旧市街
多足虫を走らせていると、景色が変わってきた。
土地も痩せて、木々がなくなってきた。
黒く焦げ、ほぼ炭になった木があちこちに倒れている。
火山の噴火で溶岩が流れ落ちてきたか、酷い山火事が繰り返し起こったとか、そういう景色に感じられた。
「これが旧市街なんだわ」
「どういうこと?」
「旧市街は、人がドラゴンの怒りを買ってしまったために、ドラゴンによって焼き尽くされた街なの」
アオイはそのまま街の歴史を話し始めた。
ドラゴンは体が大きい分、頭脳も大きく、世界の秩序を見守るものとされている。
人、ノーム、エルフやゴブリン、トロール。
どの種族にも味方しないのがドラゴンだった。
だが、ドラゴンを統べる力を持った女王が、人の中に現れた時、ドラゴンは人を運ぶ役割を担うようになった。
だが、飛行機のようにドラゴンを利用するようになった人は、思い上がってしまった。
地上にも多くいたエルフの街を、ドラゴンを使って焼いてしまった。
それはエルフと人の戦争にに発展した。
単体では強いエルフも、人数が多く集団的戦術に優れた人に押されていく。
エルフは自らの種族の犠牲を嘆き、戦いの場から消えた。
高地にエルフ独自の世界を作り始めたのはその頃だった。
人は思い上がった。
ドラゴンが人の行動に怒り、リムの市街に無差別にブレスを吐き、攻撃し始めた。
火がついた街に、ドラゴンが代わる代わるやってきてブレスを吹きかけるため、炎が消えることなく燃え続けた。街の火災が長期化すると、次第に人々は街を去っていった。
ドラゴンを統べるはずの女王が、ドラゴン達に城を追われ、街を焼かれたのだ。
「女王が女王の座を追われることはなかったのかな?」
アオイは小さい声で『わからない』と言った。
元いた世界なら、革命が起こってもおかしくない自体だ。
「まあ、でも調子に乗った女王ではなく、他の人々が悪かったんだけどね」
空を見上げながら、言った。
「今はまた少しずつ、ドラゴンとの関係が良くなっているらしいけど」
それなら良いのだが。
街が廃墟になった背景を聞くと、左右に広がる街の様子はより禍々しいものに見えてくる。
「ここには盗賊などがいると言っていたから、気をつけないと」
「そうね。急いで抜ける方がいいのかも」
煉瓦で出来た建物はかろうじて形は残っていたが、扉や窓など木製のものはほぼ消え去っている。
路地は草が生えて、荒れてしまっていた。
時折、破壊された建物の瓦礫が道を塞ぎ、進路を変えねばならなかった。
そう言った事情から、思ったより多足虫のスピードを上げられない。
確かにこの場所は盗賊が隠れて、やってくる旅人や荷を狙うには都合がいいと感じた。
「……」
多足虫を走らせながら、俺は困惑していた。
何か、同じ道を回っているような気がする。
俺はアオイに言った。
「道を間違えたかな?」
「確かに、旧市街も大きいとはいえ、まだ抜けれないというのは何か変ね」
何か邪魔されたり、誘導されて同じところを回っているのではなければ、一方的に俺の判断が悪いことになる。
「陽の位置からしても間違ってはいないはずだが……」
盗賊達が瓦礫を適当に移動させ、街を一直線に通過できない、迷路のようにしてしまっているのかもしれない。
この街の中で時間が経てば経つほど、俺たちは危険な時間帯に入っていく。
「街を回避して外を回れば良かったのか?」
「わからない。とにかくこの方向に進みましょう」
ここまで来たのだから、進むしかない。
それは間違いないのだが、帰りのこともある。
どうやって通過するのが正しいのかを考えておくのは、必要なことだった。
しばらく道を変え、道を戻りしている内、市街地から出れる道に辿り着いた。
「やっと出れる」
「良かった」
陽はまだ落ちていないが、十分市街から離れたところで野営しよう、と考えた。
