つの力が一つの盾として形を成していた。
「できたぞ、玄武の盾・改だ!」
その瞬間、それまで遠く離れた火雷の城から大地を震わせ続けていた音が、突然止まった。
「あれ、音が消えた!」
生暖かい風が吹く音だけが響いていた。
と、その時!!
ドゴォォォォォン!!
突然、火雷の城の天守閣が大爆発を起こした。
【次回予告】
天国「天国だ!」
三条宗近「三条宗近だ」
村正宗「村正宗です!」
天国「まさか三代揃って槌を振るうことになるとはな。久しぶりに面白え仕事をさせてもらったぜ」
三条宗近「玄武の甲羅にグングニルか。あんな組み合わせ、普通なら考えもしませんからね」
村正宗「俺もまだ興奮してますよ。二人の技まで盗ませてもらいましたしね!」
天国「言うようになったじゃねえか。だが、盗んだだけで満足するんじゃねえぞ」
三条宗近「正宗なら分かってますよ。俺だって師匠の技をまだ盗み足りませんからね」
村正宗「次回、第117話『炎の姐さん、現る!』」
天国「今度は炎の姐さんか。せっかく直した盾だ、いきなり壊すんじゃねえぞ!」




