再び彼女の部屋へ
俺たちは、暗い道を慎重に歩いていた。
なぜ殺されそうになったのか、わかっていない以上、背の高い男が、再び彼女を殺しにくる可能性はある。
「しばらく俺の部屋でくらそう」
その間は、いつソウタが帰ってきてもいいように、俺の部屋を使ってもらおう。
「……だとしても、生活に必要なものがあるの」
下着とか、そういった類だろうか?
「それにしたって、今行くのは危険だと思わない?」
「今戻らないと確かめられないでしょ」
「……」
頑固だ。意思が強いというべきなのか。
アオイの横顔は、凛々しく、毅然としていた。
「とにかく部屋に行こう。今度襲われたらおとなしく俺の部屋に」
というか、落ち着いたらさっさと彼女を女王の元に連れていく。
それが転生を受けた俺が報いる道なのだ。
俺は疲れない程度に、周囲にCode探査の手を伸ばして歩いた。
これで記憶している身体的特徴と、Code探査で引っ掛けた値が一致すれば、すぐに敵だと判別される。
戦いは可能な限り避けなければならない。
俺のCode処理はまだまだ未熟だ。
そして、相手を『殺す』覚悟もない。
さっきの戦いでは不意をつけたが、今度出会えば、手の内を晒した後の戦いだ。相手の想像を超えないと、男がもつ剣技の上をいくことが出来ない。それが出来なければ死だ。
女王に報いることも、せっかく転生したこの命も、何もかも失ってしまう。
坂を登り、道が階段になった。
そろそろアオイの住んでいる部屋につく。
「待って」
俺はさらに深くCode探査する為、意識を周囲に広げていく。
動くもの。ネズミ、猫、ハエ、ゴキブリ……
いない。人はいない。
「いつまで待てばいいのよ」
「静かに」
指向を部屋に向け、意識を集中させよう。
意識は階段を上がり、扉を開け、部屋の様子をCodeとして捉える。
様々なものが不自然な配置で、重なりあっている。
つまり、ものが散らかっているのだ。奴が部屋を探し回ったのだろう。
だが、部屋の中に人はいない。
「大丈夫だ、誰もいない」
「怖くなってきちゃった。さっさと必要なものだけ取って帰りましょう」
「それがいい……」
言いかけて、俺は彼女の胸元で光るモノに興味を持った。
「それ、何?」
アオイは胸の前で腕を十字に合わせて隠す。
「エッチ」
「そうじゃなくて、光っているそれのこと」
「ペンダントよ。転生した時に、なぜか掴んでいたの」
頭を動かし彼女の手の隙間から、そのペンダントを見ようとすると、頭を叩かれた。
「変態」
「それ、光を溜めて光るのではなく、そのものが発光してるよね。放射性物質だったりしたら、やばくない?」
「知らないわよ。気にっているの。これが私を守ってくれたの」
女王が言っていた。転生先をコントロールできないことがあると。アオイは転生先がうまくコントロールされていなかったのだろう。
その転生先からリムの街に来るまでに、相当な『何か』があったに違いない。
俺はそれ以上聞けなくなってしまった。
「大丈夫なら、私、部屋に行くわよ」
「待って」
俺はアオイの先を進んで、目で部屋の様子を確かめることにした。
部屋の扉を開ける。
Codeで感じた通り、衣服や食器が散乱しているのが見える。
もう一度、Code探査の意識を広げる。
よし。何もない。
俺は一歩、踏み込んだ。
「えっ?」
俺は思わず声を上げてしまった。
部屋の中央に、男が胡座をかき、目を閉じて座っていた。
なぜだ……
同時に、俺は怖くなった。
あれだけ懸命にやったCode探査で、何一つ引っ掛からなかった。
これだけ大きなものが存在していたのに……
「!」
後ろからやってきたアオイが、奴を見て息を呑んだ。
俺たちに気づいた男が、目を開いた。
胡座を解いて立ち上がる。
天井に届くかという身長。
立ち上がると、ゆっくりと鞘から諸刃の剣を引き抜く。
「なぜ、待ち伏せていた」
「これから死ぬ者に話す言葉はない」
男は真っ直ぐ突き通す構えをとった。
ダメだ、何も準備が出来ていない。
「エルフ!」
アオイが叫ぶと、男は体を引いた。
エルフ? 男がエルフだというのだろうか。
