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「昨日クラスで自己紹介したはずですけれど……。覚えていないみたいですので、改めて名乗らせていただきます。わたくしは福原小明麻。香紀さん、よろしくお願いしますね」
結局あたしは今朝、遅刻してしまった。
姿を消していた笑ちゃんが首根っこをつかまれて引っ張り出されるという、衝撃的な出来事があったせいで、予鈴もとっくに鳴り終わっていたのに気づかなかったのだ。
そして今は、朝のホームルームも終わり、遅刻の原因となった彼女と話しているところだった。
「こあくまって……。すごい名前ね……」
「ええ、よく言われます。素晴らしい名前ですわよね。本当は普通に小さな悪魔という文字を使いたかったらしいのですけれど、さすがに認められなかったようですわ」
そんな名前をつけるなんて、いったいどんな親なのやら。
というか、漢字がそのままじゃないとはいえ、よく出生届が受理されたものだ。
ただ、どうやら小明麻さんは、こんな変な名前だというのに、それを心から気に入っているみたいだった。
本人がいいなら、べつに構わないけど……。
この人、やっぱりちょっと変わっているのかもしれない。
前髪をヘアピンで留めている小明麻さん。よくよく見てみれば、そのヘアピンのデザインが、ドクロマークだったりするし。
「それでは、そろそろ授業も始まりますので、これで。今後ともよろしくお願いします。……そちらの座敷童子さんも、よろしくお願いしますね」
「ひうっ! よ……よろしくですの……」
姿を消したままの笑ちゃんに向かって、にっこり微笑みかける小明麻さん。
彼女を怖がっているからだろうか、笑ちゃんは反射的に言葉を返してしまっていた。
今朝、姿を消した状態だったのに首根っこをつかまれたのが、相当こたえたようだ。
……笑ちゃんの声が、他のクラスメイトに聞こえていないことを切に願うわ……。
☆☆☆☆☆
「かのりん、小明麻さんとなにを話してたの?」
一時間目が終わって休み時間になると、美野ちゃんが話しかけてきた。
「え? ん~、まぁ、ちょっとね……」
とりあえず、曖昧に言葉を濁しておく。座敷童子の笑ちゃんのことを話していたなんて、あまり言わないほうがいいだろうし。
もっとも、美野ちゃんは昨日、笑ちゃんの姿をしっかり見た上で驚きもしていない様子だったのだから、話してしまってもそれほど問題はないのかもしれないけど。
「あの人、要注意人物だからね。気をつけたほうがいいよ」
不意にあたしと美野ちゃんの会話に割って入ってきたのは、眼鏡が似合いすぎるほどお似合いな、クラス委員長の鳩屋木苺さんだった。
鳩屋さんとは、小学校のときにも一緒のクラスになったことがある。
木苺という名前、とっても可愛いと思うのだけど、本人は気に入っていないらしい。
その容姿からなのか、どのクラスでも必ずクラス委員長になっている彼女。だから、委員長という呼び方が浸透していたりする。
「委員長、クラスメイトに向かってそんな言い方、さすがに悪いと思うな」
「……もっともな意見だとは思うけど。でもね、あの人だけは特別なんだよ。目をつけられちゃったみたいだから、今後大変かもしれないよ?」
あたしの言葉に、委員長は真面目な顔でそんな答えを返す。
彼女のことだから、冗談で言っているなんてことはありえないだろう。
だけど、確かに小明麻さんは変わった人みたいだけど、要注意人物とまで言われるほどでもないような……。
「……納得できないって顔だね。でも、きっとすぐにわかるよ」
「そうね。ま、わたしとしては、かのりんがおろおろする姿が見られそうで、期待のほうが大きいのだけどね」
「な……なによ、それぇ~? みのたのくせに~!」
「あんたは、ジャイ○ンか! っていうか、みのた言うな!」
あたしたちの会話は、徐々にじゃれ合うような和気あいあいとした雰囲気に変わっていき、黄色い声が教室内に響き渡る。