建物がまばらになったところで、多足虫の速度が、急に落ち始めた。
「しまった、食べさせないまま走らせすぎたか」
多足虫が腹を空かしてくると、次第に走れなくなり、最後はコントロールが効かなくなる。
俺は慎重に綱を操作した。
だが、速度がみるみる落ちていく。
「ダメだ、ここで多足虫に餌をあげないと……」
「けど旧市街から離れ切れていないじゃない」
「餌を与えてから走るのも危険だ」
ここから城へ向かうには山道になる。操作を誤ると、多足虫と一緒に崖の下に転落しかねない。
山道は陽がのぼっている時に動きたいのだ。
なるべく街道から離れた位置まで誘導し、気の幹に多足虫の綱を括りつけた。
アオイが飛び降りるのを嫌がるせいで、またおろす時に肩車をした。
「もう暗い。何も言わずに離れないでくれ」
「……ちょっとトイレ」
言いづらそうだった。
「いきなり!?」
「悪い!? 仕方ないでしょ。体が冷えたのよ」
「悪いとは言ってない」
俺が頷くと、彼女は用を足すのに適切な場所を探して、歩いて行ってしまう。
踵を返して、多足虫に戻ると、俺は荷物を担いだ。
周囲から見えにくいところに敷物を広げ、燃え広がらないように草を刈った。
この位置なら焚き火をしても気づかれにくいだろう。
俺は周囲の枯れ草を集めた後、今度は薪になりそうな木の枝を拾い集めた。
一夜の暖を取るには十分に集まったと思うと、俺は敷物の上に腰を下ろした。
「……」
アオイが戻ってこない。
陽は完全に落ちて、周囲には闇が広がっている。
ずっと彼女の様子を追っていたわけではない。十分な時間が経っているとも、経っていないとも言える。
彼女だって、襲われたら声ぐらい上げるだろう。
この時点まで、助けを求める声は聞こえていない。
こっちから問いかけるべきか…… しかし、トイレ中だとしたら返事しないだろう。
荷物からランプを取り出し点けると、アオイが行った方向に歩き出した。
万一彼女に追いついたとしても、もう用は終えているだろう。
周りを見渡しながら、ゆっくりと歩いていると、自分以外の、草や木の枝を踏む音が聞こえてきた。
アオイかと思ったが、音は近づいてこない。
盗賊か? 俺はCode探査を掛けた。
草、虫、木々、カエル、実際に目に映る景色に、それらのCodeがオーバーラップして流れていく。
「!」
いた。
盗賊…… いや、違う。公安だ。
俺の右手にいる。岩のような体つきの公安、ノア。
反対側で音がする場所へ、Code探査の手を伸ばす。
太った公安、ライアン。
……ということはCode探査できない男も、ここにいるだろう。いるとすれば、前か。
前だとすると、既にアオイが見つかってしまっている可能性がある。
いや、捕まえたなら、俺を追ってこないだろう。
奴らの目的は『アオイ』なのだ。
前に行けば、奴らにアオイを先に見つけられてしまうかもしれない。
後ろに行けば、あまりにワザとらしいせいで、却って前側にアオイがいることを知らせるようなものだ。
左右のどちらかを先に倒すしかない。
Codeは確認できたが、Code改変するには遠い。
Codeを書き換えて無力化するには、近づかないといけない。
俺は左に向かって素早く動くと、太った公安も合わせて同じ距離を動く。
右側にいた岩のような公安も同じ行動をとった。
付かず離れず、同じ距離を保つように対応してきた。
こっちの考えていることがバレているのか。
いや、それなら自分自身のCodeを書き換えて、自身の体の性能を上げるだけだ。
自身のCodeを書き換えるのは二つの点で自身の首を絞めてしまう。
性能を上げるにはCodeを書き換える量が多い。
結局性能が上がった分、自身の肉体が強く疲労してしまう。
俺は悩んだ。