意味はわからないが、一瞬の間が出来た。
俺は急いでCode探査を行う。
何か奴の力を下げる、意思を変える方法がないか……
だが、探査が伸びない。
奴のCodeに触れるどころか、見つけることすら出来ないのだ。
「死ね!」
伸びてくる剣は、俺の胸の直前で止まった。
「!?」
俺は奴のCodeに触れられない代わりに、床板を変質させて靴を固定したのだ。
だが、奴はバランスを崩しながらも、倒れない。
「逃げよう!」
俺は彼女に部屋を出るように指示した。
「必要なものがあるって言ったでしょ!」
「アオイ!」
指示とは逆に、彼女は部屋の奥へと走り込む。
男が伸ばす手は届かない。
俺が男に近づこうとすると、剣を振ってくる。
だが、足が固定されて、剣に力がこもっていない。
「!」
突然、男は剣を自らの靴へ向けた。
俺は再び、床板のCodeを書き換えた。
突いた剣がその勢いのまま、床深く潜っていく。
奴も床の変質に気づいて、剣を引き抜く動作に切り替えた。
俺は急いで床のCodeを書き換える。
剣が引き抜かれる前に、床が硬化した。
足と剣が固定され、男は完全に動けなくなった。
俺は男に近づく。
男の耳の先が、熱で溶けたように変質しているのが気になる。
「ほら、しばらく死なないぞ。なぜ、彼女を狙うのか言え」
「殺すなら、早く殺せ」
言いながら、男はもがいている。
質を変化させるCodeがいつ迄持つかわからない。
「アオイ! まだか!」
「もうちょっと」
変質している床板の色が、元の色に戻っていく。
「早くしてくれ!」
俺は部屋の中を見まわし、ロープを見つけると、固定されている男の足を縛った。
この歩幅で縛ってもあまり意味はないかも知れないが、時間は稼げるはずだ。
奥の部屋から大きなバッグを背負って、アオイが戻ってくる。
「急ごう!」
俺たちが部屋を出ると、中からバキバキと床板が割れる音がした。
俺たちは坂を下り、リムの街に戻った。
「もう追ってこないな」
アオイは荷物が重くて、息を切らせている。
「何を持ち出したんだ」
「言わない」
それだけ言って、またハァハァと呼吸を整え始めた。
「命を賭けて取りに行ったものなんだから、他人に何を言われようが恥ずかしくないものなんだ。アオイ。これは君を守る上で必要なことだと思う。お願いだ。話してくれ」
「……」
俺たちはとにかく、部屋に戻った。
やっぱりソウタは戻っていない。
アオイは荷物を開けて、何かを手に持つと、俺を見てきた。
「取りに行ったのは、私が生きていく上で必要なものだから」
アオイのところへ行くと、彼女の手には転生前の世界から持ってきた本が握られていた。
「それって、悪役令嬢ものの小説……」
転生してから気にもしていなかったことを、突然意識し始めた。
そうだ。何故俺はこの世界の言語が話せているのだろう。
アオイも俺も、同じ世界からここへ転生してきた。今、アオイが持っている小説に書かれている文字、言語を使って生活していたのだ。なのに、バカオナモミの草原に転生した俺は、いきなり女王と会話ができていた。リムの街の看板も、街の人との会話も、学ぶことなく理解できていた。
「この世界に小説を翻訳して売っているのよ」
転生した時、俺は裸ではなかった。かといって、この世界の様式にあった服を着ていた訳でもない。
つまり転生前に身につけていたものが、この世界に持ち込まれているのだ。
と言うことは、アオイは彼女が転生する前、つまり大学の入学式の直後、ここにある小説を背負っていたというのか。
俺の表情を見て、彼女は何か感じたらしい。
「やっぱり話すんじゃなかった」
そう言ってアオイは肩を落とした。
「……いや、引いたとか、そういうんじゃないから」
俺は必死に否定する。
「だって、この世界の文化とか、そういうのにも合わせなきゃいけないから、簡単な翻訳じゃないなって、苦労するだろうなって。そう思ったんだ」
「わかってくれる!? 私、この世界に『悪役令嬢』ブームを起こしたいのよ」
力強く主張してくるアオイを見て、俺は嬉しくなった。




