怒り
俺は目覚めたソウタに言う。
「アオイを頼む!」
「上級転生者は、そんなこと言われなくてもやるんだよ」
ソウタはその白くて細い指を鼻の穴に入れた。
何かをつまみ出すと、そこに剣が現れた。
ベオーミングも、俺もその状況を見つめていた。
「Code変更でなんでもできるからって、鼻毛を剣に変えるのはどうかと思うぞ。毛なら他にもあるだろう、その、こことかあそことか」
「そこらへんは処理済みなのよ!」
ソウタと俺のやりとりに、アオイが突っ込む。
「アラタの発言、アウトよ」
俺とソウタの視線の間にベオーミングが回り込んでくる。
「じゃれあっている暇はないぞ」
突っ込んでくるベオーミングの剣を、自らの剣で迎え打つように叩いて避ける。
なんとか殺さずにベオーミングに勝つことはできないだろうか、と俺は考える。
今までCodeを書き換えてきた人たちはどうやって戦ってきたのだろう。
直接、相手の意志を挫いてしまえば、それが一番早いのだが……
「攻めてこい」
ベオーミングは来いとばかりに指を自身の方へ曲げる。
死なない程度に、足や腕をきるしかない。
立っていられなくなるほどの痛みがあれば、負けを認めるだろう。
俺は力を貯めて床を蹴った。
急所を打つ、というフェイントを入れる。
一瞬と思われたフェイントのモーションに、ベオーミングは反応した。
俺は素早く剣を回して、肩を剣で叩きにいく。
ベオーミングは対応できない。
強い打撃に、ベオーミングは立っていられず、体は床に叩きつけられる。
だが、後ろに転がると、すぐに立ち上がる。
いくら強靭な体だとはいえ、今の打撃を受けたら骨に響いているはずだ。
「なぜ刃を立てなかった?」
フェイントに反応できて、肩を狙った打撃をまともに喰らったのは、それがわかっていたからだろうか。俺はべオーミングの問いに答えられなかった。
「避けれないだろう、と思ったからか」
「違う……」
「残念だが、お前からは殺気を感じない。殺す覚悟がなければ、俺が勝つ」
こっちが殺すつもりで行くから、フェイントに反応するのだ。
俺が急所を狙うものが、全てフェイントだと知られたら、簡単に負けてしまうだろう。
いや、ダメだ。
殺すことだけはできない。
転生させてもらった命を、人殺しのために使うことなど俺には出来ない。
一度叩いても立ち上がってくるなら、何度でも叩くだけだ。
肩だけでなく、足にも打撃を加えよう。
俺はCode変更と肉体酷使の反動が来る前に、ベオーミングを戦闘不能にする必要がある。
でたらめに剣を振り回し、殺気があろうがなかろうが、避けきれないほど多く、沢山の打撃を繰り出すだけだ。
肩、足、足、足、肩。
ベオーミングの剣捌きは、こっちの攻撃の間も、一瞬の隙なく俺の急所を狙ってくる。
体の能力をブーストしていなければ、俺にはとても避けれない。
何度も打撃を重ねた箇所から、服が切れてベオーミングの肌が見えてきた。
打撃で内出血しているため、肌はドス黒い色に変わっている。
この状態で体を動かしている方が不思議だ。
俺のフェイントに反応する動きも遅れてきた。
俺はベオーミングの首に向けて剣を構え、動きを止めた。
「ベオーミング。なぜまだ戦う」
「……これで勝った気でいるなら甘い」
そう言うと剣を弾いてきた。
俺は強く床を蹴って引き、ベオーミングと安全な距離をとる。
「危ない、アオイ!」
ソウタの声がした。
俺はその声に反応して、視線をアオイの方へ向けた。
ハルバルドがアオイの背後を取っていた。
アオイをソウタと戦うための盾に使うつもりだ。
アオイはソウタの声に気づいて、首を曲げてソウタの剣を避けた。
「アオイ…… 俺に力を貸してくれ」
「嫌っ!」
ハルバルドがアオイの襟から、胸に向けて手を突っ込んだ。
アオイの胸でペンダントが強く光り、服を通してもその存在が明らかになった。
「!」
彼女の胸に手を突っ込むなんて…… と思った瞬間、俺の視野の隅でベオーミングが動くのが見えた。
しまった。
完全にアオイのことに気を取られて、ベオーミングへの警戒を忘れてしまった。
殺される。
その動きの速さから、俺の回避は間に合わない。
「ハルバルド!」
ベオーミングはそう叫んでいた。
彼は俺に向けでではなく、剣を構え、ハルバルドに向かって走っていた。
「お前がその意思を手に入れる前に、お前を殺す!」
ハルバルドがベオーミングの裏切りに気づく。
「冗談ではない!」
アオイをベオーミングに向けるように体をひねりながら、アオイの脇の下から剣を振り上げる。
ハルバルドを直接突くには、振り上げてくる剣の側に回り込むしかない。
ベオーミングはハルバルドの罠を知りながら突っ込んでいく。
ベオーミングの剣がハルバルドの右目に突き立った……
と、同時にベオーミングの剣が、動かなくなった。
「えっ!?」
すぐに俺は叫んでいた。
「ベオーミング!!」
ハルバルドの剣が、ベオーミングの胸を貫き、背中から飛び出ている。
「くっ……」
ハルバルドは、なおもアオイの胸を弄り、ペンダントをつかもうとする。
ソウタが強引にアオイを引き剥がす。
ペンダントを掴み損ねたハルバルドは怒った。
「アオイに乱暴するな。アオイを返せ」
俺は倒れるベオーミングを支える。
「……ハルバルドに石を渡してはならない」
「ベオーミング!!」
俺の服が彼の血で染まっていく。
「奴に情けをかけるな。確実に仕留め…… ろ」
言い終えるとベオーミングは目を開いたまま、完全に停止した。
「……」
怒ったことはあった。
激怒したことも何度かはあった。
だが、怒りでこんなにも体が震えたのは、初めてだった。
本当に髪が逆立つような感覚があり、全ての考えがまとまらなくなっていた。
「お前は…… お前だけは殺す!」
俺は剣を振りかぶると、ハルバルドへ向かって走った。
「ふん、Code変更レベルが低いな」
ハルバルドがそう言い終わる頃には、奴は姿を消していた。
ほぼ同時にソウタの姿も消えてしまった。
だが、アラタにはそのことがまだ見えていなかった。




