-4-
「けほっ、けほっ!」
笑ちゃんが突然咳き込んだ。
「大丈夫!? しっかりして!」
あたしは半狂乱になりながら、笑ちゃんの背中をさすったり、手をぎゅっと握ったりして、必死に言葉をかけ続けた。
「笑ちゃん、死なないで!」
「……かのりん、ボクなんて、いないほうがよかったんじゃ、ないですの?」
ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべながら、笑ちゃんは吐息をこぼす。
あたしは、胸が締めつけられる思いだった。
さっき舞台で失敗したあと、そう口走ってしまったのを思い出す。
あの言葉で、どれだけ笑ちゃんを傷つけていたか、今はっきりと悟った。
必要とされなくなる苦しさを、気づいてもらえなくなる寂しさを、笑ちゃんは以前にも経験していた。
そのときの記憶と相まって、さらなる切なさを、あたしは笑ちゃんに与えてしまっていたのだ。
思慮の浅い自分が、恥ずかしい。
寂しい思いを噛み潰して、一生懸命あたしに笑いかけてくれた笑ちゃんが、とてもいとおしい。
「バカッ! そんなわけないじゃない! あれは言葉の綾ってやつよ! だから、その……あたしには笑ちゃんが必要なの! だって、大切な相方だもん!」
小明麻さんに乗せられて始めた『のりわら』は、笑ちゃんにとって必要なことだった。
だけどそれは、あたしにとっても同じこと。
そりゃあ、怒ったりイライラしたりすることもあったけど、いつも楽しくて、寂しいなんて思いはしたことがなかった。
笑ちゃんがいることによって、あたしはちゃんと、幸せになれていたのだ。
座敷笑しとしての務めを、笑ちゃんはしっかり果たしていたのだ。
だから今度は、あたしがあたしの役目を果たす番だ。
「笑ちゃん、ありがとう」
あたしの言葉を、笑ちゃんは弱々しいながらも、きらきらと輝いた笑顔をこぼしながら見つめ返してくれた。
☆☆☆☆☆
「笑ちゃんは、ここが学校になってからも、ずっとこの教室に住み着いて存在していました」
不意に小明麻さんが凛とした声で話し始める。
あたしと笑ちゃん、周りにいる美野ちゃんたちを初めするクラスメイト、そして席に戻ったお客さんたち……。誰もがみんな、その話にただ黙って聞き入った。
笑ちゃんは学校に住み着いたものの、最初は存在も不安定だったみたいで、一部の生徒にしかその姿を見ることができなかった。
でも、数年の時が流れるにつれ徐々に笑ちゃんの存在は大きくなり、ほとんどの生徒たちが彼女を認識できるようになった。
中学生とはいっても、まだ子供のように純粋な心を持つ生徒は多い。
笑ちゃんはたくさんの子供たちに囲まれ、お屋敷の子供たちとはしゃぎ回っていた昔を、思い出していたのかもしれない。
そんな幸せな日々がずっと続けばよかったのだけど。
いつしか笑ちゃんの存在が当たり前になりすぎたのか、生徒たちはみんな、笑ちゃんがいてもいなくても、大して気にしなくなってしまう。
お屋敷での過去と同じように、笑ちゃんの存在は薄れ、消えかけていった。
それでも必死に教室にしがみつき、消えないように頑張っていた。
明るい生徒たちの声だけを心のよりどころに、ひとり孤独な戦いを、笑ちゃんは続けていたのだ。
とはいえ、ひとりで頑張っていくのは、相当な精神力が必要なもの。
笑ちゃんは次第に寂しい思いを抱えてしまう。
教室に渦巻くその負の妖力ともいうべき寂しさの念が、余計に影響を与えてしまったようで、年度が変わり新たな生徒が来たとしても、誰も積極的に関わってくれなくなっていた。
「そんなある日、新学期となりこのクラスの生徒となった香紀さんと出会った……」
そっとあたしに優しげな視線を向けながら、ささやくように言葉を紡ぐ小明麻さん。
「香紀さんは教室に渦巻く負の妖力に屈することなく、笑ちゃんの存在をしっかりと感じ、そして鋭いツッコミを入れました。それは笑ちゃんにとって、とても嬉しいことだったと思います」
小明麻さんの言葉に、笑ちゃんは微かに頷く。
それで笑ちゃんはあたしの言葉どおり、お座敷――つまりあたしの部屋に住み着いた。
「正確には香紀さんの部屋ではなく、心に住み着いたのだと思われます」
小明麻さんは、そんな分析を添える。
そっか、あたしの心に住み着いているからこそ、部屋に残ったりせず、一緒に学校まで来たりできたんだ。
「でも、もともと地縛霊だった身の笑ちゃんですから、この教室とのつながりが絶たれて、徐々に弱っていたのでしょう。それを支えていたのは香紀さん、あなたですわ」
あたしの瞳をじっと見据えて、小明麻さんは穏やかな春の日差しのような言葉を投げかけてくれた。
「今の笑ちゃんは、教室とのつながりを絶たれ、あなたの心に住み着いています。ということは、どうすればいいか。言うまでもなく、わかりますわよね?」
小明麻さんの問いかけに、あたしは力強く頷く。
「うん。あたしが笑ちゃんの存在をしっかりと認めてあげなきゃいけないんだよね」
あたしの言葉に、小明麻さんは満足そうな笑みを浮かべた。
「そうですわ。ですから香紀さん、これからも笑ちゃんとふたり、仲よくしてくださいね」
「もちろんよ!」
力いっぱい言いきると、あたしはまだ横たわったままだった笑ちゃんに向き直る。
「だから笑ちゃん、元気になって!」
「……はいですの!」
あたしの声に応える笑ちゃんの笑顔は、無理に強がって作られたものではなく、自然に溢れ出した温かなきらめきで満たされていた。
自分でも気づかないうちに、あたしの瞳からはまるで滝のように勢いよく、熱い涙が流れ始めていた。
「お互いの気持ちが通じ合って、笑ちゃんの妖力も戻りつつあるようです。これで『のりわら』の存続は安泰ですわね。これからも、わたくしを大いに楽しませてくださいませ。……ふふふ、やっぱり、興味深いわ」
いつもならちょっとひどいと思うような小明麻さんの小悪魔チックな含み笑いも、今のあたしには、温かな気持ちを引き立たせてくれる心の調味料のようにしか感じられなかった。




