御休憩
「肩車してよ」
「えっ?」
子供ならともかく、そんなに体格差がない女性を肩車することができるだろうか。
だが、この条件を飲まないとアオイは永久に降りてこないだろう。
「やってみよう」
綱を持つ手を入れ替えながら、多足虫の足の間で回りアオイに背を向ける。
頭に手を置かれて、そのままなんのきっかけもないまま、アオイが飛びついてきた。
「いきなり飛び付かないで!」
俺は彼女の足を掴んで、体に力を入れる。
だが、踏ん張りきれずにバランスを崩す。
ここで多足虫の足を踏んだら、大変なことになる。
「もっとちゃんと立ってよ!」
揺れたせいでアオイが足を絞ってくる。
「く、苦しい……」
「だから揺らさないで!」
アオイは俺の頭にしがみついてきた。
視界が狭まるのと、後頭部に感じる柔らかさ。そのせいで、自分の中で『いやらしい』感情が湧いてきて、余計にフラフラしてしまう。
「見えないと歩けないから、落ちついて」
ようやく普通の肩車状態に戻ると、俺は綱を放した。
多足虫の動ける範囲から遠ざかると、今度はどうやって下ろそうか考える。
「おろしてもいい?」
アオイは頭の上で後ろを振り返っている。
「そうね。もう近づけないみたい」
「自分で降りれる?」
「無理無理、ちゃんとおろしてよ」
俺は、どうやっておろしたらいいのか、わからなかった。
肩車のノウハウ動画を見たくても、この世界ではスマフォも使えないし、当然ながらそんな時間的猶予もない。
「じゃあ、お辞儀するように俺が体を前に倒すから、タイミングを見て飛び降りて」
「待って! そのまま膝を曲げてしゃがんでよ」
そんな足腰に力があれば初めからそうするんだが……
「こっちの足腰が持たないよ」
「……とにかくそうして」
イヤな予感しかない。だが、この肩車と同じで、やるしか選択肢は残っていないのだ。
俺は体を曲げ始めた。
「!」
「いやっ!」
俺がバランスを崩した瞬間、アオイは俺の頭を手で押さえ込み、伸び上がった。
その後、どんな動きだったのかは全く理解できない。
気がついた時には、俺は仰向けに寝転がっていた。
目の前には、あおいの足の付け根があった。
逆に俺の足の付け根側には…… アオイの頭があった。
柔らかい頬の感触が、アソコで感じられる。
ここで元気になってしまうと、気づかれる、と俺は慌てた。
「何やってるのよ!」
「とにかく、そこから顔をどけて」
「あっ! へ、変なところで喋らないでよ」
俺はアオイに足の付け根を叩かれた。
「言われなくなって、わかってるわよ!」
ようやく重なり合っていた体を離すと、アオイは立ち上がった。
「食事をとってきて」
俺は頷いた。
そして、再び多足虫へと歩いていく。
持ってきた食事などは多足虫の背中、プラットフォームにくくりつけている荷物の中にある。
再び綱を掴みながら近づくと、プラットフォームに乗った。
荷物を手に取り多足虫からおりる。
草原を少し歩くと、アオイの姿が見えないことに気づいた。
「アオイ!」
返事がない。
敵や、獣など、特に気配はなかった。
まだ旧市街すら遠く、安全だと思っていたのに……
俺の声が届けば、何か反応があるかも知れない。
「アオイ! どこ!」
まずいまずいまずい!
俺は叫びながら走り回った。
その時、後ろから服の裾を掴まれた。
しまった……
俺は抵抗しないことを示すため、自然と両手を上にあげていた。
「大きな声で名前を連呼して、あんた、うるさいのよ」
「えっ?」
振り返った。俺の服を掴んだのはアオイだった。
「な……」
ここで何をしていた? 俺はそう言いかけて、アオイが何をしていたか気付いた。
言いづらかったんだろう。
やってる最中に返事もできないし。
多足虫に乗る前に用はたしておいたはずだが、時間も立っている。生理現象だし、仕方のないことだ。
「ほら、そこから水が湧いてるから、手を洗って食事にしましょ?」
俺たちは元の草原に戻り、用意していた食事を口にした。
食事中、アオイがやたらに学生時代の話をしてきた。
あまり深く答えないようにして、可能な限り話を短く切り上げた。
食事が終わるころ、さすがに彼女も俺の対応を不審に思い始めた。
「なんか、学生の頃の話題、避けようとしてない?」
当然だろう。身バレするし、身バレした瞬間、スクールカーストの頂点と底辺という身分の違いが生まれ、まともに口が聞けなくなってしまう。
いい思い出がない、とも言えない。それは俺がアオイと出会い、好きになり、それだけでも幸せであった、という事実を否定することになってしまう。
「そんなことないよ」
「返しがそっけないのよね」
出来事を詳細に返すと、きっとそこから同じクラスだったことがバレてしまう。
「……あのさ。私の知り合いの『アラタ』って男の話をしていいかしら?」
「あっ、ほら、多足虫も動くのをやめてるから、出発できるんじゃないかな」
疑いの眼差しを向けられているが、気にしないふりをして、言葉を続ける。
「早くしないと明るいうちに旧市街を抜けられないかも」
「じゃあ、わかった。多足虫に乗るから、また肩車してよ」
俺は岩を指さした。
「あの岩に乗ってよ。ある程度体を起こした状態からじゃないと乗せられない」
アオイは素直に岩の上に乗った。
そして岩の上から、背中を向けた俺の肩におりてきた。
肩車したまま、多足虫へ近づいていく。
綱を手にして、虫へ指示を入れた。
足の隙間を通って、プラットフォームにアオイを降ろす。
アオイはプラットフォーム自体も嫌らしく、素早く椅子の上に上がってしまう。
俺は木の枝に引っ掛けていたロープを外し、綱を持って多足虫の上に上がった。
綱を引いて、多足虫に指示を入れると、虫が走り出した。
もう一度指示を入れるとさらにスピードをあげ、草を蹴る足の音が騒がしくなってきた。
「アラタ、本当に忘れたの?」
俺にはアオイがそう言ったように聞こえた。
その言葉に心が震えた。
勇気を出して応えるべきなのではないか。
そんな気持ちが湧き上がっては、もう一人の自分が否定する。
しばらく間があり、耐えきれなくなった俺は言った。
「えっ、今、何か言った?」
「なんでもない」
諦めたのか、そう言った後アオイは何も話さなくなった。




