初仕事は唐突に
ヒーローの相棒の朝は早い。
俺の場合――俺たちの場合は、学業も疎かにできないから尚更だ。
……なのに今日、ベットから起きた時には時計の針は昼の12時を回っている。
寝起きは悪いと言うのに、一段と視界が澄んでいた。
「……どういうことだ?俺は夢でも見てるのか?」
思わず口に出たそんな呟きに答えてくれる声はない
――当然だ。
ここは、ヒーロー連盟日本国第三支部に存在する俺の個室。
起こしてくれる親や兄弟など、居ないのだから。
「悪夢だ」
入学二日目で遅刻?
友人と呼べる友人もいないのに、どんな顔で登校すればいいんだ。
(……もう、どうでもいいや)
今日は休もう。
もう一度、ベットに潜り込むことにした。
「凄いね、起きて最初の言葉がそれなんだ?」
刹那、聞こえるはずもない誰かの声が聞こえた。
振り返ると真紅の軍服姿に身を包んだ少女がそこにいる。
見間違うはずもない――椿だ。
俺の部屋のソファで、怠惰の化身の如く寝そべっている。
ヒーロー衣装もこれじゃ形無しだな。
「なぁ、あんた。学校はどうした?」
「えっ?当然、私と君は休むって連絡しといたよ?」
何を不思議に思ったのか、椿は小首を傾げている。
なるほど、こいつの中では相棒は便利屋なのか。
せめて許可は取って欲しかった。
「今日はミッション消化をしたいからね。少し、溜めすぎちゃって」
ヒーローの特権さ、と胸を張る彼女が指差した先には厚さが3cmにも迫ると思えるほどの書類の山があった。
「お引き取り願おうか」
やっぱり二度寝をしようとおもむろに立ち上がると、椿は絶対に逃がさないという凄みを効かせた表示で俺の腕を掴んでいた。
先述したように、ヒーローの朝は早い。
それは、各々に『ミッション』という便利屋みたいな仕事が舞い込んでくるからだ。
Bランクともなれば、その数も増えるのだろう。
でも、この厚みはおかしい。
一体全体、何日分の仕事を溜め込んでいるのだろうか。
「何日、じゃないよ。3週間」
「もっと終わってたな」
彼女は時々、人の心を先読みして質問に答える時がある。
『追憶』――椿がヒーローネームにも併用してる宿願名。
その効果は、記憶をさかのぼり、辿るもの。
精神系ではありふれた能力だ。
対象は自分の視界に入った全員ということを除けば。
「はぁ……」
溜息を自然に吐いてしまった。
こいつとの契約を、今すぐにでも辞めてしまいたい。
「ほら、あげる。半分は君のものだから」
どうやら二人分の書類量だったようだが、それでも紙だけでこの厚みは凄まじい。
こんなの要らない、心からそう思った。
ミッションの数を数えてみると、予想通り三十は下らない。
「罰則は大丈夫なのか?」
ミッションの数が多すぎるヒーローとその相棒には様々な罰が下される。
最初は忠告、二度目は命令、それにも背くと――
「もちろん不味いよ。このままだと減俸だね」
ふざけるな。
ヒーロー連盟の補助で生きてると言っても過言ではない俺たちが減俸されたら学校への入納金も払えたもんじゃないぞ?
県立と言っても完全に無料ではないんだからな。
「ミッションの内容は?」
文句を言っても始まらない。
せめてもの希望にかけてみよう。
『追憶』を持つ椿にとって、探索系や交渉はそれほど時間のかかるものではない。
「期待してるとこ悪いんだけど、戦闘系ばかりだよ。苦手なものは後回しにしちゃうよね」
お前は夏休みの小学生かよ。
「……ねぇ、そういうのも聞こえてるんだけど?」
「それが狙いだからな」
少なくとも今は、彼女に仕事をしっかりこなして貰わないと俺の収入にも影響が出る。
渡された資料の一ページ目を確認することにした。
――――――――――――――
『暗部組織:奴隷商会の捕虜の解放』
・想定難易度A+ランク
・敵の数はおおよそ120人
・全員がDランク相当以上の宿願を保持
・見取り図なし
健闘を祈る
――――――――――――――
「……ミッション送る相手間違えてないか?」
「私もそう思ったんだけどさ。Aランクの連中は色々と忙しいらしいよ」
なるほど、なるほど。
道理でBランクで『ミッション』をそつなくこなす椿に白羽の矢が立ったと。
「いや納得出来るか!」
怒りに任せて紙を丸めた俺の肩に柔らかい手が乗る。
「分かるよ、その気持ち。頑張ってね」
「お前のミッションだろ!?押し付けんな!」
どさくさに紛れて任務を押し付けようとする椿の手を払い除け、他のミッションを確認することにした。
――――――――――――――
『宿願制御不可園児のカウンセリング』
・想定ランク不明
・4時間勤務
・報酬あり
――――――――――――――
「これ、ほぼアルバイトだろ?」
何でも屋に近しいとはいえ、ここまで内容が分かりやすいものはD〜Eランクの仕事になるはずだ。
一つにつき十枚以上の資料が基準のミッションの中で、これだけは一枚の手配書で終わり。
戦闘とも疎遠なものに思えるのだが……。
「うん。でもその子の宿願は物理系でAランクヒーロー並の潜在能力を秘めてるらしくてね」
「運が悪ければ死にかねない、と」
これなら、と思った俺の希望はあっさりと打ち砕かれた。
初手の二つだけでこの重み。
先が思いやられる。
「だからさ?分担してくれない?二人で一つづつ請け負えば二倍の効率で終わるよ」
真顔でなんてことを言ってるんだコイツは。
「俺に死ね、って言ってるのか?」
ヒーロー連盟に所属している相棒役の必須条件には、『宿願』が発現していない、というものが挙げられる。
相棒が暴走してしまっては元も子もないからだ。
戦う想定の訓練をしていないわけではないが、大多数相手は無謀だし、殺せない相手なら取り押さえられるわけがない。
そして、それをヒーローが知らないはずもない。
「あ、やっぱりダメだった?てへっ」
振る舞いは普通にかわいいな。
でも、てへっ、じゃ誤魔化せないくらいのことを言っている自覚を持って欲しい。
「で?今日は何をするつもりなんだ?」
「それの相談に来たつもりなんだけど」
悪びれる様子もないな。
「つまり、俺が決めてもいいと……すまん。捕虜解放で頼むわ」
全部確認してみたものの、最悪を想定した場合だと一番安全なのがおそらくこれだ。
逆に言えば、これができなければ何も達成できない可能性すらあるということ。
見取り図はないとはいえ、敵を一人でも捕まえることさあ出来れば、そいつの記憶を辿って潜入は可能だろう。
俺には分からなくても、椿ならそれが出来るはずだ。
「いいね、行こうか!」
元気の良いその掛け声に従って、取り付けた左右のレッグホルスターにナイフと銃を一本づつ装備した。
続けざまに黒いロングコートを被り、フードで視線を把握される危険性を遮断する。
少なくとも1対1でなら、ヒーローにも遅れをとるつもりはない。
「見た目は少しだけマシになったね。戦闘は任せたよ」
「お前がメインで戦うんだよ」
それに、120人を殲滅する必要はない。
なぜなら、目的は捕虜の解放なのだから。
資料に再び目を通す。
敵のアジトはここから100キロ程。
専用車両を使えば3時間くらいで着くだろうか。
「最悪の場合、明日も休む連絡入れないといけないかもな」
「安心して、休みは2週間とってあるよ」
……全く安心できない発言は心残りだが、俺たちは目的地に向けて出発した。




