測れない距離間
電車に揺られながら、外の景色を眺めていた。
街中から田畑へ、田畑から街中へと目まぐるしく移り変わる外の景色が、刻一刻と作戦開始の時が近づいているのを告げている。
「ふぁああ、今どこらへん?」
そんな状況でも妙に気が抜けてしまうのは、間違いなく隣の存在のせいだ。
「大体、残り10キロ圏内だ。流石に緊張感が無さすぎじゃないか?」
「緊張で力を発揮できなかったら元も子もなくない?」
俺の質問にも正論で返すこの有り様。
腕を伸ばして準備運動をする余裕すらあるようだ。
「で?アジトに近づいて来ているが、目ぼしい標的はいたか?」
俺の視界の中には多くの一般人が存在していた。
――要するに、俺たちは一般車両に乗っている。
俺たちは専用車両ではなく、一般車両に乗っている理由は主に二つ。
「そもそも専用車両が残ってなかったのによくそんなことを長々と考えれるね。脳天気なの?」
「それで力を発揮できれば良いんだろ?」
余計な突っ込みが入ったので、意趣返しのつもりで言い返した。
確かに、専用車両をAランクのヒーローたちが既に利用していて空きがなかったからなのは間違いない。
しかし、これには利点もある。
電車内に奴隷商会のメンバーが居た場合、当初の計画よりも安全かつ簡単に潜入できる可能性が上がるのだ。
椿は、俺がみる限りでは初めて少し考える様子を見せた。
その後、数学というタイトルが付けられたノートからを取り出し、文字を書き始めた。
どうやら、文通をしたいらしい。
なになに?
(ごめん、寝てたから分からない)
はっ倒すぞこの野郎。
何が緊張したら力を発揮できないだ。
寝ても何も出来てないじゃないか。
実行するつもりもないが、この言葉を借りたさっきの自分と椿を一発ずつ殴りたくなってくる。
「お前は多分休まない方がいい」
「……まさかの束縛好きなタイプだったの?」
違うわい。
見当違いすぎる発言は、もう慣れたからどうでもいい。
「そもそもなんでこん、むぐぅ!?」
最後まで言い切る前、いきなり椿に口を塞がれた。
「元気なのはいいけど、あんまり騒ぐものじゃないよ。こんな時間に子供が二人で出歩くのも良くない」
なんてことをするんだ、と手を振り払って叫ぶ前に口を挟んだのは記憶にない中年の男。
ボサボサな髪を後ろに流した、いかにも普通そうなサラリーマンだ。
中肉中背の体つきは特別鍛えているわけではなさそうだ。
コイツは一体何者だ?
「目的地はどこだい?」
男が口を再び開いた。
まだこの男の存在がはっきりとしない今。
どのような返事を返せばいいものか、と俺が返答に詰まっていると横から椿が声を発した。
「◯◯駅〈機密の観点から非公開〉です。ところで……おじさんはどちら様でしょうか?」
……オマエモダレダ?
先程の謎に、さらに謎が重なる。
俺はこんな魅力的な美少女知らないぞ。
知っているのは同じ姿でにこやかな笑顔のまま、怠惰の権化のごとく横になる存在だけだ。
「おっと、確かに自己紹介がまだだったね。私の名前は寺崎仁だよ。君たちと同じく〇〇駅を目指しているんだ」
男は優しい口調でその名を名乗った。
「私の名前は篠川椿で、隣の彼は城島茂です」
椿はさっきの端正な姿を保ちながら、自身と俺の自己紹介を行った。
これ、本当にミッション中だよな?
間違ってるの俺じゃないよな?
