公安の秘密
悩んだ末、俺は近くの地面とそこに生えている草のCodeをごく簡単に書き換えた。
実際は、体を使えばできるような単純なことだ。
そんなことをわざわざCode変更でする利点もある。俺自身の体は動いていないから、草や地面が変化していても奴らに気づかれにくいのだ。
俺は左の太った公安、ライアンの方へ進むと、同じだけ距離を取ろうと下がっていく。
逆に右側のノアも、距離を保ちながら追ってくる。
奴らは俺が気づいていないと思っているのだろうか。
俺は背中側に気持ちを集中した。
『ガサッ』
男が、激しく地面に倒れた音だ。
俺が地面に仕掛けたトラップにノアが引っかかった。
トラップは簡単なものだ。地面と草のCodeを書き換え、地面に少し傾斜をつけ、草の葉と葉を、靴が引っかかるように結んでおいたのだ。
俺は反転して、倒れたノアに向かって走り出す。
十分に近づけば、戦意を奪うCode変更は簡単なことだった。
岩のような男の目が、焦点が合わず虚に変わった。
『ドッ』
俺を追いかけて、今度はライアンが別のトラップに引っかかる。
間髪を入れずに近づくと同じように意識を書き換える。
ライアンは全ての欲が満たされたように幸せな表情を浮かべると、寝てしまった。
この二人はCode変更に抵抗できない。
始末できて当然だ。
まさか…… 囮?
俺は周囲を見回す。
手頃な長さの木の枝を拾い上げ、右手で構える。
格闘の訓練を受けているであろう公安と、こんな棒っきれでやりあえるとは思っていない。
俺は枝のCodeを読み出し、書き換え始めた。
暗い風景にオーバーラップして、Codeリストが流れていく。
書き換えが終わり、目の前からCodeが消えると、俺の右手にはそれなりに戦えるだけの『剣』に変わっていた。
「!」
突然、振り下ろされる剣。
何もしなければ、右目と左目が生き別れてしまう。
向かってくる剣を受けるために、角度をつけて剣を振り上げる。
重い金属同士がぶつかる音。
押し負ける、と思ってすぐに剣を両手で支えた。
力を入れ続け、抵抗しなければ、真っ二つになってしまう。
切りつけてきた男の姿が、次第に見えてくる。
三人目の公安だった。
男は、ニヤリと笑うと話しかけてきた。
「今頃真っ二つになっている予定だったが」
こっちは必死に息を整えている状態なのに、奴は平然と喋っている。
「女はどこだ? 話す気があるなら、殺しはしない」
俺は剣を押し返すので精一杯で、言葉を返すことができない。
急に剣を引いて、角度を変えると、また振り込んでくる。
再びその剣を受けるために剣の向きを合わせると、切り刻まれないように刃を合わせた。
そして重い金属音。
「俺のCodeは変更できないぞ」
男はそう言うと、再び剣を引く。
振りかぶって、切りつけてくるその腕に『ブレスレット』が見えた。
俺は相手の剣を受けるように、剣を合わせた。
なんだ、ブレスレット? なぜそんなことが気になる?
目の前にいる男の姿と、背の高い男、エルフの『アット・べオーミング』の姿が重なって見える。
剣術のレベルは、アット・べオーミングの方がずっと上に思えた。
だが、何か重なる『何か』がある気がする。
「防戦一方だな、さあ、首が切り落とされる前に降参しろ!」
公安は、何度も、何度も切りつけてくる。
俺はそれを一つ、一つを必死に受ける。
次第に、男がどちらに剣を向けてくるかが、予測できるようになってきた。
剣が重なると、男は強く押し出してきた。
俺は相手の力を利用して、飛び退いた。
距離が出来て、余裕ができた。
チャンスだが、一瞬だ。
俺は素早くCodeを書き換える。
「!」
奴の足元。草の長い葉が、タコの足のように蠢き出す。
他の足を剣で薙ぎ払おうとするが、足を取られているせいか、振りが鈍くて思うようにいかない。
バランスを崩して倒れると、次から次へと襲いかかるタコの足に絡みとられ、立ち上がれなくなった。
「アラタ!」
アオイの声がした。
「ダメだ、まだ出てくるな!」
「もう遅い」
公安の男は、タコ足に絡まれながらそう言った。
俺は無視してアオイの声に向かって走った。
俺とは別の、闇に走る影と音が聞こえる。
影の動きは早い。多足虫に乗っているのだろうか。
もうかなりCodeを書き換えてしまった。
ここでアオイを連れ去られたら……
俺は焦った。相手のCodeは遠い。
そして今自分のCodeを書き換えたら、あっという間に寝てしまうだろう。
「助けて!」
アオイの声が遠くで聞こえる。
もう、ダメなのか。
そう思った時、空で雷鳴がした。
いや、稲妻そのものは見えてないから、雷鳴のような音がしたというべきだ。
俺はアオイの声を追い続ける。
「うわっ!」
知らない男の声だ。
「逃げろ」
「焼け死ぬぞ!」
「こんなの聞いてねぇ」
複数の男たちが、声をあげている。
林を通して、先の方に炎が見えた。
アオイのペンダントが、発火しやすいように草木のCodeを書き換えたのか?
俺はそう考えたが、空から強烈な『圧』を感じる。
多足虫に乗った男たちとすれ違う。
俺に気づいているのか、無視しているのか、奴らは、必死に空を見上げている。
しばらく進むと、草木が燃え上がっている炎の壁が現れた。
「アオイ! そこにいるのか?」
「アラタ」
すると壁のように燃え上がっている炎の一部が消えた。
炎で照らされたアオイが抜け出してくる。
「何があった?」
「わからない」
炎の謎を解いている時間はない。
とにかく、俺はアオイの手を取って戻ることにした。
公安の三人については、Code変更がきく二人を使って、三人目を連れて、今晩のうちにリムの街に帰るようにCodeを書き換えて指示した。
俺たちは場所を変えて、交代で見張りながら寝ることにした。




