九つの墓、その先に待つ者
ワイチたちは、乾いた大地に並ぶ九つの墓の前で足を止めた。
「わいちのはか」
「こじろうのはか」
「なりあのはか」
「おくにのはか」
武蔵が墓石に刻まれた文字を順番に追っていく。
「なんで俺たちの墓があるんだよ!」
その先にも墓は続いていた。
「せいめいのはか」
「むらまさむねのはか」
「きゅうすけのはか」
「しんきちのはか」
そして最後の墓には、
「むさしのばか」
「なんで俺だけ墓じゃねえんだよ!」
墓の裏を見ると、『むさしのアホ』『お前の母ちゃんデベソ』『武蔵はむさ苦しい』など、悪口がびっしりと書かれていた。
「誰だ!これ書いたのは?」
武蔵の声が乾いた大地に響き、小次郎が墓の向こうへ目を向けると、
「おい、ちょっと待て、あそこに何かあるぞ」
九つの墓から少し離れた場所に小さな店が建ち、入口には木の板へ雑に文字を書いただけの看板が掛かっていた。
『花屋 どなりん』
「こんなところに花屋?ま、まさかと思うが、奴らかな?」
ワイチたちが店へ入ると、色とりどりの花や草が所狭しと並び、その奥から二体の奇妙な着ぐるみが現れた。
一体は、どこかの城下町で大人気の有名すぎる白い猫のキャラクターを露骨に、かつ雑に模した代物で、頭にはしっかり兜を被っているが、その兜の正面にはなぜか大きく『薔薇』の二文字がぶち込まれており、顔は怪しい仮面ですっぽりと隠されていた。
もう一体は、どこかの名産品である梨をモチーフにした有名すぎる黄色い妖精を完全にイメージして作られた代物で、丸みを帯びた身体から短い手足を激しくぶら下げ、どう見てもあの激しい動きをそのままパクったようなシルエットを晒していた。
「お客さ〜ん、いらっしゃいませ〜。お花はいかがですか〜?」
二体の高い裏声が店内に響いた。
「どんなお花をお探しですか〜?」
「こちら当店おすすめの悲しそう草です〜」
「悲しそう草?」
「こちらは怒りそう草です〜」
「嬉しそう草です〜」
「泣きそう草です〜」
「そして、こちらが楽しそう草です〜」
武蔵は五つの草と、どう見てもあちこちから怒られそうなパクリ感満載の着ぐるみ二体を見比べた。
「お前ら、土雷と鳴雷だろ?つーか、さっきの墓のところに戻るぞ!おい、お前らだろ!俺の墓のところに『武蔵のバカ』って書いたのは!」
武蔵に胸ぐらを掴まれそうな勢いで詰め寄られ、二人は一気にアタフタとテンパり出した。
「な、何を仰っているのですか〜!人違いでございますよぉ〜!私たちは根の国のゆるキャラ、純粋な花屋の土にゃんと鳴っシーでございます〜!」
「そうそう!あんな品のない落書きをするような、性格のねじ曲がった最低な奴らと一緒にしないでほしいっシー!こっちは大人の権利とか色々ギリギリなんだからっシー!」
「お前らが一番性格ねじ曲がってんだよ!あと色んなところに謝れ!」
「い、いや本当に知りませんって!ほら、証拠に店内を見てくださいよ、こんな可愛いお花がいっぱい――」
冷や汗をダラダラとかきながら必死すぎる言い訳を連発する二人を、武蔵たちはジト目で睨みつける。
「鳴っシーだっシーって、自分で言っといて何が人違いだ」
「ぐっ……!ジッ……!」
完全に言い逃れできなくなった二人は、慌てて話題を無理やりそらすように店の奥を指差した。
「ま、まあ!あんな落書きの犯人捜しはさておき、奥の方にもいろいろなお花がございますよ〜!綺麗なお花がございますからね〜!」
その場から逃げるように奥へ案内しようとしたところで、土にゃんが急にハッとした。
「っと、大変失礼いたしました。少々お待ちくださいね〜。ご注文が入ったみたいなので、今からあっちで接客してまいります〜」
「ひみ……じゃなかった、待ってるっシー!」
「今、秘密って言いかけただろ!」
二人は別の客を接客するふりをして店の奥へ向かい、そこに立てられていた一枚の板の向こうへ引っ込んだ。
壁一枚を挟んだ向こう側では、二人は声を戻し、ひそひそ声で話し始める。
「おい鳴雷、あいつら墓の件でめちゃくちゃご立腹だったな」
「大丈夫ですよ兄貴!あんなに必死にごまかしたんですからバレてませんって!それより、あんなまどろっこしい落とし穴なんか使わないで、直接俺たちが飛び出してボコボコにやっつけちまえばいいんじゃないですか?」