女子が集まっていたら、大抵こんなものだろう。
と、そのとき。
不意に衝撃があたしを襲った。
衝撃といっても、それほど大げさなものではなかったのだけど。
「あっ、ごめん」
あたしたちのすぐ横を通った男子が、机にぶつかったようだ。
その衝撃によって、机の上にあったペンケースが床に落ちてしまっていた。
謝罪の言葉とともに、屈んでそのペンケースを拾ってくれる男子。
それは、あたしと美野ちゃんの幼馴染みでもある、桜之城友親くんだった。
「ううん、いいよ。拾ってくれてありがとう」
すっと立ち上がり、手渡してくれたペンケースを受け取る。
そのとき、少しだけ手が触れ合った。
ぽっ。
思わず頬を染めて手を止め、お互いに見つめ合う。
「ごめん……」
「ううん、いいの」
素早く手を引っ込めるあたしと友親くん。
「……なに青春ごっこしてるんだか」
美野ちゃんが呆れ顔であたしに微妙な視線を向ける。
委員長も、言葉に出したりはしなかったものの、なにか言いたそうな目であたしたちを見据えていた。
☆☆☆☆☆
幼稚園の頃、友親くんはあたしや美野ちゃんとよく一緒に遊んでいた。
小学校に入学したあとも、友親くんとは四年間ほど同じクラスになっていたから、美野ちゃんよりもクラスメイト率は高い。
やがてあたしは、小学校四年生くらいからだろうか、友親くんのことを意識してしまうようになった。
クラスメイトにからかわれているところを、友親くんに助けてもらったのがきっかけだった。
その頃、どうしても洗濯物が乾かなくて、仕方がなく子供っぽい猫の柄のパンツを学校にはいていった日があった。
長いスカートだし大丈夫だろう、と高をくくっていたのだけど。
そんな日に限って、ドジなあたしは盛大にすっ転んでしまう。
ちょうど真後ろには仲のいい女の子がいて、その子にバッチリ見られてしまった。
するとその女の子は、
「あ~! かのりん、ニャンコのパンツはいてる~!」
と囃し立て始め、続いてクラスメイトがそれに反応し、恥ずかしがるあたしをからかうように、「ニャンコ」コールが教室中にこだました。
べつにいじめられていたわけではなく、からかって反応を見て楽しむといった、子供っぽい遊びのようなものだったのだろう。
どうもあたしは昔から、いじられキャラ的要素を持っているようだし。
とはいえ、そのときのあたしは、恥ずかしさで薄く涙もにじんできている状態だった。
みんなに悪気はないとわかってはいても、ちょっと嫌な気分に陥っていた。
そのとき、普段はどちらかといえばおとなしい友親くんが、はっきりとこう言ってくれのだ。
「やめなよ、みんな。長波、泣いてるじゃん」
友親くんの声でハッとなったクラスメイトは、すぐに口をつぐみ、それ以上あたしにからかいの言葉を向けてきたりはしなかった。
そんなことがあって、あたしは友親くんを少し意識してしまうようになった。
べつに、好きとかつき合いたいとか、そういうわけじゃない……と思う。
あたしは周りに父親以外の男性があまりいない環境で育ってきた。
もちろん、クラスメイトの半数は男子だったけど、ほとんど女子グループの中でしか話していなかった。
だからなのか、どうやらあたしは恋とか愛とか、そういったものには疎いみたいで。
だいたい、恋愛だとかなんて、考えるだけでも恥ずかしいし……。
友親くんとも、去年は違うクラスだったけど、今年はこうして再び一緒のクラスになることができた。当然それは嬉しく思っている。
でも今のところ、軽く挨拶をして、ちょっとだけ会話を交わす程度の関係でしかない。
あたしが物思いにふけっていると、不意に授業の開始を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
「おっと、席に戻らないと。それじゃあ、またね、長波」
まだ少し頬を赤く染めたまま、友親くんはそそくさとあたしのそばから離れていく。
美野ちゃんと委員長のふたりも、いつの間にやら自分の席へと戻っていた。




