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ディザイア  作者: 朝顔畑
4/4

激情

「それはね……」

「……」

「「……」」

いつもの笑顔に戻った椿は、すぐに黙り込んでしまった。

よく観察してみると、顔には薄っすらと汗が滲んでいる。

「……緊張してるのか?人の部屋に勝手に入って来ていながら」

「そうだね。私の思いが君に伝わるかと言うこと……と、この発言が今、君に与えた誤解について」

どうやら、その歳で美人局の真似事か何かか、と疑った俺の突っ込みを許すつもりはない様だ。

「もしかしたら、これから私の言う言葉は茂の尊厳を壊してしまうかもしれない」

「は?」

急に話の方向性が物騒になった。

笑いで終われる内容の方が嬉しいのだが。

「だから、少しだけ目を瞑って欲しい」

「……さっきの発言を聞いて『はい、そうですか』、って従う奴が世にどれだけ居ると思う?」

だから、の使い方を確実に間違っている。

国語を小学校からやり直してこい。

「さあね。10人に聞けば8人は居るんじゃない?何をしてくれるんだ、って期待して」

お前は世の中を舐めすぎだ、と俺が言う前に椿の口がまた開く。

「嫌なら嫌でいいよ?その場合、もっと酷い目に合わせるけど」

「へぇ、例えばどんな?」

「君の黒歴史をクラスにばら撒く」

それは確かに恐ろしい。

でも、椿は大切なことを忘れている。

彼女はまだ一度もクラスメイトと話したことがない。

強いて言えば俺とクラスメイトではあるのだが、相棒役の場合は例外だろう。

つまりは、彼女が連絡先を知る人間など何処にも居ないのだ。

「残念だったな。その脅しは効かないぜ?」

勝利を確信していると、椿はカバンを漁り出した。

それ、俺の物なんだが……。

「カッコつけてるとこ悪いんだけど、これでいい?」

椿の手には俺のスマホが握られていた。

クラスメイトのメールアドレスが開かれ、形容しがたい屈辱的な発言の書き込みが既に完成されている。

「すみません。許してください」

彼女にパスワード認証というものは意味をなさない、そんな基礎的なことを忘れていた俺は馬鹿だ。

結局、言われた通りに目を瞑る。

すると、手に暖かいものが当たった。

手を握られてる――他の誰かとそんなことをした経験なんてないのに、何故だかそれが分かった。

「今度は何の真似だ?」

この程度の行動で、俺の尊厳が破壊できるはずもない。

むしろ、思春期の少年なら喜ばしくも思う状況だろう。

「これはあくまで入りだよ。お互いの心を開くためのね」

でも、心の中で優しくされること(それ)を願っていた自分が居るのに正直にはなれなかった。……




―――

……見くびられている。

確かにそう感じた。

何が尊厳破壊だ、何が黒歴史だ、そして目を瞑る意味は!?