「何を言っているのですか。そんな簡単に終わらせてどうするのです」
「え?」
「考えてもみなさい。私たちは甘味処でも失敗し、そば屋でも失敗したではないですか!」
「うっ……!」
「女装までして甘味処を開いたのに失敗!ひょっとこの面まで被ってそば屋を開いたのに、また失敗!二度もあいつらに煮え湯を飲まされたのですよ!」
「そうだった……俺たち、めちゃくちゃ頑張ったのに……」
「だからこそです!ただ倒すだけでは、この二度にわたる屈辱は晴らせません!」
「兄貴……!」
「今回は三度目です!三度目の正直という言葉を、あいつらの身体に叩き込んでやるのです!」
「おおっ!兄貴、燃えてきたぞ!」
「ただ倒すだけではありません。あいつらに『草の名前のせいで罠だと気づけず、自分から進んで落とし穴に落ちた』という精神的な屈辱まで味わわせるのです!」
「なるほど!今まで俺たちが味わった屈辱を、今度はあいつらに味わわせるってことだな!」
「その通りです!今日こそ、甘味処とそば屋の雪辱をまとめて晴らしてやりますよ!さらに言えば、私の最高傑作である『食べ草』『溶か草』『刺さり草』にしっかり仕事をさせてあげるという親心でもあります」
「さすが兄貴、頭良い!」
「あのばか武蔵に一泡ふかせてやらないとですね。奥には草を順番に並べてありますから、それを読みながら進んでいけば、自然と赤い印の場所までたどり着くという寸法です」
「赤い印まで来たら、あのボタンを押せばいいですね?」
「そうです。その名も地獄へ落ちろボタンです!赤い印の床が開き、そのまま三体の待つ落とし穴へ真っ逆さまでございます」
「私たちはこちらの安全地帯にいれば落ちませんからね。武蔵たち全員が赤い印まで来たら、地獄へ落ちろボタンを押してくださいね」
「任せろ兄貴!……ただ、前回みたいにこの作戦会議の内容、漏れてない?」
「ここは完全防音にしました!ぬかりはありません」
二人は再び裏声を作り、何事もなかったように板の向こうから店内へ戻ってきた。
「お待たせいたしました〜。それではお待たせしたお詫びに、奥のお花もご案内いたしますね〜」
土にゃんと鳴っシーに案内され、ワイチたちは店の奥へと進んでいくと、おどろおどろしい花を咲かせた鉢が並んでいた。
並んでいる鉢には、草の名前が書かれていた。
「なんだ、これ?」
『今までよくやってくれたな草』
「なんだよ、その名前」
その先には、
『お前たちにはムカついてるんだ草』
「なんだこいつら、さっきの墓の件といい、完全に俺たちをバカにしてるぞ!」
さらに奥へ進むと、
『何度も何度も邪魔をしやがって草』
「もう草の名前じゃねえだろ!」
その先にも草は続いていた。
『いつまでも調子に乗んじゃないぞ草』
『今度こそ絶対に倒してやるぞ草』
「これ、さっきの墓の恨みも含めて全部つながってんじゃねえか!」
不審に思いつつも、札を追って次々と読んでいくうちに、ワイチたちはまんまと作戦通りの赤い印の場所まで誘導されてしまった。
そして、その最後に置かれていた草。
『お前たちはここまでだぞ草』
「いやもう言いたいこと全部札にしとるやないか!」
「ふふふふ……」
上から笑い声が聞こえた。
少し高くなった場所に、土にゃんと鳴っシーが立っていた。
「ようやく……ようやくそこまで来ましたね!」
二人は着ぐるみを脱ぎ捨てた。
「やっぱりお前らじゃねえか!」
「今さら気づいても遅いですよ!今まであなたたちには散々な目に遭わされてきました!」
「そうだ!俺たちがどれだけ悔しい思いをしてきたと思ってるんだ!」
「一度ならず二度までも……ですが、三度目はありません!」
土雷は眼下のワイチたちを見下ろした。
「この日のために墓を作り!花屋を作り!草を育て!落とし穴まで掘ったのです!」
「墓の悪口も俺たちが一生懸命書いたんだぞ!」
「そこは頑張るところじゃねえだろ!」
「今までの雪辱、ここですべて晴らさせてもらいます!」
鳴雷が地獄へ落ちろボタンを掲げた。
「兄貴!ついにこの時が来たな!」
「ええ!長かったですね!」
「今度こそ俺たちの勝ちだー!」
「地獄へ落ちなさい!」
鳴雷が地獄へ落ちろボタンを叩いた。
ガコン!