心中で首を傾げる俺が、情報を整理しきる前に会話は止まることなく続いていた。
「それで……」
「なら、……ですか?」
「いや、昔は……」
結局、話の内容を理解できなかった俺は、二度と初対面の大人とは会話を続けることはしないと誓った。
「面白い話でしたね。おかげで退屈する暇もなかったです」
「俺にとっては暇だったけどな」
仁は、今の俺に理解できない様な言葉を多く使う癖がある。
分からない話を延々とされるほど無意味な時間を過ごすある種の絶望は、何物にも代えがたい。
それに加えて、仁と出会ってからというもの椿は猫をかぶり続けている。
彼女のそれまでの様子を見てきた身としては、正直気味が悪かった。
「「……」」
そう思った瞬間、お互いの会話が止まってしまった。
椿を貶すようなことを思ってしまったからだろうか。
……ほんの少しだけ、気まずい。
「春になったのに寒いな」
「そうだね」
この空気はさっさと変えてしまう方がいい。
むしろ方法は何でもいいから、天気の話でもして仲を深めるべきなのだ。
しかし、俺は考えを行動に移したあと致命的なことに気が付いた。
「「……」」
――そんなことが出来たらたら、そもそもこんな状況になってない。
仁と椿の会話と違って、俺は椿との会話は一度の応酬で終わってしまうのが基本だ。
なんとか他の会話の話題を振ろうとしても、何も思い浮かばない。
つまりは詰みだ。
このまま奴隷商会のアジトに向かうことになってしまうのだろうか。
連携が碌にとれず分断されるという、最悪の想定が現実なものになるのではないだろうか。
そんな逡巡をしている時、椿の足が急に止まった。
「茂、あれ」
椿が指を指す方向を見ると、宿泊街があった。
目的地と3キロも離れていない場所に存在するそれは、井戸や屋根の瓦などの景観が江戸時代にタイムスリップをしたのではないかと錯覚を覚えるほどの厳かな風格を持っている。
時間が残ってさえいれば、ゆっくり観光したいものだ。
「ねぇ、少し休んでいかない?」
会話も暫く途切れていたというのに、椿が唐突にそんなことを呟いた。
「……馬鹿なのか?俺たちは旅行に来たわけじゃ、」
「だからだよ」
そう言って、椿は俺の腕を無理矢理引っ張って顔を近づける。
お互いの息が感じられる程度の距離だ。
そして今は関係ないが、やっぱりBランクヒーロー。
力が強い。
「今ここに、私たちの知り合いは居ない。腹を割って話すのに絶好の機会じゃないか」
「……そういうものなのか?」
「そういうものさ。それに、仮にも『Bランクヒーローの相棒』とあろう者が仲を深めるのを怠るのはどうかと思うけど?」
それは確かに、もう一つの真実だった。
でも、ミッションをこれ以上溜め込んだ場合の減俸は怖い。
(ここは無理をしてでも、前に進むべきなのでは?)
そう思い、意見に反対――
「……そうやって自分の心を封じ続けるの?君は、『美少女と二人きりなんてラッキー!』、という思いを持っているはずだよ?」
「……否定はしない」
「なら、決まりだね」
しかし、押し切られてしまった。
(もう、いいか)
自分の判断を押し通せないという諦めも、もうついた。
相棒はあくまで補佐に回るべきだろう。
その後は、椿に任せていると、すぐに宿泊施設は決まった。
貸し切りでしか借りれない代わりに、広い場所を自由に使える宿の様だ。
鍵を受け取り、扉を開ける。
そして、空き部屋の一つに持ってきた荷物を広げることにした。
すると何故か椿も付いてきた。
「……何しに来た?」
さっき部屋割りは決めただろ、と暗に俺が告げると、椿はそれを無視してその部屋に荷物を置いた。
「それはね……」
口を笑みの形に変え、それまでの態度を崩した椿は、まさしく俺の知るその人だった。
―――
「呑気な奴らだ」
椿が態度を元に戻したのと時を同じくして、薄暗い部屋に引きこもり、キーボードを無心で叩き続ける影がいた。
「Bランクヒーローと言えども妾たちの敵ではない」
その事実を半ば確信し、影は満足したように前髪をかき上げる。
影の制作途中の資料は、茂たちの作戦の内容が余すことなく纏められている。
「男の方は奴隷、女の方は……何でもいいか。何にせよ高く売れるだろう」
「――茜殿、作戦はどうなさいますか?」
側仕えの翁に『茜』と呼ばれた影は仄かに灯る光に反射され遂に姿を現した。
「基本受け身で問題ない。策にかかったフリをして逆に嵌めてやる」
その女の名前は、『山崎茜』。
ヒーローや市民を問わず、過去に数多もの人々を奴隷として売り払ってきた、『奴隷商会』に所属する最高幹部の一人だ。