「ええい、ふざけるでない!何故この時季の童どもはここまで不真面目なのだ!」

本来、敵の油断は喜ばしいことだ。

でも。

「緊張感が無さすぎて腹が立つのう」

目が血走るほど見開き、机を思わず叩きつける。

自身の取り巻きたちは妾のその動作にざわついた。

「茜殿が怒った?」、「金の匂いが消えたんじゃないのか?」、「良くないものでも見えたんだろ」、と各々が好き勝手に宣っている。

妾を金の亡者の様に言うでない、と茜は心の中で叫んだ。

「あまり騒ぐでない。其方らから売り払うぞ?」

その一声で、その場に静謐が訪れる。

ああ、嘆かわしい。

Bランク(上位)ヒーローが来るという情報を得た時にはあんなにも昂った心が、今では塩をかけられた青菜の如く萎えている。

まさか若き有望株であろう者どもが、ここまで愚かだとは。

むしろ自分たちの若手にも暫く成長が見られないことから、彼女たちを抱えるヒーロー連盟の気持ちを推し量ることができてしまう。

「……眠(・)気(・)を(・)破(・)っ(・)て(・)こ(・)こ(・)に(・)来(・)る(・)か(・)」

目を閉じた茜は、宿を出発する椿と茂の存在を認識した。

向かう方角は真っ直ぐこちらを指している。

しかし、無駄だ。

囚われの奴隷は、既にこの拠点にはいない。

ここに居るのは20人の精鋭と茜自身だけ。

更には攻防戦のため、全員が物理系、もしくは幻界系だ。

椿と茂を捕らえるための過剰戦力をつぎ込んだ形になるが、万が一ここを破られてもデメリットは殆どない。

勝手口を緩く開けて、外で待機してる5人と内側に隠れている15人で椿たちがやって来たところを囲い込むだけの単純な仕事だ。


ここまで事を順調に進められたのは茜の幻界系宿願『千里眼(スコープ)』の恩恵が大きい。

その効果は、標的の視界を覗き見ること。

視界を奪える訳ではないが、対象の人物が今現在、何を見ているのかを知ることが出来る。

無論、弱点はある。

まず、対象の設定が面倒だ。

自身か、一度対象に設定した人物が標的に接触しなければ発動はできない。

そして、発動者にその地点の音は聞こえない。

しかし、それは茜の特技である読唇術である程度は補える。


「……ほう、潜伏に気づいたか?」

椿と茂が到着寸前で二手に別れた。

茂は真っ直ぐ此方に、椿は左から回り込むつもりらしい。

「だが、それは囮に並んぞ?」

少女の方に10人追手を向かわせた。

無能力の少年(ガキ)一人、対処は茜だけでも事足りるだろう。

最低限鍛えてある様だが、茜と能力者5人全員を相手出来るほどとは思えない。

少女の方は『宿願』を持っているだろうが、向こうは15人を撒かなくてはならない。

――奇襲の通じない数の暴力とは、最早無敵である。

「総員、攻撃用意」

火球、不可視の刃、睡魔、強酸に毒ガス。

茜の命令を受け、残った者たちが続々と勝手口に向けて宿願の照準を定める。

少年が姿を現すのをじっと待った。




――来ない。

準備してから1分が経過した。

人間、極限の集中力が持続するのは長くても2分程度。

距離的にも、先程の場所から真っ直ぐ走ればここまで時間が掛かることはあり得ない。

「何処だ?」

『千里眼(スコープ)』の対象を椿から茂に切り替える。

一度登録した対象なら、その視界を覗くのは容易だ。

「……本当に馬鹿なのか!?其方は!?」

茜は思わず叫んでいた。

何故なら、茂の目には茶色い地面しか映って居なかったからだ。

敵のアジトの前で視覚の情報を捨てるなんて、茜の能力を知って居たとしてもあり得ない。

「もう良い!奴隷になどせん、此奴は必ず殺す」

奴隷商会(スレイブ)を舐めた報いを受けさせてやる。

茜の頭の中は、その意識で一杯になった。


「へぇ、そいつは物騒だな」


……何処からともなく聞き覚えのない声が響いた。

まだ発声許可は出してないにも関わらず、だ。

「何奴!」

その音源らしき場所を見ても、何もない。

「俺だよ……中田秀明さ。いつも通り、寅雄を通して会話をしようと思ってな」

その声は、中田秀明(なかた ひであき)と小野寺寅雄(おのでら とらお)と名乗った。

茜と同じく、組織の幹部である。

「毎度言わせるでない……同じ声で喋らぬと分からぬわ」

「はは、こっちの方が面白いだろ?」

現場に出ないからその様なことが言えるのだ。

特に作戦中は、本当にやめて頂きたい。

「それはともかく、怒りすぎじゃないか?寅雄もそう言ってるぜ?」

「……其方らが戻って来れば、この様に取り乱す必要も無いのだが?」

この2人は常に頼れる存在では無いが、実力は確かだ。

「悪いが、それは無理だ」

「何故そうなる?」

援護の連絡でないなら、撤退の指示だろうか。

「上からの指示だ。今回のヒーローと相棒はお前だけで生け捕りにしろ、ってな」

「……」

怒りに任せるな、と言うことだろう。

あくまで妾たちは奴隷の商人だと認識しろ、と釘を刺されたとも考えられる。

「それに、元々過剰な戦力だろ?俺も期待してるぜ」

その言葉を最後に、秀明の声はこの場から途切れた。

「……どうします?茜殿」

「なに、やるべきことは変わらん。そうであろう?」

冷静さを取り戻せた今、無理に攻め込む必要も無い。

少年の視線はまだ下を向いている。

椿が囚われるのを気長に待てば良い。

そうだ。

やることは何も変わらない。

……やっぱり不安だ。

仲間から釘を刺された手前、失敗はできない。

「3人残れ。前の2人(火球と毒ガス)は童を探し、捕らえるか此処まで連れて来い。奴はそう遠くには居ない」

『千里眼(スコープ)』の対象を、片目だけ椿を追う仲間の方に切り替える。


小柄な体を活かして上手く逃げ回っているが、流石に大人と子供。

長くは持ちそうに無い。


「大丈夫ですか?」

「何度も言わせるな、妾の勝ちは揺るがぬ」

その発言の瞬間、先ほどまで下を向いて居た茂の視界の端に茜が入った。

同じ道を、自身の部下も進んでいる。

先にそっちが捕らえられたか。

そう思い、出迎えようと外に出た。

「……」

「初めまして」

そこに居たのは、茂を捕らえた茜の部下では無い。

逆に、構成員の2人を担いだ茂だった。

「力が強いな」

「鍛えてるからな」

口では余裕を保ちながら、混乱を隠せない。

「どうのように、此奴らを倒した?」

それが1番の謎だ。

この2人は地面しか見て居ない存在に負ける無能では無い。

だからと言って、目の前の男がそこまでの手練れとも思えない。

「まぁ、あれだ」

担いでた2人を地面に横たえ、面倒臭そうに少年は頭を掻きむしる。

「Bランクって存在を少々過小評価してたらしい……お前だけじゃなく、俺もな」

その子生意気な声と共に構えられた銃口が、状況を理解できず棒立ちとなって居た茜以外の3人を撃ち抜く。

茜自身も、ギリギリで肩に射線をずらしたに過ぎない。

あれだけ警戒して居た奇襲を許してしまった事実に、茜は激情で顔を赤くした。

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