「うわあああああああ!」
床が開き、落とし穴へ真っ逆さまに落ちていった――土雷と鳴雷が。
「なんで俺たちが落ちてるのぉぉぉぉー!」
ワイチたちの足元には何も起こらず、少し離れた場所に大きな穴が開いていた。
「あれ、なんか向こう側の床が抜けてるよ?」
「あれ、花屋のゆるキャラ供が落ちてる」
「どうやら……配線を逆につないでしまったようですね」
「一番間違えちゃいけないところを間違えたのね、秘密だけど!」
穴の底で二人が騒いでいると、暗がりから三体の巨大な植物が迫ってきた。
食べ草は太い蔓をうねらせながら巨大な口を開き、溶か草から滴る液体が地面をジュウジュウと溶かし、刺さり草は無数の鋭い棘を突き出して二人を取り囲んだ。
「兄貴!こいつら俺たちを食う気じゃないのか!」
「待て待て、私たちではありません!上にいる奴らをやるのです!私たちはあなたたちの主でございますよ!」
三体は二人から離れ、蔓や根を壁へ絡ませながら落とし穴を這い上がり始めた。
「行けー!兄貴の最高傑作だ!食べ草!溶か草!刺さり草!こいつらにお前たちの恐ろしさを――」
ズバッ!
穴から這い出した食べ草を武蔵が斬り裂き、続けて溶か草を小次郎が一刀両断した。
「――見せ……」
最後に飛び出した刺さり草へ武蔵と小次郎の刃が走り、その身体も真っ二つに斬れた。
葉や蔓、棘がボロボロボロッと穴の底へ降り注いだ。
「…………せて……」
土雷と鳴雷の周囲に、最高傑作だった三体の残骸が積み重なった。
「兄貴……全部やられちゃったよ?」
「鳴雷さん、それより、どうやら私たちはここから上がれないようですね」
「え?どうするんだ、兄貴?」
「こうなったら仕方ありません」
土雷が声を高くした。
「どーこーでーもー襖!」
二人の前に襖が現れた。
「兄貴、また逃げるのか?」
「いいですか。今回は逃げるのではありません。まだ戦う運命ではないのです」
「兄貴、やっぱり逃げるんじゃん」
「違います……運命です!」
土雷と鳴雷は襖の向こうへ飛び込んだ。
「次こそ絶対に倒してやるからなー!」
二人の捨て台詞を残し、襖が閉じて消えた。
武蔵の声が落とし穴へ響いた。
「結局、逃げただけじゃねえか!」
【次回予告】
小次郎だ。
墓は勝手に作られてるわ、武蔵だけ悪口だらけだわ、今度は根の国のゆるキャラまで出てくるわ……。
あいつら、俺たちを倒すより店を開く方に命懸けてねえか?
まあ、二度あることは三度あるってことだな。
次回、第105話「熱烈女帝 火雷」。
武蔵、墓の裏の悪口、まだ全部読んでなかったぞ。




