唸れ大砲!忌まわしき記憶とともに
蹴萎慈疽瘴砲の内部へ送り込まれた霊水は、粉露煮の奥深くへ少しずつ染み込み、圧縮された瘴気を浄化していた。
「まだです……もう少しで中心まで届きます」
「火雷のために造らされた大砲が、まさか奴らに向けて使われることになるとはな」
「でも、この名前はもう使いたくありません」
「名前?」
「蹴萎慈疽瘴砲です、火雷が付けた名前なんて呼びたくありません」
「だったら新しい名前を付ければいいんじゃねえか?瘴気を浄化して生まれ変わるんだろ、彌玖慈砲でいいじゃねえか」
「彌玖慈砲……いい名前じゃねえか、今日からこいつは彌玖慈砲だ」
霊水はさらに内部へ浸透し、中心へ向かっていた。
「あと少しです、もうすぐ亜吼志酴に変わります!」
「ここまで来たか、なら発射まであと少しだ!」
そのころ、アポロンとの戦いを終えた武蔵たちは、ワイチたちが待つ工場へ急いでいた。
「もうすぐ工場だ、急ぐぞ!」
一方、火雷の城ではオーディンが城内の異変に気づいていた。
「……妙だな、さっきから工場の方が騒がしいな」
城内を行き交う屍兵たちの騒ぎは、次第に工場の方角へ広がっていた。
炎をまとったグングニルを携え、オーディンは工場へ向かった。
工場まであとわずかとなった武蔵たちの前方に一つの灯が見えた。
その灯が炎だとわかるまで、時間はかからなかった。
その炎の揺らめきが段々と近づき、やがて巨大な燃える槍を携えた男が、工場へ続く道を塞いだ。
その名はオーディン、火雷の長兄であった。
工場へ向かう二つの道が交わる場所で、武蔵たちとオーディンは鉢合わせていた。
「なんだ貴様ら、ここで何をしている?」
「よりによってこんなところで出くわすとはな……工場までもう少しだってのによ」
「武蔵、あの男も工場へ向かっていたようです、このまま行かせればワイチたちと鉢合わせます」
「わかってる、ここで止めるしかねえな」
「ワイチ?とは誰だ?聞かねえ名だな、貴様ら工場の騒ぎと何か関係があるのか?」
「そいつを教えるわけにはいかねえよ」
「なら質問を変える、何者だ、どこから入り込んだ?」
「悪いがあんたの質問に付き合ってる時間はねえ、俺たちは先を急いでるんだ」
「俺をオーディンと知っての狼藉か?そんな口を叩いて生き延びた奴は一人もいない。さっさと答えろ!」
「そいつはできねえ相談だ、あんたを工場へ行かせるわけにはいかねえ!」
「そうか、そんなに死にたいのか?この槍で消し炭にしてやる!」
グングニルを包んでいた炎が一気に膨れ上がり、熱風が道を駆け抜けた。
「あつッ!なんだ、この炎は!」
燃え盛る穂先が一直線に突き出され、武蔵と小次郎の刀が左右からぶつかった。
激しい金属音とともに火花が弾け、逸れたグングニルが地面を深く抉り、炎が土砂を巻き上げた。
「なんつう馬鹿力と熱だよ!」
「これは、まともに受けてはいけません、武蔵!」
オーディンがグングニルを横薙ぎに振り抜き、炎が武蔵たちへ迫った。
「絶界!」
空海の前に結界が広がり、燃え盛るグングニルが激突した瞬間、凄まじい轟音とともに亀裂が一気に駆け抜け、そのまま砕け散った。
「なにっ!絶界を一撃で!」
炎の穂先が空海へ迫り、玄武の盾がその一撃を真正面から受けた。
激突した炎が盾の周囲から噴き上がり、グングニルの穂先が玄武の盾を突き破った。
「うぉー!なんじゃこりゃ!玄武の盾に穴を開けやがったぞ!」
「その程度でグングニルを止められると思ったか、この槍には神の血が流れている、玄武ごときの力では止めることなどできるわけがない!さっさと吐くか?首を跳ねられて燃やされるか?選べ!」
再び迫ったグングニルへ武蔵と小次郎の刀が左右から叩き込まれ、火花を散らしながら穂先を弾いた。
逸れた槍が大地を抉り、噴き上がった炎が工場へ続く道を焼いた。
「くそっ!こんなところで時間食ってる場合じゃねえってのによ!」
「ですが、ここを抜かれればオーディンが工場へ向かいます、何としても止めるしかありません!」
グングニルが玄武の盾へ叩きつけられ、穿たれた穴から亀裂が大きく広がった。
「まずいぞ!あの槍はヤバい!あと一発まともに食らったら玄武の盾がもたねえよ!」
グングニルを包む炎がさらに膨れ上がった。
そのころ工場では、彌玖慈砲の内部を満たしていた霊水が、ついに粉露煮の中心へ到達した。
黒く淀んでいた瘴気が霊水に呑み込まれ、圧縮されていた粉露煮が内側から青白い光を放ち始めた。
「今です!霊水が中心まで到達しました!」
光は彌玖慈砲の内部を駆け巡り、残っていた瘴気を次々と消し去っていった。
「亜吼志酴への変化が完了しました!」
「よし!これで撃てるぞ!」
二枚の式符から凄まじい瘴気が噴き出し、二体の巨大な酒呑童子が現れた。
「二体同時は……さすがに堪えますね」
晴明の鼻から血が流れ落ちた。
「晴明さん、大丈夫ですか!」
「この程度で術を解くわけにはいきません、酒呑童子、彌玖慈砲を反転させなさい!」
二体の酒呑童子が骨粗鬆亀の甲羅に据え付けられた巨大な砲台を押し、軋む音が工場内へ響いた。
ギギギギギ――ッ!
長大な砲身がゆっくりと旋回していった。
「まだです……そのまま反転させなさい!」
晴明の鼻から血が滴り続け、二体の酒呑童子がさらに力を加えると、彌玖慈砲の砲口が火雷の城へ向いた。
その先には一万の屍兵が集結していた。
「よし!照準を合わせろ!」
砲身が細かく角度を変え、火雷の城と一万の軍勢を射線に捉えた。
「照準、合いました!」
「天国さん、僕と一緒に撃ちましょう!」
「おう!今までの恨みを火雷に造らされたこの大砲で、今度は奴らをぶっ飛ばしてやる!」
「いきますよ!」
「行けー亜吼志酴!忌まわしき記憶とともに!」
彌玖慈砲が轟いた。
ドゴォォォォォォン!!!!
凄まじい衝撃に骨粗鬆亀の巨体が沈み込み、青く輝いた砲口から亜吼志酴が撃ち出された。
亜吼志酴は轟音とともに空を突き抜け、火雷の城へ向かって飛んでいった。
次回予告
天国です。
ついに亜吼志酴が火雷の城へ向けて放たれた。
俺たちが造らされた忌まわしい大砲が、今度は奴らの野望を打ち砕く一撃になる。
次回、第115話『崩れ去る野望』
亜吼志酴がたどり着いたその先に、いったい何が残るのか。
お楽しみに!




